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週刊『魔王通信』  作者: 砂上八湖
3/5

第3話 胃薬をください、増した痛みにそっと触れる様な憐れみをください。

同盟を結ぶ魔王もいますが、上位魔王は基本的にスタンドアローンな存在です。

タイマンでケンカすると周囲への(物理的な)影響が大きいので、本来なら私設軍で代理戦争させたりするのが一般的です。

◆3◆


 境界線攻め(ボーダーライナー)

 魔王通信でランキングされている魔王の中でも、特定の順位にいる魔王を対象に攻撃をすること。もしくは特定の順位にいる魔王に対して攻撃する者のことを指す。

 そしてその特定の順位というのが「第五十一位」である。


 広いこの世界で魔王を名乗る者は数万にもおよぶ。その群雄割拠、大魔王時代とも呼べるような状態にあって「上位一〇〇名の強さ」というのは、容易く推して知ることができよう。

 そうした魔王を討伐したり捕縛したりする使命を帯びているのが勇者と呼ばれる強者達である。


 選ばれ方は国や状況によって様々だが、勇者と認められた者は例外なく強大な能力(ちから)武具(しるし)を有していた。しかし能力や武具を所有していても、使いこなせなければ意味がない。

 経験不足から返り討ちや自爆で命を落としたり再起不能になる者も当然ながら出てくるが、数多の死線や様々な経験を経て成長する者も出てくる。

 そういう「成長を実感した勇者」達、中堅の領域に足を踏み入れた者達が思うところはひとつ。


「自分は今どのくらい強いのだろう?」


 そして自分達の強さの基準というものを魔王通信のランキングから測ろうとした。

 指針とされたのは第五〇位。ランキングの中間位置。


 ──の、更にそのひとつ下。


 そう、それが第五十一位なのである。

 上位一〇〇名の真ん中に位置する強さの魔王に挑む前に、ひとつ下のランクに挑んで自分の強さを確かめる。通用しそうであれば、もっと上の魔王へ挑み、結果を出すことができれば平和や名誉や富を手にできるのだ。

 それ故、第五十一位に挑む勇者が(そのランクにいる魔王にとっては迷惑なことに)集中することとなった。


 これが所謂「境界線攻め(ボーダーライナー)」と呼ばれる風潮である。



「実に不愉快ですが、由々しき事態といえます」


 装飾も床も壁も円卓でさえも、淡い光沢が浮かぶ乳白色の大理石で統一された大会議室。そこに厳かながらも、苛立たしさを隠そうとしない女性の声が響いて満ちる。

 いつもは穏やかに閉じられている瞼が開け放たれ、高速で絡み合いながらも渦を巻く螺旋の瞳孔が(あらわ)となり、目尻も険しく吊り上がっていた。

 頭部の両側面から生えている太く大きな巻き角も、沸き上がるも抑えつけられた感情に反応してか、メキメキと音を立てて微かに蠢いている。声や気配からも不機嫌なのは明らかだが、北方民族の巫女服を思わせる真珠色のドレスと暗青色(ダークブルー)の肌の組み合わせにより、この場の雰囲気と反する(なまめ)かしさを醸し出す。


 第三位にランキングされている魔王、真濁(まだく)


(ヤバい……真濁、もうめっちゃ怒ってるじゃないか……)


 一桁(シングルナンバー)の末席を暖める魔王として、傍目からはシャキッとした態度をとっている雪裏(すすぎり)だったが、その内心では戦々恐々としていた。

 今にも震え出しそうな身体を抑えるのに懸命にもなっている。

 怒らせないよう(怒られないよう)秒とはいかないまでも超速で会議の場へ馳せ参じのだが、そもそも最初から彼女は激おこだったのだ。


 どうしよう、超こわい。

 見るたび思うけど、何なの、あのグルグルおめめ。


 だが逆に考えるんだと、どうにか冷静さを司る雪裏(脳内)がポジティブ思考を提案する。遅刻をしなかったからこそ、この不機嫌な真濁から目をつけられるという最悪の事態を回避できたのだ。それだけでも僥倖と呼べるのではないか?


