45.龍の加護
建安22年(217年)10月 豫州 潁川郡 陽翟
敵に司馬懿が付いた辺りから、陽翟の攻略は停滞してしまう。
さらにそんなことをしているうちに、敵の増援が到着してしまった。
「くそっ、本当に10万も来やがった」
「ええ、これは苦しいことになりますね」
「とはいえ、こちらもこれ以上の増援は難しい。苦しいが、なんとかやるしかないな」
「ええ、逆にここをしのげば、こちらが有利になります」
「そうだな。どうせ敵は新兵が大半のはずだ。やってやろうじゃないか」
敵は増援を得て、再び20万人ちかい大軍になっていた。
対するこちらは、南陽で徴兵と錬成を続けているが、大幅な増員は難しい。
それどころかこちらは、益州の劉備にも備えなければならないので、前線にはほとんど回ってこないという状況だ。
しかし曹操軍にも弱みはある。
急激に徴兵をしたため、その大半が新兵であることだ。
おかげで複雑な行動は難しいだろうし、何かあれば崩れるのも早いはずだ。
俺たちはそこに一縷の望みをかけて、敵を迎え撃つことにした。
しかしその見込みは、想像以上に甘かった。
「右翼 呂範将軍の隊が押されています!」
「左翼 魏延隊も苦戦中! 応援要請が来ています」
「敵騎兵隊、後方に回りこもうとしています!」
俺と周瑜、陸遜が詰める本陣に、ひっきりなしに情報が舞いこむ。
それはほとんどの場合、味方の苦戦を示すものだった。
敵は今回も、大軍でもって一斉に襲い掛かってきたのだ。
その犠牲をかえりみないやり方は、前回よりも一層徹底しており、敵の死傷者はどんどん増えていく。
それに対して、味方の死傷者は数分の1だが、決してゼロにはならない。
さらに敵が入れ替わり立ち替わりで攻撃を繰り返すことで、味方の疲労が蓄積していた。
おかげであちこちに綻びが生じ、我が軍は崩壊の危機に瀕していた。
「むう……このままでは前線がもたないかもしれませんな」
「ええ、まさか敵がここまで非情な作戦を取るとは、予想していませんでした」
「……」
何が違うといって、今回の曹操軍は、兵士の犠牲を一切考慮していないように見えることだ。
どうやって統制しているのか、よくは分からないが、ほとんど死兵となった敵の進軍を、阻めないのだ。
そんな、事前の見込みとは大きく異なる状況で、さすがの周瑜と陸遜も余裕を失っていた。
そんな空気の中、俺はとうとう決断をする。
「やむを得ん。龍炎車を投入する」
「ッ! よろしいのですか? あれは最後の切り札のはずですが」
「ここで負ければ、元も子もなくなるからな。それにおそらく恐怖で動かされている敵兵には、あれがよく効くだろう」
「そうですな。分かりました。龍炎車の投入を指示します」
その後、周瑜の指示によって、新たな兵器が前線へ投入された。
それは弾性体でモノを飛ばす投射機で、それに車輪を付けたものだ。
霹靂車に似ていなくもないが、決定的に違うのは、それが撃ち出すモノだった。
「固定よ~し」
「よし、炎玉を装填」
「装填、よし」
「着火……放てっ!」
「発射!」
龍炎車が作動して、炎玉が発射される。
それは数十メートルの距離を飛んでゆき、やがて空中で爆発した。
――ドカ~ン!!!!!
凄まじい音と石片が、敵兵に降りかかる。
するとその衝撃に驚いた敵兵が、大騒ぎをしはじめた。
「凄まじい音ですな。これならば敵兵も、動揺しましょう」
「ええ、これで少しは優勢になるでしょう」
周瑜と陸遜がそう評する兵器は、”黒色火薬”で作った爆弾だ。
これも龍撃砲などと一緒に開発させていた、新兵器である。
それは硝石に木炭と硫黄を混ぜたもので、史実では9世紀頃に中国で発明されたという。
実のところ、俺はこの火薬だけは、よほどの事がない限り使うつもりはなかった。
なぜなら黒色火薬はやがて西洋に伝わり、戦闘の様相を大きく変えたものだからだ。
そのインパクトは、平衡錘投石機の比ではないだろう。
そのため開発体制は厳重に管理し、情報が外に漏れないよう、徹底的に隠蔽している。
おかげで生産できたのも少量で、それもあって使いたくはなかったのだが、このような状況では致し方ない。
しかしその甲斐あって、戦況は一気に有利になった。
「敵の前線部隊が崩れております。ここは一気に逆襲に出ましょう」
「ああ、敵が立ち直る前に、たたみ込んでやろうぜ」
「承知いたしました」
ぶっちゃけ、爆弾の殺傷力はそれほど高くなく、主に威迫効果を狙っていた。
しかし敵も新兵を恐怖で従わせていたと見えて、その効果が強く出ている。
目に見えて逃げ腰になった敵軍に、味方部隊が襲いかかっていった。
おかげでさっきまで防戦一方だった味方部隊が、見事に勢いづいていた。
その理由として、俺が”龍の加護”を得ているという、噂も役立っている。
龍炎車を使ったら、味方内でそんな噂をばらまくよう、準備していたからだ。
神獣とも言われる龍の加護を得るということは、俺の正当性をも示してくれる。
おかげで味方兵士も勇気百倍って感じで、奮い立ってるわけだ。
龍炎車も少しずつ前進し、継続的に爆弾を放っていると、やがて敵兵が一気に崩れた。
敵の中央軍の士気がとうとう崩壊し、一斉に逃げはじめたのだ。
すると左右の両翼もそれに引きずられ、ほぼ全面的な壊走に至る。
危機的な状況からの、大逆転だった。
「ふう、なんとかなったようだな」
「ええ、こうなってしまえば、いかに優秀な指揮官といえど、立て直せないでしょう」
「まったくです。それにしても、孫紹さまはとんでもない兵器を生み出しましたな。一体どうすれば、あのようなモノを考えつくのですか?」
陸遜にそう問われ、俺はあいまいに笑った。
「夢で見たって言ったら、信じるか?」
「なんと……それはつまり、天命を受けたということですか?……普通ならば信じられないことですが、孫紹さまならば、あり得るかもしれませんな」
「フフフ、そうか、孫紹さまは天命を受けているのか。ならば怖いものはありませんな」
「おいおい、あまり油断しないでくれよ。それに周瑜や陸遜がいなけりゃ、こんなことはできないんだからな」
「フハハッ、それは光栄です。ならば今後も頼っていただけるよう、さらに奮起しましょう」
「ええ、私も全身全霊を尽くします」
「ああ、頼んだぞ」
俺の言ったことを本当に信じたのか、それはよく分からない。
しかしなんとか危機を脱した俺たちは、久しぶりに心から笑えていた。




