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夢見幻想

作者: てくろう

夏季、俺はいつも学校帰りに河川敷に立ち寄る。あの人に出会うためだ。

予定通り、あの人はまた居た。麦わら帽子をかぶり、白いワンピースを身にまとっていて、サラサラのロングヘア―で髪を伸ばしている。芝生の上に座って、風に揺らされ飛んでいきそうな麦わら帽子を左手で掴みながら、川をじっと眺めている。

俺は、自然と一体化したような美しい彼女の後ろ姿に魅了されて少しの間俺はぼーっと彼女の後ろ姿を眺めていた。

彼女は、視線を感じたのか、後ろを振り返る。

俺は、振り返る彼女の姿を見て、はっと気が付き我に返る。

彼女は俺の方に振り返って手を振った。


「おーい!そんなところで突っ立って何してんの~~?こっち来なよ~!」


彼女は、笑顔で俺を呼びかける。

俺は、彼女の誘いに従って彼女の側に座った。

彼女は、天真爛漫な顔で俺に微笑みながら言った。


「何で何も言わず、私の後ろでぼーっとしてたの?もしかして私の事可愛いなーって思いながらじっと見つめてた??」


「いや、なんか太ったな―って思って...」


俺はからかってくる彼女を冷静に真顔でからかい返した。


「何それ!酷い!全然太ってないし!てか私まだ14歳だから食べ盛りで太らないんですぅ~!!」


彼女は、赤面して膨れ面で俺に言い返した。まるでわがままが通らなくて拗ねた表情をする子どもの様だった。

俺は内心”可愛い、犯したい”と思いながらも、なんとか理性を保ちつつ、彼女に問いかける。


「ていうか、何でお前いつもここにいんの?こんな所で座って川を眺めてもつまらないし、お尻いたくならない?」


彼女が何故毎日河川敷にいるのか出会った時から疑問に思ったので訊いてみる。


彼女は、俺から視線をそらして再び川を眺めて話す。


「つまらなくないし、お尻痛くもなんないよ。何が楽しいとか訊かれてもあまりわからないかな。ここに居るのが楽しいから毎日来ているだけ」


夕日の光が彼女の顔の一面を照らし、夕焼け色に赤く染まる彼女の横顔に魅了され、彼女の話に全く集中できなかった。

彼女の容姿ばかりに目が行く。

人間は、狩猟時代から子孫繁栄のために、長く生きられるようにと健康的かつ優秀な遺伝子選んだという。健康的で優秀に見られるものが、俗にいう見た目が良い人の事だ。見た目とは判断素材である。

見た目だけで惚れるのは、ある意味中身のない性格の人間だと自分の中で錯覚し、罪のない少女をこんな目で見る自分は、なんて罪深き人間なんだと自虐に至る。

彼女は、話を聞いてない俺に気付かずに、続けて話す。


「それと、私これでも毎日君が来てくれる事を楽しみに待ってるんだよ。」


俺は、何故か今の彼女の発言だけ耳に入り、体全身が凍り付く。まるで、氷の中にでもいるかのように。

その後、心臓が激しく鼓動し始め、体中に血液が速く巡り、徐々に熱くなっていく。俺を覆っていた氷は、体熱によって溶けだしたかのように冷や汗となって流れる。要は彼女の発言に動揺している。


「は、はあ?別にお前に会うために来たわけじゃねえし!いつも一人でいるから哀れだなーって思って帰宅の次いでにかまってやってあげてるんだよ!!」


慌てる俺の反応に、彼女は、勝利を確信したかのような細目でニッと微笑みかけて俺を見下す。


俺は、彼女に隙をつかれた。からかう彼女に対して冷静さを装う事ができ、俺の方が断然有利だったはずなのに、彼女の予想外な発言についていけず、まともに返してしまった。

そう、男女の恋愛間は駆け引きなのである。まともに返しちゃだめだ。まともに返しちゃうとつまらないと思われてしまう。だから、冗談でテンポよく言葉を返す。だが、感情的になってしまうと、上手く冗談が思いつかなくなり、結果敗北に終わってしまう。感情的にならずに上手く冷静さを装い、上手い冗談を返すのは至難の技。日常的に、女の子と関わる機会は彼女にしか他ならなかった俺は、当然女性慣れなどしていないのである。てか俺何で恋愛目線なんだ。

彼女は、慌てる俺に容赦なく責めて来た。


「照れてるぅー!年下にからかわれるとかだっさ~~」


「別に照れてねえし!くらだん嘘なんかついてんじゃねえよ!そろそろ夕日も落ちて来たし、俺は帰る!」

俺は、今にもこの場から逃げたくなった。年下にからかわれるなんて、俺には恋愛する資格すらないように思えるぐらい自分のプライドが傷つくのはうんざりだ。

俺は立ち上がって後ろを振り返り、その場を立ち去ろうとした。その時、彼女が俺の手を掴んで、引き止めた。


「待って、一緒に帰ろうよ、さっきの事嘘なんかじゃないよ」


俺は、立ち止まりコクリと首を縦に振った。さっきまで傷ついてた心が浄化された。嘘じゃなくてよかった。「一緒に帰ろう」その一言が、何より俺の抱いていた疑心を振り払う事が出来た。

