第2話 「あんパンと午後ティーも買ってきて」
魔王:漢字表記
人類:カタカナ表記
そんな世界観です。
◆2◆
その日の朝も、魔王・雪裏は日課である領地視察をしていた。
領地とはいっても田舎町ひとつ分ぐらいの広さしかなく、他の魔王が統治する地域と比べても相当に小規模である。なので視察とはいっても徒歩で充分に移動できる距離と範囲であり、ただの散歩を体よく見栄を張って言い換えただけのものに過ぎない。
一応、領地的な野心はない──という建前も御紹介しておく。
「ああ、おはようございます雪裏様!」
「お早うごぜえますだ雪裏様!」
「今日も視察ですか、お疲れさまでございます!」
「どうぞ! これ、さっき採れたばかりの大根です!」
「おお、雪裏様じゃ、ありがたやありかたや……」
「相変わらず白い御髪が美しい……」
「メカクシ系ショタ魔王様、尊い……すこ……」
「相変わらず背が低いね雪裏サマ、牛乳飲んでる?」
統括している集落も、居城となる城館に隣接しているモノしかない。人口も多くはないので顔馴染みばかりだ。こうして散歩、もとい視察をして回っていると領民達から次々と声をかけられ、畑の収穫物などを手渡されてくるぐらいには。
なんとも瑞々しそうな大根だろうか。サラダに良さそう。
あと背が低いと言ってきた子供にはチョップしておいた(恐怖政治)。
「雪裏様、今週の『魔王通信』が届いております」
「ん? 配達日は今日だっけ?」
館へ戻ると単眼種族の家令が一冊の雑誌を持ってやって来る。
これが届くとなると、政務作業や会議の前に中身を一通りチェックするのが通例だ。これは雪裏だけに限ったことではなく、おそらく他の魔王も全て同様であろう。
週刊『魔王通信』。
数万人いると云われている魔王に関する情報を網羅した週刊発行の情報誌である。ピックアップ魔王へのインタビューやグラビア写真はもちろん、所縁のある魔王同士の対談や座談会、魔王ファッションチェック、注目商品とのコラボ企画、魔王の領地探訪記、領地のグルメ情報、読者投稿による魔王大喜利コーナー、魔王トリビアなどなど盛り沢山の内容で構成されている。
(※ちなみに取材・製作・出版しているのは「編み集う字林の城塞」と呼ばれている魔王の一人、余救とその配下だ)
だが一番の注目記事は、やはり「週ごとに更新される魔王ランキング一〇〇」である。
ピンからキリまで揃った数多の魔王の中でも、純粋に「強さ」を基準に選ばれた上位一〇〇名のリスト。扱う情報の正確性と公平性を何より(それこそ自分の命よりも!)重んじることで知られる余救の出すランキングには、絶大な信頼が寄せられているのだ。
その公平性は魔王と敵対する人間国家にも向けられており、契約している所へ毎週『魔王通信』が配達されていたりする。
何はともあれ、傍に家令を控えさせたままチェックを開始する。
「さてボクの順位は……と」
ペラリ、と雪裏はページをめくってランキングを確認。
第一位 神射
第二位 零喰
第三位 真濁
第四位 赤赫
第五位 五百旗頭
第六位 霆
第七位 窈窕
第八位 鍔鳴/鍔朔/鍔姫
「……うん、相変わらず九位を維持か」
第九位 雪裏
一桁。
ここ二百年は変動していない魔王達の頂点。その末席に雪裏はランキングされていた。雪裏自身としては「ボクって、もうちょっと強くない?」と野心がチロリと燃えるのだが、いざ上位に連なる魔王達の名を見ると「うん、まあこの順位が妥当かなあ……」と、心に生じた火種が諦念という放水作業によってシュポッと消火されてしまう。
それほど高い統治能力もないので現在の領地の規模がちょうど良いし、上位陣とケンカしようにも、そもそも自領に継戦能力が無いのだ。いくら雪裏個人が強かろうが、後方から補給を受けなければ色々とキツくなるし、相手の配下が軍勢を率いて領地を滅ぼしてしまうと補給自体が受けれなくなる。
雪裏の領地には組織的に編成された軍隊がない。人口が少なすぎるからだ。魔王である雪裏によるワンマン・アーミーで領民の命や財産を守護している状態だ。
それは勇者や下位魔王が攻めてきたら即座に魔王・雪裏との直接対決になることを意味している。
しかしそんな状況で第九位を維持し続けていることこそ、雪裏の実力の高さを証明しているのだが、当の本人は「ここらが限界だろうな」と達観している。
現状維持。
現在の雪裏が目指す目標は、緩やかで心地いい「停滞」であった。
後ろ向きで消極的ではあるが、下手な野望を抱いたまま溺死するよりはマシだとメカクレ系ショタ魔王サマなどは思うのです。
ランキングの確認は、それを再確認する意味も持っているのだ。
「あれ? また五十一位が変わったのか」
先週までランクインしていた魔王の名前が、別の物へと変化していた。他の順位に目を通すが、昇格したり降格したりで元第五十一位となった訳ではないらしい。
完全にランキングから名前が消えていた。
「勇者に討ち取られたのか?」
一週間の内に恐ろしい勢いで弱体化して一〇〇位よりも下のランクに落ちた……という可能性もなくはないものの、魔王通信のランキングに名前を並べるほどの魔王が一気に五十位もランクダウンするほど弱くなるとは考えにくい。
普通に考えれば勇者に倒されたと考えるのが妥当だろう。
ただ、このパターンから察するに熟達した勇者によるものではなく──
「中堅どころに差し掛かった勇者達による境界線攻めだろうなあ」
「おそらくは」
雪裏の確信めいた独り言に、控えていた家令が穏やかな声で肯定の意を示す。続けて主人宛に届いていた言付を伝える。
「その件に関しまして、神射様を始めとする一桁の御歴々が上位陣会議を急ぎ開きたいという申し出が来ております」
「うえええ……」
発議という体裁をとった強制的な出席命令に、雪裏の口から思わず扼殺される山羊の様な声と共に舌が飛び出した。魔王という座にある者として威厳の欠片もない所作ではあるが、朝の散歩で領民から大根を手渡しされている時点で今更な話であろう。
「仕方がない、真濁は怒らせると怖いしなあ」
「……たしかに、左様で御座いますな」
言い訳の様でいて実は本質そのものである呟きを漏らすと、家令も追随の溜め息を漏らした。常に礼節を心掛けている家令も、過去に巻き込まれた事件を思い出したせいで不敬な言動が僅かにこぼれ出たらしい。気持ちはよく理解できるので、雪裏は配下の小さな失態には目を瞑る。
「急ぐって話だけど、会議はいつからだって?」
「言伝てを聞いたら秒で来い、とのことです」
「ランキング・ハラスメント過ぎない!?」
略すとしたら「ラキハラ」だろうか。
魔王という生物の頂点ともいうべき立場にありながらハラスメントに怯えるというのも切ないが、ともかく大慌てて出発準備に取り掛かる。
あと大根は忘れずに料理長へ渡しておいた。
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