帰宅
家の中に入った俺はすぐに気付いた。いつもと空気が違う。なんだこの空気は⋯⋯一体何があったんだ。
「ただいまー! みんな大丈夫ー?」
シーン
誰もいないのか? とりあえずお茶飲も。色々ありすぎて喉カラカラよ。外の記者どうしようか⋯⋯まあ夜中にでもなれば勝手に帰るか。しばらく家で過ごそう。そういえば警察が来るって言ってたな。
ガタッ!
二階から物音がした。寝返りか? こんな状況で寝てるのか? やばくない? 見に行こう。
両親の寝室の戸の下の方から頭が出ている。うつ伏せになっている。この髪型は妹の花子だろう。自分の部屋があるのにここで寝てたのか。こんなところまで転がってくるなんて寝相が悪いにも程がある。
「花子、お前寝相悪いな」ポンポン
頭を叩きながら話しかけても起きない。よほど疲れているのだろう。そっとしておこう。いや、俺がこんな状況の時に寝てるなんてやっぱりダメだ。屁でもお見舞いしておくか。ブッ!
お腹減ったなぁ。食パンでも焼いて食べますか。
うーん、六枚切りのしかないな。俺は五枚切りが好きなのに。まあいいか、二分半くらい焼いてマーガリンで食べよう。パンを焼いてる間は座って待つ。パンのことを考えながらひたすら二分半待つ。それが俺の儀式だ。しかし、なぜか今日はキッチンに椅子が見当たらない。いつも四つあるのに一つもない。座敷で待つか。
ドンッ
ドドンッ
また二階から物音がした。物音というか人が落ちたような音だ。ベッドに戻ってまた落ちたか。あれ、でも二回音がしたな⋯⋯もしかしてみんなで寝てる?
二階に行くとそのまま両親の寝室から花子の頭が出ていた。まだうつ伏せのままだ。それ多分起きた時鼻痛いぞ。痛いのもそうだけど、畳にダニとかいそうなんだよな。よく寝られるなホント。
いやいや、こんなことより音がしたんだったな。部屋の中を見てみよう。
俺は戸を開けて中を見てみた。そこにはキッチンにあるはずの椅子が四つあった。そして、父と母が首を吊っていた。
「えぇ⋯⋯これって⋯⋯」
どういうこと? なんで? なんで二人とも首吊ってるの? ということはもしかして花子も⋯⋯? え⋯⋯
「わぁっ!」
!? なに? どゆこと?
花子が俺に向かって叫びながら起きてきた。
「びっくりした? パパ、ママ、もういいよー」
なんだ、三人で俺を驚かせようとしてたのか。
「二人とも、もういいよー⋯⋯あれ?」
花子の様子がおかしい。
「え⋯⋯首吊ってるやん! ぱぱぁ! ままぁ!」
花子は叫びながらどこかへ走っていった。
俺は何が起きたのか理解が追いついていなかったため、一度状況を整理しようと両親のほうに行ってみた。二人が首を吊っている下にはキッチンの椅子が一つずつ倒れていた。そして、その横には同じ椅子が二つ立って並んでいた。そして、そのうちの一つの椅子の上に小さな紙が置いてあった。
「タケオへ お前も一緒に死になさい」
こう書いてあった。二人が首を吊っていることなど気にならなくなるほどのショックを受けた。実の親に死ねと言われているのだ。なんでそんなことを言うんだ。
「この部屋ですね」
「はい! ここにパパとママが!」
救急隊員と思われる男が三人入ってきた。花子が呼んだようだ。救急車で病院に運ばれたが、二人とも亡くなってしまった。
「はぁ⋯⋯」
思わずため息が漏れた。救急車で来たけど、帰りはどうやって帰ればいいんだ。お葬式とかどうやってやるか分からんしどこに頼めばいいのか、お金はいくらかかるのか、そもそもなんで二人は首を吊ったのか、家にまだマスコミがいるのか。考えることが多すぎておかしくなりそうだ。
「お兄ちゃん⋯⋯」
「なんすか」
「何でこんなことに⋯⋯!」
「俺にも分かんねぇよ。こっちが聞きたいくらいだ。お前同じ部屋に居たんだから何か知ってるんじゃないのか?」
そうだ。どんな状況だったのか分からないが、花子が一番近くに居たんだ。
「私はお兄ちゃんを懲らしめるからそこで死んだフリしててって言われただけで」
「懲らしめるってなに?」
「昨日お兄ちゃんが寝た後にお兄ちゃんと同じクラスのキヨシ君って人が来たんだけど、お兄ちゃんにいじめられてるから一緒に懲らしめてほしいって言われたの。それから⋯⋯」
担任の田端とも話を合わせ、みんなで俺を騙して怖い思いをさせて改心させようとしていたようだ。両親は俺のことよりキヨシの言うことを信じたということだ。
「私は鼻が痛くてあまり聞いてなかったんだけど、家の外から怒鳴り声みたいなのがたくさん聞こえてたの。キヨシ君の死についてどう思いますか! ってみんな言ってた気がしたけど、どういうこと? キヨシ君も死んだフリするだけのはずだったんだけど⋯⋯」
キヨシは確かに死んだはずだ。現に警察やマスコミも来ていたし。キヨシがまたドジってうっかり死んだってことか? いや、あの手紙には俺への怒りがこもっていたし最初から死ぬつもりだったのか?
