25.建業への帰還
建安19年(214年)3月 交州 合浦郡 合浦
ロングタイム・ノーシー、エブリバディ。
孫紹クンだよ。
交趾で暗殺されかけた俺だが、その後は任務に集中できた。
主な仕事は交州の治安維持であり、内陸では山賊を、海では海賊を討伐してまわった。
それと並行して沿岸都市の港を整備し、交易環境の向上も図っている。
これによって交州での中継貿易が活発になり、孫家の収入も上昇していた。
俺の懐にもその余録が入ってきて、ちょっとした小金持ち状態である。
権力って凄いなぁ。
そしてインド方面から、カワラバトの入手にも成功している。
今は数を増やしつつ、伝書バトとしての運用を試行しているところだ。
ものになってきたら、建業や襄陽へ送って、使おうと思っている。
そんな感じで、おおむね順調な交州ライフだったのだが、ここでまたお呼び出しがかかった。
「孫権さまから私に、呼び出しが掛かっているのですか?」
「うむ、なにやら荊州や益州で混乱が起こっているらしくてな。貴殿に来てほしいそうだ。私も貴殿の働きには、満足していたので残念だ」
「はぁ、それは光栄です」
歩隲のところに来た書状によると、荊州や益州でしばしば反乱が発生しているそうだ。
そこで反乱の鎮圧と綱紀の引き締め役として、俺に白羽の矢が立った。
なぜ俺の名前が上がったかというと、周瑜や孫郎が上申したらしい。
これは周瑜から聞いた話だが、揚州から他州に赴任した官吏が蓄財に走ったため、住民の不満が高まっているんだとか。
この問題の本質は、孫権が揚州の豪族を押さえられないことにある。
孫権の周りには、今まで彼を支えてきた豪族や名士がひしめいていて、そんな奴らが新たに得た荊州や益州の地で稼ごうと、無理な人事異動を押しこんできた。
県令や郡太守にでもなれれば、やりようによっては相当かせげるからな。
しかし元々住んでいた側からすると、そんな搾取をされてはたまらない。
なまじ俺がいた頃は、そういう不正が起こらないよう、目を光らせていたのだから、なおさらだ。
俺は子供だったから、現場に話を聞きにいきやすかったんだよな。
そんな、現場をよく知る孫家の者を立てて、豪族の引き締めをしてほしいというのが、周瑜たちの言い分だ。
しかしこれって、俺に矢面に立って、豪族を引き締めろってことだよな。
そうするとその過程で、孫権と対立する可能性が高まるんじゃなかろうか。
いずれはやらなきゃいけないにしても、いきなり対立をあおるのは、ひどくないですかねえ、周瑜さん。
とはいえ、正式に孫権から呼び出されているので、断るわけにもいかない。
俺は厄介事の予感を感じつつ、建業へ帰る準備に取り掛かったのだ。
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建安19年(214年)4月 揚州 丹陽郡 建業
「孫紹、ただ今もどりました」
「うむ、約1年の交州づとめ、ご苦労であった。歩隲からも、よくやっていたと聞いている」
「はっ、恐縮です」
「うむ、それでな、荊州や益州で反乱が頻発しておる。孫紹にはその原因を探り、対策をしてほしい。これは周瑜や孫朗からの、たっての願いだ」
「承りました。ところで私の立場は、どのようなものになるのでしょうか?」
「ああ、それについては貴殿を、平西中郎将に任命する。必要であれば、兵を率いて対策に当たれ」
その瞬間、孫権の周りの官吏たちから、動揺の声が上がった。
おそらく孫権が俺に、兵権まで与えるとは、思っていなかったのだろう。
そして下手をすると、自分の身内に累が及びかねないことにも気づき、慌てているといったところか。
「はっ、孫家の名に恥じないよう、やりとげてみせます」
俺は従順なふりをしながら、命令を受諾して下がった。
その後、橋夫人に会いにいくと、当然のごとく心配される。
「紹。そのような仕事を受けて、大丈夫なのですか?」
「大丈夫も何も、あの場で断る選択肢は、ありませんでしたからね」
「それはそうでしょうが、あまりに危険ではありませんか。あなたはようやく15になったばかりなのですよ」
「はい、すでに15歳です。父上の名前を汚さないよう、がんばりたいと思います」
「しかし今回の反乱は、豪族の利権が絡んでいるというではありませんか。場合によっては危険なことも、考えられますよ」
「それぐらいは、覚悟のうえですよ。こうして孫桓さんも、護衛についてくれますしね」
「お任せください」
幸いにも、孫桓には引き続き、護衛をしてもらうことになっている。
史実でも評価の高い彼のことだ。
このまま手元で鍛えていけば、頼りがいのある武将になってくれるだろう。
その後も心配そうな母上をなだめつつ、久しぶりに家族との時間を過ごした。
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翌日は魯粛に会談の予約を取ってから、会いにいった。
「お久しぶりです、魯粛さん」
「久しぶりですな、孫紹どの。聞けば、交州でもご活躍されたとか」
「そんな大したものでは、ありませんよ。まあ、いろいろと勉強にはなりましたけどね。それと例のカワラバトですが、手に入ったので持ってきました」
「ほう……たしか千里先でも、1日で手紙が届くという話でしたかな」
「ええ、まだ本格的な運用はできてませんが、これから仕込んでいこうと思います」
「もしそれが実現すれば、とんでもない話ですな。しかし本当にそのようなことが、できましょうか?」
「まあ、なんとかなるでしょう。ところで荊州や益州で起こっていることについて、教えてもらえませんか?」
俺がそう切り出すと、魯粛が難しそうな顔をする。
「平西中郎将に任命されたのでしたな。しかしいくら孫紹どのが優秀とはいえ、孫権さまも酷なことをなされる」
「まあ、だいたいの想像はついてますがね。詳しいことを教えてもらえますか」
「そうですな。それでは――」
その後の話は、だいたい周瑜たちから聞いていたものだった。
基本的に孫権を支えてきた豪族どもが、身内を荊州、益州の要職に押しこんで、私利私欲に走っているのが原因だ。
そして過大な税や労役を押しつけられた領民が、あちこちで反乱を起こしている。
魯粛からは悪質な豪族やその身内の名前を、いくつか教えてもらった。
「なるほど、おおむね聞いていたとおりですね。それにしても今回の人事、孫権さまは何を考えておられるのでしょう?」
「孫紹どのに兵権を与えたことからして、反乱鎮圧を真剣に考えておられるのは、間違いないでしょう。問題は、その先ですな」
「その先というと、私が豪族との確執をどう扱うか、ですよね?」
「ええ、対応を間違えれば、あるいは処分される恐れもあります」
「ふむ、やはり一筋縄では、いかないようですね。しかしまあ、やってみますよ」
「お気をつけて。武運を祈っておりますぞ」
「ありがとうございます」
こうして情報を仕入れた俺は、本格的に反乱鎮圧に動きだすのだった。




