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19. 椎名泉、語る

 ――さて、ツノウサギを家族に迎えた翌日。


 俺とツノウサギは揃って森を訪れていた。目的はもちろん、俺の採取バイトだ。眼前の花畑には白い小ぶりの花が咲き乱れている。


『ふーん……この花、摘むの?』

「あぁ。見てても暇だろうし、どっか行ってていいぞ」

『……別に他にすることもないし、手伝うけど』


 そう言って、ツノウサギは花の茎に鋭い前歯を突き立てる。動きが素早いおかげで中々作業効率がよさそうだ。あっという間に花の山を作り出している。


『ねぇ、これ摘んでどうするの?』

「ザンさん……ええと、知り合いの商人に売るんだよ。昨日はほとんど収穫が無かったから、今日はガッツリ稼がないとな」

『……椎名さん、お金に困ってるの?』


 そう言ってツノウサギは首を傾げる。

 ……いかん、テイム早々、甲斐性のない奴だと不安に思われてしまったかもしれない。

 俺は慌てて手を振りながら弁明する。


「い、いや、困ってるってほどじゃない。貯金したいんだよ」

『貯金……?』

「俺はいずれ冒険者になりたいんだ。それには金が要るからな」

『へー、冒険者ね……。でもこの街に冒険者ギルドってないよね?』

「あぁ、だからそのうちギルドがある町に引っ越すつもりだ」

『ふーん……そうなんだ』


 そのツノウサギの肯定的とも否定的とも言えない声音を聞いて、俺はハッとした。


 ……そういえば、ツノウサギはこの森を離れて冒険者活動するのは嫌じゃないんだろうか。

 住んでいた場所を離れるのに抵抗があってもおかしくないし、何より獣にとって冒険者は天敵だろう。


 テイムさせてもらうときに確認すべきだったと後悔しつつ、俺は恐る恐るツノウサギに尋ねる。


「……ツノウサギはどうだ? 嫌じゃないか?」

『いいんじゃない? 楽しそうだし』

「そうか……」


 そのあっさりとした返答に、俺はほっと胸をなでおろした。

 ツノウサギはほとんど表情が動かないため感情が読みにくいが、尻尾が小さく揺れているのを見る限り、満更でもなさそうだ。


『冒険者になったら、そのままあちこち旅しながら仕事を請けるのもいいかもね』

「あ、それ俺もやりたいと思ってた」


 冒険者をしながら各地を旅する――異世界物の醍醐味だろう。

 ツノウサギも乗り気ならありがたいことだ。ウサギなのにしっかりしてそうだし、この世界のことも詳しそうだから、旅のパートナーとして頼もしい。


 ここは東の果てらしいから、まずは西に向かって――都会の街並みとか、海の街とか、見てみたいものはたくさんある。


 そこまで考えて、俺はあることに気づいた。


「……なぁ、そういえばこの国の情勢ってどうなんだ?」

『情勢?』

「他の国と戦争状態にあるとか、統治がうまくいってないとか……、国が不安定な状態になってたりしないよな?」


 これは転移当初調べなければと思っていた事項だが、あまりにも町がのどかだったためすっかり忘れてしまっていたのだ。しかし旅に出るともなれば重要な問題だろう。


『うーん……、そうだね、今は安定してるんじゃない?』

「“今は”……って、昔はそうじゃなかったのか」


 言葉の端に引っかかりを覚えて尋ねみれば、ツノウサギは小さく首を振りながら答える。


『ボクも詳しくは知らないよ。人間が話してるのを聞いただけだけど、何年か前は微妙な状態だったみたい。今の王様には息子が2人いたんだけど、どっちが次の王様になるか、結構揉めてたんだって』

「……継承権争いか」

『でも対立が激化する前に、弟王子のほうが突然失踪したらしいんだ。兄王子派も弟王子派も躍起になって探し回ったみたいだけど、結局、そのまま見つからずじまい。そのまま兄のほうが跡を継ぐことになったから、今は落ち着いてるよ』


 ……なんかキナ臭い話だな。継承権争いが起きてたなら、弟王子派による暗殺とか、監禁とか……いろいろと裏を考えてしまうが。


 ――まぁ、なんにせよ、内戦状態になってるとかじゃなくて良かった。そんな状態なら、旅なんてしてる場合ではないだろう。


『そういうわけだから、旅に出る分には問題ないと思うよ』

「そうか、なら良かった」


 ツノウサギの言葉に安心しつつ、俺は頷いた。


 しかしそれと同時に、ツノウサギがバッと身体を起こす。俺がその突然の挙動に驚いていると、ツノウサギは周囲の木々をじっと見つめながら、重々しく声を上げた。


『……――、椎名さん、左からイノシシが来るよ』

「え、マジか」

『構えて、椎名さん!早く!』


 ……俺は全然分からないんだが。しかし野生で鍛え抜かれた草食動物がそう言っているのだ、信じない理由はない。

 ツノウサギの警告から少し経った後、彼が言った通り左方向から地響きのような足音が聞こえた。


「ブオオオオオオ!」


 そして重い唸り声とともに、木の間から2m ほどの巨大イノシシが現れる。


「うお、出たっ……」

『気をつけて、椎名さんっ!』

「分かってる!」


 敵は一体、その距離約10m。

 俺は落ち着いてトラックストラップを通した左手を構えた。猪に突進される瞬間に合わせて腕を振りかざし――


「――って、【転移】!」


 トラックに当たった猪は、そのままフッと姿を消した。


 ……今回はツノウサギが予め警告してくれていたおかげで、余裕を持って対応することができた。

 トラックをぶつけないといけない以上、転移成功の鍵は反射神経や索敵能力の精度にある。その点で、索敵能力に優れているツノウサギが仲間になってくれたのはかなりの戦力アップだろう。


