異世界転生したら『最強』になった
「転生するなら『最強』にしてください」
俺は神様に向かって願った。
「よかろう」神様は快諾した。
俺は一度死んだ。高校生だった俺は崩れてきた鉄骨に巻き込まれて痛みを感じる間もなく圧死した。前の人生は特に不幸というわけではなかったが、満足していたわけでもなかったので心残りはない。
死ぬと、豪華な装飾がなされた面談室のような部屋にいた。俺は自慢ではないが人の消しゴムを借りたまま返さないでいた以外特に悪いことをしたおぼえがなかったので天国に行けたのかと思っていると、奥から出てきた神様然とした白髪白ヒゲのおじいさんに話しかけられた。
「ここは転生あっせんセンターじゃ。君は若いのに不幸な事故で亡くなったということで転生させることになった」
「本当ですか」
「本当じゃとも。それと少しくらいなら要望をきいてやれないこともないぞ」
俺は少し考えて言った。
「じゃあ、『最強』にしてください。楽しそうなんで」
「『最強』か……。うむ、よかろう」
「お願いします」
するとそれまで何もなかった壁にゲートのようなものが現れた。
「ここに入れば君は『最強』の人間に転生するだろう。良いかな?」
「望むところです」そう返して、俺はゲートに入った。
目が覚めると俺は薄暗い部屋に横たわっていた。
「知らない天井だ……」どこかのロボットアニメで見たそんな言葉をつぶやいて起き上がろうとすると、体格が明らかに変わっていることに気がついた。身体がずっしりと重い。
「最強になるには体格もふさわしくなければいけないということか」
慣れない身体でなんとか起き上がる。
「鏡とか無いかな」
フラフラと歩き回ると電気のスイッチを見つけた。
「そういえば、電気とかある世界なんだな」
部屋を明るくすると薄暗くて見えなかった部屋の中が
見えるようになった。
「きったな!」
そこには大量のチューハイの缶が転がり、カップ麺の容器が山積してあった。ゴミ袋が床に直置きされ、つぶれていびつな形になったティッシュボックスが枕元に落ちている。机の上ではパソコンが大きな音を立てながらファンを回している。キーボードの上には紙パックがおいてある。
「強いけど結構だらしない人間なのか?俺は」
転生のとき精神面でも注文しておくべきだったかと後悔しながら部屋を歩き回りドアを開けると、そこには玄関が見えた。
「家ちいさ!」
いわゆる1Kである。扉の前には郵便物が散乱している。驚愕しながらよたよたとキッチンまで歩き、鏡を見ると、俺は絶望した。薄い髪の毛。脂でテカテカしてブツブツとした顔。つぶれた鼻と目。見るからに不審者のおっさんだった。前世の顔が良かったとはとても言えないが、それを鉄骨で潰してもここまでひどくなるとは思えないほど酷い見た目だった。
「これはハーレムは無理だな……」
改めて自分の身なりを考えると、足は短く小太りで背は160cmに満たないだろう。服は小汚い半ズボンと黄色くなった下着のシャツを着ていた。
しかし、最強というからには筋力だけは強いのだろう。欲張って「最強にしてくれ」なんて言ってしまったばかりに勘違いされ、喧嘩に強いだけのおっさんになってしまったのだろう。いまさら悔やんでもしかたがないので傭兵とか戦う仕事で上り詰めるしかない。その前にまずはどれくらい強いのか試そうと思い、外へと出た。
外は夜だった。そこにはかつていた世界とあまり変わらない街並みがあった。言葉も文化もだいたい同じだったが、車のマークなどを見ても見たことのないものだったり、店の名前などの固有名詞も聞き覚えのない言葉ばかりでここは異世界なんだと胸が熱くなった。
ポケットをまさぐるとこの世界の硬貨らしきものが見つかったのでこの世界の商品の相場を把握しようと近くのコンビニに入ろうとしたとき、DQNの金髪の女が入り口の横に突っ立ってタバコを吸っているのが目に入った。
「この世界にもこういう人種はいるんだな……」
そう思って自動ドアを通ろうとしたその瞬間、うしろから声をかけられた。
