エピローグ~ありふれた終戦~
『土星のアザール行きのシャトルがまもなく出航します』
クリュメゾンの宇宙港でアナウンスが響く。
「思ったより遅れちまったな」
「あんたがグズグズしてるからよ」
「す、すみません」
エリスの付き添う桃色の髪をした少女はペコリと謝る。
「そんなこと言っても仕方ありませんよ」
「せや。間に合ったんやからええやろ」
ミリアとイクミにそう言われて、エリスも「しょうがないわね」と納得する。
「何もそんなに急ぐことないじゃない」
マイナはぼやく。
「まあ、またいつ欠航になるかもわからないからな」
「そうなったら、チケットの手配が面倒やからな、ハハハ! また戦争やで!」
「笑えねえぞ」
ダイチは真面目に言う。
戦争で幾度となく死線を潜り抜けてきたが、もう二度とあんな想いは味わいたくない。
「せっかく戦争は終わったのにな……」
あの後、クリュメゾン領主は消息を絶ち、ツァニス・ダイクリアとアルマン・ジェマリヌフの戦いも引き分けに終わった。
結果、クリュメゾン領主の座は空位のままとなった。
いずれその空席となっている領主の座を賭けて再び戦争が起きるだろう。あれだけの戦いをしたのに、とダイチはぼやいたが、ザイアスは冷静にそれがこの星の常識なんだよと促した。ダイチとしては信じられない思いであった。
「よお、間に合ったかあ」
ザイアス、リピート、ターンの三人がやってくる。
「キャプテン!」
「見送りにきてくれたんですね」
ミリアは笑顔で手を叩く仕草をする。
「まあな、一緒に戦い抜いた戦友だからな」
ザイアスは恥ずかしげもなく言い切る。
「せ、戦友か……」
ダイチははっきりとそう言われて小恥ずかしかった。
「俺の身内のゴタゴタに巻き込んで悪かったな」
「ほほう、あれが身内のゴタゴタというか……」
フルートは呆れる。
五つの国勢力が中央の国へ一極集中して戦う大戦争だった。ダイチやエリス達は何度も死にかけたあれをそう表現されたらそうなる。
「ま、そんなもんよね。結局壮大な兄妹喧嘩に巻き込まれたみたいなものなんだから」
エリスは言う。
エリスはもうあの戦争を終わったものとして切り替えてしまっているのだろう。
「そういう割に、お前滅茶苦茶やっただろ」
「フン、それだけ巻き込まれたんだから落とし前をつけないと気が済まないでしょ」
エリスは悪びれも無くそう答える。
「これじゃ生命いくつあっても足りねえな」
ダイチはぼやく。
「大丈夫ですよ、ダイチさんも相当強くなってますから」
ミリアが何故か自慢げに言う。
「そ、そうか……」
「今度私と戦ってみる?」
エリスは楽しそうにそんなことを言ってくる。
「……遠慮する。あんな戦い見せられちまったらな……」
ダイチは網膜にまで焼きつけられたその戦いを思い出す。
エリスとエウナーデの戦いは本当に凄かった。
木星に来てから、ジュピター一族のケラウノスの凄まじさは散々見せつけられてきたが、エリスはそれに真っ向から挑んで打ち破った。
本当に凄いと思うし、まだまだ届かない存在なんだと思い知らされた。
「なあに、お前さんならすぐに届くぜえ」
「キャプテン……」
そんなダイチの心情を察して言ってくれる。
「そうかな……?」
「自信を持つことだ。なんせ俺の見立てだからな」
ザイアスは自信たっぷりに言う。
「俺達もそうやってキャプテンに引き入れてもらったからな。間違いねえよ」
リピートとターンは頷きながら言う。
「そうなのか」
「火星人の俺や金星人のターンはなんとかしてキャプテンのチカラになりたくてな。キャプテンはそんな俺達を信じてくれてな」
リピートは自慢げに語る。
それを聞いて、ダイチは宇宙海賊の人達は凄いと思った。
キャプテンは船員を信頼し、船員はキャプテンを信頼する。そうすることでたった一船でも一国の艦隊と渡り合えた。なんだかその中に一時的にとはいえ自分も入っていただなんて嘘の事のように思えた。
「お前達さえその気になったらいつでも宇宙海賊に迎え入れてやるぜ」
ザイアスが勧誘してくれた。
「そ、それは、ちょっと待ってくれ!」
ダイチは両手を振って断る。
自分は宇宙海賊になるだなんて、想像もしたことがない。
第一まだこの旅の目的を果たせていないのだ。ほっぽり出すわけにはいかない。
エリスやミリアの身体の在り処を知っているかもしれない女性リーツはエリスとエウナーデの戦いのおりに姿をくらました。
戦いが終わってそのことに気づいたときには、エリスは首根っこひっ捕まえて聞き出したいことが山ほどあったのに、と悔しがっていた。
「それも天王星に辿り着けば何かわかるやろ」
イクミがそう言ったことで、エリスも納得してくれた。
(本当に手がかりがあるのだろうか?)
