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覚悟を決める

活動報告も更新しています。よかったら見ていってやって下さい。

落ちた。

一度目と違い、今度は故意に。

一度目の落下で、僕たちは入れ替わってしまった。僕は妹の体の中に、妹は僕の体の中に。落下することで入れ替わったのなら、もう一度落ちれば戻れるかもしれない。そう思って飛んだ。

そして、今、ちょうど落ちたところだ。ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 

見えた景色は、人だ。人の顔が見える。でも、それはいつも見慣れた自分自身の顔だった。顔から血の気が引いていくような感覚が僕を襲う。そう、僕は今、鏡の前に立っているわけではない。今僕の目の前に見えているのは、他の誰かのはずだ。そのはずなんだ。


戻れなかった。


その事実が僕を襲う。途端に、僕の脳を多くの感情が襲い始める。


これからどうしよう。

もう一度飛ぶ?

いや、そもそも何で僕たちは入れ替わった?

それは、未来への恐怖。自分が自分でなくなってしまったという事実への恐怖。


ああ、あの時考え事をしてないでいたら……

あの時、普通に歩いていたら。

足を踏み外してなお、落ちるなら自分一人で落ちればよかったのに。

どうして優希を巻き込んでしまったのか。

次に来るのは後悔。妹、優希を巻き込んでしまったことへの謝罪の気持ち。


そんな終わりのない感情の渦に飲まれた僕。声が聞こえる。この声は……優希の声だ。


「戻れなかった……か」


優希の声にも失望の色が見えて、思わず僕は声を上げた。


「ごめん……本当にごめん、僕が、僕の所為で……」


口から出たのは謝罪の言葉。でも僕は今、謝罪の言葉以外にどんな言葉を発すればいいのか知らない。わからない。こんなことになった責任を、どうやって取ればいいのか。誰か教えてよ。なんで……なんで戻れない!なんでこんなことになったんだ!


「うん……他にも何か原因に心当たりはない?」


優希もショックだろう。それは普段からは考えられないー普段の優希はポジティブで、声に影が落ちることは少ないからーような声色からわかる。それでも、落ち込んでいる僕を慰めるかのようにポジティブに努めている様子がうかがえる。それでも、僕の中ではまだ後悔の気持ちが渦巻いている。

そんな僕の様子を見かねたのか、優希はさらに続けた。


「はぁ……今すぐに戻れるってことはなさそうだし、一旦家に帰らない?少し遅くなってしまいそうだし」


事ここに至り、僕はようやく思い出した。そうだ。この後は両親と一緒に旅行に行くのだったと。


「でも……こんな状態じゃあ」


「戻れないのなら仕方がないから、取り敢えずは家に向かうしかないでしょう?道中、これからの事を話しましょう」


そう言って、優希は歩き出す。少し痛みがあるのか、変な歩き方で。それに僕もついて行った。


春の、まだ少し冬の寒さが残った風が吹く。風は少し冷たく、()()髪を揺らす。最も、そこまで長いわけではないけれど。日差しは暖かく、春の桜や花々、木々が少し背の低くなった僕の視界を満たす。そして隣には……つい十数分前までは僕だった制服を着た男子生徒。


ここは学校から家への帰り道。と言っても大通りではなく、元々人通りの多い道ではない。さらに言えば、僕たちと同じ方向に住んでいる人は僕たちの中学校にはそう多くはなかった。

だからこそ、不幸中の幸いというべきか、残念なことにというべきか、先ほど僕たちに起こった事件は誰にも見られていなかったわけだ。最も仮に親友がそばにいてくれたのならば、解決のヒントをくれたかもしてない。秘密を守る協力をしてくれたかもしれない。そう考えると一概に良かったかどうかはわからないが、僕にとってはこの静かさに助けられている部分が過分にあるわけで、あまり文句を言える立場にはなさそうだ。


あの後、僕たちが入れ替わった後、歩きながら優希と話した。今までのこと、これからのこと。結論はすぐに出た。入れ替わった時と同じことをしても元に戻れなかったのだから、戻れないと言う前提の元に話し合った。そんな話し合いだ。誰だって想像はつくだろう。僕たちにできることは一体何がある?


僕たちは、このまま生活するしかない。いつか戻れるかもしれない。もう二度と戻れないかもしれない。今後どうなっていくかはわからない。明日目を覚ましたら元に戻っていましたとか、触覚も視覚も聴覚も、五感が機能する現実味あふれる夢だったとか、そんな話ならば良かったのに。そう思っても、これは現実だ。

だからこそ、僕たちはこのまま生きていかなければならない。僕は優希として、優希は僕として。


隣を歩く優希が話しかけてくる。


「ねえ、覚悟を、決めましょう?いや、決めよう。()はこれから、桜翔として生きていく。いつか、元に戻れる日が来るまで。だから翔、ううん、優希。君もこれらか、優希として生きていくんだ」


その言葉は途中から変わっていて、優希としての言葉遣いから翔としての言葉遣いに変わっていて。

それはまるで優希の覚悟を示しているかのようで。

僕に問いかけるんだ。いや、僕に迫ってくるんだ。

お前に覚悟はあるのか、と。

()の代わりに、優希として生きていけるのか、と。

いや、お前はもう、優希なんだと。


一体どうして、僕の妹はこうもメンタルが強いのだろう。

僕にとってその問いかけは、ナイフを突きつけられたかのようで。鋭利な刃物を心に刺されたかのようで。

断ることなどできなくて。

頷く。

覚悟を決めよう。

僕は、()は今日、今から優希なんだ。

恥ずかしさはある。

まだ葛藤もある。

それでも、優希の体面もあるだろう。仮に戻れたとしても、その時まで中にいた僕のせいで優希の評判は最悪で……なんてことになったら、僕が優希の人生を壊してしまうことになる。ただでさえ、僕は取り返しのつかないことをしてしまった。

だから、これ以上、優希に迷惑をかけるわけにはいかない。


「わかった。僕、私はこれから桜優希。しっかりこなして見せるから」


優希の雰囲気がふっと弛緩して、顔にもそれが現れる。少し微笑んで、


「頑張ろう?でも一人称、僕の方が楽ならそれでもいいよ?」


なんて少しお茶目に言い出すのだから、優希はすごい。さあ、僕も優希として、できる限りのことをしよう。




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