そして、俺は彼女とともに河川敷を後にした。

夕日が西の海へと沈み帰り、当たりは暗くなって、河川敷の上の砂利道を通っていた人々の聞こえてくる声は静まり返っていた。俺と彼女は、砂利道を通って家の近くまで歩いていた。特に何も話すことなく、エレベーターの中で沈黙して待ち続けているかのように気まずい雰囲気だった。

彼女も、さっきまでのやりとりで気を引くことに恥ずかしかったのだろうか、顔をうつむけて歩ていた。

「あ、あの、、、」

「ねえ、、、」

とにかく、沈黙で淀んだ空気をなんとかしようと彼女に話しかけようとした。すると同時に彼女も俺に話しかけてきた。ここは、一歩引いて女の子を優先するのがモテる男の特徴だ。レディーファーストで俺は彼女に発言を譲った。彼女も、俺に発言を譲ろうとする素振りが見えたが、俺はもっと大袈裟に譲る素振りをして押し切った。

そして、彼女が先に話し出した。


「ねえ、始めてあったときの事覚えてる?」


「え?急に?勿論覚えてるけど...」


覚えてないわけがない。彼女は俺にとって唯一異性として初めて仲良くしてくれた人だ、、、という思いもあるが、最初に出会った時があまりにも苦い思い出なので忘れたいが忘れられない。後者の気持ちが圧倒的だ。

彼女は続けて言う。


「あの時、とてもうれしかったんだよ。君は幼い子みたいに泣きじゃくってすぐにどっかに行ってしまったけど」


時間は、1年前に遡る。俺と彼女が初めて出会った日の事だ。

俺は、夏休みに好きなプラモデルやゲームが並んだお店にやってきていた。


「よし、今度こそは当ててやらぁ!!!!」

興奮状態で3回分300円で出来るユーフォ―キャッチャーをしにやってきた。最近流行りのアニメの卑劣な刃のフィギュアやうまか棒がたくさん積められたユーフォ―キャッチャーが横一列にズラリと並んでいた。その中でも目に焼き付いたのが、ゲームの景品が当たるくじが入ったユーフォ―キャッチャーその別名くじキャッチャーである。何故こんなにも興奮状態なのかというと、俺は飛んだゲーム好きの超絶オタクヒッキーなのである。ゲームの景品には、俺がゲームの中でも唯一欲しかったパケモンのゲームソフトがくじキャッチャーの隣にあるボックスに収められていた。パケモンのゲームソフトは3等賞である。


「3等賞だ。1等賞2等賞よりも確率が高い。狙える。いくぞおおおお燃えて来たあああ!!!ふぉーーーーーーっ!!」


多くの人たちが歩き通る中、俺はくじキャッチャーの前で、両膝を軽く曲げて、支持基底面を広げ、両脇を締め、顔は天井へ向けて、空手家の構えみたいなポーズを取り、狂人のように大声を荒げた。大音量でスピーカーからアニソンの曲が流れ、多くの人が巡り歩く足音や話し声などの雑音が鳴っているにも関わらず、それに負けないぐらい叫んだ。

俺の横を歩く人たちは、驚いた表情や敗者を見るような目でこちらを見て来た。また、狂人を見慣れているかのように、一瞥もせずに横を過ぎ去っていく人もいた。

俺は、周囲の冷たい視線を気にせず、何事もなかったように目の前にあるくじが収められたユーフォ―キャッチャーに手をつける。

所持金は3000円で、親の小遣いでコツコツ溜めたお金だ。チャンスは10回もある。所持金を全てくじキャッチャーに溶かすつもりでいる。それほど、パケモンのゲームソフトが欲しい。たった10回では、2等賞を当てるのは普通に考えて難しいと思うが、俺はゲーマーだから、難しくないのだ。10回のうちになんとなく当たりそうな予感がする。今日の俺は冴えてるように思える。

俺は、確率も考えずに無鉄砲に300円を入れ、クレーンをボタンで操作する。


「よし、やるぞ、はあはあ」


張り切りすぎたせいか、やる前からエネルギーを使い果たしたように、息切れがする。それと同時に、肩が上がって指が震え、緊張する。歯車のように、緊張した腕を小刻みに動かしながら操作レバーまで近づける。俺の一指し指がレバーに触れた瞬間、緊張のせいか力加減が分からず、思いっきり右へレバーを長く動かしてしまい目的地を過ぎてしまって、クレーンが端っこへとぶつかった。


「ひえええええええええええ」


俺は発狂した。チャンスは10回しかない。これで大丈夫なのか?

俺は、やる前の自信が少し薄れていき、不安が押し寄せてきた。


「ん?49?」


俺は、49というレバーとボタンの横に並んだ数字を見た。

失敗したかと思いきや、50回までならレバーを動かす事が出来、一度レバーを手放してしまうと、1回減るというシステムだということに気付いた。要するに、俺は後49回アームを動かせるチャンスがあるという事だ。

経験上ボタン式のユーフォ―キャッチャーしかいじったことがなく、ボタン式はクレーンを操作するチャンスが1回しかなかったりするので、くじキャッチャーもクレーンを動かすチャンスは1回までと思っていて、緊張していた。後49回もチャンスがあるので、じっくり狙いを定める事が出来る。その事実に俺はホッと溜息をつき、緊張が少しほぐれた。


「なんだ、後49回もあるじゃねえか、驚かせるなよ....」


一度通り過ぎたアームを目的地に戻すため、俺はレバーを四方八方へと動かしてクレーンを操作する。

そして、目的地にたどり着き、「ここだ!」と思い、ボタンを押した。

クレーンは、下方へ下がり、砂のようにくじが散らばっているフィールド上へと動いていった。そして、2本のアームが付近にあるくじを数枚挟み、拾おうとするも、アームの把持力が予想以上に弱くて、

