第12話 エリス対白銀の騎士
「――ッ! 止まってください」
しかし直後にミリアはダイチを声で止める。
「どうしたんだ?」
「……敵です!」
緊迫感のこもった一言だった。ミリアの見据える先には一人の女性が立っていた。
濃紺のワンピースにフリルのついた純白のエプロンを来た銀髪碧眼の凛々しい姿勢で直立している女性であった。
「プルートをお連れするつもりでしたか?」
「ええ、そこをどいていただけませんか」
「それはできませんわ、狼藉者に来たら退くようとの命令は受けていませんので」
「命令って誰からなのですか?」
「ご主人様です。
申し遅れました、わたくしネリッサ・ポーシャと申します」
ネリッサのスカートの裾を上げて丁寧に名乗る。それがミリアの気に障ったらしく名乗り返す。
「これはご丁寧にどうも。不肖ながら私も名乗らせていただきます。
――ミリア・H・パルサーといいます」
ネリッサと同じようにスカートの裾を上げる。傍から見ているダイチはなんでそんなことをするのか疑問に思いながらこの状況を見守った。
「それでどうしてもそこをどいてはもらえませんか?」
「どうしてもです。では、あなたはここで大人しくしますか?」
「できるわけないではありませんか? そんなこともわからない低能なのですか?」
ミリアは挑発じみた言動で言い返す。
「低脳とは心外ですね……そんなことばかり言ってると、地獄に堕としますよ」
最後の一節だけ酷く冷たく耳に響いた。
「結構です。堕ちるのはあなただけで十分です」
ひりつめた異様な緊張感が二人の間で流れてきた。
ダイチも直接その声を向けられていないものの、薄ら寒く、そして恐ろしく感じた。
「そこをどいてもらいます」
ミリアがスカートを捲し上げて蹴りを入れる。ネリッサはそれをかわす。そこから手をミリアへと伸ばす。
「――ッ!」
手から針が飛び出てきた。ミリアは驚きながらも、それをかわした。だが続けざまにレーザーナイフが飛び込んできた。だが、ミリアはそれをはじいた。
レーザーナイフを手でさばいたのだ。当然刃が当たり、手には血が流れ落ち……なかった。
「驚きましたわね、どこに隠し持っていたのですか?」
「驚いたのはこちらのほうです。今の一撃をどうやって無傷でさばいたのですか?」
互いに返答を求めない問いかけをする。
「…………………」
「…………………」
予想通り、互いは答えない。ならば自らの手で暴くしかない。と互いに思うのだった。
先に動いたのはネリッサ。彼女は拳を突き出すために踏み込む。だが、その踏み込みこそ本命だった。拳と見せかけての蹴りだった。間一髪それに気づき、ミリアはかわし、頬をかすめた。
「ガッ!?」
直後に、ナイフが右足に刺さった。
(いつの間に……ナイフを……!?)
ミリアは苦痛で笑みを崩した顔でネリッサを睨んだ。今の踏み込みと見せかけてからの蹴りの一連の動作だけでネリッサは手一杯だったはず。もしナイフを隠し持っていたとしてもそれを投げるだけの余力は無かったはず。
「まずは足をもらいましたわ。次はどこをいただきましょうか?」
ネリッサは微笑む。敵の足をもぎ取った愉悦に浸るように。ミリアにとってそれは直視するのも耐え難いほど気に入らないものであった。
「この程度、負傷のうちに入りませんわ」
「そうなのですか。では、今一度!」
ネリッサは繰り出す。今度は最初からレーザーナイフを携えて、襲いかかった。
ミリアは戸惑いながら、ナイフの太刀筋を見切り、かわした。そのさいにはナイフだけではなく、腕や足の動きにも注意を払った。
バァン!!
だが、銃声は彼女の足元から響いた。そして銃痕はミリアの右足に当てられた。
「――ッ!?」
激痛によりこみ上げてくる悲鳴を必死に抑え込んだ。なんとか体勢を立て直した。
(右足が義足で幸いでしたわ……痛覚をオフにしなくても、この程度……!)
