24.士燮との会談 (地図あり)
建安18年(213年)4月 交州 交趾郡 龍編
合浦での生活環境が整うと、俺は交州の重要人物に会いにいった。
「孫紹 伯偉と申します。安南校尉として着任しましたので、以後よしなにお願いします」
「これはごていねいに。士燮 威彦です。江東の小覇王の嫡男どのにご訪問いただけるとは、光栄の至り」
「よしてください。父親がどんなに偉大でも、私は何も知らない子供です」
「ご冗談を。荊州と益州でのご活躍は、耳にしておりますぞ」
「それほど大したことは、していませんよ」
「いえいえ」
のっけから探りを入れてくる相手は、士燮。
彼は事実上の交州刺史とも言われる男で、交州の沿岸地域を一族で牛耳ることで、南方交易から莫大な利益を得ているという。
年はすでに70を超えているはずだが、まだまだかくしゃくとしたものだ。
しかも見事な情報網を持っているようで、俺の業績もある程度、把握していた。
どうやら今までに面倒をみてきた食客で、各地に散った人々から情報を得ているらしい。
いずれにしろ、油断のできない相手である。
「こうして士燮どのに会いにきたのは、あいさつはもちろんですが、交州の状況について、ご教示ねがえないかと思っているのです」
「ほほう、勉強熱心なことですな。しかし最近は歩隲どのもおりますから、私は政治から離れております。あまりお役には立てないかと」
「そうおっしゃらず。交州は同じ中華といえど、ずいぶんと違うご様子。孫にでも聞かせると思って、気楽に教えてください」
「ホホホ、上手い言い方ですな。それでは例えば、どのようなことに興味がおありかな?」
「そうですねぇ――」
その後は地図を見ながら、交州の地勢や産物、異民族の状況などについて、話を聞いた。
彼は本当に孫に語るかのように、ていねいに答えてくれる。
本当は犯罪者の所在や、裏社会の状況などについても聞きたかったのだが、さすがにそれはやめておいた。
なんてったって俺は、まだ14歳の無邪気な子供だからな。
おかげで終始なごやかな雰囲気で、会談は終わる。
最後にていねいに礼を言うと、俺は再会を約して辞去した。
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それから2、3日は、龍編を中心にあちこちを見て歩いていた。
別に大したものがあるわけでもないのだが、見知らぬ土地ではいろんなものが珍しかった。
そんなこんなで龍編に戻ってきたところ、郊外で見知らぬ男たちに囲まれてしまう。
「何者だ? お前ら!」
「「「……」」」
勇ましく孫桓が問いただすも、返事はない。
こちらが孫桓を入れて4人の護衛しかいないのに対し、相手は10人もいる。
しかも一見、山賊のようななりをしているが、その動作には無駄がなく、集団として統制されていた。
そんな男たちが、短剣や長剣を抜き出して、俺たちを囲もうとする。
ちょっとどころではない、やばい状況だ。
それに対して、俺や護衛も剣を抜き、背中合わせで敵に立ち向かおうとしていた。
「孫紹さまは身を守ることに専念してください。俺は敵をかき乱すから、お前たちは孫紹さまを守れ」
「「「はっ」」」
そんな孫桓の指示が出ると同時に、敵が動きだした。
「命が惜しくないやつから、掛かってこい! うおお~っ!」
その途端、孫桓も敵に斬りかかっていた。
俺の方にも何人か向かってきたが、他の護衛が守ってくれる。
俺も多少は腕に覚えがあるので、彼らの力を借りながら、なんとか攻撃をしのいでいた。
しかし多勢に無勢。
こちらは孫桓が3人を押さえているが、残りの7人が俺に向かってくる。
やがて1人、また1人と、護衛が傷ついてゆく。
このままでは俺もやられる。
そう覚悟した矢先に、街の方から人が駆けつけてきた。
「こら~っ! 何をしておる~?!」
「「「ッ!」」」
どうやら龍編の役人が駆けつけてくれたようだ。
それを見た敵の集団が、あっさりと退却を選ぶ。
「退くぞ!」
「「「はっ」」」
「おのれ、待て~!」
孫桓が追いすがるも、敵は脇目も振らずに逃げ去った。
そんなところへ、役人たちが駆けつけてきた。
「賊は逃げたようですな。失礼ですが、あなたたちの名前は?」
「私は孫紹というもので、安南校尉を務めています」
「おお、あなたが孫家のお客人でしたか。応援が間に合ってよかった」
「ええ、危機一髪でした。ありがとうございます」
「いえ、これも仕事ですので。それにしても、こんな街の近くで白昼堂々と襲われるとは。何か心当たりはありませんか?」
「いえ、特に心当たりはないのですが……」
「そうですか。いずれにしろ士燮さまのところへ、報告にまいりましょう。お連れの方の手当ても必要ですし」
「はい、お願いします」
こうして俺たちは絶体絶命の窮地から救われ、士燮の屋敷を再訪問することになった。
「おお、ご無事でしたか。救援が間に合って、本当によかった」
「はい、なんとか命拾いしました。救援の方は、士燮どのが手配されていたのですか?」
「はい。実は見慣れぬ集団が、当地に入ったという情報がありまして、念のため用心していたのです」
「なるほど、都合よく救援があったのは、そういう事情でしたか」
士燮が種明かしをしてみせるが、俺は疑わしく思っていた。
俺に恩を着せるために、自作自演をしたとも考えられるからだ。
するとそんな思いを感じとったのか、士燮がさらに言葉を続ける。
「誓って私の仕業ではありませんぞ。考えてもみてくだされ。私が孫紹どのを狙うなど、百害あって一利もないのです。もしも当地で貴殿が討たれでもすれば、我が一族は孫権さまに滅ぼされてしまいます」
「……それはたしかに、そうかもしれませんね。しかしそれでは一体、誰が私を?」
「さあ、たしかなことは誰にも分かりませぬ。一番かんがえられるのは、曹操ですかな」
「孫家の者を殺すと同時に、士燮どのと孫権さまの間にひびを入れられる、ということですか?」
「ええ、そうです。しかし他にも考えられることはありますからなぁ」
そう言って士燮は言葉をにごしたが、その脳裏には孫権が浮かんでいるのだろう。
潜在的なライバルである俺を殺し、交州の支配をさらに固めるという意図は、十分に考えられる。
願わくば、曹操の仕業であってほしいものだが。




