第4話 トータルで考えるとラッキーではない。
ソニックブームは魔力で押さえ込んでる方向で。
◆4◆
「雪裏君が、ですか?」
丸眼鏡をかけた痩躯の老人──第五位に座す五百旗頭が、嗄れながらも理知的な声色で第三位を見る。
問われた真濁は、混沌に渦を為す瞳を彼の方へと流しながら「ええ」と小さく頷いた。
素直に肯定を返された事に軽い驚きを覚え、五百旗頭は「ほぅ」と短い相槌を打つ。皮肉なり嫌味なり、再確認の言への神経質な叱咤が飛んでくるものとばかり予想していたのだ。
「おー、雪裏っちは責任ジューダイだな!」
「ほー、すすぎんは信頼感ハンパねえな!」
「んー、ギリ氏は真濁に愛されてますな!」
変なプレッシャーの飽和攻撃を元気良く仕掛けてきたのは、三つ子の魔王である第八位の鍔鳴・鍔朔・鍔姫だった。三つ子だけあって三人とも同じ顔立ちや背の高さだが、髪型や装飾品などで判別できるようにしていないので外見から区別するのは難しい。しかし独特な法則で相手の名前を呼ぶので、そこから推測することは可能だ。
この場にいる上位魔王の中でも、雪裏とは友誼のある間柄である。そんな三姉妹からの無邪気な(たぶん)冷やかしに、当の雪裏は懐疑的であった。
(信頼が篤いとか愛されてるとか、そういうのじゃなくて──ただ単純に厄介な事とか面倒な案件を押し付けられてるだけだと思うよ……)
間違っても思い浮かべた言葉を口に出して訂正するつもりは無いが、沈黙だけで何も返さないのも怖いと考えた雪裏は三つのからかいへ適当に反応しておく。
「まあ、昔から真濁には世話になってますから……感謝しかないですね」
口にしてから、ふと思い出す。
そういえば昔から真濁は雪裏の領地に来ては「狭い」だの「小さい」だの「田舎過ぎる」だの「背が低い」だのボロクソに評価しながら(背が低いは余計ではないかと思いはしたが)、何かにつけてアドバイスをくれたり、援助してくれたり、手料理まで作ったりしていったものだ。
あの時も今のように角がギコギコ、瞳孔グルグル高速サイクロンだったので、未熟な少年型魔王にイライラしながらも、先達としての責務を果たしていたのだろう。
たまに面倒事を押し付けられたり、無茶振りされたりするのも「あの時の借りを返せ」という事なのかもしれないと、ここで雪裏はようやく合点がいったのだった。
感謝しながらも迷惑をかけたなあと反省タイム。
勇者一〇〇〇人連合を一人で叩き潰してこいとか、チョーシくれてる半グレ魔王にタイマンでケジメつけてこいとか、貸し借りのバランスが釣り合ってない気もしたが。
「感謝……
ま、まあ、そうですね。雪裏はやればできる子ですから。
それはともかく」
妙な言葉の躓きを軽い咳払いで流しつつ、真濁は議題の本流へと舵を切り直す。
そして「具体的には」と、策の内容を開示する。
「まず雪裏には第五十一位に落ちてもらいます」
「なんでだよッ!?」
派手な落差の降格人事に、雪裏は先ほど感じ入った感謝や反省も忘れて思わず荒い口調でツッコミを入れてしまう。
先ほどのイエスマンさを凌駕する喰い気味っぷりで。
同じ一桁といえども、その格付けにも強さにも雲泥の差がある第三位相手にこの態度。それが意味するところを理解した冷静さ担当の脳内雪裏が顔を蒼白とさせるが、心の大半は大混乱の真っ最中だった。
ランキングの大きな後退というのは、魔王としての失態や失策を公式に認められたに等しい。即ち尊厳の多大なる失墜を意味する。
北方民族的に言うならば「ハラキリ案件」というヤツだ。
だが雪裏にはランキング降下に値する失態を「表沙汰になっている部分」では犯していない。
