28.孫権との対決
建安19年(214年)12月 荊州 南郡 襄陽
「孫権さまから、呼び出しが掛かりました」
「そうか。意外と遅かったな」
「まあ、ちゃんと鎮圧もしてましたからね」
荊州のみならず、益州でも散発する反乱を鎮圧していたら、とうとう孫権からお呼びが掛かった。
その間、両州では反乱を鎮めると同時に、悪徳官吏を処罰してきた。
おかげですぐにでも呼び出されると思っていたが、半年も見逃されていた形になる。
しかしいよいよ取り巻きからの突き上げが、激しくなったのだろう。
とうとう呼び出しが掛かったというわけだ。
それを周瑜に報告すると、真剣な顔で問われる。
「ふむ、それでどう対応する?」
「そうですね……やはり一度、孫権さまに会ってこようと思います」
「むう……それは少々、危険ではないか?」
「危険は承知のうえですよ。でもちゃんと会って話さないと、ただ孫家を割るだけになると思うので」
「それは一理あると思うが……はたして、その危険を冒す価値があるかどうか……」
どうやら周瑜は、俺の考えに賛同できないようだ。
この半年間、反乱を鎮圧する一方で、荊州と益州で協力者を増やしてきた。
元々、俺を焚きつけていた周瑜をはじめ、益州牧の孫郎も味方についている。
その配下の蔣琬や黄忠も味方なので、俺は事実上、2州を押さえている形になる。
ちょっと無理をすれば、10万人ちかい兵を出すことも可能だろう。
なので孫権に呼び出された時に、大軍で建業に圧力を掛けるという案もあった。
しかしそれでは、端からケンカを売っているようなものだ。
そのまま戦にでもなれば、多くの兵が死傷するし、禍根も残る。
そこで一旦は呼び出しに応じ、孫権の意向を確認できないかと考えた。
しかしこれは向こうの出方によっては、あっさりと捕まって、処刑される恐れもある。
そのため周りの人たちからは、あまりいい顔はされていないのだ。
「もしも孫権さまが、当主の交替に同意してくれるなら、それが一番いいではありませんか。私はその可能性を、つぶしたくないのです。それに建業にも、協力者はいますし」
「うむ、そうだな。虎穴に入らずんば虎児を得ず、か。よかろう。少数精鋭の護衛を連れて、行くがよい」
「はい、そうさせてもらいます」
こうして俺は、敵地に乗りこむことにした。
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建安20年(215年)1月 揚州 丹陽郡 建業
ハッピーニューイヤー、エブリバディ。
孫紹クンだよ。
あれから準備を整えた俺は、さっそうと建業へ乗りこんだ。
建業では多くの人々が混乱を予想しているのか、どこかピリピリした雰囲気が漂っている。
そんな空気の中で俺は、孫権の前に出頭した。
「孫紹、お呼びにより参上いたしました」
「うむ、ご苦労」
そう言う孫権は、表向き平静をよそおいながらも、どこか戸惑っているように見えた。
おかげで黙ったままの孫権を差し置き、周囲の取り巻きどもが、俺を糾弾しはじめる。
「孫紹! 貴様、反乱の鎮圧にかこつけて、無実の太守や県令を投獄しているそうだな。たかが中郎将の分際で、僭越がすぎるぞ!」
「そうだ! 孫権さまが認めた人事にケチをつけるなどと、うぬぼれるのも大概にしろ!」
黙って聞いていれば、取り巻きたちが好きなことを言ってくれる。
その周りには張昭や諸葛瑾など、良識のありそうな人物もいるのだが、彼らは諦めたような顔で、何も言わない。
やがて孫権が隙をみて、口を出してきた。
「紹よ。この者たちはこう言っておるが、何か申し開きはあるか?」
「はい。私は孫権さまの命令に従い、忠実に役目をこなしただけでございます。天地神明に誓って、やましいところはございません」
「何をぬけぬけとっ! 孫権さま、ここは――」
「待て! まだ話は終わっておらぬ。お前たちは黙っておれ」
「くっ」
また騒ぎだそうとする取り巻きを一喝し、孫権はさらに問う。
「たしかに反乱の鎮圧は、見事に果たしたようだな。しかし太守や県令を、問答無用で獄につなぎ、財産を没収するというのは、やりすぎではないか?」
「いえ、孫権さま。私はきちんと証拠を揃えたうえで、法にのっとって処分したにすぎません。今回の反乱の多くは、悪徳官吏の収奪が原因にございますれば、その処分も私の役目であったと、心得ております」
「ふうむ……」
孫権が考慮するふりを見せると、取り巻きたちがまた騒ぐ。
よほど自分たちにとっては、都合の悪いことがあるのだろう。
「ええい、黙れ黙れ黙れっ! 孫権さま。この者は領民に媚びを売ることで人気を稼ぎ、荊州や益州で強い影響力を持とうとしているのです。このまま好きにやらせておきますと、孫権さまに成り変わる存在になるやもしれません。今ここで、処分するべきです!」
「いや、しかし――」
「衛兵、衛兵~っ!」
とうとう孫権の言うことさえ聞かずに、取り巻きが衛兵を呼んだ。
すると部屋の扉が開いて、10人以上の兵士が飛びこんでくる。
対する俺は、帯剣さえ許されず、護衛とも切り離された状態だ。
あっという間に取り囲まれ、兵士に縄をかけられそうになる。
しかしここで再び扉が開いて、抗議の声が上げられた。
「あいや、待たれよ。孫紹どのの捕縛は愚行の極み。我らはそれに抗議させていただく!」
そう言ったのは魯粛で、その横には甘寧と呂範、そして孫桓たち護衛もいた。
どうやら頼みの救援は、間に合ったようだ。
 




