23.孫紹、交州へ行く (地図あり)
建安18年(213年)1月 揚州 丹陽郡 建業
「うむ、紹。お前しばらく、交州へ行かないか?」
「交州、ですか? 何ゆえに交州なのでしょう?」
「ひとつには、私がお前を遠ざけたことにしておきたいのがある。曹操の計略に乗ったように見せたいのだ」
「はあ……たしかに交州へ行くのは、いかにも罰を受けたように見えますね」
「うむ、そうだ。それともうひとつだが、歩隲から応援を寄越せと、しきりに言われてるのもある」
孫権はほぼ史実どおり、210年に交州へ歩隲を派遣し、現地を制圧させていた。
彼は劉表から派遣されていた呉巨などの反乱分子を討ち取り、事実上の交州刺史である士燮一族も服属させている。
とはいえ交州は、中華の南のはてであり、犯罪者や異民族の割拠する蛮地である。
海岸沿いを中心とした都市部を除けば、ほとんど支配の及ばない地域ばかりだ。
その統治に手を焼いた歩隲が、応援を切望しているのだという。
しかしそれにしても、子供を送りだすような場所ではないだろう。
「しかし私のようなものが行って、役に立ちましょうか?」
「別にお前に、何かをしろと言うのではない。孫家を代表して、兵を連れていってくれればいいのだ。向こうでは社会勉強と思って、いろいろ見てくればよい」
「なるほど、悪くない話ですね。しかし交州は、物騒な土地と聞きます。頼りになる護衛が欲しいですね」
「ふむ、たしかにそうかもしれんな。誰か候補はいるか?」
「それでは、孫桓さんはいかがでしょう?」
「孫桓か……しかし少し、若すぎるのではないか?」
「彼はもう17歳ですし、体つきもご立派ですよ」
孫桓とは今はなき孫河の息子で、容姿や頭脳に優れ、弓馬にも秀でた少年だ。
後の孫呉で活躍し、建武将軍になるほどの逸材である。
しかし今はまだ役職もついていないので、俺の要望はわりと簡単に受け入れられた。
「孫桓 叔部です!」
「孫紹です。急な話で申し訳ありませんが、よろしくお願いしますね」
「父上同様、孫家の方の護衛につくのは、私の本懐です。精一杯、お守りさせてもらいます」
「そんなにかしこまらないでください。私の方が年下なんですから」
「いえ、孫紹さまは特別ですから」
改めて引き合わされた孫桓は、とても張りきっていた。
父親の孫河が孫策に引き立てられたせいか、孫家への忠誠心は高そうだ。
もっとフランクに接してもらいたいところだが、それはおいおい進めるとしよう。
こうして俺はしばし、交州に赴任することになったのだ。
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建安18年(213年)3月 交州 合浦郡 合浦
俺は孫権から安南校尉に任命されると、200人ほどの兵を率いて、交州へ赴任した。
そして歩隲が駐屯する合浦へ到着すると、赴任のあいさつにいく。
「孫紹 伯偉です。このたび、安南校尉に任命され、兵を率いてまいりました。以後、よろしくお願いします」
「うむ、歩隲 子山だ。兵の引率、ご苦労だったな。まずはゆっくりと体を休めるとよい。しかしこの地は物騒だから、あまり気を抜かないようにな」
「はっ、ご助言、感謝します」
とりあえず歩隲との会談は、あっさりと終了した。
俺のことをお飾りとしか思ってないのが、丸わかりである。
まあ、それはそれで好都合なので、勝手にやらしてもらうことにした。
「どこへ行くんですか?」
「ちょっと港の方へ」
「お供します」
俺は孫桓をともなって、合浦の港へおもむいた。
そこには多くの船が停泊し、また多くの人で賑わっていた。
人種もさまざまで、異民族や外国人も多い。
そんな中で、俺はとある商家を訪れる。
「へい、らっしゃい」
「こんにちは。実は私、こういうものなんですが」
「おっと、これはこれは、孫家の方でございましたか。いつもお世話になっております。こんなところではなんですので、こちらの方へ」
俺が孫家の証である身分証を見せると、相手の態度が大きく変わった。
この商家は揚州に本拠を置く豪商で、孫家との関わりが深い。
そんな中でもインド方面と取り引き実績のあることを調べたうえで、俺はここを訪れていた。
奥に通されると、俺は改めて自己紹介をする。
「孫紹 伯偉と申します。このたび安南校尉に任命され、こちらへ赴任してきました。以後、よろしくお願いします」
「これはごていねいに。手前はこの支店を任されている、張服というもの。孫家にはいつもお世話になっております。何かご入用のものでもあれば、気楽にお申しつけください」
「ええ、実は手に入れてほしいものがあるのです」
そう言うと俺は、懐から書状を出して説明する。
「これはカワラバトという鳥で、天竺よりもさらに西側にいるそうです。上手く使えば、遠い地にも手紙を届けられるので、ぜひ手に入れたいのですよ」
「は、はあ……」
張服は思わぬ商談に戸惑っていたものの、俺の条件を聞くと、カワラバトの輸入を請け負ってくれた。
ちゃんと前金も渡しておいたので、なんとかしてくれるだろう。
今後もちょくちょく顔を出させてもらうことを告げると、俺は店を後にする。
「孫紹さまはどこであのような話を、聞いたのですか?」
「益州にいた時に、書物で読んだのですよ」
「はあ、なるほど」
前漢の武帝時代に、益州は西方への交易路になっていたので、その記録を読んだということにしておいた。
実際には俺の未来知識だなんて、言っても信じてもらえないからな。
なんにしろ、早いうちにカワラバトを仕入れて、伝書バトを実現させたいものである。
実現できれば、今後の戦いにおいて、大きなアドバンテージとなるであろう。
他にもこの交州でやることは、たくさんある。
南のはてまで来ても、のんびりはしてられないな。




