第95話 エウナーデ・ダイクリア
『その昔、ジュピターの血を受け継ぐ二人の男女がいました』
歌うように少女は言葉を紡ぐ。
『その二人はジュピターの座を継ぐために戦い合いました。
戦いは男が勝ちましたが、そうして二人の間に愛が芽生えました。
二人は兄妹ですが、勝った男の方がジュピターになれば問題ありません。
何故ならばジュピターは兄妹の恋愛成就も許されているからです。
ですが、そのために最初の問題が差し掛かってきました。
男の方には同じ国の領主の座を継ぐ際についてきた妹がいました。
妹もまた兄を愛していました。
さて、ここで問題です。
妹は兄を愛し、女も兄を愛し、兄は女を愛していました。
男と女一人ずつしか幸せになることはできません。
兄には妹の存在が邪魔でしょうがなかったです。
そこで、兄は妹を戦争に乗じて殺してしまうことにしました。
そうして、女は兄の妹として生きることになりました
ですが、妹は死にかけながらも生きていました。
兄と兄を奪った女への復讐のためだけに生きていました。
そして、とうとうその兄を殺すことが出来ました。
その妹の名前は、ファウナ・テウスパール!
この私です!』
少女は高らかに名乗り上げる。
「そ、そんな……!」
ファウナはその話を聞き告げて、信じられないといった面持ちでファウナと名乗った少女へ言い返そうとする。
「兄が……お兄様が、そんなことを……!」
「お兄様とは、白々しいですわね」
少女は憎しみに満ちた形相でファウナを睨む。
「命からがら生きのびた私は驚愕いたしましたわよ。私は死んだとされているばかり思っていましたが、私は何事もなくクリュメゾンにいたんですよ。あなたがファウナ・テウスパールとしてのうのうと生きていたんですからね!」
「そんな、私はお姉様が殺されたから、その代わりとして! ファウナ・テウスパールとして生きるように、とお兄様が!」
「あなたはその甘言に乗った共犯者でしょ!」
少女は剣を引き抜いて、剣先をファウナへ向ける。
「エウナーデ・ダイクリア!」
「――!」
「それがお前の本当の名前!
そして、この私が本当のファウナ・テウスパール!」
「ファウナお姉様……」
「エウナーデ」と呼ばれた少女は、それを告げた少女を「ファウナ」と呼び、彼女が謳い上げたことを真実だと周囲にしらせる。
「その名前は捨てましたわ。いえ、捨てさせられたといった方が正しいでしょうか!?」
少女は憎しみと共に雷を迸らせる。
ファウナの方は、あまりの事態に戸惑い、動転するしかなかった。
その動転から一気に畳みかけるように話を続ける。
「私だってお兄様を愛していました! お兄様のお役に立ちたいと腕を磨いてきましたわ!
ですが、お兄様は私を障害としか思っていませんでした!
あなたと結ばれる為に私を亡き者にしようとしたのですよ!」
「……お兄様が、お兄様がそんなことをなさるはずが!」
「無いと言い切れますか!?
