27.悪徳官吏との戦い
建安19年(214年)5月 荊州 南郡 襄陽
孫権から反乱鎮圧を命じられた俺は、荊州で周瑜と話をした。
そしておぼろげながら、孫権の意図を察したうえで、孫家の実権奪取に動くことを、決意したのだ。
「というわけで、私は孫家の実権を握る決意をしました。ついては皆さんにも、ご協力をお願いします」
「ほほう、しばらく見ないうちに、良い目をするようになりましたな。俺はその話、乗らせてもらいますぞ」
「うむ、我らも建業から来た悪徳官吏には、手を焼いておりました。それを一掃できるなら、協力もやぶさかではありません」
「ですな。孫家の体制を固めるのには、私も賛成です」
そう答えたのはそれぞれ魏延、龐統、尚郎である。
彼らとはすでに5年ほどの付き合いになり、それなりの信頼関係ができている。
他にも馬良、馬謖、楊儀、劉巴などが荊州で働いているが、まだ信頼関係を築けているとは言いがたい。
まずは周瑜を含めた4人を重要な協力者として、計画を進めることになった。
「ありがとうございます。それでは荊州の掃除に取りかかりましょうか」
「「「はっ」」」
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建安19年(214年)6月 荊州 零陵郡 零陵
その後、荊州内で調査を進めていると、零陵郡で反乱が発生した。
「それでは、行ってまいります」
「うむ、頼んだぞ」
「はい、お任せを」
俺は周瑜から兵を預かり、零陵へ向かう。
零陵の行政府に着くと、まず郡太守と面会した。
「平西中郎将の孫紹です。孫権さまから反乱鎮圧の指示を受け、こちらへ参りました」
「おお、助かります。孫家直系の方を寄越してもらえるとは、感謝にたえません。ぜひ、叛徒どもを撃滅してやってください」
「ええ、さっそく状況をうかがいたいのですが」
「しからば説明いたしましょう」
こうして話している太守は、孫権の取り巻きが送りこんだ俗物である。
今回の反乱の背景にも、こいつの過酷な収奪が絡んでいることは、すでに掴んでいた。
しかし現状ではそれをおくびにも出さず、太守の話を聞く。
太守はさも困ったように、反乱の状況を語ったが、その原因が自分の収奪にあることまでは言わない。
俺は龐統にその証拠を集めるよう指示しつつ、まずは鎮圧に取り掛かった。
「掛かれっ!」
「「「おお~~っ」」」
訓練された兵士たちが、叛徒の群れに襲いかかる。
その戦力差は歴然であるため、戦いは一方的な様相を呈していた。
やがて叛徒のほとんどが捕らえられ、その首謀者が俺の前に連行されてくる。
「この方は平西中郎将の孫紹さまだ。何か申し開きはあるか?」
「中郎将さま、ですか? ならば儂らの話を聞いてくだされ。今の太守さまが赴任されてから、儂らは何度も臨時税を取り立てられてるだ。このままじゃ儂らは、生きていけねえ。儂のことはいいだ。しかし仲間たちの命は、見逃してくだされ!」
首謀者が血を吐くような勢いで、太守を糾弾する。
彼はすでに自分の命は諦めているようで、仲間たちの助命のみを願っている。
そんな彼に、俺は諭すように言って聞かせた。
「その方の願いは聞き届けた。こちらで調査をして、太守に非があれば、是正することを約束しよう」
「へっ、本当でごぜえますか?」
「ああ、嘘はつかん。ただしお前たちは反乱を起こしたのだ。その罪は償わねばならん。しばらくは労役についてもらうぞ」
「そんなことでいいんですか? ありがとうごぜえます、ありがとうごぜえます」
死を覚悟していた首謀者が、何度も礼を言ってから、去っていった。
それを見ていた孫桓が、不満そうに言う。
「本当にあんな刑罰でいいんですか? 普通なら絶対に死罪ですよ」
「彼が嘘をついていない限り、死罪は重すぎるでしょう。むしろ、取りすぎた税を返してやらないと」
「マジですか? 太守は絶対に返さないと思いますけどね」
「大丈夫、証拠が集まれば、死刑になるのは太守の方ですから」
「本当にそんなに上手くいくんですかぁ?」
「まあ、なんとかなるでしょう」
そんな反乱の鎮圧を、いくつか繰り返しているうちに、だいぶ証拠が集まってきた。
俺たちはそれを持って、また太守に会いにいく。
「おお、孫紹どの。反乱はおおむね、片付いたようですな。ご苦労さまです」
「ええ、太守どの。しかし別の問題が発覚しました」
「ほう、その問題とは?」
「貴殿が税の臨時徴収を繰り返したために、反乱が起きたようなのです」
それまでのんきに構えていた太守は、ただちに自己防衛に走る。
「なっ、それは嘘ですぞ。たしかに多少の税は取り立てましたが、それも必要があってのこと」
「その必要とは、貴殿の倉を満たすことなのではないですか?」
「し、失敬な! こともあろうに叛徒の味方をして、私を侮辱するか! このことは孫権さまに、抗議させてもらうぞ」
強い口調で抗議してみせるが、それも実家、そして孫権の権勢だよりである。
そんな状況で、龐統が書類を突きつけた。
「それではこの状況を、どう説明されるのかな?」
「なっ、これは!」
それは龐統に調査させていた、太守の財政状況を示す書類だった。
この地に赴任してから、大きく財を増やしているのが、一目瞭然である。
「いくら太守に権限があるといえど、これはやり過ぎですね。これでは反乱も起きようというもの。つまりあなたは、太守失格ということです」
「おのれ、若造が、つけ上がりおって。不愉快だ。失礼させてもらう! な、何をする?」
「逃がすわけないじゃないですか。とりあえず牢にぶち込んでおいてください」
「はっ」
こうして太守は、牢に連行されていった。
それを見ていた孫桓が、不安そうに問う。
「こんなことして、大丈夫なんですか? あれって孫権さまの側近の、親族ですよね?」
「大丈夫ですよ。私は反乱の鎮圧を指示されたんです。その元を絶つのも、仕事のうちですからね」
「え~と、そうなんですかね?」
なおも心配そうな孫桓に、龐統が声を掛ける。
「大丈夫ですよ。孫権さまは聡明な方です。こうなることも、想定しているでしょう」
「本当にそうなら、いいんですけどね」
はたして孫権が、どこまで望んでいるのか、俺も確信はない。
しかしたとえそうでなくとも、手をゆるめるつもりはなかった。
まずは孫家の実権を握るまで。
 




