9.荊州で人材探し(2)
建安14年(209年)5月 荊州 長沙郡 臨湘
ハロー、エブリバディ。
孫紹クンだよ。
南郡で人材探しをしていた俺は、あちらが一段落すると、今度は長沙へやってきた。
そしてまずやったことは、ある老将との対面だ。
「はじめまして、私は前の討逆将軍 孫策が嫡子、孫紹 伯偉と申します」
「ほう、貴殿があの江東の小覇王の? 黄忠 漢升だ。今日は何用かな?」
彼は蜀の5虎将として有名な老将 黄忠である。
黄忠は劉表に仕官していたが、今は長沙に配属されていた。
そして長沙、武陵、零陵、桂陽の4郡は、俺たちが江陵を落としてから、降伏を申し出てきたので、黄忠も味方であると言っていい。
この老将はすでに60歳を超えているのだが、まだまだ元気そうなので、スカウトにきたわけである。
「黄忠どの、我が軍は優れた人材を求めております。叶うならば、貴殿と同じ陣営で戦ってみたいと思っているのですが」
「過分なお言葉、ありがたく。しかし儂も何分、年でのう。あまりお役に立てんと思うのだ」
「いえ、まだまだお元気と拝察しますし、その経験こそが貴重な宝です。この若輩者を助けると思って、一緒に来てはもらえませんか?」
「??……何ゆえに、そこまで儂を買ってくれるのだ?……ふむ、まあよいか。どうせ老い先短いこの命、孫紹どのにお預けしよう」
「ありがとうございます!」
黄忠は戸惑いながらも、スカウトに応じてくれた。
彼とは江陵へ戻る時に同行してもらい、周瑜に紹介することになった。
そして俺はまた噂を集めてから、今度はとある文官に会いにいく。
「突然で失礼いたします。私は前の討逆将軍 孫策が嫡子、孫紹 伯偉と申しますが、あなたが劉巴どので、間違いありませんでしょうか?」
「ほう、小覇王の息子どのか。いかにも、私が劉巴 子初です。本日はいかようなお話か?」
「率直に言いまして、劉巴どのにこの荊州を、治める手助けをお願いしたいのです」
「それはまた光栄なお話です。しかし私はすでに曹操さまに仕える身。そのようなお誘いは辞退したいのですが」
劉巴は曹操が荊州に攻めてきた時、彼に仕官して荊州南部の采配を任されていた。
しかし曹操は我が軍に負けて逃げ帰ったため、彼の立場は宙に浮いてしまう。
史実ではその後、劉備に仕えるのをよしとせず、交州へ逃げ延びている。
さらに益州へ移ったらそこを劉備に制圧され、結局、彼に仕えることになるわけだ。
そして益州盗りの直後で金のない劉備陣営を、財政政策で支えたのが劉巴なのだ。
歴史に有名な”直百五銖銭”は、彼の発案だという。
そんな人材だからぜひ取りたいのだが、なかなか思うようにはいかない。
ただし劉備と違って嫌われてる風ではないので、もうちょっと交渉してみよう。
「劉巴どのはなぜ、そこまで曹操に義理立てされるのですか?」
「義理立ても何も、事実上、漢朝を支えているのは曹操さまです。そこに仕えるのに、なんの不思議がありましょうか?」
「そうでしょうか? 聞けば曹操は天子さまをないがしろにしたため、暗殺の密勅を出されたこともあるとか」
「……たしかにそのような噂もありますが、あくまでも噂です」
否定してはいるが、劉巴は明らかに動揺していた。
そこでさらなる燃料を追加する。
「噂などではありませんよ。実際に劉備どのは、密勅を見たと言っているのです。武陵へ行けば、詳しいことが聞けるでしょうね」
「あのような粗忽者の言うことなど、とても信じられませぬ。それに前の戦では敗れたが、曹操さまが中原を制しているのは事実。いかな孫権どのでも、その権勢には敵わないでしょう」
「本当にそう思われますか? 曹操は20万を超える軍勢を擁していながら、わずか3万の孫軍団に負けたのですよ」
「ぐっ……勝負は時の運ですからな。そういうこともあるでしょう」