(なるほど、確かに)


 さすが冷静な部分の雪裏(じぶん)だと自画自賛していると、その紅いグルグル瞳孔と視線がかち合った。


「──そう思いませんか、雪裏」

「まったくだね」


 ノータイムで肯定する。それも少し食い気味で返事してしまうぐらいのイエスマンだ。小さな溜め息と共に肩を竦めて「ボクも憂慮していました」アピールも忘れずにね。

 僕は真面目に会議に参加シテイマス。


「ってもよォ~」


 そんな少年型魔王の悲しい努力(虚勢)をブチ壊すかのように、ガラの悪い声が直後に響く。

 幾つかの視線が声の主へと向けられる。

 乳白色の円卓の上へ、己の上半身を投げ出すように寝そべっていた青年が、頭だけ動かして真濁の視線を真正面から受け止めた。

 下着も同然な服を更にだらしなく着崩して濃い褐色の肌が大きく露出しているのだが、凝縮された細身の筋肉の隆起が不思議な色気を帯びている。しかし手入れを一切せずに肩甲骨の辺りまで伸ばされた金髪と、開かれた口から覗く乱雑なノコギリ刃の如き歯が全てを台無しにしてしまっていた。


 第二位にカウントされている魔王、零喰(せろじき)


「具体的にィ~、どォーすんだヨォ~~?

 どォする困った大変だァって騒ぐだけならよゥ、誰でもできるんだぜェ~?

 あと腹ァへったなァ。茶菓子とかねェのォ?」


 ガッシガッシと歯を噛み鳴らしながら、零喰は会議の本質と無垢な挑発と図々しい要求を吐き出し羅列していく。

 威厳も遠慮もない第二位の言動に、第三位の小さな額に青筋が大きく浮かぶ。不規則に高速渦動し始めた瞳孔と、露骨に食欲が滲み出る黒い瞳が互いに視線を飛ばしあい、衝突した点から重力めいたプレッシャーが生じていく。

 いや、実際に部屋や円卓が僅かに軋み震えている。

 双方の「話に水を差すな」「なんか食わせろ」という(まるで噛み合ってない)無言の殺気や圧力に、魔力が相乗されているためだ。

 はっきり言えば迷惑である。


(零喰(アイツ)は勇者か! いや魔王だけど!)


 一桁(シングルナンバー)の中でも、更に上位の存在同士が会議の空気を無闇に重くする(いや)な流れに、末端の雪裏といえば胃がストレスでミンチになってしまいそうだった。

 この状態を打開してもらうべく、雪裏は他のメンバー達へチラリと目線を飛ばす。顔の半分弱を覆っている前髪に隠れて見えないかもしれないが、そこは雰囲気や気配で察して欲しい。


 ていうかマジで察してくれ! 頼むから!


 心の中でキレ散らかすかの如き祈りが通じたのか、雪裏のアイコンタクトに気付いた魔王は多かった。

 それぞれ巧妙に視線を逸らされたが。


(裏切者おおぉぉぉ!)


 別に何かの同盟や約定を結んだ訳でもないので、雪裏を裏切るも何もあったもんじゃないのだが、思わず脳内で絶叫してしまう。

 椅子の背もたれに身を深く預けながら「やれやれ仕方のない奴らだ」的な魔王ムーブを醸していた雪裏だったが、会議は始まったばかりだというのにギスギスエアー・ハラスメントに心が折れそうだった。

 もう領地(おうち)に帰りたい……


「いい加減にしろ、二人とも」


 呆れた様子を隠そうともしない嘆息も(あらわ)に、そう声を掛ける者がいた。

 数万の魔王の上位に位置する者達の、更に頂点。

 百年モノの皇樫樹を使用し、シンプルな曲線で造形された肘掛け椅子の用途を余すことなく全身で嗜んでいる女性。

 呪刻紋によって封印され見えぬはずの両眼が、睨み合っていた二人の魔王をしっかり捉えている。


「零喰の言う通り具体策が必要なのは確かだが、真濁とあろう者が策を用意していない訳があるまいよ」


 ランキングが設定されてから数百年、不動の第一位に座す神射(かんざし)が、乱れた場を厳かに平定する。

「で、あろう?」と言わんばかりの無表情な顔を向けられた真濁は、戯れもひと区切りといった感じでこぼした鼻息も静かに「その通りです」と視線を第二位からスライドさせる。

 つられて他の諸氏も視線が移る。


「この策、彼が重要な鍵となります」


 自分以外の視線を一身に浴びた雪裏は、それが意味するところに半瞬遅れて気付く。そしてついに動揺が全身を伝わって表に出た。

 その倉惶(そうこう)が大理石の床と椅子の足が軋轢を生み、軋んだ悲鳴が乳白色の部屋に乾いて響く。

 震える身体を隠しきれないまま、まるで最後の足掻きとばかりに雪裏は自分の背後を──錆び付いた歯車の如き動きで──振り返った。

 誰もいてくれなかった。


「何処を見てるんですか雪裏、貴方の事ですよ」


 だめ押しで無慈悲な御指名が真濁から下る。


「ですよねー……」


 両手で顔を覆いつつ、魔王的な余裕も威厳も何もない弱々しい一言を垂れ流す雪裏だった。


読んでいただきありがとうございます!


今後のモチベーションにもつながりますので、評価の☆を★にしていただきますと幸いです。

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