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18. 椎名泉、ツノウサギ、ショウ


『――それで?おまえは一体何者なの?』


 地面に降ろされたツノウサギが、怪訝そうな顔で3度目の質問をする。


「何者……えーと、俺は椎名泉だ。そこのラカイって町に住んでるんだが」

『……そういうことを聞きたいんじゃない。さっきの現象、あれは一体なんなの? 一体何をしたの?』


 ゆるふわな見た目と少年のような高い声に反して、ツノウサギの言葉尻はクールだ。俺が答えに詰まっていると、さらに矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。


『あんな魔法見たこともない。そもそも魔法ですらないんじゃない?魔力が一切感じられなかったんだけど』

「そ、そうなのか?」

『そうなのかって、おまえ……』


 ツノウサギは呆れたような声を出しながら、短い手で頭を抱えるような仕草をする。

 ……正直滅茶苦茶カワイイ仕草だが、今それは口にしないほうが賢明だろう。

 俺は一つ咳払いをして、ツノウサギに向き直る。


「その質問に答える前に、一つ聞きたいんだが……。お前は俺以外の人間と話はできるのか?」

『話? テイムした人間以外とは無理だよ。今おまえと話してるコレは“会話”じゃなくて“念話”だしね。テイムされると、意思とか五感とか……いろんなものが主人との間で共有できるようになるんだ』


 つまり、ここで俺がツノウサギにすべてを話してしまっても、他人に漏洩する心配はないということか。それならわざわざ事情を誤魔化す必要は無いだろう。

 俺はすべてを――能力やこの世界に来た経緯を、正直に話すことに決めた。


「わかった。なら全部話そう」


 そう言うと、ツノウサギは神妙な面持ちで頷き、その場にぽてんと座った。


「えーと、まず、さっきの現象について聞きたいんだったか? あれは空間魔法みたいなものなんだが……」

『クーカンマホー……?』

「俺がこのトラックっていうのを当てると、当てた相手を異世界に転移させることができるんだ」

『……え? “とらっく”? は? ……え……?』

「お前は“空間魔法”って初めて聞くか?」

『あ、当たり前でしょ、だいたい魔法の属性って火、水、氷、土、雷、風の6つだけじゃ――……』


 そこまで言って、ツノウサギは何かに気づいたように、はたと言葉を止める。


『……や、待って……? たしか、神話にそんな話があったような気も……』

「神話?」

『神様や天使様の伝説の話だよ。そういう天上のヒトたちは普通じゃない力をたくさん使えて、生き物を違う世界に連れていけるとか、病気や怪我を治せるとかって伝説があるらしい、けど……』

「へー、そうなのか」


 ……なるほど。

 俺も転移能力は神様――管理人からもらったわけだし、そのへんは天上の専売特許なのかもしれない。

 ……そう考えると、俺が転移能力を周囲に隠していたのは正解だったようだ。神話級の力が使えるなんて、どう考えても騒ぎになってしまうだろう。


 俺がひとり頷いていると、ツノウサギが『あっ!!!!』と大きな声をあげながら、大げさなほど高く飛び上がった。『これが噂のウサギお得意ハイジャンプか……!』と思っていたら、ツノウサギはそのまま凄い勢いで後退る。


