幕間: 曹仁クンは留まれない
俺の名は曹仁 子孝。
漢の丞相 曹操さまの、股肱の臣よ。
曹操さまが旗揚げしてから、俺はその横で戦い続けてきた。
時には苦しいときもあったが、曹操さまはたゆまず努力しつづけ、とうとう天子を保護するまでになったのだ。
その後は袁紹をも打ち倒し、いよいよ華南の平定に手をつける。
しかし江陵までは順調に進んだものの、その後の展開は予想外だった。
なんと劉備と孫権が手を組んで、刃向かってきたのだ。
それでも我が軍は圧倒的に優勢なので、勝ちはゆるがないと思っていた。
ところが我が軍は烏林において、大敗を喫してしまう。
水上戦に不慣れで、遠征の疲れもあったのやもしれん。
華南の水が合わないせいか、疫病がはやったのも痛かった。
それにしてもわずか2、3万の軍勢に、打ち負かされるとは、なんたる無様。
聞けば敵方の指揮を執ったのは、周瑜という武将らしい。
今は亡き孫策の、朋友だった男だとか。
そのような男が隠れているとは、世の中は広いものよ。
その後も周瑜の攻めはゆるむことがなく、俺たちは江陵城に押しこめられる。
さらに夷陵などの要地を押さえられると、江陵すら保つのが難しくなってきた。
すると敵側がこれ見よがしに、城の北側を薄くしているのが分かる。
どうせここから逃げ出せと、誘っているのだろう。
敵の思惑に乗せられるのは業腹だったが、命には代えられない。
俺たちは全力をもって敵の包囲を破り、当陽へ撤退したのだ。
その後、なんとか当陽を保とうと努力したのだが、やはり衆寡敵せず、追いこまれてしまう。
結局、敵に交渉を持ちかけられ、襄陽まで退却するはめに陥った。
華北を制した曹操軍が、なんとふがいないことよ。
しかしさすがにこの襄陽を落とすのは、難しいと思ったのだろう。
連中は宜城や邔国の城を改築し、守りに入った。
そこで我々も、この襄陽城と樊城に手を入れ、さらに守りを固めたのだ。
これなら敵も襄陽攻めをためらうだろうと思っていたら、奴らはなんと、益州に攻め入りおった。
いくらなんでもそれは無謀だろうと思ったのだが、なんと劉備が味方のふりをして益州入りしたらしい。
そして劉備が敵をかき回しているうちに、周瑜が成都を落としてしまったという。
ううむ、さすがは周瑜。
油断のならない男だ。
それにもまして、劉璋のなんと間抜けなことか。
その後、劉備は益州の北部を領有し、孫権が南側を取ったという。
いかに劉備の協力があったとはいえ、孫権もずいぶんと気前よく渡したものだ。
できれば仲間割れでもしてほしかったのだが、そう上手くはいかんか。
それどころか孫劉連合は、揚州、荊州、益州、交州の大部分を領する、一大勢力に成り上がったのだ。
その一報はさすがに我らの警戒心をかき立て、より守りを固めさせたものよ。
しかし中原や涼州の情勢は、まだ安定しないため、あまり大きな兵力は置いておけない。
ましてや華南に攻め入るなど、当分は無理だろう。
しかしいずれ中原が安定すれば……
そうこうするうちに、とうとう孫権が攻めてきおった。
それも合肥と襄陽の2方面でだ。
クハハ、それこそこちらの思うつぼだ。
襄陽ではがっちりと守っているうちに、合肥では張遼が打って出て、孫権軍を蹴散らしたそうだな。
孫権も思いのほか、マヌケな男よのう。
まあ、どうせ勝ち続きで、おごっておるのだろう。
その後、周瑜も兵を退いたので、しばらく攻撃はないものと思っていた。
しかし2ヶ月もしないうちに、また攻めてきたのだ。
「あれだけやられたのに、なんでまた出てくるんかのう?」
「クハハ、奴らもやられっぱなしでは、メンツが立たんのでしょう。もっとも少々、兵が増えたからといって、どうにもなりませんがな」
「たしかに向こうの兵力は、少し増えているようだな」
徐晃が言うように、兵数は少し増えているようだ。
しかしこの襄陽城を落とすには、全く足りんであろう。
一体、なにを考えているのやら。
「まあよい。今までどおり、蹴散らしてやるだけだ」
「ええ、せいぜい歓迎してやりましょう」
翌日になると、孫権軍は3方向から門を攻めてきた。
主力は南門のようだが、西と東にもけっこうな兵を出しておる。
実際、敵は激しく攻めてきたが、南門は小揺るぎもしなかった。
しかしやがて、城内に異変が生じる。
「城内で火事が発生しました!」
「なんだと? おのれ、敵の手のものか。至急、人を送って消しとめろ!」
「はっ」
おのれ、城内で放火とは卑劣な。
しかしそれほどひどいことにはならず、大勢に影響はないと思っていたのだが……
「敵が南南西の櫓を攻めはじめました!」
「南南西だと? 敵の規模は?」
「およそ2千人ほどと、見受けられます」
「う~む……どうにかなるとも思えんが、応援を出すか。おい、2百人ほど送れ」
「はっ!」
しかし門以外を攻めるとは、珍しいこともあるものだな。
この城に限って、敵兵が取りつけるとは思えんのだが。
「南南西の櫓に、敵兵が取りつきました。城壁上が、制圧されつつあります」
「なんだとっ! なんとしても防げ! 俺も出るぞ」
「はっ」
まずい、まずい。
城壁上に取りつかれては、南門が危機にさらされるではないか。
なんとしても撃退せねば。
しかし敵は一体、どのようにして取りついたのだ?
ば、馬鹿な!
南門をあっさりと奪われただと。
おかげで怒涛のように、敵兵がなだれこんできている。
このままでは城が……
曹操さま、申し訳ございません。