1枚しか取る事が出来なかった。

しかし、俺は焦る事はなかった。何故かというと、たった1枚のくじであろうが、運が良ければそのくじの中は、2等賞である可能性がわずかにある。

俺は、宝くじが当たるかのように夢を見ながら、くじをめくる。

残念ながら、6等賞でもなく、外れであった。しかし、後チャンスは2回、その2回が外れても、残金はまだ2700円もあり、今のところ合計してチャンスは


「へへ、まだまだチャンスはこれから...いける...いける...」


俺は、希望を捨てずにユーフォ―キャッチャーに没頭する。くじを出来るだけ多くとれるように狙いを定め、2回3回と挑戦する。しかし、2回目も3回目もくじは1枚ずつ取れたが、6等賞や外ればっかだ。

ちなみに、6等賞はムカデやゴキブリのゴムで作られたおもちゃだ。それでも、300円を入れて3回挑戦する。何度も挑戦し、残金は2700、2400、2100円とどんどん減っていく。俺は、何度も挑戦するたび、脳内からドーパミンがドバドバと分泌され、過集中気味になり、1回の瞬きも許さずに続けた。それほど本気だったのだ。俺は、まるでゲームに夢中になる小学生のように、ユーフォ―キャッチャーに没頭していた。

そして、俺は等々所持金を全て使い切った。くじはたくさん取れたが、どれも6等賞やはずればかりだった。一番良くて4等賞のカラフルに光るごんまりだった。

俺はすごくショックだった。楽しみにしていたコンサートが雨により中止になっていけなくなるぐらい辛かった。くじキャッチャーをする前の活気ある姿とは真逆に、重い岩を抱えて歩いているように、体がだるくて、気分が落ち込んでいた。カラフルに光るごんまりとたくさんのムカデやゴキブリのような昆虫のおもちゃをポケットに入れ、こんなおもちゃのために俺は3000円も費やしたように思える。

臍を噛んでももう遅い。俺は、なるべく考えないように不満を押し殺して、目の前にミカエルのような天使が舞い降りてきて救いの手を差し伸べてくれないかなぁ~ってくだらない幻想を抱きながら店内を歩いていた。

すると、ハムスターのほっぺのように膨らんだポケットから1匹のゴムでできた節足動物が床へ落ちた。

俺は気付かずに先を歩いていると、後ろから甲高い声が聞こえてきた。


「おーーーい落としたよーーー」


俺は、甲高い声に反応し、振り返るとそこには白いワンピースにサンダル、麦わら帽子を被った清楚な女性の姿があった。13~14歳ぐらいだ。彼女はまるで空から舞い降りた天使のように美しかった。

そう、これが俺と彼女の出会いであった。


「はい、これさっき落としていったよ」


彼女は、手にもったゴムでできた節足動物のおもちゃを差し出して来た。その差し出した手は、まるで救いを述べる神の手のように俺は見えた。


「あ、あぁ、ありがとう」


驚いた。ミカエルのような天使が舞い降りて来た事にじゃない。普通の女の子がは、絶対に昆虫は嫌いなはずだ。例えそれが作り物だったとしても。しかし、彼女は嫌そうな素振りも見せず、普通に手にもって俺に差し出した事に驚いた。


「虫慣れてるの?」


驚いたので、彼女に疑問を投げてみた。


「うん?うわぁ!!」


彼女は、自分の手に持っているものに気付いていなかったようだ。自分の持っているものを確認した途端、すぐに脊髄反射で俺の顔に投げつけてきた。


「いってえぇ!!!なにすんだよ!!!」


彼女の予想外な行動に俺は怒り、声を荒げた。


「だってしょうがないじゃん!!何で虫なんかポケットに入れてんのよ!!」


彼女は逆上した。彼女の理不尽な発言には黙っていられず、俺も負けずに反論する。


「はあ??仕方ねえだろ!!くじあたんねえんだから!!てかお前何逆切れしてんだよ!!ちゃんと確認していないお前が悪いだろ!!馬鹿!!」


くじキャッチャーで当たりが出なかった不満と彼女の逆切れ行為に、俺はついに血管がはちきれた。「馬鹿」と初対面で口にしたのはこれが初めてだ。というか、人と話すのは超絶苦手だ。初対面は特に言葉も出ない。しかし、彼女だけは違った。彼女にだけは何故か言いやすかったのである。

