第30話 職人都市ラクシュミー
「いいんじゃない、別に」
「………………」
予想外にもあっさりと賛成してダイチは呆然とした。
「私、ちょっと一眠りしてくるわ」
そう言ってエリスは気だるげにベッドのある奥の部屋に入り込んでいく。
「な、何があったんだ?」
事情を知っていそうなイクミに視線が集中する。
「まあ、色々とな……あったんや、こっちはこっちで」
「何があったんですか? エリスの腕は見繕ってもらったんですか?」
「ああ、それなら心配いらへんで。ただしばらく金星に滞在やな」
「まあ義手の見繕いに時間がかかるのはわかってたしな。新しいホテルでも探すか」
「せやな。ダイチはんは話が早くて助かるわ」
「むむ、ここを出るのは少々惜しいが、金が無くてはな」
「せや。何事も金が第一なんやで」
「それで、義手の方はいいのか?」
「ああ、せや。いいマイスターが見つかったんや!」
「面倒事にも巻き込まれたけどね」
マイナがぼやく。
「何言うてるんや? これは大チャンスやないか! マイスターの腕をこの眼で見るまたとない大チャンスなんやで!」
イクミは興奮気味に話す。
「つまり、どういうことだ?」
「それはな。順を追って話すと、あれは……うちとエリス、それに何故かマイナまでいて……マイスターの街ラクシュミーにいったことや」
磁力で走るリニアレールカーで揺れること無く、快適な列車の旅を始めたエリスは大あくびする。
「朝一番で出るからや」
「いてもたってもいられなかったのよ」
「だからって、ダイチ達を置き去りにすることないじゃない」
「なんで、あんたまでいるのよ?」
マイナはホテルを出たエリスとミリアにしれっとついてきて列車にまで乗り込んできた。
「そりゃ私は早起きだから」
「理由になってないわ」
「エリスについてった方が面白いかなって思って」
「観光が目的じゃないのよ」
「わ、わかってるわよ! ちょっと金星の街でも見れたらいいなって思っただけよ!」
「そういうの観光っていうんじゃない」
「うるさいわね! それで目的地はどこなの?」
「それも知らんでついてきたんか?」
イクミは呆れる。
「そうよ、悪い?」
「悪いわよ。さっさとホテルに戻りなさいよ」
「嫌よ! 一人で戻れるわけないじゃない!」
「威張っていうことか! ま、ついてきたんはしゃーない。迷子にだけはならんといてや」
「誰が迷子になるものですか?」
「そう言いながら、なんで私のスカートを持ってるわけ?」
「……あ」
マイナはそこでエリスのスカートの裾を掴んでいたことに気づく。
どうやら迷子にならないように無意識にやっていたことのようだ。しかし、スカートがめくれ上がってしまうため、蹴りをいれるわけにもいかない。
「……腕が出来たら、真っ先にサンドバッグにしてやるわ」
「容赦と遠慮を要求するわ」
どっちもエリスの辞書に入ってない言葉やな、とイクミは思った。
「でも、なんでダイチ達置いてきたの?」
「別にすぐ行きたかっただけよ。いつまでも、腕がないのも煩わしいし、気を遣われてる感じがして嫌なのよ」
「ああ、それであんたの方から気を遣ったのね」
「――!」
マイナから意外な指摘を受けてエリスは声を詰まらせる。
「そ、そんなんじゃないわよ! ただうっとおしかっただけ!」
そんなエリスの態度に、イクミとマイナは顔を合わせて笑う。
列車はまもなくしてラクシュミーに着く。そこでエリス達は降りた。
マイナはさすがに立ってまでエリスのスカートの裾を掴む勇気はなく、ただ迷子にはなりたくなかったので服の袖を掴んだ。
始めからそうしておけばよかったのに、エリスは思った。
「ああ、なんだか落ち着くわね」
『ヒュンドラ西部』とネオンの光で書かれた駅を降りるならすぐに活気に満ちた市場があった。
そこには様々な物が売っている露店が軒を連ねていた。
料理の露店に目を引かれるが、特に多いのが工芸品であった。
子供の玩具や小物のアクセサリーをはじめとして、おそらく手製の剣や鎧といった武器もあったり、マシンノイドに使うような巨大パーツまである。
まさに職人の街といった風情だ。
「お宝がいっぱいやな!」
イクミは目を輝かせて、さっそく露店を見回る。
「ああ、あれは古式のリボルバー式の拳銃! 今時使うやつおらへんやろな!