あなたの為にどんなことでもしてみせると言い切ったあの男が、ですよ! 妹ぐらい簡単に切り捨てるのが私達ジュピターの一族なのですよ!!」
「――!」
そこまで言われて、ファウナは絶句する。
「お兄様とあなたによって私は滑って失いました。
以来、私に名前は無く、ジェーン・ドウズとして生きるしかなかった。
それでも、それでも! 私はお前達に復讐するためにここまでこうして生きてきた!」
「それでは、お兄様を殺したのは!?」
「そう、この私ですわ!」
ジェーンは舞台上の女優のように一回りして踊って言う。
「あの城は元々私のものでしたから、侵入するのに苦労しませんでした。
城のセキュリティは私をちゃんとファウナ・テウスパールと認識してくれたおかげでね」
「………………」
「そうして、私はお兄様を殺しましたわ。
お兄様は私の姿を認識した時、最初は幽霊かと思いましてね。
おかげで不意を突くことができましたよ、フフフ」
「そんな、なんてことを……!」
「なんてことを、ですって!? 不意を突かれて殺されかけたのは私の方ですわよ!」
「うぅ……」
「お兄様は私が生きていると知った途端、許してくれと懇願してきましたわ。
あの時の顔といったら、フフフ。私はこの時の為に、生きていたんだと実感しましたわ
――そして、殺しましたわ。あまりにもあっさりと殺せちゃいましたわ」
「お兄様……
で、では、私が見た者は! 火星人だったはずです! お兄様はその火星人に殺されたはずです!」
「ああ、それはこの方のことですね」
手拍子を叩いて、外套の女性が現れる。
「上手く私が殺したものだと誤解してくれましたね、フフフ」
女性は外套を取り、美しい赤髪の顔を露にする。
「あなたが兄を殺した火星人ではないのですか?」
「フフフ、私は彼女に依頼されて現場に居合わせただけですよ。あなたが兄は火星人に殺されたと思いこまされるようにね」
「そ、それは……!」
ファウナは頭を抱える。
脳裏には、兄が殺されたときの光景がよぎる。
自ら流した血だまりに沈む兄とその兄を見下ろす赤髪の火星人の光景。その火星人の顔は暗くてわからない。では、何故火星人だとわかったのか。
今になってそれが疑問となって浮かぶ。
「もちろん、それだけでは、あなたは火星人に殺されたとは思わなかったでしょう」
その頭に浮かんだ疑問に答えるように、彼女は言う。
「ケラウノスによる電波信号です」
「うぅ……!」
ファウナに頭痛が走り、頭を抱える。
――兄を殺したのは火星人です。
声がする。
兄が殺されてから、幾度となく頭の内から響いてきた声。まるでもう一人の自分が頭の中にいるかのような錯覚に囚われる。
「これをあなたが……!」
今ならわかる。これはジェーンがずっと語り掛けていたものだと。
「電波信号を送ることで、あなたの頭に声を送り込み、意識を少しだけ乗っ取ることができます。
あなたが『兄が何者かに殺された』というおぼろげな情報から、『兄が火星人が殺された』という考えにいつの間にかすげかわったようにね」
「そんな……!」
「そうして、あなたの心にわずかばかり芽生えた復讐心を私の声で発芽させたんですよ。
いやあ、傑作でしたわよ、フフフ! 復讐心に囚われたあなたが新しい領主として動いてた様は!
最高の道化のショーでしたよ、アハハハハハハハ!!」
「それじゃ、私は……」
「ええ、道化でしたよ! いえ、操り糸につられて勝手に踊り狂う人形ですね!」
「道化……人形……」
「それがあなたですよ。
城でお姫様ともてはやされていたあなたにはお似合いの立場じゃないですか。
お兄様に言われるまま、その立場に居着いたのでしょ。私の立場を奪い取った上でね!」
「うぅ……」
「いかがでしたか。私が仕向けたこのショーは?
あとは、あなたが私の手によって殺されて幕引きですよ」
「………………」
「これは私の手によってやらなければならないことなんですよ。
戦争で他の誰かに殺されては、私が復讐できませんからね!」
「……私を、殺す……?」
自分が何を言われているのかわからなかった。
「フフフ、そっくりですね。私が生きていたと知りこれから殺される、まさにその時はそんな顔でしたよ」
「お兄様……」
「今からその愛しいお兄様の元へ送って差し上げますよ」
放心状態となったファウナへジェーンは剣を振りかざす。
タタタタタタタ!!