彼女は、怯むことなく俺にさらに罵倒してきた。


「なによ!!変な昆虫ポケットに入れて持ち歩いてる変態なんてそもそもいるわけないじゃない!!」


「なんだと、この野郎」


俺と彼女は、初対面とは思えないほどの距離感で奥歯をかみしめていがみあった。

そう、これが彼女との最初の出会いであり、苦い思い出である。


「ふん!これ以上喧嘩したってなんの得もないわ!!帰る!!」


彼女は、俺との不毛な論争から引き下がり、そっぽ向いて立ち去っていった。


「なんだったんだアイツ....」


そして、時は現在に戻る。

彼女との初めての苦い思い出話を繰り広げた後、彼女は笑っていた。


「懐かしいね~~、あの時、君泣きじゃくってあたしに完敗してたよね~」


「いや、泣きじゃくってもないし、完敗してねえよ!!」


彼女の捏造に、俺は慌てて弁解する。


「でも、今みたいな思い出がずっと続くといいね。」


彼女は小さくささやいた。


「え?」


彼女の意味深な一言に、俺は吐息を凍らせた。そして、足がピタッと止まる。


「今なんて言った?」


聞き間違えなのではないかと思い、彼女に聞き返した。


「え!うん、いや今みたいに毎日が楽しければいいなぁー!!って思って」


彼女は、立ち止まった俺に振り返り、笑顔で返した。

俺は、彼女の意味深な一言に疑念を抱いた。


「何言ってんだよ、お前はとりあえず学校に行って勉強しろ!」


冗談で言い返した。一瞬彼女の言葉の意味が本心と違うような気もしたが、触れてはいけないような気がしてしまい、深入りするのを辞めた。


「そういえば、君も何か言いたそうだったね。」


「あぁそうだったな....うーん...いや何でもない。」


さっき話そうとしていたことを、再び話そうと思ったが、やめた。

何で辞めたかというと、話す事が出来なかった。彼女に隠し事がある。彼女に今まで黙っていた秘密を話そうと思ったが、やめた。でも、いつかは話さないといけない事かもしれない。


「そっか」


いつもの彼女なら、「何々???自分から話そうとしておいてそれ!?」と無理に言わせようと押し付けてくると思ったが、今日はすんなりと流してくれた。

そしてまた、沈黙が始まった。沈黙なまま、2人で暗い夜道を歩いていると、住宅街の十字路で足を止めた。


「ここを右に曲がれば、私の家だから、ここでお別れだね」


彼女は、口角を上げ、頬が目の半分を覆い隠して軽く微笑みかけたが、なんだか悲しい表情をしていた。


「あぁ、わかった...」



ここから、変える方角は反対になるので、俺は彼女を引き止めることなくすんなりと受け入れた。

彼女は、十字路を右に曲がり、俺に背を向け暗い夜道を一人で歩いて行った。彼女を家まで見送りたいが、そういうと彼女は、拒否するから毎回この十字路でお別れをする。

段々と距離が離れ、小さくなっていく彼女の後ろ姿を見届け、俺も帰る事にした。今日の夜はいつもより虚しく寂しかった。

彼女と別れた後、十字路を左へ曲がり真っすぐ歩いていると、2階建ての大きな自宅が見えてきた。自宅の門前までやってきて、自宅の窓を眺めると、電気はついておらず、人気のない様子だった。

家の門を開け、玄関前までやってきて、合鍵で扉を開ける。家に入った途端、外とは違い湿った空気が押し寄せてきて、蒸し暑さを感じる。俺は耐え切れなくて、玄関横にある照明スイッチを押して明るくし、玄関の鍵を締めた後、すぐに家中にある扉や窓を開け、換気した。そして、リビングへ向かい、リビングも明るくして、テーブルに向かう。


テーブルの上には、父親が作った夕食と、薬の入った紙袋があった。思い出せば、父親は出張に出かけていたのだ。

俺は、父親と二人暮らしをしている。兄や弟はいなくて、一人っ子だ。母は、俺が小学生の時に交通事故で亡くなった。母親の突然の死に、1日中父親の膝の上で赤ん坊のように泣きじゃくってたのを今でも当然忘れない。母親の死が原因で、俺はどうやら体調が優れない日々が続いているのだ。最初は、行きつけの病院に行って、何カ月か入院していたが、今では、退院で服薬生活している。最近は、体調が良い。

とりあえず、家帰っても何もすることないので、夕食を済ませて服薬し、シャワーを浴びて2階にある自分の部屋へ入った。いつものように、自分のベッドの上で寝る準備をしていた。


「トゥルルルン..................」


ベッドの上に置いてあったスマホが俺に呼びかけるように鳴いた。

スマホの通知音が気になり、スマホの画面を覗いてみると、LEINのパケモンの最新に関する情報の公式アカウントの通知だった。それを見た俺は、自信のあった模擬試験が意外と低くて絶望的になる受験生のように、「はぁ」と不甲斐ない溜息をついた。俺のクラスの美少女からだと心のどこかで期待していた。女の子の連絡先なんて一つもないのに。自分に構ってくれるのが公式アカウントだけだという事実にすごく虚しさと孤独感を感じる。

「実は気になって、君の知り合いからLEIN教えてもらいましたー」みたいなセリフが来るのかと思っていた。女の子のLEINというワードが頭の中で浮かんだ時、ふと気づいた。


「そういりゃあ、アイツと連絡先交換していなかったな。」


そうあの河川敷で毎日会う女の子である。というか、1年も知り合っているのに、何故LEIN交換すらしてないのか不思議でたまらない。彼女は13歳だと言っていた。そのお年頃だと、SNSの一つや二つ没頭してやってるだろう。連絡先の話など、彼女の口から聞いたことはない。まさかの脈なし?それか、もしかすると、相手も気になっているのだけれど、消極的なのかもしれない。でも、普段から俺をからかうような彼女が?