「タケオくんタケオくんタケオくんタケオくんタケオくん」
さっきの救急隊員が呼んでいる。
「ああああああ足無いだろ家に帰りたいだろ送ってあげようカカカカカカカカ」
家に帰ってもマスコミがうるさいしなぁ。親戚に電話してどこかに泊めてもらおう。
「お気持ちは有難いのですが、とりあえず今はここに居ます」
「分かったた! じゃー僕だけ帰るね!」
隊員さんは帰っていった。
「お兄ちゃん、さっきの人おかしくない? ずっと無表情だったし喋り方もちょっと⋯⋯」
「そんなこと言ったら失礼だろ。世の中いろんな人が居ていいんだよ」
昨日までの俺なら今の人を馬鹿にしていただろう。でもこれからは違う。俺は改心したんだ。今日からいい子になったんだ。だからひどいことを言わないように頑張っている。
とりあえず一番泊まれる可能性の高そうなばあちゃんに電話してみるか。
「もしもし、どちら様で?」
「久しぶり、タケオです。実は今父さんと母さんが死んじゃって大変なんだけど、今日泊まりに行っていい?」
「なんだお前は。誰だお前は」
「孫のタケオだよ! 内孫だよ!」
「知らん。うちにそんなのはおらん。誰だお前は」ブチッ
切られてしまった。ばあちゃんしばらく会わないうちにぼけちゃったのかな⋯⋯なんか怖かった。
ピリリリリ スマホが鳴った。おじさんから電話だ。
「タケちゃん、病院から電話かかってきてびっくりしたよ。兄貴が自殺だなんて⋯⋯」
「そうなんです、俺も何が何だか⋯⋯」
「とりあえず迎えに行くから待ってて」
「ありがとうございます」
ということでおじさんが来てくれることになった。従兄弟のシュウちゃんとは家と歳が近いのもあって小さい頃よく遊びに行っていたので、おじさんともよく会っていた。
ピリリリリ
ばあちゃんから電話だ。さっきの電話がちょっと怖かったので出ずにそのままポケットにしまった。
「お兄ちゃん、パパとママが死んじゃったのは多分キヨシ君が本当に死んだっていうのを聞いたからだと思うの。これってお兄ちゃんのせい⋯⋯?」
俺のせいか、確かにそうかもしれないな。俺がキヨシをいじめなかったらこんなことにはならなかったもんな⋯⋯
「私、一生お兄ちゃんを許さないと思う」
「そう言われても仕方が無いな。ごめん」
おじさんが到着した。病院の先生と色々話している。提携してる葬儀屋とか何時何分に亡くなったとか色々話してる。
「待たせたね。今からタケオくんの家に遺体を運ぶんだって。俺も今日は泊まるよ」
誰かの家に泊まろうと思っていたが、逆におじさんが泊まりに来るとは。
「マスコミいっぱいいてうるさいからおじさんの家の方が⋯⋯」
「マスコミ? なんで? 事件性あるの?」
「いや、実は⋯⋯」
俺のいじめのせいでキヨシが自殺した可能性が高いということと、それが原因で両親が首を吊ったのではないかということを話した。
「そうか、いじめを⋯⋯じゃあ一旦俺の家に帰るか」
ということでおじさんの家に行くことになった。遺体もそっちに運んでもらう。三年ぶりにシュウちゃんに会うけど、こんな形でとは⋯⋯