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それゆけ、孫紹クン! ~孫策(オヤジ)の夢はオレが継ぐ~  作者: 青雲あゆむ
第1章 実権掌握編

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幕間: 曹操クンは歯ぎしりが止まらない

とりあえず、曹操がわの事情も。

 儂の名は、曹操そうそう 孟徳もうとく

 漢の丞相にして、魏公たる存在よ。


 今でこそ、押しも押されもせぬ立場になったが、若い頃は苦労をした。

 騎都尉として黄巾賊を討ち取ったり、官吏として政治を行ったこともある。

 やがて董卓などという田舎者が朝廷を牛耳ったので、袁紹たちと共に反旗をひるがえした。


 あいにくと少なすぎる手勢と、やる気のない味方のおかげで、董卓を討つことは叶わなかったがな。

 しかし世の中はうまくしたもので、長安に逃げた董卓が、初平3年(192年)に暗殺されおった。

 呂布とかいう配下に背かれたというのだから、いい気味だ。


 この頃には儂も、兗州えんしゅうの東郡に招かれ、太守に収まっていた。

 とはいえ周辺には賊徒どもが割拠しており、決して楽な状況ではない。

 そんな中で儂は、賊軍を次々と打ち破り、着々と力をつけていったのだ。


 その過程では徐州を攻めたり、逆に反逆を起こされたりと、苦しい日々が続いたわい。

 特に張邈ちょうばく陳宮ちんきゅうに背かれたのは、痛恨の極みであったな。


 張邈は数少ない親友だと思って、留守を任せていたというのに、呂布と結託しおったのだ。

 それに州内の大部分が呼応して、儂は非常に苦しい立場に置かれた。

 幸いにも荀彧じゅんいく程昱ていいくが頑張ってくれたので、興平2年(195年)には兗州を取り返すことができた。


 そして運命の建安元年(196年)。

 なんと天子が、長安から洛陽へ逃げてきたのだ。

 どうやら董卓の死後、配下たちが仲間割れを起こした結果らしい。


 儂はすぐさま天子の一行につかいを出し、なんとか彼を許に迎え入れることに成功した。

 おかげで儂は大将軍に昇進し、武平候ぶへいこうほうぜられることになるのだが、これに袁紹がへそを曲げてしまう。

 それまではヤツの方が優位だったのが、儂の下につくことに耐えられなかったのであろうな。

 やむなく儂は大将軍の座を譲ったのだが、その後も逆恨みは続き、関係は悪化していく。


 それから翌年(197年)には、南陽の張繍ちょうしゅうを攻めたのだが、不覚にも敗北してしまったのだ。

 しかも儂は長男を失い、自身も傷を負うという体たらくよ。

 悔やんでも悔やみきれぬ失態であった。


 しかし儂は見事に立ち直り、その後も陣頭に立って采配を振るった。

 おかげで袁術や張繍、呂布などという敵を全て倒し、残るは袁紹だけとなったのだ。

 ヤツは東北4州を治める大領主となっていたが、恐れるには足りない。


 むしろヤツさえ倒せば、中原の支配権は儂のものになるのだ。

 そう奮い立って、袁紹と対峙したのが建安5年(200年)だった。

 儂は死力を尽くして戦い、見事に官渡かんとでヤツを打ち破る。


 あいにくと袁紹を討ち取ることは叶わなかったが、その後は儂が一気に優勢となった。

 着々と袁紹を追い詰めるうちにヤツは死に、その息子どもなど全く怖くない。

 結局、建安12年(207年)には袁家を滅ぼし、中原の支配を固めたのだ。


 そして次に考えたのは、関中と華南の制圧よ。

 関中には韓遂かんすいなどの軍閥、益州には劉璋りゅうしょう、荊州には劉表りょうひょう、そして江東には孫権そんけんが割拠している。

 しかし中原を制した儂の敵ではない。


 そう思って翌年(208年)には、20万を超える軍勢で、荊州に攻め入った。

 荊州には劉表だけでなく、にっくき劉備もいたからだ。

 あの男、さんざん儂に世話になっておきながら、あっさりと袁紹につきおったのだぞ。


 それでいて都合が悪くなると、さっさと逃げ出して劉表の食客となりおった。

 聞けば臨邑侯りんゆうこう 劉復りゅうふくの末裔とかいつわって、劉表に取り入ったらしい。

 けっ、先祖も定かでない下賤の生まれのくせしおって。

 ヤツだけはなんとしても、息の根を止めてくれる。


 そう思っていると、劉表はすぐに死に、後継者の劉琮りゅうそうはあっさりと降伏してきた。

 まあ、当然のことだな。

 しかし劉備は逃げおおせたばかりか、なんと孫権と合流して歯向かってきおったのだ。


 なんと世の中の流れが見えない愚か者どもかと思ったが、これが予想以上に手ごわかった。

 我が軍のつまずきはまず、敵に陸口を押さえられたことよ。

 その流れのまま赤壁で負け、我らは烏林に陣取ることになる。