あっちは刀か! なんかダイチはんに似合いそうやな!
マシンノイド用のボルトまであるんか! これで胴体部の接続させるとええな!
むむ、これはジェットアームか!? エリス、こんな義手もどうや? 腕を飛ばせるでー!」
「飛ばしてどうするのよ?」
「なんや、ロマンがわかってへんな!」
「そんなロマンわかりたくもないわよ」
「おお、アームガン! これ腕に取り付けられるレーザーガンなんやけどエリス試してみるか?」
「結構よ! ほら早くマイスターの工房にいくわよ」
「そんなけったいな! もっと見てってもええやんか!」
「いくわよ! この先をまっすぐだったわよね」
そう言って、エリスはどんどん先に行ってしまう。袖を掴んでいたマイナもそれにつられて引っ張られていく。
「ああ、ちょっと待ってーな! そんなに急いでもマイスターは逃げへんで!」
ズドーン!!
そんな中でけたたましい爆音が鳴り響く。
「な、なんや?」
爆音がした方を見ると煙が上がっている。
何かの爆発があったように見える。
しかし、街を行き交う人達も何か物音がした程度でそちらの方を見て足を止めただけで特に騒ぎになる気配が無い。
「なんや?」
イクミがエリスに声をかけようとしたら、エリスはもう爆発のした方へ進んでいた。
「ああ、おいてかんでー!」
イクミは慌てて追いかけた。
「ミーファ、これはどう?」
「リノスにはちょっと大きすぎるんじゃない?」
「別に重くないから大丈夫」
リノスは鋼の篭手を付けて、ブンブンと振り回す。
感情が中々顔に出ないリノスが意地を張ってそんな仕草をするのがなんだか微笑ましい。
「ミーファにはこれがいいんじゃない?」
「え……? そう、かしら……?」
リノスが出してきたのはドクロを象った柄のナイフだった。はっきり言って悪趣味。
「ちょっと持ってみて」
「え、ええ……」
リノスに言われるがまま、そのナイフを持ってみる。
「うん、似合う」
相変わらずの無表情なリノスだったが、どこか得意げに言っているように感じた。
「どこが~!」
ミーファは文句を言う。
傍から見たら仲の良い姉妹のように見えるが、可愛らしい女子二人で武器の品定めをしているのがなんとも金星らしい光景だった。
しかし、この二人が金星最高の騎士団・ワルキューレ・リッターであるとはさすがに周囲のヒトは気づかないようだ。
「リノスちゃんはもっと可愛い物を付けたほうがいいわよ。
「だったらシャレコウベの兜とか可愛いと思う」
「だから趣味が悪いのよー!」
「じゃあ、この金歯の首飾りはどう?」
これもまた悪趣味と言わざるをえないデザインだった。からかっているのだろうかと一瞬思うが、彼女は本気で可愛いと思っているのだから困ったものだとリノスは思う。
「リノスちゃんにはこっちのヘッドセットの方が似合うと思うわよ」
頭を保護するためのヘッドセットをリノスに付けてみる。
「うん、やっぱり可愛いわ!」
「こんなものよりバットフェザーの方がいいと思うんだけど」
バッドフェザーは地球のコウモリという生き物の羽根を模したもので、神話上に出てくる悪魔を連想させるものがあった。
ミーファからしてみると天使の白い翼の方がいいと思った。
「ダメよ! あとはマフラーなんかどうかしら? 夜期になったら必要でしょ」
「うーん、それもいいかも」
こうして二人はショッピングを楽しんでいた。
何しろせっかくの休暇なのだ。
これからワルキューレ・グラールに向けて警戒態勢の強化を敷かなければならないから英気を養うための計らいであった。
「じゃあ、そろそろカフェに行きましょう。落ち着けるところをこの前見つけたの」
「うん」
そんなやり取りをして、店を出る。
ズドーン
そこへ爆音が上がり、爆煙が空へ上がる。
「何あれ?」
「あっちは確か……マイスター・ラウゼンさんの工房だったはず」
ミーファとリノスは自然とそちらの方に歩を進めていた。
煙のした方向は工場といってもいいほどの規模の建物があった。
ズドーン! ズドーン!
