女子の流儀
実際、精神が肉体に引っ張られる、なんてことはあるのだろうか。
男性が女性の身体になる。前例はー僕の知ってる限りない。そもそもまだ信じられないくらいだった。さっきまでは。
覚悟を決めたと言っても、やはりそれを実感する瞬間がある。
それはナンパをされた瞬間であり、恐怖を感じた瞬間であり、そしてそれらを認識した瞬間だ。
僕は、女の子になったのだ。
それを改めて実感した。いや、思い知らされた。
僕にとってこの経験はどんな意味を持つのだろうか。僕は、私は、この経験をどう活かしていけばいいのだろうか。
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「はい、そこ。ダメダメだよ」
優希が檄を飛ばす。僕も男らしい男、と言えるほどではなかったし、優希は大分僕の体に順応してきているらしい。そんな優希がダメ出しを入れたのは、同じくらいの背の美少女。その少女は今、歩き方を彼に指摘されていた。
当然、歩き方に注意を受けているのは僕だ。
旅行に行った時は時間もなかったため見逃されていたが、優希としても歩き方はしっかりと矯正して置きたかったようだ。
女子としての歩き方。まあ大股にしすぎないとか、ガニ股に気を付けるだとか、やっていることを言葉に表してみると大したことではない。実際、大したことはやっていないだろう。
しかし、だからこそ大切だ。日常的に行う基本動作は、逆に少しの違いから違和感が生まれやすい。それは優希(つまりはこの身体)の評価にもつながるし、今後僕が全寮制女子高校に通う事を鑑みれば、必ず直しておかなければならないだろう。
そう、簡単な事だ。意識しておけばできる事。
だと、思っていた数十分前の自分を叱りたい。
歩くということ。普通の学校生活を送る生徒なら、毎日行う事だ。というか、人間なら特殊な事情がない限りは毎日怒っている事だ。故に、自分の癖がある。スカートの中を見せないようにだとか、注意されないとなかなか難しいものだ。慣れればいいのだが、すでに今の自分の歩き方が癖になっているのだから。
無論、この数十分のトレーニングで個人的にな良くなったと思っているのだが……
「あーまた!それじゃあはしたないでしょう!」
「うっ……ごめん」
しかし別にお嬢様学校というわけでもないのだから、ここまで厳しくなくてもいいと思うんだ。
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「もっと丁寧に!女子にとって髪や肌は命なんだからね!」
今度はお風呂だ。
流石に中学校の兄妹が一緒にお風呂に入るわけにはいかない。とはいえ全く違う身体に、優希としても思うところがあったらしく、こうして両親のいない昼間に一緒に入ることになった。
一応タオルを湯あみ着のようにしているが、体を洗うとなれば、外す必要が出てくる。
タオルをはだけさせる。
もう既にトイレやお風呂で目にした後だが、未だに慣れない妹の裸。
染みのない綺麗な身体。
腕も足もすらっと伸びて、無駄毛はない。
暖かいシャワーを浴びて濡れた体は艶かしく、中学を卒業したばかりの歳には似合わぬ色気を持つ。
視線を落とせば、控えめに膨らんだ胸がある。
くびれた腰に、股の間には花が咲く。
いずれにせよ、それは15、6の娘には似つかわしいとは言えぬ色香があって、妹と知ってなお、僕の心を揺るがすのだ。これが、今は僕の体なのだと。
「あんまり……凝視しないで欲しいのだけれど」
自らの体を直接、或いは鏡越しに視姦していたのがバレたのか、優希が恥ずかしげに声をあげた。
「ごっごめん……」
優希は少し俯いてから、顔を上げて言う。
「まあ今はあなたの身体だから、あんまり強くは言えないけれど。少なくとも私の前ではやめて欲しいわ」
今はの部分を強調したのは、一人称が私に戻ったのは、言葉遣いが戻ったのは、優希の気持ちの現れか。僕と比べてこの状況への順応が早かった優希のこの態度は、気持ちの強さが出てきていると感じられて、僕には頷く以外の選択肢は存在しなかった。
「さて、じゃあ具体的に洗い方について注文をつけていくから、よろしくね」
と、少し暗い雰囲気になった瞬間を払拭するかのように極めて明るく声を出す。
それから、スパルタ授業がまた始まった。