第1話 今日はこの人が一番つよかったんです。
構想期間だけは無駄に長かったものを、ようやく形にできました。
のんびりと続けていけたらと思いますので、よろしくお願い致します。
◆1◆
「観念しろッ暴虐をして邪悪な魔王め!
この天剣に祝福されし約束の勇者モカ・イヨットリワが、その首を討ち取ってくれる!」
歌劇で躍動する役者のごとき朗々たる宣誓と共に、やはり芝居じみた調子で豪奢にあつらえた鞘から絢爛を形にした様な刀身が引き抜かれた。
天剣ギルツナ=アレシコス。
平均的な成人男性ほどはあろうかという長さの剣である。
筋骨隆々とまではいかないものの、それを片手で保持できる程度には鍛えられた勇者の体躯は見事に引き締まっていた。一朝一夕で作り上げられたインスタントボディではないのは明らかだ。
ルアノナ流剣術の特徴である「半身片手の構え」も、付け焼き刃では身に付けられない隙のなさ。まるで一枚の宗教絵画のように神々しく洗練されている。
イケメンにのみ許された風格。
まさに勇者。
その辺の魔王を討伐するなど容易いことであるだろう。
さあ、主人公の時間だ!
「やかましい」
「ぎゃべらあばった!?」
その勇者が単純なパンチ一発で吹き飛ばされる。
鏡のように磨きあげられた大理石の床の上を、縦に横にと錐揉み回転しながら六回ほどバウンドしていく。柱に激突して停止する頃には、身も装備もボロ雑巾のようになってしまっていた。
なお、天剣はパンチされた段階で木っ端微塵に砕けた模様。
「勇者様あああ!?」
「いやああ!」
そんな彼に駆け寄る勇者の仲間達四人。魔術師に神官戦士、ドワーフの槍使いにエルフの召喚術士とバリエーション豊かだが、全て女性だった。もちろん美人揃いである。
傷付いた可哀想な勇者を助け起こそうとするが、思ってたよりも「挽き肉の一歩手前」なズタボロさだったのでドン引きして触れないでいる。
映像化されたらモザイク処理は必須の状態でも、辛うじて生きてるあたり「流石は勇者!」といったところか。
心が折れているかどうか迄は分からないけれど。
「殺す気も失せるほど話にならないな」
少年の姿をした魔王は面倒臭そうに両肩をすくめる。
その動作とシャンデリアの灯りによって、透き通るように白い髪が控えめながらも艶やかに揺れ動く。
前髪で目が覆い隠されているため窺い知ることはできないが、おそらくその目は刃先のように細められていることだろう。
ふっ、と小さな嘆息が桜色の小さな唇から漏れた。
最初から希薄だった勇者への興味をそこで完全に喪失させ、勇者一行に踵を返す小さき魔王。
「勇者の仲間を脅威ある存在として認識していない」という、あまりにも明白で端的な意思表示。
この背を見送る者が敗北者なのだと云わんばかりの不遜さ。
一瞬にして彼女達の中で沸騰する屈辱と怒り。
生まれた激情の導くまま、傲慢で無防備な背中へ攻撃しようと気を向けた瞬間。
顔面に氷の刃を刺し貫かれたかの如き感覚を──まるで質量を持っているかの様な鋭く冷たい殺気を一身に浴びた。
「~~~~ッッッ!?」
身体が痙攣し、萎縮し、停滞する。
脂汗と冷や汗が混じり合い、滝の様に全身から溢れ出す。
指先ひとつピクリとも動かせない。動けない。
動いてはダメだと本能が警鐘を打ち鳴らしている。
動けば、死ぬ。
心臓の鼓動すら殺される理由になるのではないか、と血の気が引く。
「それでいい」
魔王は背を向けたまま。
歩みを淀めることなく、敗者の賢明さを褒める。
「早くソレを持って帰って治療してやれ。流石に死ぬぞ」
その言葉に動くことを許された勇者の仲間達は、弾かれたように我に返った。
そして子供にしか見えない魔王の後ろ姿に払拭できない恐怖を刻み込まれながら、ハンバーグ未満を担ぎ上げるなり足早に撤収していったのである。
「なんで五十一位があんなに強いのさ!」
「バグってんじゃないの今週のランキングッ!?」
「ワンパンとか頭おかしい」
「アタシ、もう挽き肉料理食べられないかも……」
部屋を出て魔王の姿が見えなくなった途端に次々と悪態を喚き始める、なんとも騒々しい撤退ではあったが。
それもやがて小さくなり。
「やれやれ」
気配を探って勇者達が館から出たのを確認すると、誰に憚れることなく深く大きな溜め息を吐き出し、歩を進めるのを止めた。
「今月に入って五組目かあ……想像していた以上に第五十一位というランクはナメられてるんだねえ」
堅かった口調が砕ける。
同時に己が身に課せられた「かなり馬鹿馬鹿しくはあるけれど、魔王の沽券に関わる任務」の重要性に改めて気付かされつつ、何故そんな面倒なことに自分が巻き込まれたのだろうと思わず遠い目をしてしまう。
何が切っ掛けであったのだったか。
音の速さを超えてくる衝撃──
列席する上位魔王陣からの視線による「圧」が半端なく断れない空気──
提案される対処法的な解決案──
滾滾と語られる不名誉な現状──
逆再生的に記憶が呼び覚まされていく。
同時に甦る胃の痛み。
思わず胃腸の辺りに右手を添えてしまう。
過去を思い出すと古傷が痛むとか、そういう話ではない。
現在進行形でストレスがマッハな状態なのだ。
侍女長に言って胃薬を買ってきてもらわなければ。
少年の姿をした魔王の胃を苛む事になった原因。
そうだ、あれは確か先月頭の朝だったな。
「『魔王通信』が届いた頃だったよねえ……」
少々ボリュームがある厚さの雑誌、その重さと感触。
魔王は理不尽の発端を思い返していく──
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