爆発がしたのはその中からだ。
「何あれ?」
「マシンノイドの駆動やな? こんなところでテストでもやってるんか?」
イクミは首を傾げる。
「ああ、じいさん。またやっちまったみたいだな」
見物にやってきた男がぼやく。
「またってどういうこと?」
イクミが訊くと男は答える。
「最近ラウゼンは新しいセアマキアを作ってやるって張り切ってるんだ」
「セアマキア?」
今度はマイナが首を傾げる。
「ワルキューレリッターに与えられる特別制マシンノイドのことや。大昔からずっと戦争で使われているのに一度も大破したことがない伝説があるそうやで」
「へえ、それは凄いわね」
エリスは関心を寄せる。
「んで、そのラウぜンって人は新しい機体を作ると意気込んでたわけね」
「まるで、イクミみたいな人ね」
エリスにそう言われて、イクミは苦笑する。
「せやなとても他人事とは思えへんな……って、うちは爆発はさせへんで!」
「この前、爆発させたじゃない」
「あれはノーカンや! まあでも、またテロじゃなくて一安心やな」
「騒ぎにはなったけど、大したことなかったみたいね」
「しかし、ラウゼンか……確かリストにもその名前があったな」
「腕のいいマイスターなの?」
「ヴィーナス様からのお墨付きやで。悪いはずがないやろ」
「だけど、爆発してるわよ」
「天才かて失敗することはある。それによく言うやろ、天才とは爆発やって」
「言わないわよ」
エリスはツッコミを入れると、イクミは笑ってごまかす。
「ともかく、物は試しや。ラウゼンって人に会ってみようか」
イクミがどうしてこれほど張り切っているか、エリスにはわかっていた。
なんとなく、本当になんとなくだが、イクミとラウゼンは同類なのかもしれないと思えるのだ。
それに自分としても早く義手を見繕ってもらう腕のいいマイスターを見つけたい。そのラウゼンがそのマイスターかもしれないなら、会ってみる価値はあるとエリスは思った。
「わかったわ、行きましょう」
エリス達は工房の敷地まで踏み入れた。
「あ~! くそ~! 下手くそめ! ハンガーからも出せんのか!!」
工房の中で、倒れた機体に初老の男は文句を言う。
『す、すみません……』
機体のスピーカーから恐縮した女の子の声がする。
「あ~、フェストまで時間が無いんだぞ! 失敗してるんじゃねえ!!」
『あの……やっぱり、私なんかじゃなくて……正規の操縦者を探した方がいいんじゃないですか?』
「それが見つかったらこんな苦労はしてねえんだよ!!」
パカッと機体の人間でいうへそに当たる部分からコックピットのハッチが開いて、少女がハァ~と伸びをする。
「だから、こんなピーキーな機体作るの、反対だったんですよ~、どうせ、乗りこなせる人なんて……」
「ラミ! てめえ、それ以上言ったらどうなるか、わかってんだろうな!?」
「わわ、すみません!」
ラミと呼ばれた少女は思いっきり頭を下げる。
それで溜飲が下がったのか、ラウゼンは目の前に倒れた機体を見て舌打ちする。
「こいつの性能さえ活かせればな……!」
「たのもー!」
イクミが元気よく工房内に入ってくる。
「まるで道場破りね」
エリスが呆れながら言う。
「なんだ、お前らは?」
ラウゼンはキィと睨みつけてくる。
「うちらはあんたに頼みたいことがあって来たんや」
「今忙しいところだ、後にしてくれ!」
「なんや! 客に向かって!」
イクミはムキになって言い返す。
「客の注文をうけるかどうかはこっちで決めることだ。今は気が乗らん」
帰った帰ったといわんばかりにラウゼンは手が止まる。