それ以上は押しても、効果がなさそうなので、とりあえず退くことにした。
「そうですね。いずれにしろ我が孫家は、この荊州で地歩を固めます。まずはその様子を見てから、いずれは力を貸していただきたいと思います」
「ふむ、今のところ、そのつもりはありませんが、状況は見させてもらいましょう」
「それはよかった。またいずれ、お会いしましょう」
こうして劉巴のスカウトには失敗したが、まだ可能性は残っている。
また機会を見て、誘うことにしよう。
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建安14年(209年)5月 荊州 零陵郡 湘郷
長沙では他に魏延などもスカウトした後、今度は零陵にやってきた。
そしてその北部の湘郷で、俺はお目当ての人物を発見する。
「はじめまして。私は前の討逆将軍 孫策が嫡子、孫紹 伯偉と申します。失礼ですが、あなたが蔣琬どのでしょうか?」
「ああん? 孫策の息子だぁ?」
そう言って胡乱な目を向けてくるのは、蔣琬という男だ。
だらしなく服を着崩し、無精ひげを生やしているため、ただのチンピラにしか見えない。
しかし彼は諸葛亮の死後、その仕事を引き継いで、立派に蜀漢を切り盛りしたほどの人物だ。
年はまだ、20歳になったぐらいだろうか。
彼は俺と孫郎をジロジロと見てから、口を開いた。
「たしかに俺が蔣琬だが、なんの用だ? 借金の取り立てでもあるまいに」
「今日はあなたを、お誘いにきました。我々と一緒に荊州を、豊かにしませんか?」
「はあ? 嫌だよ、そんなの。めんどくせえ。ていうか、本当にお前、孫策の息子か?」
「ええ、正真正銘、孫策の息子ですよ」
「なんでそんなおぼっちゃんが、こんなとこに来るんだよ?」
「だから、あなたを誘いにきたんですって」
俺が平然とそう言えば、蔣琬は助けを求めるように、孫郎に目をやる。
「おい、本物か? これ」
「ああ、本物だ。まあ、孫策の息子といっても、今はただのガキだけどな」
「しかし江東の小覇王の息子が、お供ひとりでこんなとこに来るかぁ?」
「それは俺も同感だ。しかし世の中を見て回るのも、悪くないと思ってな」
「ふ~ん、なんかあんたも、苦労してそうだな……いずれにしろ、俺は面倒なことが嫌いなんだ。他を当たってくれ」
まるで珍獣でも見るような目で、蔣琬がそう言う。
どうやら史書にあるように、細かいことは苦手らしい。
そこで彼の興味がありそうなことを、提示してみる。
「それは残念ですねぇ。せっかくこれから、面白いことになりそうなのに」
「面白いことって、なんだよ?」
「それは我が孫家が、華南の地をことごとく押さえ、やがて中原に進出するんですよ」
すると蔣琬が吹き出した。
「プッ、そんなこと、できるわけないだろう」
「おや、なぜできないと思うんですか?」
「そりゃあ、中原と江南では、地力が違いすぎるからな。長江を盾に守るならいざ知らず、中原に攻めこむなんざあ、自殺行為だ」
「さすがは蔣琬どのですね。しかし中原の支配も盤石ではありません。やりようはあるはずです。たとえば蔣琬どのなら、どうしますか?」
「む、そうだな……」
意外にまじめに方法を考えはじめた蔣琬に、ささやいてみる。
「ほら、考える余地があるということは、やりようはあるんですよ。できればその覇業を、手伝ってもらえませんかね?」
「だから俺は、面倒なことは嫌いだと言ってるだろうに!」
「でも蔣琬さん、楽しそうですよ」
「チッ、人を見透かすようなことを言いやがって……だがまあ、たしかに楽しそうだな。ちゃんと給料をもらえるなら、手伝ってやってもいいぞ」
「それはもちろん。これからよろしくお願いしますね」
こうして俺は、蜀の宰相格になるはずだった蔣琬を手に入れた。
これでまた一歩、夢に近づけたんじゃないかな。