『ってちょっと待って!? まさかおまえ……いや、あ、あ、あなた様がファーテルさまってこと!?』

「ファ………え、だれ?」

『こ、この国の天使さまでしょ……? あなた様がそうなんじゃないの? だってさっきのクーカンマホーって、その世界を越えるっていう力なんでしょ?』


 ツノウサギはそう言いながら頭を抱える。


 ……相変わらず滅茶苦茶カワイイ仕草なんだが、本人にとっては深刻な問題だろう。言ってみれば会社で専務と知らずタメ口を利いてしまったようなものだ。


 俺は思わず口から飛び出そうになった『カワイイ』を飲み下し、ツノウサギを宥めた。


「お、持ちつけ。確かにそういう力は使えるけど、俺はただの人なん間だよ。ただ、こことは違う世界から来てて――……」


 ……そこから、俺は現在に至るまでの経緯を簡単に説明した。


 こことは違う世界で生まれ育ったこと。

 ある日突然、転移能力を手に入れたこと。

 事故でこの世界に転移してきて、それ以来こちらで生活していることを。


 ツノウサギはそれを黙って頷きながら聞いていた。


 すべてを話し終わったあと、これでただの人間だとわかってもらえただろうかと思いツノウサギの表情を覗き込むが、どうも未だ恐縮している様子だ。


『……ちょっと嘘でしょ……! じゃああなたは使徒さまってことじゃない……!』

「使徒……そういうことになるのか?」

『そりゃそうでしょ、天上の力を持ってるんだから、使徒さまにきまってる』


 ツノウサギはそう言うが、使徒……は、俺を表すのに相応しい言葉ではないだろう。

 俺は力を持ってるだけで仕事をしていない、実態の伴わない使徒だ。そんな大袈裟な立場ではないし、崇め奉られても逆に困ってしまう。


「別になりたくてなったわけじゃないし、使徒としての仕事もしてないんだ。だから変に気を使わないでくれ。俺は本当にただの人間なんだよ」

『で、でも……』


 そう言いながら、ツノウサギは視線を泳がせる。


 ……もちろん、社会人としてその気持ちは分かる。今のツノウサギは『就活の面接に際し“私服OK”と言われた』のと同じ気持ちだろう。


 だが俺は本気だ。夢のもふもふ生活でガッツリ距離を取られてしまうのはあまりに辛い。


「もっと最初みたいな感じで、自然体で接してくれたら嬉しい。呼び方も使徒様じゃなくて椎名とか泉とかでいいから。な?」


 そこまで勢いよく喋って、ようやくこちらの本気が伝わったのか、ツノウサギはおずおずと視線を合わせてくれる。


『………シ……シーナ、イズミ……?』

「あぁ、シイナだ。字はこう書くんだが」


 俺はそばに落ちていた木の枝で、ガリガリと地面に『椎名』と書く。ツノウサギはその文字を見ながら、フンフンと頷いた。


『……だ、大丈夫、おぼえた。“椎名さん”』

「お、おお……! おー……!」

『な、なに、その大げさな反応は……』


 カワイイウサギが俺の名前を呼んでいる――その大変ありがたい光景は、スマホが生きていたら動画に収めてことだろう。

 