たいしたことないとミリアは言い聞かせた。それよりも、ネリッサの能力がおぼろげながらわかったことだ。それなら対処の仕様がある。
「これで勝負ありましたわね」
「果たしてそうでしょうか?」
「強がりですか? 美しくありませんよ」
「いいえ、これは自信です。この程度では私の勝利は揺るぎありませんという現れです」
ミリアは絶対の自信を持って言う。その直後に拳を握り、構える。
「――カロリーヴィジョン」
能力を発動させる。直後に負傷した右足なんてなかったかのような素早い動きを見せる。
「なッ!?」
そんな動きはもうできるはずがないとタカをくくっていたネリッサは驚愕し、ミリアに片腕を掴まれる。だが、それで動きは止まった。そこでネリッサは反撃に移ろうと蹴りを繰り出そうとした。だが足は止まった。いや足だけではなかった。
両腕両足が掴まれている。ミリアが四人いて、それぞれが抑え込んだのだ。
「これがあなたの能力ですか……!」
ネリッサの表情に焦りの色が浮かぶ。だが、それまでだった。相手の能力がわかれば底がしれたということ。
「ならば私も使いますわ……フローティングマッドネスを!」
ネリッサもまた能力を発動させた。能力の名前を言うことは相手への敬意であった。彼女は戦うべき敵であろうと敬意を示すことを信条としている天王星人であったのだ。
それは彼女の袖、襟、スカート、髪から飛び出した凶器であった。
それら一人でに飛び交い、四人のミリアにそれぞれ突き刺し、撃ち抜いた。だが四人のミリアはそのままだった。
「なにッ!?」
ネリッサの表情が焦りから驚愕へと変貌する。
「それはあくまで熱量を持った分身ですので、攻撃は効きませんわ」
目の前のミリアが涼しい顔で語りかける。その瞬間にネリッサは悟った。本物のミリアはそこから一歩も動いていなかったのだと。
「あなたに敬意を表して全力で極めさせてもらいますわ、ネリッサ・ポーシャ!」
ミリアのその言葉とともに、五人目のミリアが現れ、ネリッサの腹を蹴り抜く。
次いで、彼女を取り抑えていた四人のミリアが一斉に両腕両足をそれぞれ極めて、折った。
「アアァァァァァッ!!?」
ネリッサは悲鳴を上げて倒れ伏した。
「大丈夫か、ミリア?」
ダイチが心配そうにその肩を支えた。
「え、ええ……」
ミリアはそう答えたが、強がりで言っているのがはっきりとわかる。右足の負傷、義足だったのが幸いして、痛みはあまりないが同時に自由に動かせなくなってしまった。片足でバランスをとらないといけないので立っているのもおぼつかないはず。
「それよりも、今はフルートさんを」
ダイチはネリッサが守っていた扉の前に立つ。扉の前に立つと勝手に開く。
「フルート、無事か?」
「ダイチ!」
呼びかけると同時にフルートがいきなり飛び込んできた。
「来てくれた! 来てくれたのじゃな!」
フルートは泣き崩れながら喜びを露わにする。
「あ、ああ、そう言っただろ。さ、早く脱出するぞ!」
「うむ!」
フルートは涙を拭い、力強く答えた。
ミリアは、歩行もままならない右足を引きずりながら精一杯走った。脱出するために必要な宇宙艇をどこにあるのか知っているのはミリアだけなため、彼女の先導で走らなければならなかった。
何度か「大丈夫か?」とダイチは問いかけたが、ミリアは止まることなく走り続けた。
「そういえば、さっきから俺達を捕まえにやってこないのは妙だな」
ダイチはてっきり躍起になって追いかけてくるとばかり思っていたのに、そんな気配が微塵も感じられなかった。
「えぇ、ああいった連中が諦めたとは考えられません……」
「だったら、こういう風に順調に行くってのはあんまり良くないんじゃないか?」
追ってこないということは、捕まえる罠か何かを全力ではっているということかもしれないとダイチは思った。
「ともかく、これを曲がれば格納庫ですわ」
そう言って角を曲がると海賊達のドッグのように開けた場所が視界に広がった。
「ここは……機動兵器が、積み込まれているようじゃな……」
ここでフルートがおもむろに口を開いた。
「それは格納庫なんだから当たり前だろ」
ダイチは言いながら気づいた。フルートの言葉が何を意味していたのか。ここに機動兵器がたくさんあるということは、絶好の襲撃地点になるのではないかと。
不安が額から一雫の汗となり、流れ落ちた。その時、その汗が床に落ちた音が起動音となり、一体の機動兵器が動き出す。
「シュヴァリエじゃッ!」
フルートが驚愕の声を上げて、その名を呼ぶ。ソルダよりも一回り大きく強靭な銀色の躯体・シュヴァリエがダイチ達に向かってくる。
「これは参りましたわね……!」
ミリアが本当に苦しそうに息を吐きながら呟く。ミリアはさっきの戦いで負傷した上に能力を使って疲労しきっているため、とても戦える状態ではなかった。ならばまともに動ける自分がなんとかするしかないと拳を握り締める。幸いにも敵は余計な被害を招かないために、シュヴァリエ一体だけを起動させている。それならば万が一にも活路は見える。
(俺が! 俺がやるしか……!)
