17. 椎名泉、テイムする
――それは、さながら運命の出会いとも言えるものだった。
ザンさんから斡旋された仕事を受け始めて2週間。
俺は毎日森に足を運び、花を採取している。バイト自体はもう、順風満帆そのものだったのだが――
「キュイッキュイイ――!」
バイト中、ガサリと草むらが揺れる音に振り返ってみれば、そこから白っぽいもふもふの生物が飛び出してきた。
「こっ…こっ……これは……!」
俺はそのもふもふとの対面に目を輝かせた。大きさ約30cm、キュルッとしたつぶらな瞳に、空に向かって高く立ち上がった耳――。
「異世界物のチュートリアルとも言えるもふもふ――ツノウサギじゃないか……!」
◇
「なぁショウ、今日森で角が生えたウサギを見たんだが……」
「ウサギ?」
バイトを終えて帰宅した俺は、早速ショウに昼間ツノウサギに出会ったことを話した。
当然のように日本語の“ウサギ”は通じなかったため、俺は頭の上に両手をあげてぴょこぴょこ動かしてみる。
「あぁ、ホーンラビットね!」
どうやら伝わったらしい。ウサギのジェスチャーは全世界共通のようだ。
「なぁ、そいつって飼ったりすることはできるのか?」
「飼う……テイムってこと?」
「あぁ」
そう、俺はあのツノウサギを見た瞬間、飼いたい!と思ってしまったのだ。
ペットは地球にいた頃からいつも飼いたいと思っていたのだが、生活がギリギリだったため、それは到底叶わぬ夢だった。SNS などでかわいいネコ画像を見ては羨ましく思っていたものだ。
だが、この世界の害獣なら手がかからなさそうだし、転生物でよくあるテイム的なものをすれば、簡単に飼うことができるのではないか……と考えたのである。
しかし俺の期待に反して、ショウは険しい表情で答える。
「……うーん。不可能では、ないけど。………難しいな」
「う……そうか」
……やはりそう簡単にはいかなさそうだ。
しかし、あんなカワイイ生き物を前にして簡単には諦められない。
「ちなみに、テイムってどうやるんだ?」
「そうだねぇ……どうにかして害獣を服従させて、契約すればテイムできるよ」
「服従? 倒したりすればいいのか?」
「それもありだね。別にやり方はなんでもいいんだ。でも言うだけなら簡単けど、実際はかなり難しい。害獣はみんなプライドが高いから、人間に従おうなんていう個体はなかなか居ないんだよ」
「なるほどな……」
「……シーナ、テイムしたいの?」
ショウが心配そうな目で俺を見る。
……確かに居候している身分の人間がペットを飼いたいと言い出すなど顰蹙ものだろう。
俺は慌てて弁明すべく口を開いた。
「も、もしテイムできたとしてもここで飼ったりしないから安心してくれ。森に放し飼いにでもしておくから……」
「別にそんなことは心配してないよ。俺が心配してるのはシーナの方!ホーンラビットとはいえ、角でつっつかれたら危ないんだから……あんまり無理しちゃだめだよ?」
「あ、あぁ……、気をつけるよ」
……まぁ、確かにカワイイとはいえ害獣だしな。『たがが〇〇』だと思って侮るべからず。それは先の凶悪ひったくり犯逮捕で学んだことだ。
「それと、もしテイムできたらうちに連れてきてかまわないからね! 森の中だと他の害獣に食べられちゃうから!」
「いいのか? ありがとう、ショウ」
相変わらず寛容な男だ。
そう簡単にことが運ぶとは思えないが、もしテイムできたら連れてこさせてもらおう。そして膝に乗っけて撫でまわしたり、一緒に寝たりしたい。さらにゆくゆくは一緒に冒険者として旅をするんだ。
……そんな夢のもふもふ生活を頭に思い描いた。
◇
「さーて……やるぞ!」
翌日、俺は早速バイトがてらツノウサギを探すことにした。
ちなみに俺の作戦は『俺はお前より強いということをアピールしつつ、なんとかうちに来てもらえないか説得する』。以上だ。