彼女が内心俺の事どう思っているのか気になってしまい、錯乱する。


「あぁ、もうわかんねえや、明日聞いてみるしかないな」


俺は、決心した。別に彼女の本心を聞き出すのも連絡先を聞くのも、恥ずかしいからとか、振られたらどうしようとかそういう感情ではない。ただ、俺は今まで忘れていただけなのだ。それが彼女の意図であるかのように。

とりあえず、パケモンの最新情報の通知が来ていたので、トーク画面を開き黙々と画面をスライドさせて読み進めていると、窓から何かが当たる音が聞こえた。


「ん?なんだ?」


音が気になったので、部屋のカーテンとレースを開け、窓の外を覗いてみるが誰もいなかった。


「あぁ?おかしいなぁ」


不審な音に俺は気のせいかと思い、ベッドに戻ると、窓からゴンゴン!と強い風が吹いて窓ガラスが揺れるような鈍い音がなった。今の音は、明らかに誰かの仕業に違いない。ハッキリと鈍い音が聞こえた。

しかし、こんな深夜からどこのどいつが何の目的があってこんな事をするのだ?普段俺は、人と関わる事が少ないし、俺に恨みを持つ人なんているはずがない。ただのイタズラなのか?それとも....

俺は、不審な窓ガラスの揺れる音に振り替える事ができなかった。体全身が緊張し、冷や汗が流れ、時が止まったかのように体が凍り付く。

怖いのだ。

正体不明の物騒な物音に、自分の心の中が恐怖にじわじわと飲み込まれていく感覚が分かる。俺は、窓ガラスに背を向けた状態で、振り返ることなくそこに誰かがいるのか、不快感を抱えながら呼びかけてみた。


「おい、そこに誰かいるのか...?いるなら返事してくれ...」


すると、自分の向かいにある部屋の扉から、声が聞こえてきた。


「いるよ、今君の扉の奥に...」


「あ、ああぁああ、あ、」


扉の奥からか細い女声が聞こえてきた。ホラー映画に出てくる白いワンピースを着た不気味なロングヘア―のアレが脳裏をよぎる。その途端、恐怖のあまり、腰を抜かして床に尻餅をつき、言葉が上手く出ず、単音になる。

家には、俺一人しかいないはず、女性なんて一人も住んでいない。父親は出張だ。なのに、何故扉の奥から女声が聞こえるのだ?

そして、ドアから「コンコン」とノックが鳴った。そして、また声が聞こえる。


「今からそっちへ来るね...........」


扉の奥から誰かが話す。

そして、「ギギギ...」と音を立てながら、扉がついに開く。

俺は、夢だと自分の心の中に何度も問いかけ、現実を確かめるために頬を思いっきりつねった、、、がどうやら痛みは感じる。虚構でなかった事実が更なる恐怖感が襲い掛かる。今にも気絶しそうなくらいだ。

恐怖で、目を瞑りたかったが、瞬きすら許される事なく瞼は従ってくれない。

開き始めた扉は、最終域に達し扉の奥から女声を出していた何者かがとうとう姿を現す。


「ぎええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっっっ!!」

俺は、姿を現す何者かを認識する前に、防衛本能が働き、絶叫した。その絶叫は、今までに出したことのない酷く濁った高い声だった。おそらく、ピアノの右端から数えたほうが早いような高い音だった。

そして、気絶寸前のところで扉の前に立っていた何者かを確認する。


「ふぇ?」


見た事ある姿だ。

白いワンピースに正面から少し見える首にかかったゴム付きの麦わら帽子、サラサラのロングヘア―に大きなつぶらな瞳、中学生のような見た目をしている。

そう、そこに立っていたのは、河川敷でいつも会っている彼女だった。

彼女は、驚いて腰を抜かしている格好悪い俺の姿を見て、笑いを抑えきれなかったのか、その場で抱腹絶倒する。

彼女であることを認識した俺は、ホッと溜息をつき安堵する。その瞬間涙が滝のように零れだした。目の前に彼女がいるというのに、涙を流し情けない姿を披露する俺。最悪だった。二人で涙を流し合う。


「おい!てめえ!よくも驚かしやがったな!!これはいくらなんでもやりすぎだろ!!」


俺は、度が過ぎた彼女の悪戯に腹を立て、涙を流しながら怒鳴り散らした。


「ごめん、ごめん、最近君偉そうだったから驚かしてやろうと思って」


彼女は、笑い泣きの涙を人差し指で拭みながら話す。

それにしても、彼女は悪戯上手だ。窓ガラスから石ころを投げたのか、俺が窓ガラスに目を向けている隙に、勝手に家の中を上がり込んで、一切物音や足音を立てずに、部屋の扉まで来ていたというのか。

俺が窓ガラスを見て振り返るまでその差は30秒にも満たないのにかかわらず、彼女は外の窓から家の2階の部屋まで足を運んでいた。彼女の行動力以前の問題に、もう一つ疑問があった。それを彼女に俺は聴いてみた。


「てか、どうやって俺の部屋に入ったんだよ」


「うん?普通に玄関開いてたからだよ?」


「は?」


「待て、鍵は確かに閉めたはずだろ、家に帰るときは毎日ちゃんとカギ閉めてるよ」


確かに鍵を閉めたはずなのだが、彼女が俺の部屋に入ってくることは不自然だ。

彼女は、戸惑う俺を見て、不敵な笑みを浮かべる。


「あ!」


一瞬、ランプの明かりが照明したように思い出した。


(そうだった...換気するために玄関以外の窓開けてたんだった」


マジックの種を見破られなかったように落ち込み、俺は彼女の単純な策に引っかかってしまった。

何故そんな単純な事を見破られなかったのか?それは、俺の発想が乏しかったからとか、忘れていた以前に、彼女は不思議な存在であるかのように認識していたからである。

1年も仲の良い友人のように付き合っているのに、どこの学校かも連絡先も知らないのだ。その認識が、誤って彼女が不思議な能力でもあるかのように錯覚してしまい、単純な策略を見破る事が出来なかった敗因である。