勝てる見込みは全くない。だが、自分しかできないのであればやるしかない。と考えた。
「お待ちになってください、ダイチさん」
ミリアがそれを止める。
いくらなんでも無謀すぎる。無駄に生命を散らすだけだとわかっているからだ。
「俺が食い止めるから……! そのうちにフルートを連れて――」
「その必要はなくなりましたわ」
ミリアは自信を持ってダイチの言葉を遮る。
「だりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
次の瞬間、シュヴァリエが何かにあたってよろめく。
「――エリスッ!」
あたったのはエリスだった。彼女は身体中から熱気をはためかせやってくる。
「まったく、世話かけさせてくれちゃって!」
エリスは責めるでもなく、この状況を楽しんでいるかのようにダイチに言った。
「すまん」
「まあいいわ。まずはあのデカブツはぶっ飛ばして脱出! 話はそれからよ」
「ああ、わかった。任せるぞ!」
ダイチがそう答えると、エリスは笑えを返す。
「ええ、任せなさい!」
そして踵を返して、立ち上がるシュヴァリエと相対する。
「んじゃ、とっとと片付けますか!」
エリスは高らかに勝利を宣言し、拳を打ち付ける。
数十メートルもの距離が一瞬にして零にするダッシュ。ソルダよりも幾重に重ねられたシュヴァリエの金属板にも伝える強烈な一撃。想定しなかったヒトによる攻撃に、シュヴァリエに積まれている人工知能の計測が狂う。
どうやらこのシュヴァリエはヒトとの戦いを想定していなかったせいで、対ヒト用のデータと裝備が不足しているようだ。
「だぁぁぁぁッ!!」
気合の一声から怒涛の連打を打ち込む。絶望的なまでの体格差を利用し、死角に回り込む。そこから渾身の一撃を見舞う。
「かた……ッ!?」
何度拳を打ち付けているうちに、拳の方から壊れ始めた。それはそうだ。機動兵器同士による機銃、光学兵器、格闘戦、果ては宇宙戦艦の砲撃にも耐えられるように設計された躯体が生身のヒトの攻撃でどうにかなるはずがないのだ。それでも、打ち続けるしかない。手を止めればシュヴァリエは容赦なく襲いかかり、その圧倒的な力で生命を奪っていくだろう。
エリスの拳が壊れるか、シュヴァリエが壊れるか、根比べになってきた。
(やるしかない……ッ!)
気持ちが先に壊れるわけにはいかなかった。せっかくここまできたのだ、あとはダイチと一緒に帰るだけなのだ。
それで笑い合って、地球へ一緒に行くという約束を思い出してるか、確認して笑い合う。
そんな未来を勝ち取るための戦いなのだ。負けるわけにはいかない。その想いだけで全身に力が満ち、拳を突き出す勇気をくれる。
「ああぁぁぁぁぁッ!!」
グィン、と甲高い音が鳴った。腹部分の金属板が押し潰された音だ。
(いけるッ!)
そこに勝機が見えた。あとは一直線に飛ぶだけだった。しかし、それこそが奴の罠だった。
腹に搭載された姿勢を制御するためのスラスターが吹き出したのだ。
機動兵器が相手ならばそれ自体は目くらましにもならない取るに足らない動作だった。だが、相手はヒト。スラスターの噴射は火炎放射器に遜色なく、エリスの身体が焼かれる。
それだけでは終わらず、固く握り締められた鋼の腕がエリスの身体をとらえる。まともに受けたエリスは、流星のように焼けつき、壁までその華奢な体を打ちつけた。
――無事ですか、エリス!?
耳に取り付けた通信機から心配する友の声が聞こえる。壁に叩きつけられた痛みは全身に駆け巡り、ほぼ全身から出血していることに気づく。無事ではない、そう返していた。彼女が心配そうな態度で問いかけてこなければ。
「心配なんて、いらないわ」
精一杯の強い声で答える。ミリアらしくない不安と焦りのこもった口調なんて聞くに耐えないものであった。
きっとそれは自分がらしくない危機的状況に陥っているからであって、自分がいつもどおり振舞えばミリアも元に戻る。その方が不快にならなくてすむ。
――心配なんて誰がするというのですか、さっさと片付けてください
ほら思ったとおり。すっかりいつもの調子で平然と無茶を言うミリアがそこにいた。
そうでなくてはエリスも調子が狂うというもの。足に力を込めて立ち上がる。
――エリス!