「ふー……ありがとな、ツノウサギ。おかげで余裕もってやれたよ」


 一息つく俺の傍ら、ツノウサギは目の前で起こる超常現象をどこか諦めたような顔で眺めていた。


『……何回見ても理不尽な能力だね』

「そうか?」

『その、“とらっく”、だっけ? 当たっただけで無力化するなんて反則技でしかないでしょ。椎名さんのその能力があれば、すぐにトップ冒険者になれるんじゃない?』

「へー……やっぱり冒険者にもランクがあるのか」

『もちろん。上はSから下は F ランクまであるよ』


 なるほど、結構細かくランクが分かれてるんだな。S、A、B、C、D、E、Fか……となると、真ん中はCか。


「なら平均よりちょっと上ってBくらいか? 頑張ってそれくらいにはなりたいな」

『え?』


 なんの気無しに呟いた俺の言葉に、ツノウサギは目を丸くして首を傾げた。


『え? え、B? な、なんで? 椎名さんならもっと上、目指せるでしょ。 それこそSランクも夢じゃないと思うけど……』


 ツノウサギの過剰すぎる期待に、俺は慌てて手を振りながら否定する。


「い、いや、確かに転移能力は凄いけど、俺自身の身体能力はそう高くはないんだよ。索敵とかもできないし……戦闘は得意じゃないんだ。だからそんな高ランクにはなれないと思うんだが……」

『でも索敵能力ならボクがカバーするし、身体ならこれから鍛えればいいじゃない』

「そりゃある程度は鍛えようと思ってるけど、いきなり本職の冒険者と遜色なく戦えるようにはならないぞ」


 なんせ俺はアラサーモヤシ社畜だ。多少鍛錬したくらいで、若い頃から研鑽を積んでいたであろう冒険者達に敵うわけがない。


 ……それにメンタル的な問題だってある。


「……そもそも俺は、度が過ぎる“無双”はしたくないんだよ。まぁ、ほどほどに自己肯定感を高められるくらいなら、全然吝かじゃないけどな……」

『ど……どういうこと?』

「“程々にやれる奴”くらいのポジションに収まりたいってこと。ほら、下手に“凄いデキる奴”だと思われて、責任の重い仕事を振られたりしても困るだろ?」

『ま、まぁ、確かに……Sランクにもなると、国から指名依頼が入ることもあるって聞くけど……』


 やっぱりなという気持ちで、俺はツノウサギの言葉に頷いた。


 異世界に転移して無双する先人たちの物語を散々読んできたが、みんな王侯貴族から果ては神様まで、そういうエライ人からとんでもない無茶振りをされていた。ヤバい魔獣の討伐を依頼されたり、人類の未来を託されたり……とにかく、滅茶苦茶責任が重そうな仕事ばっかりしているのだ。


 俺は元社会人の端くれだ。仕事の責任を負うということの意味を、実体験をもってよく理解している。


「……俺はなるだけ精神的苦痛のない人生を過ごしたいんだ。人から『凄い』って言われたいし、自己肯定感を高められたいのは間違いない。けど、ほどほどでいいんだよ。地方の町で上から5番目の魔道士とか、それくらいが理想なんだ。バランスが大事なんだよ、バランスが」

『バランス……』

「そう、大事なのはワークライフバランス。ほどほどに自己肯定感を高められながらプレッシャーなく仕事して、そこそこ余裕のある収入を得て、趣味を見つけてプライベートも充実させる――俺はそういう生活がしたい」

『そ、そう……。よく分からないけど、分かった……』


 ツノウサギは俺の長台詞に気圧されたように頷きつつ、コテンと首を傾げる。


『……でもそれ、ちょっと難しくない?』

「え……何かまずいか?」

『だって、みんなの前でその転移能力を使ったら“使徒さまが降臨した――!”って騒ぎになっちゃわない? この世界の魔法属性は火、水、土、氷、風、雷の6属性しか存在しないんだから』

「……あ」


 ……確かに。能力を使うことで神話の生き物だなんだと騒ぎになったら、俺の楽しいワークライフバランス計画は台無しだ。使徒様だなんだと担ぎ上げられて無茶振りでもされたらたまったもんじゃない。


「うーん……なんかいい方法を考えないとだな……」


 どうやら楽しい冒険者生活を送るのには、ひと工夫要りそうだ。


 どうしたものかと考え込んでいると、ツノウサギがまたパッと突然耳を立てて立ち上がった。


「どうした、ツノウサギ?」

『――椎名さん……まずいよ』


 ツノウサギはその目を細めながら、森の奥を睨むように見据えている。


『森の向こうで獣の鳴き声がする。かなりの大型種だと思うんだけど……』

「え」


 ……俺が今まで出会ってきた害獣も、かなりの巨体だったよな?

 しかしツノウサギの言い方から察するに、それよりも大きな種類がいるようだ。


 戦闘態勢に入ったほうがいいのか、それとも逃げる準備をすべきか――そう思案していたところ、次のツノウサギの一言で、その思考は一時停止した。



『しかも、町の方に、向かってるみたいだ』

「………は?」


またまた遅くなってすみません。

お読みくださりありがとうございます。

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