幕間: 曹操クンには余裕がない
建安21年(216年)5月 冀州 魏国 鄴
「「「曹操さま、魏王への就任、おめでとうございます」」」
「うむ、これも皆のおかげだ。これからもよろしく頼むぞ」
「「「はは~っ」」」
フハハハハッ、とうとう魏王に昇格したぞ。
これで儂の権威にも、ますます箔がつこうというものだ。
それにしても、ここまで来るのは長かった。
なにしろ劉姓でない者が王になるのは、絶えて久しいからな。
しかし事実上の中華の支配者である儂が就任するのに、なんの不都合があろうか。
それを不徳だ不忠だなぞと騒ぎ立て、邪魔する者のなんと多いことか。
魏公になるのさえ、腹心の荀彧に邪魔されたので、自裁を命じねばならなかったほどだ。
あれは残念な出来事だった。
しかしこうして魏王になったからには、もう逆らう者もおるまい。
このうえは目障りな孫紹と劉備を、ひねり潰してやろうではないか。
待っておれよ。
グギギッ、こしゃくな事に、劉備と孫紹がそれぞれ王を名乗りおった。
劉備が漢中王で、孫紹が呉王だと?
なんと不遜な輩じゃ。
ぶっつぶしてやる!
とは言うものの、儂の足元は思った以上に脆弱なままだ。
このままでは反逆者の討伐もままならん。
まずは足元がために集中するか。
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建安21年(216年)9月 冀州 魏国 鄴
「孫紹が兵を集めているだと?」
「はい、おそらく南陽、そして中原への進出の前触れかと」
「むう、とうとう来たか……迎撃の準備は整っておるのであろうな?」
「はい、曹仁将軍が南陽の守りを固めております。ただし大軍の編成には、多少の時間が掛かりますが」
「それは仕方ないな。大至急、兵を集めると共に、曹仁へ時間稼ぎの指示を送れ」
「はっ」
おのれ、孫紹。
とうとう中原に出てくるか。
しかし8年前とは違って、今度はこちらが迎え撃つ番よ。
盤石の態勢でもって、叩き潰してやる。
そのうえで再び華南に押し出して、今度こそ息の根を止めてやるわ。
覚悟しておれよ。
「宛城が陥落し、曹仁どのと徐晃どのが討ち死にされたそうです」
「な、なんだとっ! 曹仁がやられたのか?!」
信じられん。
孫紹軍は短期間で新野を落としてから、宛を囲んだという。
新野では新兵器にやられたので仕方ないとしても、宛ではそれなりに対策をしたはずだ。
それがあっさりと破られたうえに、曹仁と徐晃が討ち死にだと?
我が股肱の臣が死んだなどと、信じたくもない話だ。
おのれ、孫紹。
「南陽郡の守りは放棄しろ。潁川郡に兵を集めて、大軍ですり潰すのだ」
「はっ、ただちに手配します」
くそ、この恨み、必ず晴らしてやるぞ。
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建安22年(217年)4月 冀州 魏国 鄴
とうとう孫紹が豫州へ攻めてきた。
それに対し我が軍は、潁川郡の陽翟に兵を集結し、敵を迎え撃つ構えだ。
冬の間に進めた兵の数は、20万人にものぼる。
敵は10万ほどしかいないらしいので、まず大丈夫であろう。
しかし今までにさんざん、非常識なことをやってきた孫紹だ。
万一の場合の備えも必要であろうな。
「司馬懿、例の件、進んでおるか?」
「はっ、確約はありませんが、手応えは感じられます」
「むう……しかし本当に劉備が、裏切るのか?」
「あの者が転々と立ち位置を変えてきたのは、曹操さまもよくご存知のはず。それに丞相を名乗る諸葛亮という男が、現状に危機感を覚えているのは明白です」
「まあ、たしかにヤツは節操がないからな」
宛が落とされた時点で危機感を覚えた儂は、何か打開策がないものかと思案しておった。
そこへ献策してきたのが、この司馬懿じゃ。
それは孫紹と同盟しているはずの劉備に、背後から南陽を襲わせるというものであった。
最初は、弱者同士で寄り集まって戦おうとしているのに、そう簡単に裏切るものかと疑わしかった。
しかし司馬懿は、自信たっぷりに言ったのだ。
”孫紹と劉備は親しそうに見えても、実際には互いを疎ましく感じております。現状は甚だしく孫紹に有利ですので、その点を突けば、劉備も危機感を覚えるでしょう。ここは万一のため、策を講ずるべきかと”
そう言われてみれば、やらない手はないように思えたので、その工作を司馬懿に任せていた。
そして案の定、劉備が乗ってきたという。
「劉備が背後を突いてくれるのは大歓迎だが、見返りはどうするのだ?」
「とりあえず益州全体の領有を提示しています」
「むう、それでは劉備に力を持たせすぎるのではないか? 劉備が孫紹に取って代わるのでは、意味がないと思うが」
「孫紹さえ潰してしまえば、あとはどうとでもなりますので、ご安心を」
「まあ、たしかにそうかもしれんな。その代わり、なんとしても劉備を寝返らせるのだぞ」
「微力を尽くします」
相手のあることだから、絶対とは言えんだろうが、なんとかものにしてもらいたいものだ。
さすれば儂の華南制圧も、早まるであろうからな。
その後、陽翟で激しい戦闘が繰り広げられているうちに、嫌な情報が入ってきた。
「幽州の烏丸族、徐州、青州の黄巾残党などが兵を挙げました! さらに鉅鹿でも、一部の官吏が反乱を起こしているようです」
「なんだとッ?!」
くそっ、やられた。
十中八九、孫紹の仕業であろう。
考えることは一緒だな。
「現地の兵だけで抑えられるか?」
「いえ、どこも結構な規模の反乱ですので、応援が必要です」
「ぐううっ……やむを得まい。豫州から兵の一部を戻せ」
「はっ、しかし……豫州の守りはどういたしましょうか?」
「夏侯惇に確認して、最低限の兵は残すのだ。ヤツならばやってくれるであろう」
「はっ、かしこまりました」
グギギギギギ、このままでは豫州も取られてしまうかもしれん。
なんとしても、守ってくれよ、夏侯惇。
それからしばらく、反乱の鎮圧に忙しくしておったら、今度は朗報が舞いこんできた。
「孫紹軍が兵を退いたそうです! 陽翟も無事です」
「まことかっ! これはおそらく、劉備が寝返ったな」
そう言って司馬懿を見ると、ヤツが自信たっぷりに笑う。
「どうやらそのようですな。お役目が果たせて、ホッとしております」
「うむ、見事だ。しかし一応、裏取りはしておけよ」
「はっ、大至急、情報を集めます」
ふう、どうやらこれで、豫州は守れそうだな。
逆に敵は崩れるだろうから、今度はこっちから侵攻してやるわい。
見ておれよ、孫紹。
それにしても、あの司馬懿という男、有能なのは間違いないが、イマイチ得体が知れんのう。
元々、儂への出仕を拒んでおったぐらいだから、忠誠心も期待できんしな。
しかし、そんな人間を使いこなすのが、真の君主というものよ。
この曹操こそが、中華の覇者じゃからな、ワハハハハ。