彼女だった事を理解すれば、窓ガラスが咄嗟に揺れたのはただの偶然だと思った。


「くっそおおおお!俺としたことがあぁああ」


「まーた騙された~、てか何度目!?単純すぎるよ~」


彼女は、また腹を抱えて笑いながら俺をからかう。


俺は、この1年で彼女にたくさんからかわれてきた。道端で彼女が急に倒れるフリをして戸惑う俺をからかったり、ショッピングモールでマッサージチェアーに座って陶酔している俺を見て、リモコンを使って強度を最大にしたりとか、彼女のからかいは尋常じゃない。

それに対して、俺のからかいは恋愛駆け引きみたいな口実や、彼女の肩をポンポンと叩いて、振り向くと人差し指が頬に押しあたるみたいなしょうもない小さなからかいである。

そんな彼女の高度なからかいテクニックや、情報不足が彼女は幽霊なのではないかと疑う。


(にしても、彼女はどう見ても普通の人間の姿だし、扉にだって触れる事が出来てたし、幽霊だなんてあるはずないか)


彼女に疑いをかけるが、今こうして俺の前に立ってハッキリと姿が映っている。足もあるし、感情だってある。普通に喋るし。彼女は普通の人間だ。


「しかし、お前俺をからかうためだけにここに来たの?」


「あ、そうだった。君の困る反応が面白くて、言いたい事忘れてた。」


俺は、彼女が煽るも、言い返すとグダグダになってしまうので、グッと奥歯をかみしめこらえ、言葉を受け流す。


「はい、これ。」


彼女は、背後に回していて見えなかった手を差し出した。その手には、丸めたチラシを握っていた。

俺は、チラシを受け取り、チラシに目を通した。

そのチラシには、金魚すくいやお化け屋敷、花火大会などの見出しが記されていた。


「夏祭り?」


「そう、明日の夏祭り。一緒に行かない?」


「え?」


「ダメかな?」


「あ、いや、うんいいよ」


彼女の誘いに俺は少し戸惑ったが、別に拒否する理由なんかないので、引き受けた。というか、彼女が誘いがよっぽどうれしかった。後者の圧倒的に気持ちが強い。雨雲が、晴天に変わったように、さっきまでの虚しさがなくなった。


「じゃあ、明日の夜6時、いつもの河川敷で待ち合わせね。」


「おいおい、河川敷って、夏祭りは確か神社のある公園の方だろ?河川敷とは方向真逆じゃねえか!」


「私は、そこで待ち合わせする方がいいの!!」


「はぁ?何言ってんの?また何か企んでるだろお前。」


「企んでないもん、とりあえず、明日の夕方の5時に待ち合わせね。」


「上等だ。お前が何かしでかすか今度こそ暴いてやるからな。」


「だから、何もしないんだってば!」


彼女は否定するも、俺は散々ひどい目に合わせた挙句、プライドまで汚されたので、彼女に疑念を抱き、河川敷で待ち合わせすることに了解した。

その後、彼女と一緒に、換気で開けっ放しにしていた扉や窓を閉め、別れる事にした。玄関前で、俺は「彼女に家まで送るか?」と聞いたが、彼女は案の定、首を横に振り、俺に背後を向けて遠ざかっていく。その時、俺は気になり始めた。何で彼女だけが俺の情報を知っているのに、彼女は何も教えてくれないんだろう?


「なんか、不平等だな...」


不平等である事に気付いた俺は、不快感を感じ、こうなったら彼女の後を追ってでも、彼女の秘密を暴いてやろうと思った。

そして、彼女に気付かれないように、10メートルぐらい距離を置きながら後を追う事にした。彼女が、俺の家を出た後、左へ曲がり、真っすぐ道を歩いていた。道の途中で、横にあるコンビニやお店に寄り道せず、彼女は無言で目的地を目指して歩いていく。俺は、なるべく足音を立てないように気配を消し、彼女にばれないように付近にある電柱や路地裏に身を隠しながら後を追う。

そして、彼女といつも別れるあの十字路の道にたどり着いた。彼女は、全く気付いてないように振り返ることなく、十字路を真っすぐに歩き進んでいった。俺は、続けて彼女を追う事にしたその矢先、急に足がピタリと止まった。


(なんだ...この予感、変な感じがする...」


何故か、その先を行く事は出来なかった。足がすくんではいない。足は正常に動く。だがしかし、自分の心の中で、その先はブラックホールのように踏み入ってはならない感じがした。その後、体が悪寒し、怖気づき、彼女の後を追う事を辞めた。


次の日の朝、俺は、ベッドの上で口を開け、よだれをたらしながらいびきを掻いて、大の字の体勢になってだらしなさそうに寝ていた。そして、いつものようにスマホのスヌーズが鳴り響き、瞼を閉じながら体を起こし、スマホを手に取って止める。

そっと瞼を開けてスマホの待ち受け画面にある時刻をのぞき込むと、そこには10時と刻まれていた。


「やべえ!!遅刻だ!!」


学校だと思った俺は、時刻を見て驚き急いで準備に取り掛かろうとベッドを離れようとしたその矢先、勢いよくベッドから前進したせいで、重心が前に行き過ぎてしまい、体勢を崩してベッドから転げ落ちた。