ダイチの声だった。心配しているのか、とエリスはミリアとやけに揃った態度に呆れる。
「私は忙しいの、後にして」
――負けるなよ
「――ッ!」
意外な一言だった。それは自分の心配するのではなく背中を押してくれる一言だった。
「……ええ、当然」
それだけ返してエリスは立ち上がる。その瞳は敵を強く鮮明に映した。
シュヴァリエを、敵を仕留め損なったと判断してこちらを向く。
立ち上がったものの、全身打撲に大量出血の重傷のエリスは自分の勝機が薄いことを理解していた。理解した上で、勝利の道を考える。
(この身体じゃ、長くはもたないから、早めに決着をつけないと勝てない……とすると!)
エリスは頭の中で結論をつけて、構える。手を広げ、指を広げ、集中する。身体中の熱をその手に集めているのだ。やがて熱気が凝縮されていき、熱の発生による空気の歪みで、渦巻く熱の乱気流が形成された。
その拳を握り締める。そして、別々に熱せられたその両の拳を重ねる!
「デュアルスパークッ!」
エリスの掛け声と共に、重ねられた両拳は混ざり合い、逆巻く炎となった。
その熱量は片手だったときの倍以上に膨れ上がり、鋼鉄をも溶かす火の玉と化す。
「おおぉぉぉぉッ!!」
突き出した両拳をそのままに、エリスは足に残った全ての力を振り絞り、一気にシュヴァリエの懐に飛び込んだ。
ゴォォォォォンッ!!
船の中にまで伝わる振動と轟音が戦いの終焉を告げた。
「エリス! エリス!」
ダイチは必死に呼びかけた。今の爆発は尋常ではなかった。どんなヒトであろうと無事ではすまない。ましてやエリスは重傷だ。心配しない方がどうかしていた。
座席に座り込んだミリアは歯噛みしていた。そんな様子を見てダイチは自分の出来ることの少なさを嘆いた。
「くそ!」
出来ることと言えば、今すぐ出て行ってエリスを助けに行くぐらいだ。それしかできないのでればやるしかないと想い、ハッチから外に出ようとした。
「……エリス!」
そこへエリスは足を引きずりながらやってきたのだ。
「まったく、結構ヘビーな相手だったわ……」
エリスは宇宙艇に乗り込みながら言った。その口調は、文字通り血を吐きながら言うような苦しいものだった。
衣服は血に滲みながら破れ、そこから見える素肌には痣を覗かせている。
「エリス……その手……!?」
「ごめん、ちょっと手を貸して。目が見えなくて」
だが、何よりもダイチが驚愕したのは、エリスの血を拭うべき手が無くなっていたことだ。エリスの放出した熱を一手に引き受けたため、両方の義手が耐えられなかったのだ。
「……何を心配そうな目、してるの? あれを使うといつもこうなるんだから……
義手だとあの高熱と衝撃に耐えられないのよ、まあよくもったほうなんじゃないの」
「だ、だけど……それでいいの、かよ……!?」
ダイチは震えた。ヒトの手が無くなっている。それだけでもうヒトとしてみられない、何か異質なものを感じてしまう。
見ていられない、あまりにも痛々しくて見るに耐えない。だけど当のエリスはいつもの調子で笑いかける。ダイチを安心させるために。
「大丈夫よ、ちょっと、無茶しただけだから。それよりも顔吹いてよ」
額から流れる血を見せながら近寄る。
「あ、ああ……」
ダイチはそう答えながらハンカチを手に取り、エリスの顔の血を拭き取った。
「ありがと」
「礼を言うのはこっちだって、助けに来てもらってこんな傷だらけにしちまって……」
ダイチは自分の無力さを噛み締めながら言う。
「いいのよ、したくてしたことなんだから」
エリスはあくまで気にしない態度をとる。
「助かったわ、新しい義手をイクミにつくろってもらうまでよろしくね」
「あ、ああ……」
ダイチはそう答えるしかなかった。だけど、エリスから「新しい義手ができるまでよろしく」と言われたからにはその傍から離れるわけにはいかないと思った。