ショウは『害獣はプライドが高いから簡単に服従しない』と言っていた。つまり『相手が自分より圧倒的に強い』と思わせることができれば服従してくれるんじゃないか――と思ったわけである。
……だが、それでテイムできるのなら難しいと言われる訳がない。
俺も半ば無理だとは思っているが、そこはモノは試しということで、挑戦してみようと思う。
「とにかく探してみるか」
俺はとりあえず昨日ツノウサギを見つけた場所まで行って見ることにした。
森に入ってってすぐの、花畑が広がっている開けた場所。昨日見かけたのはこの辺りだ。
辺りを見渡してみると――
「えーと……お、いた!ツノウサギだ!!」
昨日のとよく似たウサギが、花畑の隅でもしゃもしゃと花びらを食んでいる。
いきなり出会えるとはラッキーだ。
「かっわいい……モッフモフじゃん……」
そう言って近づこうとすると、ツノウサギは俺の存在に気付いたようで、花びらを食むのを止める。俺を警戒してか、じっと見つめて間合いを保つように後ずさった。
俺はじっくりとツノウサギの体を眺める。体長はだいたい30cm。毛色は薄いグレー、きゅるっとした瞳は深い藍色だった。ピンと伸びた耳の間に一本の白い角が生えている。
――さて、それじゃあ交渉に移ろう。
「ツノウサギ、はじめましてだな。俺は椎名泉。よかったら俺のペット……家族になってくれないかと思って来たんだが……」
「キュイイ!」
当たり前だが、ツノウサギは警戒を解かない。それどころか誰がお前なんかについて行くかと言わんばかりに唸り声を上げて威嚇し始める。
「うーん、まぁそうだよな」
どうしようかと思って首をひねっていると、ツノウサギは隙ありといわんばかりに自慢の角で足めがけて突進してきた。
「キュ――ッ」
「うおわっ」
俺はそれは紙一重で躱して、後ろに尻餅をつく。そんな俺を見て、ツノウサギはどこか馬鹿にしたような表情をしている。
「キューッ……!!」
「おまっ、危ないだろ。まずはちょっと落ち着いて話し合わないか?」
「キュ――ッ!」
「き、聞いてないか……」
……どうも完全に舐められていそうな気がする。
なら、まずは俺強いんだぞプレゼンから始めたほうがいいか? でもいきなりそれだと脅しみたいで嫌だな。
「……! キュッ……!」
どうしたものかと思案していると、ツノウサギが突然飛び上がって近くの岩陰に隠れてしまった。
「え?どうし――」
不思議に思って首を傾げると同時に、背後からドドドッと地面が揺れる音。
「ブオオオォオッ!!」
「うおっえ、またこいつか!?」
木陰から飛び出してきたのは巨体の猪。先日からよく見かけるタイプの害獣だ。ツノウサギはこの気配にいち早くに気づいていたらしい。
俺は慌ててトラックストラップを通した腕を構える。
「――て、【転移】っ……!」
距離があったので、落ち着いて猪と事故を起こせる。猪はストラップに当たった瞬間、その姿をふっと消した。
「あー……びっくりした。大丈夫か?」
そう言って岩陰のツノウサギに声をかけてみれば、先程の戦闘を覗いていたらしく、つぶらな瞳をめいっぱい広げて驚いていた。
「キュ……、キュ………!?」
ツノウサギは目の前で起きた超常現象に固まってしまっている。
期せずして『猪を一撃で倒せるくらい強いんですよー』という自己アピールができてしまった。
「なぁ、俺はお前と落ち着いて話し合いたい。ちょっと話を聞いてくれないか?」
「キュッ………?」
このまま俺強いぞプレゼンを続けてゴリ押しでテイムという方法もあるかもしれないが、一方的に隷属させるのは可愛そうだし本意じゃない。お互いの合意の上で関係を成立させたいところだ。
子どもが親を選べないように、社畜が上司を選べないように、そんな不幸をこの将来の家族候補に負わせたくないものだ。