「いってええ...」


「ん?てか今日、学校休みじゃねえか!!」


ベッドから落ちた衝撃のおかげで、学校が休みだという事に気付く。


「そっか!今日は休日だから、病院に行かなきゃいけないんだった。そのために目覚ましセットしておいたんだっけか」


そう、俺は休日に病院に行かねばならないのだ。すぐさま、支度を澄まして玄関前までやってきた。すると、玄関の外で誰かの声が聞こえる。

俺は、近所の人が話しているのかと思い、気にせずドアを開けると、そこに見た事のある男性が玄関先の門前でポツリと立っていた。白いYシャツにネクタイを身にまとっており、下は灰色のスラックス、腕にジャケットをかけていて、俺の方に背後を向けてスマホを片手に誰かと電話している。見るからにサラリーマンのような姿をしている。


「え?父さん?」


その男性は、出張だったはずの父の姿があった。


「あ、父さん、出張じゃなかったの?今からたのみが....」


父に、今日夏祭りに行くので小遣いをもらおうと声をかけたがが、父さんは、明るい表情で誰かと通話している。父さんは、掛け声に気付かずに、続けて通話していた。


「あぁ、あの子は元気ですよ?出張だったから、多分寂しそうにしてますよ」


俺は、そこで足がピタリと止まり、父さんの通話を盗み聞きする。すると、父さんは、癇に障るような言葉を口にした。


「え?昨日あの子が独り言を呟きながら道端を歩いているのを見たですか?」


俺は、一瞬自分の話をしているのかと戸惑い、庇の下で父さんの話を続けて聞く。


「あー、はい、昨日もちゃんと服薬するように分かりやすくテーブルの上に置いておきました。とりあえず、今家の前まで来ているので、あの子と一緒にそっちへ向かいます。」


どうやら、俺の話であることに変わりはないらしい。その後、父さんは通話を終え、俺の居る方向へ体を翻すと、父さんは俺の存在に気付いた。


「ん?あ、聞いてたのか?」


父さんは、一瞬眉間にしわを寄せ、俺の存在を認識する。


「うん、聞いてたよ。独り言ってなんだよ?」



「あ、ああアレはだな、会社の社長が独り言ブツブツとうるさくてさー、人に話しかけてるみたいで気になっちゃうんだよね~~、あはは!」


父さんは、戸惑いながら何かを誤魔化すように弁解する。


「ふうん、じゃあ今から俺と病院行くみたいな話していたけど、社長が俺と関係あるのかな??」


父さんは、嘘を見抜くような目で尋問してくる俺を見て、弁解出来ないと思ったのか、本当の事を話した。


「すまんな、さっき通院先の病院の先生から電話が来てな、、、君が独り言で話しているところを目撃したらしいんだよ。」


「なんだよ、独り言って、俺はあの子と話していたぞ!!ほら!いつも遊んでいるあの子だよ!!」


「そうなのか?なら、先生の見間違いなのかもしれないな。別に、疑ってるわけじゃないけど、とりあえず今日通院の日だし、一緒に見てもらおう。」


俺は、如何にも俺の事を病気だと遠回しで言っているような半信半疑の父の言い分に腹が立った。


「絶対何もねえよ!あるわけねえだろ!!」


「とりあえず、先生に診てもらおう、幻かもしれないじゃないか?」


父さんが感情的な俺の不満を和らげるためか、肩をポンと手で軽く叩くが、俺はすぐさまその手を払いのけた。父さんは、口が半開きになって唖然としていた。

俺は、手を払いのけた後、父さんに背を向けこの場から駆け足で逃げ出した。


「こら!待ちなさい!話を最後まで聞きなさい!!」


後ろから、父さんの絶叫が聞こえるが、俺は一度も振り返る事もなく、河川敷の方へ向かっていた。何故河川敷へ向かったかというと、そこが俺の居場所だからだ。

全力で走った。奥歯を噛みしめ、考える暇もないくらいアスファルトを全力で蹴っていくつもの住宅を過ぎていく。そして、毎回彼女と別れる十字路が見えた。彼女が帰る方向ではなく、河川敷の方向(右)へ曲がり、一度スピードを落とすが、加速させて全力疾走で走った。

考えると嫌な気持ちになるので、考えたくなかったから一切手を抜かず、全力で走り続けた。

そして、彼女が毎日いる河川敷へたどり着いた。その場で足を止めた途端、急に体中がじわじわと熱が出てきて、暑苦しくなった。そして、呼吸も荒くなり、喘鳴の音が鳴る。今にも倒れそうなくらい苦しくなった。

俺は、立っていられるのもままならなくなり、河川敷の下り坂になっている芝生の上でグッタリと倒れた。視界には、何もない空白の青空が広がっていた。たくさん運動した後の休憩は気持ちいい。さっきまでの父さんとのやり取りがまだ雑念として残っているが、苛立ちはなく、そのまま無心に受け流した。

運動して疲れてボンヤリ空を眺めると、川のせせらぎやガチョウの鳴き声、通行人の過行く足音など、今まで気にもしなかった音が、心地よく聞こえる。彼女が毎日ここにきて、ボンヤリ川を眺めている心境が分かる。

なんだか、神秘的または幻想的な世界を夢見ているようなこの感じ。体にたまっている不純物が全て浄化されるような感じがした。

あまりの心地よさについ寝落ちしてしまった.....