 と、丁度そのとき、ゴーン、と昼時を知らせる鐘が鳴った。


「――よし、じゃあとりあえず家へ行こう。遅くなったらショウに怒られるし」


 そう言って、俺は尻についた土を払いながら立ち上がった。ツノウサギは俺の言葉にこてんと首を傾げている。


『……“ショウ”?』

「俺を居候させてくれてる人だよ」

『……使徒さまに怒るって、まさかショウ……様も、天上のひとなの……?』

「いや、普通のお兄さんだから。ただの友達だから」


 未だに“使徒様”という立場が気になるらしいツノウサギに苦笑しながら、俺達はショウの待つ家に向かって歩き出した。


 ――まぁ、おいおい慣れてもらえばいいよな。

 俺も人付き合いは得意じゃないから、ゆっくりと距離を縮めていきたいところだ。


 俺たちは他愛ない話をしながら道を進んだ。


『――で、椎名さんはなんでボクを“ぺっと”?に選んだの? 使徒さまならもっとすごい獣を使役できるでしょ』

「それはお前、カワイイからだよ」

『カワイイ』

「カワイイから」

『そ……そうなんだ……』


 ツノウサギは一瞬目を見開いたあと、すぐにスンとした表情に戻った。


 ……もしかしてセクハラだったか? テイム早々いきなりコンプライアンスに反してしまったかもしれない。


 俺は慌ててフォローしようとしたが、その前にツノウサギは怪訝な視線を俺に寄越した。


『へんなの。そんな理由でテイムするひと、初めて見た』


 ……どうやら、コンプライアンス違反は杞憂だったようだ。

 ツノウサギは若干呆れたような声で続ける。


『普通のひとは強そうな獣を選ぶでしょ。せめて犬とか、多少なりとも戦える奴にしたほうがいいんじゃないの……』

「で、でもウサギって探知能力が高いんだろ? 俺は索敵ができないから、誰かに頼みたかったんだよ」

『……まぁ、それはね。そういうことなら、任せておいて』


 慌ててつけた足した理由に、ツノウサギは少し得意げな声で返してくれた。

 ……どうやら頼りになる相棒になってくれそうである。2人で旅に出る日が楽しみだ。







「ショウ、ただいま」


 家に着いた俺は引き戸を引いて、中のショウに帰宅を知らせた。


「おかえり、シーナ………って、その獣……!」


 奥の部屋からショウがひょっこりと顔を出すが、俺の足元にいるツノウサギを見てすぐに驚いた表情に変わる。


「うん、ツノウサギ……じゃない、ホーンラビット、テイムできたぞ」

「本当!? シーナすごーい!!」


 ショウは満面の笑顔でばたばたと玄関まで走ってくる。『わー!』と歓声をあげながら、ツノウサギの目の前にしゃがんだ。


『……このひとが、ショウ?』


 ツノウサギは俺を見上げながら問う。それに『そう、さっき紹介したショウ』と答えれば、ショウがニコニコ顔でツノウサギに挨拶した。


「俺はショウ。シーナの同居人だよ。よろしくね」

『……………。』


 ショウは自身の右手をそっと差し出すが、ツノウサギはふいっとそっぽを向いた。


 ……なるほど、『害獣はプライドが高い』というのは間違いなさそうだ。俺にあっさりテイムさせてくれたのは、人知を超えた力が使えたからだろう。


 とはいえショウは俺の恩人だし、これから一緒に暮らしていくのだから、このまま気まずい空気になったら困る。


「……な、なぁ、ツノウサギ、できればもうちょっと愛想よくしてくれないか? ショウは俺の恩人なんだ」


 ツノウサギに頼んでみれば、若干渋々といった感じで、ショウの手の平にぽすんとその小さな手を乗せてくれた。


『……よろしく頼むよ』


 ふてぶてしさは残ったままだが、ショウは害獣はそんなものだと分かっているのか、特に気にした風も無く『ふふ、よろしくねー』と笑っている。


「――あ、そうだシーナ、お昼はできてるんだけど……この子のはどうする?」

「あ……そうだな」

『別に、自分で適当に食べてくるよ』


 ツノウサギはあっけらかんと言い放つ。


 ……しかしそれでいいのだろうか。

 テイムしておいて飯の用意をしないってどうなんだ? 虐待にならないのか? 従魔に飯をやらないテイマーなんか聞いたことないぞ。


 その辺で草でも採取してくるか……、と思っていると、ショウが『そうだ』と声を上げた。


「俺、畑から適当に野菜採ってくるね。2人は食卓で待ってて」

「い、いいのか? すまん、ありがとう」


 せめて収穫を手伝おうかと思ったが、『知らない家に一匹にしちゃかわいそうでしょ――』と言われてしまったので、おとなしくダイニングで待つことにした。

 人ばかりか動物にまで気を遣えるとは、相変わらず全く隙の無い気遣い上手である。


 ダイニングにはずらりと昼食のおかずが載っていた。

 今日は冷製コーンスープにサラダ、そして野菜の肉巻きらしい。肉巻きというには厚い肉からはじゅわりと肉汁が染み出しており、見ているだけで腹が減る。


『……これ、椎名さんのごはん?』

「あぁ、ショウ作ってくれたんだ」

『……ふーん……、』


 ツノウサギは得意のハイジャンプでテーブルに飛び乗り、もの珍しげにその料理を眺めている。どことなくソワソワしていて、料理に興味があるのは丸わかりだ。


「……た、食べるなよ? ウサギって玉ねぎとか肉とか食べちゃ駄目なんだろ?」

『それは普通のウサギの話でしょ。ボクは雑食だよ』

「マジか」


 どうなってるんだ? 害獣の体って……。

 しかしそんな俺の疑問符を余所に、ツノウサギは今にも料理に飛びかかりそうである。


「……べ、別に食っても問題ないなら俺の分食べても」

『そう? じゃあ遠慮なく。アルシェイ、アシュターノ・リズミ、ファーテル・シー!』

「勢いが凄い」


 最後まで言い切る前に、ツノウサギはお祈りを手早く済ませて、俺の肉巻きに噛み付いた。その小さな頬をもむもむと動かして咀嚼していく。


 ……眼福。あまりにも眼福である。

 

 ツノウサギはすっかり飯に夢中だ。一心不乱に肉にサラダに食いついている。

 

「どうだ?うまいか?」

『おいしい……ねぇちょっとなにこれ、おいしい、すごいおいしい』


 そう言いながらも飯を食う口は止まらない。語彙力がダダ下がりしているところから見ても、相当お気に召したようだ。


 そして俺の飯が半分ほど食い尽くされたあたりで、収穫を終えたショウが戻ってきた。


「採ってきたよ、このお野菜なんかどう――」

「キュ――!」


 ツノウサギは一段と高い声でショウの帰りを迎える。


 ……なんなら俺に対する返事より愛想がいいんだが?

 お前そんな食いしん坊キャラだったのか?

 出会った時のクールボーイ感どこ行ったんだ?


 そんな俺の疑問をよそに、ツノウサギはテーブルの上でぴょいんと跳ねる。


『ねぇちょっと、これ、おかわり、はやく、おかわり』


 ツノウサギはすっかり空にした皿をペしりと叩き、そのままぺしぺしとショウの腕を叩いた。


「あ、あれ? なんか急に懐いてくれたね?」

「お前の飯気に入ったんだと。悪いな、食べたそうだったから勝手に食べさせた」

「そうなの? えへへ、ならおかわり入れてあげようね――。そこ座って待っててね、料理にほこりが入るからジャンプもだめだよ」

『わかった、待ってるから、はやく』


 ショウは突然の態度の変わり方に困惑しながらも、嬉しそうにはにかんでいる。

 料理で獣を従順にさせるとは、やはりショウの料理の腕は相当らしい。


 ……その後、結局ツノウサギにほとんど飯を取られてしまい、俺はその代わりにショウが採ってきた生野菜をかじることになった。

 まぁツノウサギが満足してくれて、ショウとも仲良くやってくれるなら、それでいいです、はい。




 ……肉巻きは食べたかったが。


遅くなってすみません。

お読みくださりありがとうございます。

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