「俺の希望としては、お前に俺のペット…従魔?になって欲しいんだ。まぁ、従魔って言ったって、俺の命令に絶対服従しろとか害獣と戦えとか言うわけじゃない。ただ、俺はお前みたいなカワイイ動物と生活がしたいんだ」
「キュ……、キュー……」
ツノウサギは俺に害意がないと分かったのか、抵抗するとまずいと思ったのか、その場に腰を落ち着ける。
とりあえず話を聞く気になってくれたようだ。
「では次にお前のメリットを提示する。まず食と住の保証だ。食事はお前の希望のものを用意しよう。家は俺の友人が提供してくれるらしい」
「キュィ……、」
「次に、お前の安全の保証だ。俺はさっき見てもらった魔法みたいなものが使える。テイムさせてくれるなら、全力でお前を保護することを誓おう」
「キュ――……」
「もちろん、他に希望があればできる限り聞こう。……プレゼンは以上だ。ご清聴ありがとうな。なにか質問はないか?」
「キュ……キュウ………」
プレゼンの感触を確かめようとツノウサギの顔を覗き込むが、感情のよくわからない表情をしていた。
……まぁ、知らない男にいきなりこんな話をされたら、そんな顔になるというものだろう。
「ま、まぁ、突然な話だったと思う。今日はこの話をしに来ただけなんだ」
「キュ……?」
「テイムされてもいいと思ったら、また1週間後にこの場所に来てくれないか?」
いきなり自分より強そうなやつが現れて、『テイムさせてくれないか?』なんて、どれだけ丁寧にお願いしてもほぼ脅迫に近いだろう。
専務に『椎名くん、この案件頼んでもいいかな?』と直接頼まれるのとほぼ同義だ。答えはイエスしかありえない。
ということで、俺は今日は話だけのつもりで来ていた。これならツノウサギにも拒否権がある。嫌なら来週この場に現れなければ良いだけだ。
「じゃあな。また来週、会えることを願ってる」
そう言って俺が踵を返そうとしたとき、ツノウサギは観念したように目を閉じた。
「キュ………!」
小さな鳴き声を出したかと思えばツノウサギの目がほのかに白く光る。
「え、な、何、どうした!?大丈夫か!?」
慌てて駆け寄れば、発光が止む。
そしてツノウサギが俺の足に手を置くと同時に、頭の中に様々な情報が流れ込んできた。
「おー……!もしかして、これがテイムか………!?」
『種族ホーンラビット、性別オス、年齢35歳――』頭に流れ込んできたのは、ツノウサギのプロフィールだろう。
難しいと言われていた割には、あっさりテイムさせてくれたようだ。個体差があるのだろうか。ただでさえプライドが高いと言われている獣なのに、よく年下の俺について行こうと思ってくれたものである。
……まぁ、なにはともあれ、テイムできたのは非常に嬉しい。
「念願のペット!ツノウサギ!テイムさせてくれてありがとうな!」
そう言って俺はツノウサギを抱き上げた。
だいたい2kgくらいだろうか。ずっしりとしたもふもふ感がたまらない。
するとその時、獣の鳴き声に紛れて、凛とした少年のような声が聞こえた。
『………おまえ、何者なの?』
「え……っ?」
……今、なんか、ツノウサギの方から声が聞こえた気がするんだが。
そう思ってツノウサギの口元をガン見していると、再びその口が開く。
『聞こえてるの?』
「しゃ………しゃっ…………?」
……やはりこのツノウサギの方から声が聞こえる。
さらに『キュイ』という鳴き声も同時に聞こえるので、脳が混乱しそうだ。
『ねぇ、何者かって聞いてるんだけど』
「しゃべれるのかおまえ……便利だな……」
『……ヒトの話聞きなよ』
『ヒトっていうかウサギだけどな……』
……まぁ、確かにテイムしたら言葉がわかるようになるってのは定石だよな。意思疎通がしやすくなるのはありがたい。
俺はとりあえずツノウサギを地面に下ろし、その前に座った。第一回椎名家家族会議の始まりである。
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