その一方で、父はさっきまでもめていた息子を探していた。自宅付近や息子が行きそうなゲームショップ、そして学校と自動車を乗り回して探していたが、どこにも見当たらなかった。家から少し遠く離れた坂道の片道一車線の海岸沿いを自動車で走らせていた。


「どこにも見当たらないな...ったくどこ行ったんだ??」


父は、ハンドルを左手で握り、右手で頭を抱え、溜息つきながら独り言を呟く。道路の信号が赤信号になり、車を一時止め、右ポケットに閉まっていたスマホを取り出し、右手に持って時刻を確認する。

時刻は12:00、息子を探し始めて2時間が過ぎていた。そして、信号は赤から青へと左に光が点灯して移り代わり、車を再び走らせる。すると、片手に持っていたスマホから音楽が急に大音量で流れ出した。

父は一瞬スマホの音楽に驚き、右手に持っているスマホに覗いてみると、そこには3-4-4の列に並んだ数字とその上に先生と刻まれた電話番号があった。着信音だ。


「あぁ、そうだった....連絡するの忘れてた」


息子を探し回すのに必死だった父は、予約した通院先の先生に連絡することをすっかり忘れていた。父は、連絡をうっかり忘れていた事に対し、社畜の若手社員のような鬱々とした表情で溜息をつく。そう、父は、出張と息子を探し回るのに、疲れを感じていたのだ。そして、気だるそうに車運転しながら、着信音が鳴り響くスマホのコールボタンを押し、電話に出る。

すると、携帯電話からカエル声のような鼻にかかった中年ぐらいの男性の声が飛んできた。


「やぁ、もう予約時間とっくに過ぎてしまったけど、大丈夫かね?」


「あぁ...連絡不足でご迷惑おかけしてすみません。さっきまでの先生との会話のやり取りが息子に聞こえてしまったみたいでして...それが息子の癇に障ってしまい、揉めてしまって息子がどこかへ行ってしまったんです。」


父は、正面を見て信号や、どこからか車が来ないかなど安全確認を行いながら、話す。


「幻かもしれないじゃないか...」という言葉が父の脳裏に過る。2時間前、息子ともめ事になっていた時の父の台詞である。その瞬間、父親失格であるかのような言葉を吐いてしまったのかもしれないと、父は心の中で痛感する。


「それは、災難だったね。息子さんは、今でも見つからないのかい?」


「はい、かれこれ探して2時間経ちますが、息子の様子が見当たらなくて...」


「ふむ。では、一度河川敷に寄ってみてはどうかね?」


「河川敷ですか?」


「うむ、私はそこで息子さんを見かけたからね。」


2時間前の先生との通話のやり取りで、先生が河川敷で独り言を呟いてるのを見かけたという言葉が、また再び脳裏をよぎった。


「なるほど!そこにいるかもしれないですね!!探してみます!!ありがとうございました!」


父は、気だるそうな声とは一変に、先生に活気ある芯の通った声で感謝の言葉を告げ、通話を切る。通話を切る寸前に、「それで...」と何かを話そうとしていた先生だが、通話終了と共に、声が遮られた。

電話を終え、行く当てを見つけると、鬱々とした表情も真剣に作業に打ち込む職人のような表情へと移り変わっていた。息子がそこに居ると父は確信していた。




河川敷の芝生の上で寝ていた俺は、ようやく目が覚める。目覚めたときに、首の後ろ当たりに痛みを感じ、寝ぼけていてここがどこなのか分からなかった。そして、当たりを見渡し河川敷で眠っていた事を再認識する。


「そっか、俺こんなところで眠っていたのか...」


当たりは、夕焼けの茜色に染まっており、カラスの群れが空を飛んでカーカーと鳴いていた。横から拭く風は少々強くなって、ザーザーと風に揺れる草木の音が聞こてくる。

寝起きでボンヤリとしていた俺は、彼女とここで待ち合わせしていた事を思い出し、そばに置いてあった手提げかばんからスマホを取り出し、時刻を確認する。

時刻は18時、待ち合わせ時間は、17時のはずなのに、1時間も過ぎている。それなのに、彼女の姿が見当たらない。

もしかすると、俺が寝ている間に彼女は来ていて、眠っているところを起こそうと思ったが、中々起きなくて先に行ってしまったとか?いや、わざわざ自分から誘っておいてそれはない。

だとすると、彼女が単純に忘れているだけ?いや、それもない。大体、彼女は、毎日この時間帯にはいるはずだ。彼女が俺を差し置いて一人で何かするって事はまずないはず。

もしかすると、まだこのあたりにいるかもしれない。そう思い、彼女を探すことにした。俺は、効率よく彼女を見つけるために芝生を駆け抜け、海抜の高い砂利道をある事にした。河川敷の距離は、12キロメートルもある。こんな長い距離は、普段運動習慣のない俺からすると、ゴールのない道をひたすら歩き続けているようなものだ。しかし、今の俺にとってはそんなことはどうでもいいこと。とりあえず、彼女を見つける事が先だ。12キロメートルという直線に続く道のりをひたすら歩き、彼女を見渡した。

すると、少し道の真っすぐを歩いていると、すぐそこに彼女の姿があった。

白いワンピースに麦わら帽子、風に髪が揺らされ、茜色に染まる夕暮れが、彼女の肌を照らしていた。























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