第15話 保安のフーラとビムト
ヘクトン「デイエス・グラフラーか」
チャミー「ヘクトンはん、何か知ってる情報あらへん?」
ヘクトン「前も話した六人殺した殺人犯ということぐらいしか知らないな」
チャミー「そこをなんとか。天王星の情報はこっち全然もってへんのや」
ヘクトン「そうだな。
この男は自らをリーダーとする小規模ながらギャンググループを結成していた。
まあ、快楽のままに暴力を起こす良からぬ連中だったらしい。
殺した六人の他にも多数の負傷沙汰が起こしていたようだ」
チャミー「ああ、ろくでもない奴だということはわかったわ」
浪速のよっしー「そんな奴がチャミーはんの火星におるんけ? チャミーの危険を感じる」
チャミー「まあ、ウチには頼りになるのがおるから心配いらんよ」
ヘクトン「正直、奴が火星に流れ着いたと知ったときにはホッとしたよ。
こっちまで火の粉がかかってきたらたまらないからな」
チャミー「他に知ってることはないのか?」
ヘクトン「強いて言うなら、腕っ節が恐ろしく強いらしい。六人もその腕で殴り殺したということになってる」
浪速のよっしー「おっかないな……よし、ウチは火星に行って、魂のソウルシスター・チャミーを守ってやるでー!」
ヘクトン「魂とソウルがまざっていないか?」
チャミー「ちょ、ヘクトン! それ、ウチが突っ込むところやで!」
「カタカタカタカタ、うるさいね」
居候の身のくせにマイナは文句を言ってくる。
「うるさいなら出かけたらどうや?」
「で、出かけられるわけ無いでしょ!」
「迷子になるからか」
イクミの問いかけに、マイナはビクッと震わせる。わかりやすいリアクションである。
「そ、そんなわけないでしょ! 第一それだったら、どうやって一人で水星から木星まで行ったっていうのよ!?」
「どうせ、そこら辺」
「はぁッ!?」
驚いて飛び退く
「いや、わかりやすい過ぎるやろ。あんた、ウチより芸人に向いてへん?」
「げ、芸人って、そんなのなるわけないでしょ! 私はこれでも正義の味方なんだから!」
マイナは必死に言う。その様子から今の発言が本気であることがわかる。
「あ~……やっぱあんた、芸人に向いてるよ」
「なんでよッ!?」
「火星のいい芸能事務所、紹介するよ」
「それってさっきのチャット仲間?」
「いんや、また別口のツテが」
「あなた、結構顔広いのね……」
「頭は小さいのにな」
イクミは得意気に眼鏡を立てて言う。
「頭と顔の広さって関係あるの?」
「なんや知らへんのか?」
「な、何を?」
「全く関係あらへんことを」
「…………………」
マイナは不審な目をイクミに向ける。
「あなたと真面目に話してるのがバカみたいに思えてくるわ」
「いや、あんたバカやろ」
「ば、バカにするな!」
「いや、そういうリアクションが……ま、ええか」
「よくないわよ! なに、リアクション? リアクションなの!?」
「あと、声が大きいところやろな。やっぱ芸能事務所紹介しとくわ」
「勝手に話進めないでよ!」
「お!」
「な、なに?」
「いや、なんにもあらへんよ」
「お、脅かさないでよ。別にビビったわけじゃないけど!」
イクミはマイナをからかうのが面白くなってきた。
「エリスもおもろいやつ、つれてきはったな……」
「急に一人言や」
「そや、ウチ急に一人言をしてまうんや」
「あなた、変わってるわね」
「う……ちょっと心外やな、あんたの口から言われると」
「なんでよ!?」
「ま、ええか……」
そこへピコンとメールの着信音が鳴る。イクミは空中に浮かぶディスプレイをタッチしてそのメールの中身を確認する。
「それより、あんたにお使い、頼んでもええか?」
「お使い?」
暗い路地裏。光が差し込まない暗闇とじめっとこもりきった空気の陰気さが人を遠ざけているような雰囲気を醸し出している。もちろん、まっとうなヒトの感覚での話だが。
「準備はいい?」