ダイチは内心、一抹の不安を抱いていたが。
「気が変わったらいつでも言ってくれよ。歓迎するぜえ」
「ああ」
「あんた、宇宙海賊になりたいの?」
エリスが訊いてくる。
「別にそんなことはないんだが……かっこよくないか?」
「まあ、そうね」
「嬢ちゃんも海賊向きだからなあ。二人で一緒に海賊やってみねえか?」
「……遠慮するわ。他にやらなくちゃならないことがあるからね」
エリスはあっさり断る。
「俺とエリスが宇宙海賊か……」
ダイチはちょっと想像してみて、それも悪くないなと思う。
「私はのけものですか……」
ミリアは少しだけ寂しそうにしている。
『土星行きの便のシャトルが出航時間が迫っております』
アナウンスが流れる。
名残惜しいが別れの時間が迫っている。
「元気でな。また木星に来いよ」
「ああ、キャプテンも色々ありがとう」
「イクミ、元気でな」
「リピートはんもな」
それぞれ別れの言葉を交わして、ダイチ達はゲートへ向かう。
「さ、行くわよ――エウナーデ」
呼びかけられた少女は、それに笑顔で答える。
「はい!」
あの戦いの後、エウナーデは戦いのダメージで意識を失った。
そのエウナーデを人質にして、海賊船は【パシレイオン】から脱出した。その際に近衛騎士団長ディバルドと戦っていたデラン達も回収した。
ディバルドはエウナーデを人質にしていることを知るやいなやあっさりと引き下がった。
「……こっちは三人だってのに、まるで勝てる気がしなかった。いるんだな、ああいう化け物が……」
脱出する際に、デランは悔しそうにそう漏らした。
そして、領主が海賊に奪い去られたことで、戦争は中断を余儀なくされた。
その後、意識を取り戻したエウナーデは自分の名前以外一切憶えていなかった。
「私は……エウナーデです」
テウスパールの名の方は憶えていないそうだった。
「頭を強く叩きすぎた?」
これにはエリスも困り顔であった。
「お姉様!」
そう言ってエリスを見るなり、起き上がって抱き着いてきた。
「え、ちょ!? 私は姉じゃないわよ!!」
エリスが狼狽するが、エウナーデはお構いなしに「お姉様! お姉様!」と呼び慕う。
「ダイチ、あんたなんとかしなさいよ!」
「なんで俺が!?」
「あんた、こういうの慣れてるでしょ!」
「慣れてねえよ!」
そんな諍いもあった。
エウナーデがそんな状態だったので、死んだことにした方がいいとザイアスは提案した。
――クリュメゾン新領主は宇宙海賊がその手にかけた。
ザイアスはそう宣言し、宇宙海賊は領主殺しの悪名を被った。
正直いわれの無い罪でいいのだろうかとダイチは疑問を口にしたが、「かえって箔がつく」とザイアスは得意げに言っていた。
「なあダイチ。一つ提案があるんだが、エウナーデを旅に連れていけねえかな?」
そんな提案をしてきた。
「死んだことになってるんだ、木星にはいない方がいい。それだったら土星に行くお前達に連れて行かせた方がいいと思うぜ。こいつもお嬢ちゃんと一緒にいたいみたいだしな」
「はい!」
エウナーデは幼子のように手を挙げて同意する。
「しょうがないのう。今更一人ぐらい道連れよいじゃろ」
