2-10 魔王の影
「今はまだ話せないことがあるって前に言ったの覚えてる?」
「あー、アリサと再会していろいろ聞いた後の夜のことだな」
「そのことなの、こんなに早く話すことになるとは思ってもみなかったの」
アリサがゆっくり話を続けた。
「冬になると東の夜空に暗いけど赤い星が見えるの。
この星のことを調べてみるとお兄様が生まれた頃から見られるようになったらしいの」
いきなり星の話になって俺は少し面食らった。
「星の動きは世界の運命と大きく関連してるって言われてるの。
占星術で人の運命もわかるって言う人もいるけど、それは少し眉唾じゃないかとは思ってるの。
で、この赤い星のことを歴史で調べてみると、何度か記述が見つかるの。
それは伝説の魔王の出現の歴史と重なっているの」
恐れていたその言葉がアリサの口から出た。
「他にも東の海が赤く染まった報告とか、魔族の姿が人里から一斉に見えなくなったとかの話もあるの。
どれもこれまでの魔王出現の伝承と重なってるの。
ただ、それ以来すっかり魔王の情報は聞こえてこなくなったの」
「まったく何も動きが伝わってこなくなったってことか」
「そうなの、今回の事件までは。
だから一部の学者の間で少しだけ話題になっていたんだけど、もうすっかり忘れられた存在らしいの。
だいたい、魔王の出現が600年間まったくなかったから、そんなことを研究してる人も少ないの。
あとは、ゴアビレンス教会くらいしか魔王とか興味はなさそうなの。
ただ、この封印の壊れ方は尋常じゃないの。
普通の魔族くらいじゃこんな魔力はないの」
「魔王が壊したと」
「そう考えると納得できるの。
特に何の証拠もないから、他にもこのくらいできる存在がいるかもしれないけど」
「1つ聞くけど、アリサの魔法で壊そうとしたらどうなの?」
「アリサ1人じゃムリなの。
たぶん、アリサと同じくらいの力を持った人が3人くらいいればできるかもしれないけど」
3人いたらできちゃうんだ……
「あ、お兄様からもっと力をいっぱいもらえたら、いつかはできるようになるかもしれないの」
「いや、そこまで強くならなくてもいいような気が……」
「それはともかくとして、不死の王も魔王ゆかりの存在ですし、どうしても魔王って考えになるの」
「今まで何も行動してなかったのに今回のことがあると、何らかの準備が整って行動を開始したってことも考えられるのか」
ただ、魔王だったとしてとりあえず俺たちにできることといえば、最初の方針通り、ギルドを通じてこのことを国へ報告するくらいかな?」
「当面はそうかと。アリサも昔から親交のある王都の大学教授に手紙を書いておくの」
「よし、じゃそういう方針で」
俺がさっそく引き返そうとすると、
「んとね。もう1つ大事な話があるの」
「え、これで2つじゃ?」
「ライナさんのことは大事な話ではないの」
「そうか、アリサのことだからそっちが魔王と並ぶ重要事項かと思ってた」
「次の話と比べるとそれは重要度が落ちるの。
もう1つはお兄様のことなの」
「俺のこと?」
「また長くなりそうな話なの。
だから、それは帰ってからゆっくりお話するの」
「じゃ、取り敢えず牧場に戻ることにしようか」
「そうしますの」
その日は、牧場にて夕食をごちそうになり、翌朝メルドーラの街へ帰還することにした。