エリスは緊張した面持ちでダイチ、ミリア、フルートの三人に確認する。
「私はいつでも準備オーケーですよ」
「俺もな」
「妾に準備は必要ない」
エリスはそんなフルートを見て、ため息をつく。
「あんたが一番不安なのよ」
「何故じゃ?」
「ま、しょうがないか。あんたが大人になれればよかったんだけど」
「そんなに妾の身体は便利に出来ておらんぞ」
「わかってて言ってるのよ」
フルートは見た目こそ、地球人で言う五歳児程度なのだが、これでも千年生きている。つまり、自分達よりも何十倍も年上なのだが、本人のこの態度のせいでまったくそう思えない。
「外で待ってるわけにはいかないの?」
「妾だけ除け者扱いか? それは我慢ならんぞ」
「オーケーわかったわ。ダイチ、面倒はよろしくね」
「面倒事にならないようしてくれよ」
ダイチはエリスに釘を刺す。
「……わかってるわよ、まったく私のことをなんだと思ってるのよ」
「トラブルメーカーじゃないですか」
「……ミリア」
エリスは恨めしげにミリアを見る。ミリアはそれをニッコリと笑って受け流す。
相手していられない、とエリスは先を行く。
夜のように暗い路地裏を歩き続けて、一筋の灯りが差し込む。
それは看板のネオンであった。
「いかにもって感じだな」
ダイチは思わず呟く。
エリスは構わず開けて中に入る。相変わらず思い切りが良い。
「いらっしゃい」
中年の男性店員が笑顔で出迎える。
店は灯りが少なく、薄暗いせいで全容はわからないものの客はそこかしこに座っており、それに賑わっているように感じる。
何よりもその客達がみな大なり小なりグラスを手に持っており、おそらくは酒を景気良く飲んでいる。
(これが酒場ってやつなんだな)
入った経験の無いダイチは想像通りの光景が広がっていて緊張する。
(そういえば、俺未成年だよな……まあ、地球での話だけど……)
だけど、エリス達は二十五以上で立派な成人だ。あくまで地球人の尺度で、だが。
火星人から見たらエリス達って女の子に見えるのかな。
だったら、俺は……何者に見えてるのかな。
ダイチは辺りを見回してみる。ダイチの目から見て大人に見える男性、女性がひしめいている。
ああ、やっぱり普通の酒場なんだな。としか思えない。
「あんた達、新顔だね」
カウンターの向こうにいる店主らしき男が声をかける。
「一応、この街の住人なんだけどね」
「住人……? ああ、あんた、エリスか」
「私の事、知ってるの?」
「一応、この街の住人の顔は頭の中に入っている。噂に聞くエリスがここに来るとは思わなかったから最初はわからなかった」
店主は特に得意ぶることなくごく自然に言う。噂に聞くって一体どういう噂なのか気になるところだが。
「す、凄いわね……」
「で、今日は何の用かな? 酒が望みなら、薄めのヤツを用意してあるが」
「酒を飲みに来たんじゃないわ」
「じゃあ、なにをしに……酒場で酒を頼まないのは失礼だと思うのだが」
一杯飲んでいけと催促しているかのようだ。でも、エリスはそれにのらない。
「情報を求めに来たのよ、デイエス・グラフラーについて」
エリスがそう言うと、店主の顔が険しくなる。
「あんたは賞金目当てか」
「あんたは……?」
「いや、こちらの話だ。あいにくと厄介事は苦手なものでね」
「ガラジから聞いてココに来たんだけど。あの人からあんたに訊けばわかるって言ってたわ」
「ああ、あの人か。仕方ないな……」
店主は不機嫌な顔するが、すぐに元の顰め面に戻る。
「知ってどうする?」
真剣な面持ちで訊いてくる。
「もちろん、ぶっ倒して賞金をいただくわ」
エリスは拳をぐっと握りしめて答える。
「やっぱり、賞金目当てか」
「当然でしょ」
「……奴は頻繁に来るよ」
「――!」
その一言に驚かされる。
「だが、今日は来ていない」
「なんだ……」
ダイチはホッとした。
「じゃ、明日出直すわ」
