幕間: 甘寧クンは新主を望む
俺の名は甘寧 興覇。
益州は巴郡生まれの無頼者だ。
そんな俺も今は、孫権軍の武官である。
元々は劉表の下で働いてたんだが、見込みがないんで、孫権軍に乗り換えた。
しかし孫権さまってのは、頭は良さそうなんだが、イマイチ覇気を感じられねえんだよな。
できれば江東の小覇王と呼ばれた、孫策さまに仕えられたらよかったんだが、すでに死んでるから、どうしようもない。
そんな感じで、ボチボチ孫権軍で活躍してたんだが、ある日、お呼びが掛かった。
「周瑜さまが俺を呼んでなさるんで?」
「うむ、襄陽攻略のため、ぜひ甘寧に来てほしいとのことだ。こちらは軍勢の再編中で援軍を出せないので、貴殿が行ってくれれば私も助かる」
「はあ、ぜひにってなら、喜んで行きますが……」
なんか孫権さまのところに、周瑜さまから援軍要請が来たらしい。
しかも名指しで俺を呼んでるってんだから、俺も立派になったもんだ。
さて、どんな戦ができるかな?
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建安17年(212年)10月 荊州 南郡 襄陽
「よく来てくれたな、甘寧。貴殿にはぜひ頼みたいことがあるのだ」
「ヘヘヘ、周瑜さまにそうまで言われちゃ、断れませんね。何をやればいいんですかい?」
「ああ、それについては孫紹から説明させる」
「こんにちは、甘寧さん」
「おお、御曹司じゃねえか」
「え、御曹司って、私のことですか?」
「お前しかいねえだろうが」
襄陽に行ったら、孫紹が待っていた。
こいつは不思議なことに、4年前から軍議に顔を出していたんだよな。
最初はいくら孫策の息子だからといって、おかしいと思ったんだが、実際に大人顔負けのことを言うんだから侮れない。
聞けば益州攻めでも活躍したというし、常識外れの逸材なんだろうな。
それにしてもしばらく見ないうちに、けっこう大きくなったな。
とても12歳とは思えない体格だし、顔立ちも大人びてきている。
さすがは孫策の息子ってことかねえ。
「それで、俺に何をやれってんだい?」
「ええ、それなんですが――」
仕事の内容を聞いてみたら、見たこともない機材を使って、城壁を登れって話だった。
それで敵を制圧して、城門を中から開けるんだと。
「おい、メチャクチャ危険じゃねえかよ!」
「ええ、そうですね。しかし実験では上手くいってますし、兵士もすでに訓練してます。あとは勇猛で優秀な指揮官さえいれば、なんとかなると思うんです」
思わず文句を言ったら孫紹のやつ、平気な顔で俺ならできると言いやがる。
あまりな話に周瑜を見ると、ニヤニヤしながら俺をそそのかしてきた。
「フフフ、たしかに危険性は高いけど、成功すれば大戦果だ。孫紹の発言力も、ずいぶんと増すだろうな。やがてはおもしろいことに、なるんじゃないかな?」
「ああん? なんで俺が御曹司のために……そうか。御曹司を旗頭にして、中原に進出するんだな? それはたしかにおもしろそうだ!」
「え、いや、別に私を旗頭にしなくても……」
孫紹は煮えきらないことを言ってるが、これは絶好の機会だ。
今の中途半端な状況から、抜け出せるかもしれねえ。
そうと分かれば、しっかりと準備して、作戦を成功させてやる。
フヘヘ、楽しみだな。
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その後、多少の訓練を済ませてから、いよいよ襄陽攻略に取り掛かった。
まずは大軍で城を囲み、3方の門から攻め寄せたんだ。
しかしさすがは名高い堅城だけあって、一向に落とせそうな気がしてこない。
こりゃあ、周瑜さまも手こずるわけだ。
しかしやがて、城内から火の手が上がり、敵に若干の混乱が生じた。
すかさず俺たちは本隊を離れ、南門から西にある櫓の前へ移動する。
「急げ! 一刻も早く移動するんだ」
俺たちは御曹司が準備した秘密兵器を抱え、必死で駆け抜ける。
やがて目標地点に到達すると、その場に床弩を据えつけた。
その間も敵から矢が飛んでくるが、盾持ちを前に出してなんとか防いだ。
「射撃準備、ととのいました」
「よし、ただちに射て。よく狙えよ」
「はっ!」
すぐさま床弩から何本もの太矢が放たれる。
それは狙いどおりに城壁上の櫓に突き刺さり、ここから城壁上まで縄が張り渡される。
さらには滑車付きの太矢も撃ちこめば、準備は完了だ。
「よ~し、てめえら、なんとしても上の奴らを黙らせるんだ。引け~~っ!」
「「「おお~~~!」」」
太い縄に掛けられた滑車につかまった荒くれどもが、味方に引っぱられて、城壁上へ上がっていく。
幸いなことに、敵兵は状況の変化についてこれず、大した妨害は入ってない。
そこで敵に向けてしこたま矢を射ちながら、城壁上へ人を送りこむ。
まったく、なんてものを考えるんだ、御曹司は。
一見、単純な仕組みだが、その器材は滑らかに動くよう、すげえよく考えられている。
しかしそうは言っても、引き上げられる方は大変だ。
敵からは矢が飛んでくるし、櫓に取りつくのも簡単じゃねえ。
今も1人、敵の矢に当たって落ちちまった。
それでも数人が城壁上に上がっただけで、敵は大混乱だ。
こっちも命がけだが、着々と上に上がる兵士が増えている。
よし、俺もそろそろ出番だな。
「よ~し、俺も行ってくるぜ、御曹司」
「はいっ、お気をつけて、甘寧さん」
孫紹に見送られる形で、俺も城壁上に取りついた。
うおっ、こいつはけっこうキツいな。
しかしなんとか無様をさらさずに、済んだぜ。
こうなればここを制圧して、南門を開放してやらあっ。
「俺につづけ~っ!」
「「「おお~~っ!」」」
その後は無我夢中で敵をたおし続けていたら、とうとう南門にたどり着いた。
そして外側からも猛烈な攻撃を受けている南門を、内から開け放つ。
「門が開いたぞ~! 突撃~!」
「「「おお~~~っ!」」」
ふうっ、なんとか役目は果たせたみたいだな。
メチャクチャ疲れたけど、やりがいのある仕事だった。
まさに俺の求める戦ってやつだ。
こりゃあ、やっぱり、ヤツに孫家を率いてもらうのが、一番だろうな。
どうやら周瑜や孫朗も賛成みたいだし、俺もその企みに乗ってやろうじゃねえか。
いい夢、見せてくれよな、御曹司。
 




