19.襄陽、陥落す
建安17年(212年)10月 荊州 南郡 襄陽
攻略準備が整うと、俺たちは大軍で襄陽近郊へ押し出した。
そして城から距離をおいたところに陣を張り、まずは敵兵とにらみ合う。
「それにしてもでけえ城だなぁ。本当に落とせるのか? 御曹司」
「たぶんいけますよ。まあ、結局は甘寧さんたちの、がんばり次第ですけど」
「う~ん、本当に俺たちでやれるのかなぁ」
そんな話をしている相手は甘寧。
孫軍団でも屈指の猛将である。
彼はなぜか、俺を御曹司と呼ぶ。
孫権に睨まれそうだから、そういうのはやめて欲しいんだけどな。
そして俺たちが遠くから臨む襄陽城は、巨大で難攻不落に見えた。
なにしろ高さ10メートル弱で、2キロ四方ほどの城壁に囲まれているのだ。
しかも北方は漢水に面し、西、南、東の3方も幅10メートルほどの水濠で囲まれている。
3方のそれぞれに城門を備えるが、それぞれ狭い道を通らざるを得ず、攻めにくいことこの上ない。
かといって門以外の場所を攻めようにも、まず水濠が邪魔で城壁に近づけない。
仮になんとか取りついても、城壁上から矢やら石やらが、雨のように降り注ぐのだから、相当な被害が出るだろう。
そんな感じで今までは、正面からの攻撃は控えていたのだが、今回は違う。
「大丈夫。練習では上手くいったじゃないですか。敵の抵抗は加わりますけど、なんとかなりますよ。明日はがんばってください」
「フッ、そうだな。この一戦には、御曹司の進退が懸かってるんだからな。なんとしても城を落として、御曹司の評判を上げてやるぜ」
「いや、だから煽らないでくださいって」
甘寧を呼び寄せた周瑜が、何やら彼に言い含めたらしく、妙にはりきっていた。
士気が高いのはけっこうなことだが、孫権との対決気運をあおらないでほしい。
しかしそれ以外は順調に準備が進み、翌日の決戦に向かうのだった。
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グッドモーニング、エブリバディ。
孫紹クンだよ。
翌日は早朝から動きだし、まず本隊3万が南門の前に陣取った。
さらに西門の前に2万、東門の前にも2万が陣取り、襄陽を3方向から攻めようとする。
当然、敵の方も3つの門に兵を張りつかせ、断固として撃退の構えを見せた。
そして布陣が終わるやいなや、味方の総攻撃が始まる。
「放てっ!」
まず盾を持った歩兵が敵城に迫りつつ、その陰から弓兵が矢を射はじめた。
すると当然のように敵からも矢が飛んできて、盾に突き刺さる。
中には運悪く、矢に当たる兵士もいた。
なにしろ敵は10メートルは高い位置から射ってくるので、威力が強い。
しかし味方は数の多さを活かして、入れ替わり立ち替わりで矢を放っていた。
そうやってジリジリと前進し、やがて城門を指呼の間に入れる。
「突撃~!」
「「「おお~~っ!」」」
今度は先端を尖らせた丸太を持った集団が、城門に突撃した。
その破城槌は城門に到達するも、破壊するにはほど遠い。
逆に城壁上から石やら矢やらのお返しを浴びて、数人が倒れる始末だ。
しかし我が軍はくじけることなく、同様の攻撃を何回も繰り返した。
その間、味方の損害は増える一方だったが、敵にも疲労の色が見えてくる。
そこへささやかながら、さらなる撹乱を試みた。
「城内から煙が上がっています!」
それは貧相なものだったが、城内から煙が上がり、敵兵に混乱が広がるのが見て取れる。
どうやら内部の密偵が、放火に成功したようだ。
すると、そんな敵の隙をついて、本隊から抜け出る一団があった。
「急げ! 一刻も早く移動するんだ」
俺は甘寧と一緒に、その一団を指揮していた。
そして城門から数百メートル離れた場所で、部隊を展開する。
およそ2千人ほどの兵士が盾で守りながら、ある兵器を水濠の近くまで移動させた。
やがて準備の整った部隊に、新たな号令がくだる。
「射てっ!」
「「「おうっ」」」
その直後、長さ2メートル近い太矢が何本も放たれた。
それは大きな弓を2つ束ねて威力を増した、床弩と呼ばれる兵器だった。
その威力は凄まじく、城壁から30メートルほど離れた場所から、城壁上の櫓に太矢が突き刺さる。
しかもその太矢には丈夫な綱が結ばれており、地面に打ち込まれた杭にゆわえつけられて、ピンと張り渡される。
さらに細い縄と滑車が付いた太矢も撃ち出され、これもまた水濠の上に張り渡された。
そんな綱が5セットも張られると、甘寧から号令が飛ぶ。
「よ~し、てめえら、なんとしても上の奴らを黙らせるんだ。引け~~っ!」
「「「おお~~~!」」」
太い縄に滑車が載せられ、その滑車に結びつけられた細縄が、それぞれ10人の男たちに引かれる。
この細縄は城壁上の櫓に突き刺さった滑車を介しており、太縄の滑車が城壁上に向かって引き上げられる。
そしてその滑車についた取っ手には、屈強な男がぶら下がっており、彼らも同時に上昇していった。
男たちは鈎のついた武器を持っていて、櫓に近づくとそこに鈎を突き立てる。
そして自分の体を引き上げて、器用に城壁上に降り立ったのだ。
その間、敵が妨害しようとしてくるが、こちらも矢を放って邪魔をする。
「て、敵襲~! あの縄を切るんだ~!」
「敵が昇ってきたぞ~! グハッ」
「応援を呼べ~!」
一度に5人を送りこむと、彼らが城壁上の制圧に掛かる。
その隙にこちらは滑車を下に引き戻し、再び5人の男たちを送りこんだ。
もちろん敵の抵抗があるため、何人かは落とされたりもするが、しばらく後に20人ほどの味方を、城壁上に送りこむことに成功していた。
「よ~し、俺も行ってくるぜ、御曹司」
「はいっ、お気をつけて、甘寧さん」
ある程度、安全が確保された時点で、隊長の甘寧も上に昇っていった。
すると味方が一気に優勢になり、その後も百人以上の兵士を上げることに成功する。
そして甘寧たちが、南門周辺を内部から攻撃したことにより、敵は大混乱に陥った。
やがて抵抗の弱まった南門に取りつく兵士が出てくる頃には、とうとう南門が内部から開け放たれた。
「門が開いたぞ~! 突撃~!」
「「「おお~~~っ!」」」
こうして難攻不落を誇った襄陽は、その日の内に陥落したのだ。