「気分で商売するんか!?」
「そうだ! 悪いか!?」
「……ひ、開き直った」
マイナはその剣幕に圧される。
「師匠、そう追い返すのはよくないですよ」
機体から降りてきた作業着の少女が言う。
「せっかく来てくれたお客様なんですから! あ、今から紅茶入れますんでちょっとお待ち下さい」
「ああ、お構いなく」
「ラミ! 客の相手してる暇があったらこっちに来て手伝え!」
「ええ!?」
ラミはラウゼンとエリス達を交互に見る。
「ああ、私達に気を遣っていいわよ」
見かねたエリスは言ってやる。
「私ももう行くから。
次のマイスターのところに行った方がいいみたいだし」
「次のマイスター……せやな、次はアライスタ・ミラガの工房やな」
イクミはコンソールを開いて、ディスプレイを宙に出す。
「アライスタ……アライスタ……」
「ちょっとまてぇッ!」
ラウゼンが割り込んでくる。
「な、なんや、いきなり?」
「アライスタ! アライスタ、だと!?」
「せや、アライスタや。そこへいって、エリスの義手を見繕ってもらうんや」
イクミはエリスの肩を叩く。
「義手……! そうか!」
それでラウゼンは納得する。
「さあ、行こうで」
「待て!」
背中を向けた時、ラウゼンは呼び止める。
「アライスタのところにいくぐらいだったらうちにみせろや!」
「え、えらそうに……」
「まあまあ、診てくれるんやからええやろ」
「――その気性、相変わらずだねぇ」
工房の入り口からステッキを持った妙齢の女性が入ってくる。ステッキを持つ右腕は鋼鉄製の義手で、強気な表情と相まって物騒なヒトだというのが第一印象であった。
「アライスタ!」
ラウゼンが女性の名前を叫ぶ。
「なんだい、そんな大きな声で呼ばなくても聞こえてるよ」
「聞こえてるよじゃねえ! てめえ、何しに来やがった!?」
「何って偵察に決まってるじゃないか」
「馬鹿野郎! そんな堂々とした偵察があってたまるか!」
「コソコソするだけが偵察とは限らないさ。だけど、この様子じゃその必要もなかったかねぇ」
「どういう意味だ、それは!?」
ラウゼンは喧嘩腰でアライスタに迫る。というか、完全に殴りかかる勢いである。
「その機体、オシャカになってるみたいだし、そこの嬢ちゃんが操縦者にだっていうんならあたしの敵じゃないわね」
「い、言わせておけば……!」
ラウゼンは拳を震わせる。
「なんだか旗色が悪いみたいね」
「アライスタの方がやり手のようやな」
「はあ、師匠はちょっとこだわりが強すぎるんですよ~」
ラミがさり気なく会話に加わってくる。
「そこがいいところでもあるんですけどね」
「いや、きいてないけど……」
そんなエリス達のやり取りなんて一切耳に届くことなくラウゼンとアライスタの言い争いは続く。
「そんなんで、今度のフェストは大丈夫なのかい?」
「あったりまえだ! てめえなんか軽く蹴散らしてやるぜ!」
「威勢だけはいいねぇ、だけどいくら機体は仕上がっても操縦者がいないんじゃ話にならないんじゃないかい?」
「操縦者ってあれの?」
エリスとイクミは自然と倒れたマシンノイドに目を向ける。
「はい、名前はまだ決めていませんが」
「マイスターってあんなのも作るんか!?」
イクミは嬉々とした表情で訊く。
「うん、ラウゼン師匠はなんでも作るんですよ! マイスターですから!」
ラミは自慢げに言う。
「ところで、あんたは?」
「私はラミ! ラウゼン師匠の弟子です!」
「うちはイクミや。んでこっちがエリス」
「ああ、そちらの方の義手の依頼に来たんですね」
ラミはエリスの腕が無いところを見て察する。