「くれぐれも店で暴れないでくれよ」
「それは向こう次第よ。大人しく捕まってくれるならそうならないし」
店主の顔がまた一段と険しくなる。
「噂通りだな、わかった。奴がここで何をしていたか話そう」
「教えてくれるんですか」
「店を壊されちゃたまらないからな」
「エリス……お前の噂って悪名のことじゃないよな?」
ダイチは苦い顔をしてエリスに訊く。
「う、うるさいわね。どんな噂か知ってるわけないでしょ!」
「それで何を話していたんですか?」
「デイエスは手下を集めているみたいだった。うちはそういった手合いの連中も集まりやすいから」
「手下なんて集めてどうする気なの?」
「そこまではわからない。うちとしては客足が増えて繁盛するから嬉しいところなんだけど」
店主は冗談交じりに言ってくる。いや、もしかしたら本気なのかもしれない。
「ま、何にしても出直してくるんだな。それとも一杯やってくかい?」
「出直すわ」
エリスは踵を返す。
ただ、ダイチは正直揉め事なくすぐに出ることになってホッとした。
「おい嬢ちゃん!」
そこへミリアが酔っぱらいに声をかけられる。
「酒が切れた! 新しいのをもってこい!」
「あら、私はこの店のウエイトレスではありませんよ」
「そんなのどうだっていい! 酒を持って来い!」
「ついでに酌をとってくれや! しょんべんくせえガキだが、女ならつげや!」
「その手の発言はセクハラですよ。ましてや私はこの店のウエイトレスではありませんから」
ミリアは苛立っているのをダイチは感じた。「まずいな」と思う。
「おい、ミリア!」
ダイチが呼び止めようとしたが、もう遅かった。
ミリアが水を酔っぱらいの頭にかけたのだ。
「少し頭を冷やした方がよろしいかと」
「あちゃあー」とダイチは頭を抱える。その影でエリスはニヤリと笑う。
「てめえ、何しやがるッ!」
「いい度胸してるじゃねえか!」
酔っぱらいが怒声をかける。
ドンとテーブルを叩いて殴り掛かる。
ミリアはそれをあっさりとかわす。
「なんじゃなんじゃ! ケンカかぁッ!?」
フルートが騒ぎ出したせいで、店中に伝播する。
面白がって周囲の酔っぱらいも参加しはじめる。
当然エリスも嬉々として殴り飛ばす。
フルートは水をかけた酔っぱらいを一本背負いで投げ落とす。
「なんだ、この嬢ちゃん達、つええ!」
「知るか、生きて帰すかよ!」
「おもしれえ、俺がやってやるよ!」
酔っぱらい達が口々に好き勝手言ってくる。
「なんでこんなことになるんだよ!?」
ダイチは酔っ払いのついでといわんばかりに殴られる。
「ぐはッ!」
「ダイチ……お主、弱いのう」
「あいつらがおかしいんだよ……」
そう言って酔っ払い達を殴っては蹴り、投げ落とすエリスとミリアを見上げる。
「エリス、少々やりすぎでは?」
「あんたが始めたケンカでしょ!」
「私は売られたケンカを買っただけです。文句言われる謂れはありません」
「どの口が言うのよ!?」
酔っぱらいを相手にしても会話を交わすほどの余裕がある。格の違いをまざまざと見せつけられる。
「お前ら、やめないか!」
そこへ若者が立ち上がって仲裁に入る。
「なんだ、お前は!」
「俺は保安のものだ! これ以上騒ぎを起こすならお前ら全員逮捕するぞ!!」
そう言って、若者は槍をかたどった紋章をディスプレイを見せる。
「げえ、本当に保安のやつじゃない!」
「エリスもとうとう年貢の納めどきですか」
「それはあんたの方でしょうが!」
エリスとミリアはいつものように会話する。
そのせいでわからなかったが、保安と紋章を見せた途端、酔っぱらい達は青ざめた顔をして、店を出て行く。
店主はかなり苦い顔してこちらを睨んでいる。
「まったく君達のせいで俺まで締め出されたじゃないか」
保安と名乗り上げた若者は文句を言う。
店主に「今日はもう店じまい」だと追い出されて表通りに戻ってきたところ、エリス達は呼び止められた。