 しかし中原からの遠征疲れか、華南の水が合わなかったのか、味方の兵士に体調を崩す者が続出してしまう。

 そんなことで士気が上がらない状況で、敵将の降伏騒ぎが持ち上がった。

 敵軍も一枚岩でないと聞いていたので、それを受け入れてみれば、見事に火計を仕掛けられてしまう。


 おのれ孫権軍め。

 聞けば周瑜という者が指揮を執っているらしいが、実に侮れない連中だ。

 その後、勝ち目なしと見て、儂は早々に烏林を引き払った。


 あまりに敵の勢いが強いので、後を曹仁に任せ、儂は中原に戻ったのだ。

 いかに敵が調子に乗っていても、さすがに江陵城は落とせんだろう。

 そう楽観していたのだが……


「なんだとっ! 江陵が落とされた?!」

「はい、孫権軍、劉備軍が一丸となって、猛烈に攻め立てたようです」

「そうは言っても、連中の兵力など大したことはないであろう? 江東を挑発するよう、指示を出してあるぞ」

「それが孫権は、江東は守りに徹して、江陵に兵を集めたようなのです」

「くそっ、引っかからなかったか」


 合肥や広陵で孫権軍を挑発するよう、指示を出しておいたのだが、敵は引っかからなかったらしい。

 孫権は思った以上に、思慮ぶかいようだな。


 結局、曹仁は耐えきれず、襄陽まで後退する始末だ。

 いや、曹仁でさえ守れないならば、誰にもできんだろう。

 このうえは襄陽を盾にして守り、中原の反乱分子狩りを優先するか。




 その後、孫権と劉備は、しばらくおとなしくしていたのだが、なんと益州の攻略に乗り出した。

 それも劉備が味方のふりをして先行し、孫権軍が成都を落としたという。

 おかげで短期間で益州は奴らのものとなり、つけ込む隙も見いだせなかった。

 おのれ劉璋のマヌケめ!


 それにしても孫権と劉備の勢いには、侮れないものがあるな。

 しょせん華南も益州も辺境にすぎないとはいえ、合わさればそれなりの脅威となる。

 とっとと攻め滅ぼしたいものだが、中原もきな臭いからな。


 下手に大軍を動かせば、また反乱が起こるかもしれん。

 ここはひとつ、有能な人材を罠にはめて、力を削いでやるか。

 クククッ、楽しみだな。



 それから孫権の周囲に密偵をもぐり込ませ、陥れるべき人物を探った。

 すると孫郎そんろう孫紹そんしょうという親族が、台頭しているらしい。

 聞けば益州の攻略にも、奴らの活躍があったとか。


 そこで儂はこの2人に的をしぼり、不穏な噂をばらまいた。

 しかし不思議なことに、孫権の反応がにぶい。

 以前、孫賁そんほん孫輔そんほを離間の策にはめたせいで、用心深くなっているのだろうか。


 そうこうしているうちに、孫権軍が合肥ごうひと襄陽で攻勢に出るという情報が入ってくる。

 儂はこれ幸いと守りを固め、合肥では見事に孫権を打ち破ってやったわ。

 ついでにこの成果をもって、魏公に就任することもできた。


 それ自体は非常に喜ばしいことだったのだが、なんと逆に襄陽が攻略されてしまう。

 難攻不落と思っていた襄陽だが、敵の奇策によって内部に侵入され、門を開け放たれてしまったのだ。

 しかもその奇策を主導したのが、例の孫紹というガキらしい。


 グギギッ、おのれ、孫紹。

 これ以上、放置しておいては、我が覇業の妨げになるやもしれん。

 このうえは本腰を入れて、始末してくれるわ。



 その後、孫権の周りに、孫紹の叛意を臭わせる噂をばらまいた。

 それと並行して、孫紹を暗殺するための刺客も準備する。


 やがて噂が効いたのか、孫紹が交州へ左遷された。

 これは好都合と、暗殺を仕掛けさせたのだが、一向に成功しない。

 屈強な護衛と運に助けられて、いまだに生きのびておるという。

 グギギギギッ、くそう、なんということだ。


 そうこうするうちにヤツは孫権に呼び戻され、今度は反乱の鎮圧に当たりはじめた。

 どうやら揚州豪族の係累の横暴により、荊州や益州で反乱が起こっておるらしい。

 クククッ、これは好都合だ。

 揚州豪族と孫紹の対立をあおって、今度こそ息の根を止めてやる。



 ややや、これはどうしたことだ。

 いよいよ孫権と孫紹が対立するかと思っていたら、あっさりと孫権が引きさがりおった。

 グギギギギギッ、なんでじゃ?


 結局、孫紹は当主代行となって孫家を率い、いずれ成果が出れば、正式に次期当主になるという。

 そんな馬鹿な。

 孫紹がよほど優秀なのか、それとも孫権がアホなのか?


 いずれにしろ孫軍閥は今後、さらに強化されると見ねばなるまい。

 これはうかうかしてはおれんな。

 早々に魏王に昇格できるよう、手を打たねばならん。


 そのうえで全力をもって、奴らを叩き潰してやる。

 見ておれよ、孫紹。

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