第5話 報告と対策と頭痛の種。
この数週間後が第1話のワンパン挽き肉クッキングです。
◆5◆
「──という訳で来週のランキングから五十一位に降格になる事が決定した」
「それは、その、なんと申して良いやら……」
「マジウケる。雪裏サマ、テラ大変じゃね?」
地獄めいた上位魔王会議から自領へと戻ってきた雪裏は、とりあえず家令と侍女長を執務室に呼んで事情を説明した。超音速張り手を喰らって紅玉果ほども腫れた頬は、ランキング第七位に位置する幼女型魔王窈窕の光魔法によって治療してもらっている。
治療を受けながら「ほんに憐れな童よのう……」と向けられた鈴の音の如き雅な幼声に深い憐憫の念が込められていたものだから、雪裏などは情けない姿を見せた事に対する羞恥心と、同情を傾けてくれる常識人がいた事に対する快味がゴチャ混ぜとなり、ひたすら赤面するばかりであった。
ちなみに雪裏が家令と侍女長に事情を説明したのは、この二人が各々「宰相」と「近衛騎士団長」の役職を兼任しているからである。
領地が小さく人口も少ないという事は、少人数でも運営はできるが「それゆえに役職を兼任させないと人手が足りない」という事も意味しているのだ。
実務的には
「宰相 = 内務のあれこれ担当大臣」
と
「近衛騎士団長 = 狩猟による食料調達部隊の隊長」
なのだが、そこは便宜上というか見栄というか、言葉のトリックというか──まあ色々とあるのである。
「しかしそうなりますと領地に侵攻してくる勇者や下位魔王、他国の軍隊の数が増える事になりますな」
単眼種の家令が、顎に手をやりながら小さく唸る。
「うん、でもまあ、対応はこれまでと同じだよ。近衛騎士団が威力偵察をして、対処できるようであれば継続して応戦・撃退。
ヤバい奴はボクが相手をする、と」
「ギガ面倒でマジヤバい。単純に数だけが増えんの超ツラたん」
通常業務の超過に、八本腕で「まいったね」のポーズを決めつつ薄緑色の肌をした侍女長は不敵に嗤う。
「そこは臨機応変でいいよ。食料調達部隊にケガ人や体調不良者が出ると食卓の──主に肉料理の危機だからね」
おそらく領地内で一番血の気が多いであろう侍女長に、雪裏は直属の上司としてやんわりと釘を刺しておく。こんな理不尽な事態のために人手不足に陥るのだけは避けたいのだ。
それに胃袋にダイレクトで響くような被害は出したくない。
それもまた偽らざる本音でもあった。
「それで、雪裏様が抜けた第九位には何方が?」
「何事もなければ、そのまま第十位が繰り上がるんだろうけど……」
家令の口にした疑問に、小さな主人は未確定な予定として応える。
実際その事について会議では触れなかったし、そもそもランキングに関しては「公平性と情報分析の鬼」とも云うべき魔王・余救が下す客観的総合評価による部分が大きい。
いくら上位魔王とはいえ、安易に「じゃあ今日からコイツが第九位ね」と決定できないのだ。
(それだけ余救の分析や評価が、魔王勢ばかりでなく人間国家群からも信頼・重要視されている証左でもあるのだろう)
「第十位といいますと──ああ、アレですか……」
「あのドブ以下の腐れゲス野郎が一桁とかマジあり得なさ過ぎて草も生えねー」
配下二人の貌が嫌悪で歪む。
悪感情を隠そうともしない(侍女長に至っては侮蔑と殺気が漏れている)部下の態度に苦笑を浮かべながら「まぁ、そういう事だ」と肩をすくめてみせた。
おそらく第九位に繰り上がるであろう現第十位、そして雪裏の側近からこれ程までに忌み嫌われている魔王、それが鉤樟である。
雪裏と同様に少年の姿をした魔王なのだが、外見としては「親に買ってもらった高級玩具や美術工芸品を自慢しにくる金持ちのボンボン」という侍女長の表現がピッタリ過ぎて「それな!」と十人中十一人が頷くビジュアルの持ち主だ。
