49.瑞兆、現る (地図あり)
建安23年(218年)7月 司隷 河南尹 洛陽
天子の劉協を伴って洛陽入りした俺たちは、漢王朝の復興に向けて動きだした。
それは王朝復興の宣言であったり、統治機構の再建や洛陽の修復などと、いろいろだ。
そしていまだ旗幟を鮮明にしていない軍閥への対処もあった。
現状、華南は俺の支配下にあるし、中原の掃除もあらかた終わっている。
残るは劉備の他には、韓遂、馬超らの涼州軍閥ぐらいだ。
そこで以前から、彼らには洛陽への出頭を呼びかけていた。
当然、最初はこちらの騙し打ちを恐れて、応じようとしない。
そこで天子の名で、危害は加えないという宣言を周知させると、韓遂や馬超はわりと素直に出てきた。
問題は劉備だった。
なにしろヤツには、俺を裏切って背中を刺した前科がある。
ちょっとやそっとでは警戒を解いて、益州から出てこようとしない。
仕方ないのでこちらも粘り強く交渉し、彼らの安全を保証することで、やっと出てきた。
そもそも奴らも、漢朝の正統を取り戻すために、一緒に戦っていたはずなのだ。
正統な天子の呼びかけに応じないわけにはいかない。
そうして俺と劉備は、久しぶりに顔を合わせた。
「久しぶりですね、劉備どの」
「あ、ああ、久しぶりだな、孫紹どの。いや、呉王さまと呼ぶべきか?」
「孫紹で構いませんよ。私と劉備どのの仲ではありませんか。今日のところはお疲れでしょうから、まずはゆっくりとお休みください」
「う、うむ、かたじけない」
そう言って表向き、劉備を敬っているが、立場的には圧倒的に俺が上だ。
なにしろ俺は、正式に呉王の地位を認められ、揚州6郡の領地を賜っていた。
対する劉備は漢中王を名乗ったものの、ただの自称に過ぎず、公的には漢中郡の太守程度の存在だ。
今後、彼の扱いについて交渉の余地はあるものの、王になることは絶対にない。
せいぜい、将軍職を授けるくらいだろうか。
実は劉備を攻め滅ぼそうという声は、我が軍の中では大きかった。
しかしそれでは平和が遠のくので、あえて妥協した結果なのだ。
いずれにしろ、こうして韓遂や劉備が伺候したからには、中華全土が一応、漢朝の下にまとまった形になる。
その力の源泉は俺の軍事力なのだが、これからどうなるか楽しみな反面、面倒事も多いのだろうなと、覚悟していた。
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あれから劉備たちと交渉して、それぞれの待遇が決まった。
韓遂や馬超には将軍職を授け、主に涼州の防衛をしてもらう。
そして劉備にも将軍職を与え、幽州の防衛に従事してもらうことになった。
最初、劉備は蜀郡の太守を希望していたが、俺を裏切ったようなヤツに、そこまで譲歩する必要はない。
さらに諸葛亮もゴネていたが、俺と劉備の軍事力の格差について教えてやると、ようやく引き下がった。
ぶっちゃけ、命があるだけでも、感謝していいと思う。
こうして新生漢王朝の体制が固まると、親睦を兼ねて園遊会をすることになった。
それは宮廷の庭で宴を開き、天子が重要人物に声を掛けるといったものだ。
天気の良い日に、要人が集められ、宴が始まる。
俺たちの前には豪華な料理が並べられ、和やかな宮廷音楽がかき鳴らされていた。
そんな中で、これから要人が呼び出され、劉協陛下にあいさつをし、お言葉をもらうわけだ。
そして最重要人物な俺は、真っ先に呼び出され、陛下にあいさつをした。
「孫紹です。本日は陛下もご機嫌うるわしく」
「うむ、これも孫紹のおかげだ。今後もしっかりと働いて、朕を支えてくれ」
「ははあ」
そんな感じで、陛下の御前を退こうとしたら、にわかに空が曇りだした。
「む、にわか雨か?」
「いや、それにしても妙だな」
周りの人間が不思議がっていると、突如、雷が落ちた。
――ゴロゴロゴロ、ピシャ~ンッ!!!
凄まじい音が響き渡ると同時に、今度は庭園の池から、水しぶきが上がる。
「な、何事だ?! おい、あれは龍ではないか!」
「おお、まさに。神獣さまのお出ましだ」
「おそらく王朝の再興を祝ってくれているのだろう」
それはまさに伝説の龍の姿をしたもので、優雅に舞い上がり、ぐんぐんと空に昇っていった。
龍といえば中国の神獣であり、皇帝の権威を象徴するような存在である。
そんな瑞兆を喜ぶ声が上がる中、龍から落ちた何かが、俺の足元にコロコロと転がってきた。
「ん? なんだ、これは」
不思議に思って拾ってみると、それは青みの掛かった、こぶし大の水晶玉だった。
それはえも言われぬ美しさで、思わず見惚れてしまうほどのものだ。
何気なく頭上に掲げて、それを眺めていると、周りが静まり返っていることに気がつく。
「え~と、どうかしたかな?」
「……孫紹どの。それはひょっとして、龍玉ではあるまいか」
「え、いや、たしかに龍が落としていったように、見えましたけどね。でもこんなとこに転がってるんだから――」
「孫紹!」
するとふいに劉協陛下から名を呼ばれた。
彼はおもむろに立ち上がると、さっさと歩きだす。
「ついてまいれ。話がある。皆の者は引き続き、宴を楽しんでいてくれ」
「はっ」
「「「はは~」」」
俺が劉協の後に続くと、彼は黙って歩き、やがて庭園の一角の東屋に入る。
「まあ、座れ」
「はあ」
俺が黙って座ると、お付きの者がお茶を準備してから、引き下がる。
するとおもむろに劉協が喋りはじめた。
「先ほどの龍の出現には驚いたな」
「ええ、まったくです。おそらく漢朝の復興を、天が祝ってくれたのでしょう」
「うむ、そうかもしれんな」
劉協は静かに茶を含むと、また押し黙る。
しばし沈黙が続いてから、ようやく口を開いた。
「実は先ほどの出来事を見て、確信したことがある」
「はあ、それはなんでしょうか?」
「うむ、それはな……天は朕でなく、孫紹の治世を望んでいるということだ」
「陛下! そのようなことは――」
「良いのだ。孫紹。良いのだ」
劉協は自分自身をなだめるかのように言いながら、やがて俺の目を見つめた。
「のう、孫紹。新たな王朝を、開いてはくれんか?」




