2.私を柴桑に連れてって (地図あり)
多数のブクマや評価、ありがとうございます。
本作への期待の表れと思って、がんばります。
なお感想は全て目を通していますが、特にレスが必要そうでなければ、返信は控えさせてもらいますので、あしからず。
建安13年(208年)6月 揚州 呉郡 呉県
現代人の人格が宿った孫紹は、柴桑へ行かせてくれと、母上に嘆願した。
その目的は叔父の周瑜を救うべく、歴史に介入するためだ。
しかしいまだ9歳の子供を、そう簡単に送り出してくれるはずもない。
「あなたの覚悟は分かりました。しかし柴桑までの道行きはどうするのですか? まさかあなた1人で、たどり着けるなどとは思っていないでしょうね」
「それについては、考えがあります。要は適切な保護者がいれば、よいのですよね」
「それはそうですが、そんな都合のいい方がいますか?」
「はい、まずは心当たりの方に、お願いしてみたいと思います」
「それならば、まあ、様子をみましょう」
こうしてまず、母上の説得には成功した。
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「ご無沙汰しております、郎おじ上」
「おう、紹か。どうした、珍しいな」
そして俺が会いにいったのは孫郎。
孫策の異母弟だ。
彼は今年22歳になる青年で、なかなかに筋骨たくましい偉丈夫である。
しかし母親の身分が低いため、彼は孫家の中でも冷遇されていた。
そして俺も孫策の長男でありながら、孫権から微妙な扱いを受けているせいか、孫郎はなにくれとなく面倒を見てくれるのだ。
そんな彼こそが、今回の保護者にピッタリであろう。
「今日はお願いがあって参りました。私を柴桑に、連れていってほしいのです」
「はぁ? いきなり何を言ってるんだ、紹。そんなことをすれば、孫権に目をつけられるかもしれないぞ」
「それはあるかもしれませんが、なんとしても私は、周瑜さまに会わねばならぬのです。そのためならば、多少の危険もいといません」
「なんだと? なぜそこまでしようとする?」
孫郎がいぶかしそうに問うのに対し、俺は作り話を打ち明けた。
「……実は昨日、父上の夢を見たのです」
「策の兄貴を夢に見ただと? しかしお前は、顔も知らぬであろう」
「ええ、母上やおじ上たちから、話を聞いたことがあるだけです。しかし夢の中で周瑜さまとともに、戦場を駆け回っていたのは父だと確信しています」
「ふうむ、兄貴と周瑜さまは、とても親しかったらしいからな。まあ、その2人を夢に見るというのも、さほど不思議ではないだろう。しかしそれと柴桑に行くことが、どうつながるんだ?」
「私はそれを、孫家の男子として自覚を持てと、叱咤されているように思いました」
「なっ、馬鹿なことを言うな。ちょっとこっちへ来い」
俺の言葉に孫郎は動揺し、あわてて物陰に引きずりこむ。
そして彼は声をひそめながら、忠告してきた。
「うかつなことを言うんじゃない、紹。それではまるでお前が、権の兄貴に対抗しているようではないか」
「これは申し訳ありませんでした。しかし勇猛で知られた父上の息子として、今のままで良いわけがありません。私は今の自分を変えるため、周瑜さまに会いたいのです」
「周瑜さまに会ったからといって、何が変わるんだ?」
「分かりません。しかし何かしら、糸口のようなものはつかめる気がするのです」
「ふ~む……」
真面目な顔でそう言えば、孫郎も頭から否定はしない。
俺に同情的なのもあるだろうし、彼自身がくすぶった思いを抱えているというのも、あるだろう。
しばし考えた後、彼が思いきったように言う。
「いいだろう。俺もここでくすぶっているのには、飽き飽きしていたんだ。柴桑に押しかけて、何か仕事をもらえないか、権兄貴に相談してみよう。紹には見聞を広めさせるため、連れていきたいとでも言えばいい。我が孫家も、翊や匡の兄貴が亡くなって人手不足だからな。そう邪険にはせんだろう」