そしてその印象は残念なことに正しい。
「あの糞ゲロボンボン、絶対ウチへ自慢しに来るっしょ」
犬歯と苛立ちを剥き出しにしながら、八本腕と付随する指がボキボキと骨を鳴らす。まだ敵の姿が現れていないというのに、早くも戦闘態勢だ。
家令も、同僚が発した蔑称混じりの罵詈を咎めるでもなく、不快感も露に深い溜め息を吐き出した。
「これまでも何度か先触れも出さずに訪問してきては雪裏様に難癖をつけてきたり自慢話だけして帰ったりするような品のない方でしたからね。アレは間違いなく来ますな」
ボロクソだった。
それだけ雪裏の家臣団は鉤樟に辟易しているという事なのだが。
ある意味で、その最低な人格を信用しているとも言えなくもない。
「確かにウザくて──死ぬほどウザくて鬱陶しい……心の底から鬱陶しい奴なんだけどね。根は腐って、腐り落ちてるけど、まあまあ良い奴なんだよ」
「フォローする気がないの草を通り過ぎて森」
とはいえ当の雪裏としては直接的・物理的な被害を被っていないので、どんなにウザくて鬱陶しくても「まだ」笑って許せる範囲で済んでいる。
むしろ「アイツ、あの会議に参加して大丈夫なのか……?」という心配の方が先に立つ。ウザさ際立つ失言をかまして、会議室に控えているメイド達から「オイオイオイ、死ぬわアイツ」と言われる状態になりはしないか不安になる。
ここでの心配とは、鉤樟の身を案じたものというより、彼の失態が雪裏に飛び火してくるんじゃないかという懸念からくるものが大部分を占めているのだが。
「アレに関しては置いておくと致しましても」
やや声のトーンを落とした家令が、話の舵を切り換える。
「例の者への対応は如何いたしましょう?」
「あー……ランキングの変動を知ったら、アイツめちゃ鬼おこキレキレ丸っしょ?」
「そうなんだよなあ」
そこが雪裏にとって頭の痛い部分であった。
降格を真濁から提案された時から頭をよぎっていた懸念事項。不定期に現れる(ある意味で鉤樟よりも)厄介な訪問者。
「とりあえずアイツが来たら全員避難ね。ボクが対応する──というより、するしかない」
「お願い致します」
「雪裏サマ、マジ生きろし」
「うん、頑張る」
割とガチめのトーンの声援を送られて、雪裏も思わず真顔になって頷いた。ちょっとした冗談を挟み込めないほど、その来訪者の問題は彼ら彼女らにとって深刻なものなのである。
「とりあえず細かい詰めの話は飯を食べながらにしよう。というか無性に酒が飲みたい。飲まずにはいられない」
執務机から席を立つと、少年の姿をした魔王は少しやさぐれた口調で酒を求めた。天を仰ぎ、両手を虚空にかざすほどに。
「早速、準備いたしましょう」
「チョーウケる。飲むなら付き合うしかないっしょ?」
「いや、キミは侍女の仕事しなよ!?」
大幅にランクを転落させるとはいえ、そこは元第九位である。境界線てある第五十一位になったというだけで、いきなり攻めてくるバカな勇者や国ばかりでもないだろう──と、この時の雪裏は軽く考えていた。
彼の不幸な所は、世の中にはそんな「バカな」連中が(それぞれ事情はあるにせよ)多かった事だろう。
なにせ『魔王通信』で新ランキングが発表された当日に、聖剣やら魔剣やら異世界チートやらを引っ提げた勇者が一ダースほど攻めてきたのだから。
「勇者なんだから脊髄反射的に攻めてくるなよ!?」
想定していたよりも「第五十一位」がナメられている現実と、それ以上に「ちょっとコンビニ行ってくる」感覚な下位攻略組の多さに、雪裏は頭を抱えて絶叫するまで──あと四日。
読んでいただきありがとうございます!
今後のモチベーションにもつながりますので、評価の☆を★にしていただきますと幸いです。