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身体を拭う

作者: 戯画葉異図

 難病に苦しみ、ベッドの上から動けないでいるお嬢様の身体を清拭(せいしき)するという仕事が、僕の担っている役目である。お嬢様がどう思っているのかはよく分からないけれど、僕はこの仕事が好きだ。


 どうして僕が選ばれているのかは、僕も知らない。同性の方が良いだろうとは僕も言ったことなのだけれど、お嬢様は「どうしても」と言って駄々をこねた。


 駄々をこねるなんて、お嬢様には珍しいことだった。もうずっと、僕はこの役目に従事している。


「何を考えているの?」


 僕が右腕を拭っている時、お嬢様が言った。僕が清拭している間は、いつもこんなふうに会話が始まった。


「お嬢様はなぜこの仕事に僕を選んだのか、ということを考えておりました」


 右腕を終えて、左手に移りつつ、僕は答える。清拭の順番は、ちゃんと決まっていた。


「知りたい?」と、背中側にいる僕を振り返って、お嬢様は言う。

「知りたいです。でも、分からないのでしょう? この話をするのは、もう何回目になるのでしょうか」と、手を休めることなく、僕は言う。


 この話は、もう、数えきれないくらい、したものだ。


「うん。分からない。私にもわからない。でも、あなたしかいないって、そう感じたこともまた事実」

「奇妙ですね」

「奇妙」


 目を閉じて、お嬢様は僕の言葉を反復する。味わいながら噛み砕いているような言い方だった。それから、


「五年」と言った。


 お嬢様の病気は、悪化も改善もしないまま、もう五年が過ぎていた。僕はその間ずっと、お嬢様の身体を濡れたタオルで拭っている。最初こそ手間取ったりした僕も、板についたものだ。慣れたというよりも、手際が良くなったと感じる。


 慣れたとは、まだちょっと言いにくい。


「はい、腕、終わりました」

「うん」


 次は上半身を拭う。お嬢様は服を脱ぐ。自力では難しいので、半分は僕が手伝う。


 女性の裸体に慣れる日なんて、たぶん一生来ないんじゃないかと、僕は思う。


「今日の晩御飯は何かな」

「何でしょうね」

「ああ、気持ちいい」


 肩。脇の下。背中。胸。お腹。決まりきった順番で、一箇所ずつ拭う。


 お腹を拭う時、この人はもうずっとお風呂に入ることができないのかなと、僕はいつも考える。お嬢様ならば、召使いを何人か使えば、お風呂に入ることもできるのではないかと、僕は一度、そんな質問をしたことがあった。その時お嬢様は、


「いいの」とだけ答えて、それ以上は何も言わなかった。


 お腹の清拭が終わった。


 次は下半身だ。上半身と同じように、お嬢様は服を脱ぐ。入れ替わるように、上半身の服を着る。


「さっきね、そこの窓から、可笑しな形の雲が見えたの」

「どんな形ですか?」

「不釣り合いなくらいに大きな帆を張った船。あんまりにもアンバランスだったから、可笑しかったの」

「僕も見てみたいものです」


 足先。すね。ふくらはぎ。もも。股。腰。それで、終わり。


「ありがとう」

「礼には及びませんよ」


 それは、清拭が終わると必ずなされるやり取りだった。お嬢様も僕も、そんなふうに毎日同じ言葉を言うことが面白くて、いつも欠かさずにしているのだ。


「明日もよろしくね」

「はい」


 僕は答えて、部屋を出る。お嬢様の病気が快方に向かうことを祈りながら……。

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