「ええ、そうよ。とっとと作って欲しいんだけど」
「それが今お取り込み中でして」
「見ればわかるわよ」
エリスは面倒そうに二人の諍いを見る。
「……じれったい」
エリスはぼやく。
「落ち着いたら? 喧嘩が終わったら」
「せやけど、あれいつまで続くんや?」
「放っておいたら、日が暮れるまでやりそうね」
とはいっても、金星の夜までまだ何日もあるから地球で使っていた比喩以上に重みがある。もちろん、マイナの水星やエリスの火星よりも。
そんなにまで、ダイチやミリアを待たせていられない。
あの二人を置いてきたのは、一刻も早く腕を作らせる。そうすれば余計な気を遣わせなくてもすむからだ。
なのに、肝心のマイスターがこんな調子では……じれったい。喧嘩なんてやってる場合か。とっとと終わらせなければ!
エリスの苛立ちはどんどん募る。
「そうよ、待ってられないわ……ああもう! 一言言ってやるわ!」
「ちょっと、エリス!」
エリスはいてもたってもいられず、喧嘩に割って入る。
「あんた達、いい加減にしてよ! 客の前で!」
「なんだお前は!?」
「威勢の嬢ちゃんだねぇ
そういや、あんた。弟子をとったそうじゃないか。この娘がそうかい?」
「ふん! うちの弟子はこんな跳ねっ返り強くないわい!」
「弟子の話はどうでもいいでしょ! 私は客よ!」
「客? それじゃ、あんたがあれの操縦者かい?」
「ええ、そうよ!」
「おお!」「はあ!?」
ラウゼンとイクミ達、両方で驚く。
「それじゃ、フェストはその娘と出るんかい!?」
「義手を繕ってくれるんだったらフェストでもなんでも出てやるわよ!」
完全にエリスの勢い任せの発言に、ラウゼンは絶句するばかりだった。
「いい意気込みだねぇ、嬢ちゃん。気に入った、フェスト楽しみにしてるよ!」
そう言って、アライスタは出ていく。
こうして、エリスの望み通り、二人の喧嘩は早々に終わることになった。
「エリス、とんでもないこと言ったわね」
「なんか、凄いことに巻き込まれたような気がするで」
焦燥感がこみ上げるマイナに対してイクミは高揚していた。
「……相変わらずだったわね」
「やかましいけど、嫌いじゃない」
そこへ二人の女性がやってくる。といっても、もう一人の方は少女にも満たない幼女だったが。
「ミーファ様! リノス様!」
ラミが二人の女性の名前を呼ぶ。
「ミーファ……? ああ、昨日のワルキューレ・リッターの!」
イクミは見覚えのある顔だったので、誰だったのか思い出す。もう一人の幼女とは初対面だが。
「おう、おめえらか! 一体何の用だ?」
「別に用というほどのものはありませんが、街中で爆発があったんだから黙っちゃいられませんよ」
「いつものことだ、気にするな!」
ラウゼンは帰った帰ったと言わんばかりに手を振る。
「わかりました、大したことないなら長居はしません」
「でも、あなたには興味がある」
リノスはそう言ってエリスの方へ歩み寄る。、
「私、リノス」
「エリスだけど、私に用?」
「あなた、腕は?」
リノスはエリスの無い腕の部分を指差して遠慮無く訊いてくる。
「あんたには関係ないでしょ」
「関係ないけど興味ある」
「あ、そう。でも、教えない」
「どうして?」
「どうしてあなたに教えたくなきゃいけないの?」
「知りたいから」
「あ、そう……」
エリスは素っ気なく答える。そうすると、リノスは興味を無くしたのか、ミーファの元へ行く。
「何なのよ、あいつ……?」
エリスはぼやく。
「あの娘は、リノスやな」
「知ってる娘なの、イクミ?」