「おい、人のカノジョのことジロジロみてんじゃねぇぞハゲ」
俺はこれはチャンスだと思った。この俺にどれだけの力が備わっているかを試すちょうどいい実験台が向こうから声をかけてくれたんだ。いっちょ付き合ってもらおうじゃないか。そう思って口を開いた。
「お、おい、お、お、おれはそいつのことなんか、ぜんぜん見てないぞ!!も、もも、文句があるなら、か、かかって、こいや……!」
言いたいことが全然口から出てこない。それになんだこの気持ち悪い声は。
「は?なにこいつクソキモいんだけど。やばくね?笑」
DQNは立ち去ろうとしている。しかしこれは貴重なチャンス。逃すわけにはいかなかった。
「お、おおお、おい!!に、にげるのか!!」
そしてDQNの肩を掴もうとしたとき、突然DQNが振り返り、腹にキックを食らわされた。
「うっっ!!うぐぐうぅうぅう……ぐっ」
「ハゲのくせにでしゃばってんじゃねぇぞデブ」
そうしてつばを吐きDQNは黒い軽自動車に乗って去っていった。
俺は痛みで数分間立ち上がれなかった。さすがにコンビニの店員も出てきて「大丈夫ですか」みたいなことを言ってくれたが、心底迷惑そうな顔をしていた。俺はそれ以上そのコンビニにいられる気がしなかったので、別のコンビニを探すことにした。これ以上にない敗北感と屈辱を味わいながら、夜の異世界の街を歩いた。
転生してきて数日が経った。俺は溜まった郵便や書類や電子メールを見たりして自分が全くの孤独でどこにも身寄りがなく、生活保護を受給している人間だということを知った。そして、俺は間違った人間に転生させられたのだろうという結論に達した。最強どころか最弱の部類の人間に転生させられたのは神の手違いだったのだろうと。しかしこの手違いが認識され、もう一度転生をやり直してもらえるかどうかは疑問だった。何日も経って何の連絡もないところを見ると、あの神はこちらの世界に干渉していないんじゃないだろうか。
「インターネットで手がかりを探してみるか……」
しかしそれらしい情報は無く、よくあるオカルト系のサイトや釣りスレばかりがヒットした。しかし外に出ても視線は厳しく、使えるお金もない。俺はネットをして来るかどうかもわからない神からの救助を待つことにした。
そして数年の歳月が過ぎた。救助は来ていない。
お金が足りなくなって投資をしてみたけれど大損、バイトをしようにもどこも雇ってくれず、世の中に対する鬱憤が募るばかりだった。掲示板で自分が異世界人だと言ったこともあるが、精神科を紹介されて終わった。
それだけでなく、精神が肉体に順応しているというのか癒着してしまったと言うべきか、数年しか経っていないにもかかわらず思考がおじさんのそれと化し、部屋の掃除や入浴さえも億劫になり、酒を飲み部屋を散らかすようになった。思考も鈍くなり、怒りっぽくなった。もう何もかもどうでも良くなってしまった。俺は、どうすることもできなかった。
俺は、世界に復讐することにした。この世界は、俺を拒絶した。俺には何もなかった。この世界に来たときから俺には友人も恋人も家族も、財産も、技能も、何も持っていなかった。俺のこの肉体のもとの持ち主はどうなったか分からないが、彼もずっと昔からこんな気持ちでいたのだろう。虚無、強烈な虚無である。世界というシステムからの疎外感。社会が自分と全く無関係に回っている感覚。
しかし、何も持たないということは、失うものも無いということである。すべての人間関係・所有関係から解き放たれているということである。何をしようと、痛くない。悲しくない。一種の無敵状態。
ここはどん底。これより下はなく、浮き上がることもないが沈むこともない。こういう人間のことを何と呼ぶかわかるだろうか?
「最強」である。
神がこういう意図で俺をここに転生させたかどうかはわからない。ただ俺は今、最強だ。
(以上は■■■■容疑者の自宅から押収された日記のようなものです。■■■■容疑者はかつてより精神に異常をきたしていたと見られ、今後の精神鑑定で責任能力の有無が検証されることになっています。)