43.南陽防衛戦
建安22年(217年)6月 荊州 南陽郡 魯陽
劉備の裏切りによって、南陽への撤退を余儀なくされた我が軍は、敵の攻勢にさらされていた。
南陽の西部に劉備軍がいるのはもちろん、北方から夏侯淵が攻めてきたのだ。
これは涼州で劉備軍や韓遂たちと対峙していた夏侯淵が、劉備の寝返りで手が空いたせいである。
さらには潁川郡の陽翟にこもっていた夏侯惇も、態勢を立て直して合流してきた。
夏侯淵と夏侯惇の軍は、南陽郡北部の魯陽に狙いを定め、猛烈な攻撃を仕掛けた。
しかしあらかじめ配置してあった兵力で防いでいるうちに、援軍が到着。
この辺は伝書バトで迅速に連絡を取れる我が軍が、大きく有利だった。
おかげで魯陽周辺で、再び曹操軍と対峙することとなる。
その兵力は味方が7万に対し、敵は10万と、やはりこちらが劣勢だった。
しかし倍の敵にも耐えた我が軍が、守りに回るのだ。
それほど大きな危機感は覚えなかった。
「敵はどんな意図で攻めてきたのかな?」
「おそらく劉備を後背に抱えているうちに、戦線を押し上げたいのでしょう」
「押し上げたからって、城を取れるもんじゃないだろう」
「その代わり、味方の城も取られません。当面は我らを南陽へ押しこめておく腹でしょうな。その間に敵も増援が届くか、劉備が後方を乱すことを願っていると思われます」
周瑜が苦笑しながら、そんな推測を立てる。
「なるほど。それなら積極的な攻勢を掛ける可能性は薄いか。決めつけるのも危険だが、こっちも様子を見ながら対応しよう。ところで陸遜の方は、どうなっている?」
「順調なようですよ。まずは筑陽までを取り返して、敵を追撃しているそうです」
南陽の西部は劉備軍の侵攻を受け、漢水沿いの都市がいくつか、陥落していた。
敵は関羽を主将に、約2万の兵を送りこんでいる。
そこで俺は、陸遜に3万の兵を預けて送り出した。
そしてすでに陸遜は、筑陽までを取り返したらしい。
「あっさり取り返せたってことは、こちらを引きこむつもりかな」
「そうでしょうな。こちらの方が兵数も多いので、引きこんで有利な状況を作りたいのでしょう」
「まあ、陸遜ならそんなことはお見通しだろうから、心配はないな」
「ええ、周泰も付けてありますし、問題はないでしょう」
関羽がいかに猛将であっても、陸遜の智謀には敵わないであろう。
南陽はこちらのホームだってのも、有利な条件だ。
信頼できる部下を持つってのは、気分のいいものである。
こちらも目の前の敵に集中して、劣勢を覆してやろうじゃないか。
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建安22年(217年)8月 荊州 南陽郡 魯陽
あれから約2ヶ月。
戦線はがっつり膠着していた。
曹操軍は案の定、消極的な攻めで俺たちを拘束しようとする。
こちらも決め手に欠け、同様の対応をしていたため、損害は少なかったものの、敵を攻めきれていない。
ただしこちらも、全く備えをしていないわけではなかった。
「投石機の設置、完了しました」
「見張り台の設置、完了しました」
「騎兵隊の増援が到着しました」
着々と魯陽城の守りを固める一方、後方で養成していた騎兵隊も到着した。
これにより我が軍の戦力は大きく増大している。
それでも動かなかったのは、彼を待っていたからだ。
「お久しぶりです、孫紹さま」
「おおっ、待ってたぞ、陸遜。関羽の撃退、ご苦労だったな」
「いえ、予想以上に時間を掛けてしまい、面目ありません」
陸遜がようやく関羽軍の撃退に成功し、久しぶりに合流したのだ。
ほんの2ヶ月でやってのけたのだから、決して恥じることもないのに、彼は頭を下げる。
「そんなことないって。2ヶ月で撃退できたんなら、御の字だろう。ところで関羽はどうだった?」
「そうですね。噂にたがわぬ猛将であり、指揮ぶりも見事なものでした。しかし幸いにも、兵力は大したことがなかったので、押さえこめましたね」
「そうか。さすがだな」
「いえ、周泰どのにも助けられましたから」
聞けば陸遜は、正面は守りに徹しつつ、後方の補給妨害に勤しんだらしい。
正面の守りでは、周泰も活躍したそうだ。
そうしてじわじわと圧力を掛けていったら、とうとう関羽も音を上げて、漢中方面に撤退したらしい。
さすが関羽も名将なだけあって、引き際は見誤らなかったか。
今は武当に周泰を置いて、再度の侵攻に備えているそうだ。
「ふむ、それなら漢中方面は大丈夫そうだな。ならば、こっちも攻勢に出るとするか」
「ええ、敵も増強が始まりそうなので、早い方がいいでしょう」
俺の提案に、周瑜がすかさず応じる。
彼も防戦一方の戦いで、鬱憤が溜まっているのだろう。
これほどの大軍となると、さすがの周瑜も自在には動かせないからだ。
しかし陸遜が戻ってくれば、またそれも可能になる。
「よし、まずは荊州から敵を追い出して、豫州へ攻め入るか」
「「はっ」」
しかしその後の戦いも、決して楽なものではなかった。
こちらは魯陽を拠点にできるものの、やはり兵力が少ない。
それに対して、敵も今までに野戦陣地を構築しており、しかも積極的な攻めには出てこないのだ。
「思った以上に消極的だな」
「ええ、おそらく援軍を待っているのでしょう」
「現状でも向こうが多いのに、情けなくないか?」
「フフフ、陽翟でやられたのが、想像以上に堪えているのでしょう」
どうやら敵は、想像以上に慎重になっているようだ。
まあ、実際に陽翟を落とす寸前まではいったのだから、それも当然かもしれない。
そして敵は時間が経つほどに、援軍が増える可能性がある。
今も曹操は必死に反乱を鎮圧し、また追加の徴兵もしているであろう。
つまりこのままでは、こちらがより不利になるのだが……
「敵軍に陣払いの動きがあります!」
「よしっ! どうやら蔣琬が、上手くやってくれたようだな」
「フフフ、さすがに三輔地方を荒らされては、曹操も黙っていられないでしょうからな」
実は夏侯淵が南下してきた時点で、蔣琬を涼州へ遣わしていたのだ。
そして韓遂や馬超を説得して、司隷の三輔地方を襲わせた。
(三輔地方とは右扶風、左馮翊、京兆尹の3郡のこと)
韓遂たちは一度は劉備に丸め込まれ、兵を引いていたものの、蔣琬の弁舌に乗せられて、再び兵を起こした。
彼らは元々、曹操に反発して兵を起こしていたのだし、劉備の裏切りも気に入らなかっただろう。
その点を上手く突かれて、気を変えたのだ。
さすがは蔣琬、良い仕事をしてくれる。
さて、これを機に、敵に追い打ちを掛けてやりますかね。
 