メインブリッジの扉が開き、ダイチ達がやってくる。
「侵入者か!?」
ガグズは身構える。
「メインブリッジ到着や!」
「あいつら……!」
エリスは、ファウナ、ジェーン、外套の女性をそれぞれ見ていく。
「エリス……」
「あんた! まさか……!」
エリスは外套の赤髪の女性を見つめる。
「さっきぶりね……私に見覚えある?」
「リーツ……今まで何していたの!?」
赤髪の女性リーツは答えない。
「今はそんなことより、このショーを見届けてもらうわ」
「ショー?」
「そう、最高のショーですわ!」
ジェーンが答える。
「あんた……」
「リーツのことは憶えていたみたいですけど、私の方はどうでしょうか?」
「ファウナと同じ顔……」
「フフフ、それぐらいの認識ですか。まあ昔に一度会ったぐらいですから」
「え……?」
エリスは呆然とする。
――あなたがエリスですね
昔、記憶の彼方に埋もれていた声がする。
「あ、あぁ……!」
「思い出しましたか?」
「あんたはリーツや、フォトライドと……一緒にいた……」
「そうですわよ、フフフ。あなたには是非見届けてもらいたいんですよ」
「……何を見届けろっていうのよ?」
「私がこの女を殺すところよ!」
ジェーンは歪んだ笑いを見せて、ファウナへと振り向く。
「………………」
ファウナは相変わらず気が動転していて、ジェーンを見るだけで背一杯であった。
「……ファウナ」
エリスは彼女の名前を呼ぶ。
「この女は、ファウナ・テウスパールではありませんよ」
「事情は聞いたぜえ」
ザイアスが前に出る。
「お前さん方が自分らの秘密をスクリーンで大上映してくれたからな」
「フフフ、どうせなら皆様にお見せしたくてですね」
ジェーンはそう答える。
「リーツ、あんたの手際ね!?」
エリスが言うと、リーツは楽し気に答える。
「彼女に頼まれてね。彼もそれを喜んで快諾したわ」
それを聞いて、エリスは歯ぎしりする。
「彼……フォトライド・グレーズ……!」
エリスは腕をわなわなと震わせる。
「エリス……」
ダイチは心配になって名前を呼ぶ。
「あいつは一体?」
「私達を引き取って人体実験をした男……その男の手先ですよ」
ミリアが代わって答える。
「手先?」
「ええ、しかし、その彼女が私達を助けてここまで手引きしただなんて……」
ミリアも自分は言いつつ、収容所の事を思い出す。
「あなた達をあんなところで処刑させるわけにはいかなくてね。おかげでいい具合に状況は引っ掻き回されたわ」
「引っ掻き回す……!」
ダイチはリーツの言いように苛立ちを覚える。
こっちは必死で戦ったんだ。こいつらを楽しませる、そんなことのためにやったんじゃない、と。
「あなた達のあがきぶりもこのショーを彩りを加えてくれました。感謝していますよ」
ジェーンは嘲笑する。
「勝手な言い草ね。フォトライドの手先らしいわ!」
エリスはジェーンへ殴りかかろうとする。
それをリーツが間に入ってエリスの拳を受け止める。
「リーツ!」
「彼女の邪魔はさせないわ」
リーツは優しく促すようにエリスへ語り掛ける。
「そうですわ。私がこの偽物に手を下す、その時をちゃんと見届けてください!」
「ファウナ・テウスパール!」
エリスはファウナへ語り掛ける。
「あんた、このまま殺されていいの!? そんな女に言いように言われて!!」
「……私は」
「本物じゃないからって何!? 偽物だからって何!? 私を打ちのめしたのは紛れも無いあんたじゃない!!」
「………………」
「あの時のあんたはどうしたのよ!? 腑抜けてんじゃないわよ! もう一度、私と戦いなさい!!」
「……私は、私は、腑抜けてなどいません!」
ファウナは立ち上がり、エリスへ言い返す。
「そうです! 私はクリュメゾン領主として立ち上がりました!
たとえ、仕組まれたとものだとしても! 操られていたものだとしても! それだけは事実です!」
ファウナは雷を迸らせて、ジェーンへ闘志を叩きつける。
「フフフ、それで私に戦いを挑むというのですか?」
「……お姉様が領主の座を脅かすというのでしたら!」
ファウナは毅然として答える。ジェーンは満足げに笑う。
「いいでしょう!」
ジェーンはそれに応じてケラウノスを迸らせる。
「存分に戦って殺して差し上げます!」
ファウナとジェーンのケラウノスが激突する。