「一応な。あの娘はワルキューレ・リッターの一人や」
それを聞いて、エリスは眉をひそめる。
何しろ、リノスはどうみてもフルートよりも年上だろうが、子供という印象しか受けない。騎士見習いと呼ぶにもあまりに小さな身で金星最高の騎士団の一員だといわれても信じられるはずがない。
「その顔、信じておらんな。だったらこれを見てみぃ!」
そう言ってイクミはディスプレイをタッチして、エリスに向かってスッと指を向けてデータを飛ばす。
そのデータとは写真であり、ワルキューレ・リッターの集合写真としてマスコミが撮ったもので、昨日会ったアグライアやレダがいて、ミーファやデメトリアもいる中で小さなリノスも立派な姿で立っている。
「これ、本物?」
「本物やで。ワルキューレ・リッターの公開スナップやからな」
「………………」
それを聞いて、エリスは無言でリノスを見つめる。
リノスも気づいたのか、見直す。
「あの娘に興味があるの?」
「一応」
「あなたが人に興味を示すなんて珍しいわね」
「ミーファ様! リノス様!」
ラミが二人の元へやってくる。
「ラミ、久しぶりね。元気でやってた?」
「はい! 師匠に毎日しごかれていますから!」
「しごきね……体のいい実験に付き合わされているんじゃないの?」
「あははは、そうともいうことはありますが、師匠あれで面倒見がいいんですよ」
「そうなの? でも、元気そうでよかったわ」
「お二人は本日休暇なのですか? わざわざ来てくれてうれしいです」
「え、えぇ……急に爆発があったから心配で来たんだけど」
「うちにとってはいつものことですから大丈夫ですよ!」
「それが心配なんだけど」
胸を張って言うラミにミーファは苦笑する。
「それであれがフェストに出すマシンノイドなのね」
「はい! まだまだ未完成ですが!」
「まだまだ? フェストまで日数ないのに、大丈夫なの?」
「大丈夫です! ラウゼン師匠ですから!」
ラミはやはり胸を張って言うものだから、ミーファは苦笑する。
「あの娘、あれを操縦するって言ってた」
リノスがそう言うと、エリス達と目を合わせる。
「どうも、はじめまして。
ミーファ・レンハット、ワルキューレ・リッターの一員です。
こちらは同僚のリノス・アリスシアです」
リノスは一礼だけする。
「これはどうもご丁寧に!」
マイナは狼狽して返礼する。
「あなた達とは昨日お会いしましたね」
「ええ、何かの縁でもあるんじゃないかと思いますわ」
「そうね。成り行きとはいえ、フェストにも出ることになったみたいだし」
「フェストって何ですか?」
イクミが訊くと、ミーファは意外そうな顔をする。
「ああ、あなた達他の星のヒトは知らないのね。
テクニティス・フェスト、マイスター達によるマシンノイドの闘技大会よ」
「マイスター達によるマシンノイドの闘技大会! そんなんもんがあるんか!」
イクミは目を輝かせる。
「なるほどね。それであいつとあの女はそのフェストに出るから争ってるわけね」
エリスは納得のいった風に言う。
「それだけじゃないみたいだけどね」
ミーファは苦笑して言う。
「あなた、エリスでしたっけ。あなたがフェストに出るのなら楽しみね」
「その前に、この腕をなんとかして欲しいだけどね」
「ああ、それなら問題ないんじゃないかしら」
「師匠は義手の技術も一流ですから!」
ラミが割って入る。
「ですから、操縦者の件よろしくお願いしますね!」
「え、ええ……腕さえ作って貰えればね」
「誰も作るとは言ってない」
すごぶる不機嫌そうな顔をしたラウゼンが言う。
