12.益州攻めの提案
建安14年(209年)12月 荊州 南郡 江陵
「まずは共同の益州攻めを、劉備に提案してみませんか?」
俺のその言葉に、出席者の視線が集まる。
すかさず周瑜が、懸念を口にしてきた。
「仮に提案したとして、劉備がそれを受けるとは限らないぞ」
「そうですね。おそらく劉備は、提案を受けないでしょうね」
「なぜそう思う?」
「劉備にとって益州は、自分の獲物だからですよ。共同で攻略しては、旨味が減ってしまいますよね」
そう断言すると、龐統が反論する。
「別にそうとは限らないだろう。むしろこれ幸いと、話に乗ってくるんじゃないか?」
「いえ、我らの力を借りては、益州を独占できないので、それはしないでしょう。建て前は同じ劉姓だから、攻めるのは忍びないとかなんとか、言うと思います」
「う~ん、それは十分にあり得るな……」
実際に劉備は、孫権から益州攻めを持ちかけられた時、同じ劉氏を攻めたくないと言って断っている。
それどころか、孫権が夏口に兵を派遣して、益州攻めの構えを見せると、劉備は長江流域に兵を配置して、通過を阻んだそうだ。
それが舌の根も乾かぬうちに、自分で益州を取ってしまうのだから、孫権が激怒するのも当然だろう。
すると今度は蔣琬が、俺に問う。
「仮に劉備が断ったとして、奴らはどうするんだ? あいつらだけじゃあ、あまりに兵が足りねえだろう」
「そこは謀略じゃないですか? 例えば劉璋から救援要請を出させて、味方のふりをして益州に入ります。その後に益州の兵を借りて、上手いこと手なずければ、攻略できるかもしれない」
「う~ん、そんなに上手くいくかぁ?」
蔣琬が懐疑的な声を上げてるが、実際に史実では上手くやったのだ。
この世界ではだいぶ勢力が小さいが、やりようはあるだろう。
ここで周瑜が、その先を問う。
「ふむ、仮に共同攻略を持ちかけて、劉備がそれを断ったとしよう。その場合、我らはどうすべきだと思う?」
「遠慮せずに兵を出せばいいでしょう。ひょっとしたら劉備に邪魔されるかもしれませんが、その時は討ち取ってしまえばいい」
「フフ、相変わらずエグいことを言う。それでは逆に、共同攻略を受け入れたとすればどうする?」
「これも迷わず、共同で兵を進めればいいのです。運よく益州が取れれば、働きに応じて領地を分配し、またしばらく同盟関係が続くだけです」
「ほう、長く続くとは、思わないんだな?」
「続くに越したことはありませんが、期待できるものでもないですよね?」
逆に問い返せば、周瑜も苦笑を浮かべている。
やがて彼は表情を改めると、続きを促した。
「それでは仮に益州を攻略するとして、どんなやり方がある?」
「う~ん、私が思うに、ふたつの攻め方があると思います。ひとつは少数精鋭で、敵の本拠を突くこと。もうひとつは大軍をもって、順次、江州から攻め上がることですね」
「ふむ、まあ、そんなところだろうな。しかしどちらにしても、問題は多い」
「ですねぇ。言うは易し、行うは難しってやつですよ」
龐統が2種類の攻略を提案したが、どちらも簡単ではない。
少数なら敵の本拠に迫るのは容易だろうが、少なすぎれば敵の制圧に手間取る。
多数なら少々の敵軍には負けないだろうが、すぐに敵に気づかれ、守りを固められてしまう。
どちらかといえば、少数精鋭による奇襲が良さそうだが、それにしても入念な準備が必要となるだろう。
「いずれにしても、すぐにやれることではないな。まずは益州の内に味方を作り、手引きをしてもらう必要があるだろう」
「それが現実的でしょうな。問題はその準備に、劉備を巻きこむかどうか、ですが」
「う~ん、先ほども言ったように、劉備は乗ってこないと思うんですよね」
「そうだな。だけど決裂しても、奴らは勝手に動くだろう。それぐらいなら、なんとか説得して、益州攻めを有利に運びたいな」
「問題は、どうやってその気にさせるかですね」
「うむ……」
周瑜、龐統と一緒に頭をひねっていると、蔣琬が口を開いた。
「なあ、ここで悩んでいても、仕方がねえんじゃねえか。まずは腹を割って、話してみちゃあどうだい? 案外、妥協はできると思うんだがな」
「ふむ、その根拠は何かな?」
「俺が調べた限り、武陵が発展してるといっても、しょせん過疎地だ。あそこだけで、益州を攻めるほどの兵力や兵糧、資金を調達するのは、はっきり言って無理だと思う。ならば話の持っていき方で、共闘はできるだろうよ」
「どう、話を持っていくのだ?」
その周瑜の問いに、蔣琬は少し考えてから答える。
「そうだな……基本的には奴らが自立できるくらいの、領地を分け与えることになるだろうな。その代わり、奴らを矢面に立たせて、同盟の利を得られるようにする。具体的には漢中周辺を任せて、北の守りを固めてもらうってのはどうだ?」
「ほほう……武陵はどうするのだ?」
「もちろん益州のどっかと交換さ。具体的な分配は、奴らの働きしだいだがな」
「ふむ……孫紹はどう思う?」
さすがは蔣琬。
天下3分の計の肝を、きっちりと押さえていた。
こう言われてみると、俺も案外わるくないように思えてきた。
なまじ前世の記憶があるから、劉備には断られると思いこんでいたが、案外これならいけるのではなかろうか。
「そうですね。蔣琬どのの言うことが、最も現実的かもしれません。我らだけで益州を取るのは、かなり難しいですからね。まずは誘ってみて、もしも断られたら、また考えればよいでしょう」
「うむ、そうだな。いずれにしても、孫権さまの承認は必要だ。蔣琬に説明にいってもらおうと思うのだが、どうだろうか?」
「今日みたいな話でよければ、いくらでもするぜ。一度、秣陵にも、行ってみたいとは思ってたからな」
「ああ、頼む。それではもう少し詳しく、内容を詰めておこうか」
その後もいくつか話し合って、孫権に説明する話を詰めた。
そして孫権は今、秣陵で江東の防衛に努めているので、そこへ蔣琬を遣わすこととなる。
向こうでは魯粛に協力を仰ぐが、無事に孫権の許可が得られるといいな。