最大の失態と呼べるものについては「公にしない」と(暗黙の了解としてではあるが)両者間で合意している。
なのでこの場にいるメンバーに「格下げされるだけの理由」は知られていないはずなのだ。
だというのに、何故これほどまで大幅なランクダウンを強いられなければならないのか。
その答を第三位は論として声に出す。
「そもそも、第五十一位を筆頭とする境界線組が不甲斐ないのが悪いのです」
それは理解できる。
雪裏は根本的な「そもそも論」に頷いた。
「ならば第五十一位に強い魔王を配置して、人間達の舐めた意識を正してやるのが最短で最適解と言えるでしょう」
「理屈は分かるけど何でボクを名指しなの!? こういう場合は投票で決めるべきじゃない!?」
「貴方以外は領地が広く、領民も多く、それに伴う執務や責務は膨大です。ですが貴方の領地は狭く小さく、田舎過ぎるし背が低い。故に他の者と比べて圧倒的にヒマなはず。
境界線攻めという馬鹿げた風習を阻止し、同時に周辺順位にいる魔王達を鍛え上げる時間を作れるはず」
「うぐうっ……うん?」
たしかに狭くて事件らしい事件は起きないので、早朝にやる事といったら視察と称した散歩だし、採れたて野菜を直接手渡ししてくる平和的な田舎だが。
途中で関係ない罵倒が挿し込まれてなかったか……?
鋭い指摘に苦しむ中で、雪裏は小さな疑問に首をひねりかけるが、真濁のジトリとした目線に背筋が真っ直ぐに伸び、それも叶わなかった。
「であるならば──この任に相応しいのは雪裏、貴方しかいないのです」
一分の隙もない完璧な理論だった。
それでも雪裏は最後の抵抗を試みる
「で、でも、それはランキングの恣意的な操作だろう?
ランキングの絶対的な公平性を誇りとしている余救が許可するとは思えないよ……?」
「それならば問題ありません」
「え?」
「大幅ダウンするだけの理由を、今から雪裏自身が作れば良いのですよ」
「え?」
一縷の望みを託した抵抗活動も先回りされていたらしい事を察し、そして何やら「やらかし」を捏造されるっぽい流れに戦慄する少年型魔王。
そんな震える少年に近付き、そのうっすらと褐色肌な手を、暗青色の両手でそっと優しく包み込む。
「ま、まま真濁……ッ?」
手に取った少年の掌を、そのままゆっくりと自らの元へ誘っていく。
不意に密着した異性の感触に高鳴る少年の鼓動。
そして。
ぽよん、と。
雪裏の手が真濁の豊満な乳房へと押し付けられる。いや──押し付けるというより、もはや埋没したと表現した方がより正確だ。
やわ暖らかい。
第三位の衝撃的な被誘導攻撃に対し、第九位の率直な感想は二つの言葉が混合した意味不明なものだった。
だがこれが意味するところは戦く思考が把握している。
そっ、と真濁の顔を窺った。
にこり、と雪裏の顔を見つめ返す。
「きゃー、雪裏の破廉恥ー」
あまりにも演技力というものが死に絶えすぎている棒読みな悲鳴と共に、音の速さを超えしビンタが雪裏の頬に炸裂──
一瞬で意識を無慈悲に刈り取られたため踏ん張ることもできず、そのまま横っ飛びに打ち放たれた。
その先には乳白色の大理石で造られた円卓が鎮座しており、このド真ん中へと着弾。
円卓へ突き刺さるように貫通。
命中箇所だけ器用に粉砕しつつ埋没。
「ランキング上位に対する破廉恥行為は降格対象ですね」
「うわあ……」とドン引きする魔王諸侯。
しかしただ一人、第一位の神射だけは、瓦礫から斜めに突き出た雪裏の両足を指差しながら、腹を抱えて大爆笑していた。
これが後々まで語られる『大降格事件』、または『二重の埋没事件』である。
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