「まあまあ、中々楽しい見世物だったと私は思うよ」
そこへ茶目っ気のある笑顔を浮かべた女性が口を挟む。
「ですが、そのせいで俺達の張り込みが無駄になったじゃないですか!」
「おいおい、苛立っているのはわかるけど、捜査のことまで部外者に言っちゃいけないよ」
「あ、すみません」
「まあ、だからといって捜査と言わなければどうということはないのだけどね」
「はあ……」
唖然とする若者に「フフ……」と笑みを浮かべる女性。
その構図に呆気にとられているダイチ達に女性は気づいて言ってくる。
「ああ、紹介が遅れたね。私はフーラ・モーフン、こっちは新人のビムト・レザール君」
「ビムト・レザールだ、階級は曹長。フーラさんは中尉」
「私の方が偉いのだよ」
フーラはいかにも偉そうに言う。
「そんな態度だから尊敬できないのですよ」
「いや、これは気性だからね。今更変えようがないよ」
ビムトはため息をつく。
「ま、そんな話はここでしてもしょうがないよ。それより」
フーラはエリスの方に顔を向ける。
「君達もデイエスを追っているそうだね」
「なんで知ってるの?」
「こうみえて地獄耳でね。耳の良さには自信があるんだよ」
フーラは得意気に言う。
「私と店主の会話を盗みきいてたのね」
「盗み聞きは張り込みの上で重要なスキルだよ」
「人が悪いともいいます」
ビムトは毒づく。
「まあ、というわけで騒ぎが無くても私は声をかけるつもりだったんだよ。――私好みの可愛い子もいたし」
フーラはダイチに笑顔を向ける。
「ぬう!」とフルートは不機嫌顔でフーラを睨む。
「それでね、改めて訊くけどあなた達の目的はデイエスの賞金?」
「当然よ」
「うん、いい気概だよ。ビムト君といい勝負だ」
「一緒にしないでください!」
「そうね、ただの保安と一緒にされるのは心外ね」
「ただの?」
エリスとビムトは睨み合う。
「同類ですね、あれは」
ミリアはダイチとフルートに耳打ちする。
「そこらの酔っぱらいをぶっ飛ばしただけで調子に乗るなよ、力自慢ならいくらでもいるからな」
「あら、保安にいるだけで自分が強いって勘違いしてる奴もいくらでもいるんじゃないの?」
「なんだと!」
「なによ!」
一触即発の睨み合い。このままだと表通りで殴り合いが始まりそうなほど危ない雰囲気になってきた。
「おい、エリス。やめろよ」
ダイチはエリスに肩をかけて止める。
「ビムト君もだよ。協力者にそんな態度じゃ検挙はとれないよ」
フーラも同様にビムトを止める。
「きょ、協力者!? こんな奴らがですか?」
「どういうことですか?」
ダイチはフーラに訊く。
「ん、言葉のままの意味だよ。私も賞金がほしいしね」
「フーラさん、保安の捜査官には賞金出ませんよ」
「ああ、そうだったのか。なんということだ……」
フーラはわざとらしく落胆してみせる。
「まあ、何にせよ、君たちとはもっと協力的に、というか、友好的な関係でいたいと思ってるよ」
「俺は冗談じゃありませんが」
ビムトは喧嘩腰でエリスと反りが合わなそうだし、このフーラという女性はどうにも胡散臭い。こんな二人と協力できるのか不安でしか無い。
「私だって嫌よ!」
再びエリスとビムトは睨み合う。
「まあまあ、そこのビムト君は置いておいて」
「おかないでください!」
「ビムト君、私の言うことがきけないんだったらどうなるかわかってるの?」
「……わかりました」
ビムトは大人しく従う。
どうなるんだろうとダイチは密かに思った。
「というわけで、よろしくね。ダイチ君」
「え、俺?」
「もちろん、他の人もね」
「私達はその他大勢なわけ?」
「そういうわけじゃないけど、気分を害したのなら謝るわ」
「べ、別にそこまでは言ってないけど」
「じゃあ、よろしくね」
フーラはニコリと笑う。
こんなことでよろしくされていいのだろうかとダイチは不安に思った。




