プロローグ
突然だが、僕には妹がいる。
桜優希。
それが妹の名前だ。因みに桜が苗字で優希が名前である。僕たちは双子の兄弟で、今日中学校を卒業した。
え?なんでいきなりこんなことを言い出したのかって?
それにはもちろん理由がある。その説明の為にも、数時間前の出来事を述懐したい。
ーーー
最近はどうも桜の開花が早くなっているように感じる。それが昨今話題の地球温暖化によるものかどうか、なんてことは専門家ではない僕にはわからない。それでも入学式の代名詞的存在でもあった桜が、卒業式の今この日に咲いているのだから、そう思わざるを得ない。
桜ー日本の春を象徴するような花だ。日本人で桜が嫌いな人ってどのくらいいるのだろうか。あまりいない気がする。まあ花より団子、騒ぎたいが為だけの人は大食いそうなものだが。
とはいえ実際どれだけの人が桜を好きか、なんてことはどうでもいい。大切なのは僕が桜を好きだってこと。僕の苗字と同じだからというのもあるけれど、何より「私が主役だ」と宣言するかのように咲き誇り、短い内に散っていく。そんな儚さが好きなんだから。
そんな桜が道の両端に咲き誇る。その先には門があり、校舎がある。「区立〇〇中学校卒業式」という看板がかかり、校庭には多くの人が。
泣く人。
笑う人。
人たちの顔には様々な感情が映り、卒業式であることを如実に表していた。
そんな中で一際目立つ女子生徒。
黒髪で顔立ちは整っている。背は低くなく高くなく。我が妹ながら容姿は誰に見られても恥ずかしくない程だと言えるだろう。綺麗、というよりは可愛いという言葉がよく似合う、そんな妹だ。
周りには部活か生徒会か、多くの後輩が囲んでいる。そんな彼女の近くへと寄り、話しかける。
「そろそろ帰らない?お父さんやお母さんも待ってるだろうし」
卒業という一つの区切り。その中でお別れやお礼を言いに来ている後輩たちには一抹の申し訳なさを感じながら、声をかけた。今日は卒業祝いということで両親と旅行に行こうという話になっていて、そのために僕たちは少し早めに家に帰らなければいけないことになっている。妹ー優希ーにとってはまだ時間は足りていないだろう。後輩にも、同級生の友達にも話し足りないとは思う。本音では卒業式後の打ち上げにも参加したかったはずだ。
(なお僕は友達が多くないないので元々打ち上げに参加するつもりはなかったし、数少ない友達とは十分話せたので不満はあまりない、ということを明記しておく)
「そうだね。もう直ぐ時間かしら」
優希が応える。その顔に少しの影を落としながら。名残惜しい気持ちはわかる。だからこそ、声をかけづらかったのだから。僕の割り込みと、それに対する優希の応え。それに不満を持つのは周りを取り囲んでいる後輩たちだ。
「え〜、先輩もう帰っちゃうんですか」
「もう少しだけ残ってくれませんか」
「まだ話足りません……」
そんな(一部涙まじりの)声が周囲から上がる。
「ごめんね、みんな。私この後用事があるの。皆のお陰でとても楽しい中学校生活だったわ。本当にありがとう。これでもう二度と皆と会えなくなるわけじゃない。また会いましょう?」
そんな言葉を後輩たちにかける優希。優希の口かた言葉が紡がれていくと同時に、後輩たちの顔からは、水滴が落ちていく。
「それじゃあ、いきましょう?」
後輩に言葉をかけた後は僕に話しかける。と同時に歩き出した。背後からは後輩たちの名残おしむ声。涙ぐんだ声。
それは優希が中学校生活を送った軌跡そのものであり、彼女の中学校生活が充実した証のように見える。少し羨みつつも、誇らしい。優希はそれらの声に振り返り、手を振り、一言。
「ありがと〜またね〜」
努めて正常ぶる優希の瞳にも涙が見えて、隣を歩く彼女の歩幅はゆっくりで。桜の花が何枚散っただろうか。桜並木の校外へと、僕たち二人は帰路に着く。
校門を出て、桜並木を経て道を進む。
河川敷を横に、二人で歩く。川の水の流れる音が、さっきの桜のように、どこか情緒を感じさせる。少し感傷的になっているのかな。卒業式の、特に最後の優希と後輩たちとのやり取りが僕をこんな気持ちにさせているのだろうか。と、そんなことを考えいた時、優希の焦ったような声が聞こえた。
「危ないっ」
え?何が。途端感じる浮遊感。僕の足は、地面を捉えていなかった。
足が空気に沈み込む。
バランスが崩れ、上体が倒れる。
手を空へと伸ばす。
それは反射的な行動で、半ば仕方のなかったことかもしれない。でも後になって思うんだ。もし僕がこの時、手を伸ばしていなかったら、と。いや、脈絡のないことを考えていないで、普通に歩いていたら。小学生でもできることをしていたら。そんなことを考えてしまう。後悔しても、何も変わらないのだけれど。
僕が伸ばした手は、空を切ることはなかった。一瞬、良かった、なんて気持ちが現れたけれど、そんな勘違いは直ぐに改めさせられる。
「えっ」
その声を聞いてしまったから。
僕の手が掴んだのは、何か柔らかいものだった。答えは学校指定のスクールバック。当然僕のではない。優希のだ。重力に引かれて落ちていく。そこで僕が掴んだスクールバックごと、優希も体勢を崩し、僕に重なるように、河川敷へと落ちていった。
初投稿です。ここまで読んでくださりありがとうございました。まだまだ未熟ですが、ゆっくりと更新をしていきますのでよろしくお願いします。