フルートも勝手なことを言う。
ダイチも「しょうがない」と同意する。
「あとは、エリスだが……」
「……しょうがないわね」
ため息一つついて了承する。
絶対断ると思っていただけに意外だった。
「冗談じゃないと文句を言うと思ったのに」
「あれで結構面倒見はあるんですよ、エリスは」
「うんうん」
イクミも頷く。
「好き勝手言ってんじゃないわよ、あんた達は……」
エリスは気だるそうにそう言ってから眠りにつく。そこから三十時間くらいずっと眠っていた。
そんなこんなで戦争が終わった直後に運行を再開した宇宙港の土星行きのシャトルでダイチ達は当初の目的通りに土星を向かうことになった。
そして、シャトルは今予定通りに飛び立った。
「ダイチよ、あれを見るんじゃ」
「ん?」
フルートは窓を指差す。
ダイチは窓の外を見てみる。
「あれは……」
窓の外にあった光景は、ダイチ達が破壊してしまった軌道エレベーターが山のように連なる場所であった。
「もう復興してるのか」
ダイチは感心した。
半壊した軌道エレベーターはもう復興作業として、雲海に届かんばかりに伸びようとしている。
「キャプテンの話じゃ、度重なる戦争で壊された建物を早く元に建て直せるよう、技術が発達したそうだ」
デランが言う。
「凄いな……あれだけ壊れたのに……あの宇宙港だって元通りになっていたし……」
宇宙港は北軍と西軍、アルマンとザグラスの戦いで吹き飛んでしまったのだが、僅か数日で元通りに戻って運行を再開している。
「木星人も逞しいんだな」
デランもこれには感心した。
「ユリーシャ、また会えるといいな」
そんなことを呟く。
「まあ、これはこれは……」
「どうした、マイナ?」
マイナのニヤケ顔を不審に思ったダイチは訊く。
「なんでもないわ。あんた、エリスとはどうなの?」
「ど、どうなのって言われても……!?」
ダイチはエリスを見る。
(エリスが、惚れた女か……)
改めて意識すると不思議な気分だ。
「顔に何かついてる?」
エリスが訊いてくる。
「い、いや、なんでもない……」
「これは相当苦労しそうですね、フフフ」
ミリアは笑いながら見守る。
シャトルは木星の雲海を突き抜けて土星へ向かう。
その一方で、同じ頃に木星を出たとある一機のプライベートシャトルの中、リーツは通話ウィンドウを開く。
『首尾は上々だったじゃないか』
ウィンドウから若い男性の顔が姿を現わす。
「色々予想外のトラブルはあったけどね」
『それもまた一興。彼女、ファウナも満足な最後だっただろう』
「私としては少々名残惜しかったですが。彼女とは気が合っていましたから」
『まあ、それもまた運命だろう。
中々ままならないもの、だからこそ面白いのだけど、フフフ
こうしてヒトの運命を見るのはとても楽しいものだよ』
「中々いい趣味だと私は思うわよ。私達も付き合い甲斐があるしね」
『それならもう一つ頼みごとがあるのだけど引き受けてくれるかな?』
「私が断わるはずが無いでしょう」
『頼りにしているよ。助手の準備もできているからそちらで合流するように』
「そちらというのは?」
『――土星だよ』
リーツは、やはりといった顔でニヤリと笑う。