「アライスタの前で好きに言いおって! 何がフェストに出てやるだ! わしの機体に勝手に乗ることは許さんぞ」
「ですが師匠! あれを操縦出来るヒトはまだ見つかっていないんですよ! エリスさんに賭けてみてもいいんじゃないですか?」
ラミが掛け合ってくる。
「そんなどこの星ともわからないヒトに賭けるほどのヒマはない」
はっきりと侮辱されたことでエリスはムッとする。
「黙ってれば言いたいことばっか言ってくれるわね!」
「言いたいことだからな!」
エリスとラウゼンは睨み合う。
「早速仲がよくなりましたね」
「せやな! 相性抜群やな」
そんな二人のやり取りをラミとイクミは微笑ましく見る。
「あんたらの眼は節穴!?」
マイナは突っ込みを入れる。
「大体、俺の機体がそんじょそこらの小娘に扱えるわけねえだろ!」
「はあ!? あんなポンコツ、楽勝に決まってるじゃない!」
「おう! 言ったな!」
「言ったわよ! 楽勝だって!」
「よおし、だったら乗ってみやがれ!」
「ええ、乗ってやるわよ!」
最早売り言葉に買い言葉。
そんな成り行きで、ひとまず乗ってみることになった。
ラミがコックピットへのハッチを開ける。
「それでは、エリスさん。よろしくお願いします」
「ええ」
返事をしてエリスはコックピットに入る。
「私、エリスさんなら乗りこなせる気がするんです」
「ヒトがマシンに乗せられるなんてあるわけないじゃない」
「その意気です! 頑張ってください!」
ラミはグッと拳を握って激励する。
「やれるだけやるわ」
そう言うと、ラミはニコリと笑ってハッチを閉める。そして、両腕の無いエリスに代わって、コンソールを操作する。
「エリスさんの遺伝子情報を登録して、ペダル操作に切り替えて」
「とりあえず立って歩くぐらいはしてみせるか」
コックピットの中でステップを踏んで感触を確かめる。
『大口叩いて、怖気づいたか?』
通信のスピーカーからラウゼンの声が聞こえてくる。
「誰が怖気づくかぁッ!」
「フン! あんな奴に俺のマシンが乗りこなせるか!」
「まあ、エリスはテストパイロットには向いてへんからな」
「そうなの?」
「何度かフォルティスのテストで乗せたことがあるんやけど」
フォルティスというのは、イクミが趣味をこじらせてスクラップのゴミ山
を素材にして作った『スーパーロボット』。マイナは確かに体力的に考えてエリスにテストパイロットをやらせるのは適しているような気は少しだけした。
「それで結果はどうなったの?」
「――全部大破させてしまってな、アハハハハ!」
「笑い事じゃないでしょ!」
「あれは笑ってなかったら、やってられへんで。ちなみに家は一度消えた」
いきなり、真顔になったイクミにマイナは絶句する。
「せやから、どうなるか楽しみやなーって!」
そこから笑い出すが、マイナはついていけなかったし、ここから生きて出られるのだろうかにわかに不安が込み上げてきた。
『起動オッケーです』
機体のスピーカーからラミの声がする。
「よし! やってみせろ!」
『偉そうに!』
エリスは文句を言う。
「それじゃ、やってください!」
「スタンダァァァップッ!!」
エリスの叫びとともに、マシンノイドは眠りから覚めたように立ち上がる。
「おお、立った!」
「フン、問題はここからだ!」
歓喜するマイナに対して、ラウゼンの反応は冷ややかであった。
「リノスちゃんはどう見る?」
「まだ立っただけだから」
「そうね、あれぐらいだったら誰にでも出来るものね」
「問題はこの後」
リノスが言うと、マシンノイドは一歩踏み出す。




