3.周瑜との会談 (地図あり)
建安13年(208年)7月 荊州 江夏郡 夏口
孫郎と共に柴桑に押しかけ、孫権から前線ゆきの許可をもぎ取ると、俺たちは夏口城へ向かった。
この夏口は、長江に漢水が合流する場所に位置する都市で、現代では武漢と呼ばれる地である。
それは江夏郡のほぼ中央に位置しており、この地を制するには欠かせない要地なのだ。
無事に夏口城へ到着すると、俺たちは真っ先に周瑜との会談を望んだ。
周瑜がなにかと忙しいせいか、2日ほど待たされたが、それはなんとか実現する。
「久しぶりだな、孫郎、孫紹。しかしお前たちがここへ来るなど、珍しいこともあるものだな」
「ええ、お久しぶりです。今回の件は、どっちかというと、こいつが言いだしたことなんですがね」
久しぶりに会った周瑜は、相変わらずの美男子であった。
すでに34歳になっているはずだが、まだまだ20代で通りそうな外見で、体も引き締まっている。
その顔立ちは女装でもすれば、さぞ見栄えするだろうが、鋭いまなざしには、並々ならぬ風格も宿っていた。
そんな彼から話しかけられた孫郎が、いきなり俺に話を振った。
それを聞いた周瑜が、ちょっと意外そうな顔をする。
「ほう、孫紹がな。何か思うところでも、あったのか?」
「はい、周瑜おじ上。実は先日、私は夢を見たのです」
「夢だと? それはどんなものだ?」
「それはおじ上と父上が、戦場を駆けまわる夢でした。夢の中のお2人は、なんというか、とても楽しそうに見えました」
そう言うと、周瑜がいぶかしそうに眉をひそめる。
「私と孫策の夢だと? しかし孫紹、お前は孫策を見たことがないであろう」
「それはおっしゃるとおりですが、母上やおじ上に聞いたことのある印象と、同じ方でした。なのであれはおそらく、父上だったのだと思います」
「ふうむ……まあ、夢の中の話だからな。しかしそれがここへ来た話と、どうつながる?」
ここで俺は、周瑜の目をまっすぐに見つめて言った。
「私には父上が、もっと外に出ろと言っているように感じました。ひるがえってみるに、たしかに今までの私は家にひきこもり、世間を知ろうとしなさすぎだったと思います」
「ほほう……たしかに橋夫人はお前をかわいがるあまり、過保護にしていた感はあるな。もっとも孫権さまは、それをよしとしていたようだが」
「はい、元は当主だった兄の子供が派手に動いては、あまり良い気持ちはしないでしょう。しかし現実問題として、立て続けに親族が3人も亡くなった現状では、そうも言っていられないと思うのです」
「君は本当にあの孫紹かい? まるで別人のようだな」
俺が妙に大人びたことを言ったせいで、周瑜がいぶかしむ。
そこでなるべく怪しまれないよう、夢のことを強調した。
「おじ上が怪しむのも、当然でしょう。しかし先日の夢は、それほど私に衝撃を与えたのです。そしてあれは同時に、私に対する警鐘であったように思っています」
「警鐘とは、なんの?」
「中原の状況でございます、おじ上」
すると周瑜の顔がこわばり、彼は周りを見回した。
幸いにも私的な会談だと思われていたせいか、周りに人はいなかった。
そこで周瑜は顔を近づけながら、声をひそめて問いただす。
「孫紹、それを誰に聞いた?」
「別に誰がというわけではありませんが、噂を総合すると、そろそろ中原に動きがあるのではないかと思いました」
「噂だけでそう判断したというのか……」
周瑜は疑わしそうにしつつも、頭から否定はせず、しばし考えていた。
やがて思いきったように、口を開く。
「なかなかに興味深いな。いずれにしろ、私は今いそがしい。夜にでも、また話をしようではないか」
「かしこまりました。お呼びをお待ちしています」
「うむ、孫郎も後でな」
そう言うと、周瑜は去っていった。
実際、忙しいなかで無理に時間を作ってくれたのだろう。
いずれにしろ、また話を聞いてくれるなら、問題はない。
そしてなんとか周瑜を救う算段を、立てたいものだ。
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その晩も遅くに、ようやく周瑜からお呼びが掛かった。
「失礼します、おじ上」
「ああ、お前たち。待たせて悪かったな」
「いえ、おじ上の方こそ忙しいのに、申し訳ありません」
「フフフ、なんだか急に大人びたな。とにかく座れ」
そう言われ、俺と孫郎が周瑜の前に座ると、彼はいきなり本題に入った。
「今日、孫紹が言っていたように、中原に動きがある。まず曹操が、烏丸族と袁家の討伐に、成功したことは知っているな?」
「はい、そのような噂は聞いております」
「うむ、そして鄴に帰還した曹操は、水軍の訓練を進めているらしい」
「水軍ですか。やはり次は華南を攻めるつもりなのですね。目標は江東でしょうか? それとも荊州?」
「どちらも考えられるな。曹操は合肥の城を整備し、兵を整えているらしい。しかし可能性の高さでいえば、やはり荊州だろう」
「おそらくそうでしょうね」
俺と周瑜がそんな話をしていると、ついていけない孫郎が訊ねる。
「え~と、ちょっと話についてけないんですけど、なんで荊州なんすか?」
「江東を攻めるよりも、荊州を大軍で制圧する方がたやすいからだ。曹操軍の主力は、騎兵と歩兵だからな」
「そうです。それに荊州の水軍も吸収できますからね」
「ええっ、でも荊州の方がうちよりは兵力、大きいですよね?」
「荊州全体がまとまればそうだろうが、それも難しいだろう。曹操は中原の覇者であり、天子さまも抱えている」
「それに我が軍と違って、兵を率いる武将も少ないです。まともなのは、劉備一党ぐらいじゃないですかね」
すると周瑜が、感心したように言う。
「孫紹は、本当によく状況を把握しているな。呉ではそんなに外の噂が、飛び交っているのか?」
「いえ、そんな話、聞いたことありませんよ」
すかさず孫郎に否定され、俺は苦笑いする。
実際は俺の歴史知識によるもので、一般人がそんなことを知るはずもないのだ。
しかしその辺は適当にごまかしつつ、話を進める。
「まあ、噂もつなぎ合わせれば、見えてくることもありますよ。それよりも、もし荊州が攻められたら、おじ上はどうされるのですか?」
その問いに、周瑜はためらいなく答えた。
「もちろん、全力をもって撃退するつもりだ」