39.孫紹、南陽を制圧する
建安21年(216年)11月 荊州 南陽郡 宛
厳重な監視網をしきつつ、強弩部隊を要所に配置することで、敵の騎兵隊はだいぶおとなしくなった。
なにしろこっちには、10万近い兵力があるのだ。
そのうえで攻城戦を仕掛けつつ、俺たちは龍撃砲を組み立てた。
それが5日ほどで組み上がると、さっそく巨大な石を宛城にぶちかましてやる。
「放てっ!」
ブウンッという唸り音を立てて、100キロもの巨石が飛ぶ。
それは1発目から城壁に当たり、派手な音と土煙を巻き上げた。
それに遅れて、敵兵が慌てる声も聞こえてくる。
「1発めから当てるとは、ずいぶんと上達したな。どんどんいこうか」
「はっ、次発装填、急げ」
「「「おうっ」」」
その後も継続的に巨石を飛ばしていると、やがて城壁の一部が崩れはじめる。
そこでそろそろ、突撃の指示を出そうかと思っていた矢先、ふいに城門が開いて、敵が打って出てきた。
「敵が出てきたぞ。迎撃準備!」
「「「おうっ!」」」
さすがは曹仁というべきか。
このままこもっていては負けるだけなので、あえて打って出て、活路を求めたのだろう。
しかしこちらには周瑜と陸遜という、超優秀な武将がいるのだ。
そんな敵の動きですら、想定内だった。
ただちに陣形を整えて、敵を迎え撃つ。
そしてそんな部隊を率いるのは、歴戦の勇将たちである。
「野郎どもっ、叩き潰せ~っ!」
「「「おお~~っ!!」」」
甘寧、周泰、魏延、呂範、朱桓、凌統、蒋欽、徐盛などの男たちが、敵に殴りかかった。
おかげで宛の周辺は大混戦となり、しばし状況がつかめなくなってしまう。
じれったい思いでそれを眺めていると、やがてその隙をついて、近づく一団があった。
「敵騎兵隊、後方より接近してきます!」
「チッ、最後まで気が抜けないな。頼んだぞ、孫桓」
「はっ、この命にかえても。迎撃準備~!」
兵の大半が前線に出たため、守りの薄くなった本陣に、敵騎兵が奇襲を仕掛けてきたのだ。
すかさず親衛隊長の孫桓が、本陣の守りを固める。
しかし一緒に本陣に詰めていた周瑜と陸遜は、冷静に状況を分析していた。
「ふうむ、混戦に持ちこんで本陣を狙うとは、見事なものだな。たとえ狙っても、なかなかできるものではない」
「ですな。敵にもよほど優秀な参謀がついているのでしょう。そしてここに迫るのは、張遼かと」
「そうであろうな。さすがは曹操軍。武将にも厚みがある」
「2人とものんきだなぁ」
「フッ、大将がここで慌てては、兵が動揺します。孫紹さまももっと、どっしり構えていてください」
「はいはい」
さすが、歴戦の勇将だけあって、周瑜も陸遜も落ち着いたものである。
呆れた声を漏らしたら、逆にたしなめられてしまった。
しかし彼らの言うことはもっともだ。
ともすると逃げ出したくなる気持ちを押し殺して、俺も悠然とふるまった。
そんな俺たちの態度に安心したのか、味方も落ち着きを取り戻す。
そしていよいよ本陣に、張遼の騎兵隊が襲来した。
「うお~っ!」
「なんの!」
「孫紹さまを守れ~!」
それは300騎ほどの精兵なのだろう。
一丸となって突っこんでくるその様には、鬼気迫るものがあった。
そしてその先頭に立つ男が、おそらく張遼だ。
敵は味方の部隊をかすめるように接近すると、一斉に矢を放ってきた。
その技量は見事なものであり、俺たちの近くに矢が降り注ぐ。
しかし俺の周りに配置された護衛たちが、盾や矛でそれを防いでくれた。
逆に敵の騎兵にも強弩が放たれ、数人の兵が落馬する。
それでも敵は大きく崩れずに、整然と撤退していった。
あいにくと手元に騎兵がないため、俺たちはそれを見送るしかない。
「やりますね」
「ああ、さすがは張遼だ。それなりの打撃は与えたが、こちらもヒヤリとさせられたよ」
「まったくです。これは勝っても、立て直しが必要ですな」
「そうだな。だけど今は、確実に目の前の勝利を手にしよう」
「ええ」
その後、凄惨な戦闘が続いたが、なんとか敵の主力を潰すことに成功し、宛城の攻略もなった。
ただし味方の損害も多く、俺たちはその後始末に奔走させられることになる。
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建安21年(216年)12月 荊州 南陽郡 宛
苦労しながらも宛を攻略したことにより、南陽のほとんどの都市が恭順してきた。
というのも、他の都市に配置されていた敵軍の多くが、豫州へ撤退していったからだ。
おかげでこちらもひと息つけたが、その代償も大きかった。
「なんと10万のうち、2万が戦闘不能とはな。やられたもんだ」
「うむ、最後の突撃は壮絶でしたからな」
龍撃砲を組み立てるまでにも損害は積み重なっていたが、最後の敵の突撃が痛かった。
どうやら主将の曹仁みずから打って出たらしく、多くの死傷者が出てしまう。
ちなみに敵の総数は5万人ほどだったらしく、やはり2万人ほどの死傷者を出している。
そして2万人ほどは降伏し、残りはどこかへ逃げおおせたようだ。
張遼も見事に逃走に成功したようで、首は取れていない。
「それで、名のある武将は、分かったのか?」
「はい、主将の曹仁と徐晃が討ち死にし、于禁が降伏しています。騎兵を率いていた張遼は、まんまと逃げおおせたようですね」
「そうか。まあ、敵将を3人も減らせたんだから、満足するべきなんだろうな」
「そうですね」
曹仁や徐晃といえば、曹操軍を支えた有名な武将だ。
おそらく江陵からの戦で負け続けていたため、今回は決死の思いで挑んできたのだろう。
于禁はそれほどの思い入れがなかったのか、こちらに降った形だ。
まあ、史実の樊城の戦いでも、降伏してるしな。
「いずれにしても、春までは兵は動かせそうにないな」
「ですな。その間に豫州で守りを固められると思うと、気が重いですが」
「それは仕方ないな。そういえば涼州の方は、どうなってるんだ?」
「劉備や韓遂が暴れてますが、あまり大きな成果は出てないようですね」
「まあ、それは仕方ないな。多少でも兵を引き寄せてくれるだけで、よしとしよう」
とりあえず南陽は取れたが、難問は山積である。
しかしまずは一歩を踏み出せたことを、喜びたいと思う。