「ありがとうございます、おじ上」
「そうと決まれば、足を確保せねばならんな。最短で柴桑へ向かう船を、探してくる」
こうして俺は、孫郎を味方に引きこむことに成功した。
実をいうと、我が孫家はここ数年で孫翊、孫河、孫匡という親族を失っていた。
孫翊と孫河は204年に、丹陽で配下に殺されてしまい、孫匡は病で早逝している。
つまりただでさえ歴史が浅く、頼れる親族の少ない孫家にとって、重職を任せられるような人材が不足しているのだ。
そんな状況であれば、妾腹として冷遇されていた孫郎でも、やる気を見せればチャンスを与えられるかもしれない。
さらに孫権にとって、亡き兄の息子という微妙な存在である孫紹も、上手くすれば使えるかもしれない、という訳だ。
一旦、やる気になった孫郎の動きはすばやく、母上の説得と柴桑行きの手配は、あっけなく済んだ。
そして俺は孫郎に連れられて、柴桑へ旅立った。
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建安13年(208年)6月 揚州 豫章郡 柴桑
孫郎に相談を持ちかけてから1週間足らずで、俺たちは柴桑へ到着していた。
ここは豫章郡の北端に位置し、長江に面した河岸都市である。
そのまま長江をさかのぼれば、すぐに荊州の江夏郡になり、つい最近までは対劉表戦線の最前線だった。
しかしこの春に、江夏郡の中心である夏口城の攻略に成功し、晴れて後方基地になっている。
この夏口城というのが、我が孫軍団にとっては鬼門で、今までに何度も苦渋をなめさせられてきた。
古くは孫策が攻めて攻略しきれず、江東に帰還したところで暗殺されてしまった。
さらに203年にも孫権が攻めたものの、やはり落とせずに敗退した。
そして3度めの正直で、この春にようやく攻略が成ったのだ。
ちなみにここを守っていた主将が黄祖といって、孫堅を討ち取った因縁の武将である。
つまり孫家は3代に渡って、黄祖に煮え湯を飲まされてきたのが、ようやく打倒がなったわけだ。
ただし江夏郡自体の制圧はかんばしくなく、一進一退の状況が続いているらしい。
そのため孫権を含む司令部は、いまだに柴桑を本拠にしているわけだ。
そして俺と孫郎は、そのトップである孫権に目通りした。
「郎よ、わざわざ柴桑まで来て、なんの用だ?」
「はっ、お忙しいところ、お時間をいただき感謝します。実は思うところがありまして、俺を荊州の攻略に使ってほしいのです」
「……今までは戦に消極的だったのに、急にどうした?」
「実はこの紹が、前線を見て勉強したいと言いだしましてね。こんな子供が頑張ろうとしてると思うと、俺も何かしたいと思ったんですよ」
孫郎が俺を理由にすると、孫権がこちらに注目した。
孫権は今年27歳になる青年で、最近は当主としての貫禄も出てきた感じだ。
その容貌は歴史にあるように長身で、あごが張っていて口がでかいのが目立つ。
「それは本当か、紹?」
「はい、おじ上。実は先日、父上の夢を見まして、私が孫家のため、何をできるかを知りたいと思ったのです」
「兄上の夢、か……だからといって、子供に何ができるわけでもないのだぞ」
「それは重々、承知しております。しかしまずは始めてみねば、何も進まないと存じます」
「う~む……やる気になっている者を、邪険にするのも問題か。よかろう。2人とも夏口城へ行ってこい。上手くすれば、周瑜が仕事を与えてくれるだろう。郎はちゃんと、紹の面倒をみてやるのだぞ」
「ははっ、感謝します」
「ありがとうございます」
こうして孫権からは、前線行きの許可がもらえた。
それはおそらく、使い物になればラッキーぐらいの感覚だったであろう。
しかし俺は、この先の歴史を変えてやる気が満々だった。