白ソーセージ
結局アルバは何だかんだと言いくるめられて、そのジャンという男と飯を食いに行くことになった。
未だに彼が自分を殺しにきたのか、はたまた捕まえにきたのかのかは分からないけど、敵意は感じないし喋り口調も優しいし、ご飯も奢ってくれるというから、田舎の物売りで庶民であるアルバはすっかり彼の言葉を信じてホイホイついていくことにしたのだ。
最初にジャンは食べ物の好き嫌いを尋ねてきたが、特にないと答えるとゴミゴミとした朝市のような場所に案内してくれた。ちょうど朝食の時間なのか、狭い裏通りにバラックのように立ち並ぶ多くの屋台には順番を待つ客で溢れかえっている。
人々の喧騒と食べ物のいい匂いが辺りに充満し煩雑としたその光景は、人混みの苦手な自分には不快ではあるけれど、それは同時にこの街の豊かさを伝えていた。
「ここですよぉ〜。」
ジャンは一軒の傾いたバラック小屋を指差して得意げに笑った。
アルバが怪訝そうにその店を見上げると木とベニアで適当に組まれた俗に言う掘っ建て小屋。ベニアのつなぎ目から覗けば、せわしなく頭と手を動かしている客が横並びで飯を食っている。10人も座れないカウンターだけの小さな店のようだ。
「おっ、アルバくんはツイてますねぇ〜。ちょうど2席だけ空くみたいですよぉ。」そう言いながら上機嫌で店に入っていく彼の後を追う。
店の中は思ったより狭かった。
おっちゃん達が肩を寄せ合い窮屈そうに飯を食っている煩雑な店の中は、腸詰されたソーセージが天井からいくつもブラさっがていて、芳醇なパンと肉が焼かれた香ばしい匂いが充満していた。
「なんだ、ボンボンか。また来たのかい?よっぽど暇なんだな!」
カウンターの中にいたヒゲ面で恰幅のいい店主がそう肩をすくめて2人を出迎える。( ボンボン? )とアルバは顔を顰めたが、そう名指しされたジャンはニコニコしながら小さな丸椅子に腰を落として店主の嫌味に答えた。
「ここの白ソーセージを食べないと、働く気が起きないんだよねぇ〜。」
「ふん。お前さんはもっと豪華な宮廷料理の方がお似合いだがな。」
「僕はこう見えて面倒なのは嫌いなんですよ。」
「あっそ。で、いつものでいいかい?」
「ああ、今日は2つお願いします〜。友人にも食わせたくてね。」
ジャンと店主のやりとりを聞きながら、アルバは恐る恐ると丸椅子に座る。初めての店はワクワクするがどうにも要領を得ない。
横に座る恰幅のいいおいちゃんの太い腕と遠慮気味に肩を合わせ窮屈そうにジャンを見ると、彼は水差しからコップに水をくみ、そのままこちらに差し出した。
「あ、ありがとうございます。」そう言って頭を掻くと、彼はニンマリと微笑んだ。
「ハハッ、どういたしまして。ここのソーセージとパンは絶品なんですよぉ〜。」
「そうなんですか?」
「ええ。君もきっとファンになります。」
「…あのぉ…俺は本当にお金を持っていないんですけど…。」
「そういう事は気にしなくて結構。僕のおごりだと言ったでしょ〜?」
「何から何まで本当にすいません。」
いきなり自分を襲ってきた男に言う台詞としては変だけど、水をくれたり気さくに話してくれたり、挙句ご飯までご馳走してくれるのだ。田舎の物売りを騙すならそのやり方はちょうどいいのかもしれないけど、自分を騙したところで彼に得があるとも思えない。だから信じることにしてお礼を言ったのだけど、ジャンは急にクックッ…と笑い出した。
「しかし君は度胸がありますねぇ〜。実に面白いっ!」
「…そうですか?」
特に自分を面白いと思ったことはない。どちらかといえば地味で控えめだ。
「だって君、いきなり自分を襲ってきた男と飯を食おうとしてるんですよぉ。もっと警戒しません?普通。」
「はぁ…。」
「さっきの井戸水だってそうです。僕の差し出した水を疑いもせず飲むなんて…そんな人を面白いと言わないで何というのですかぁ?」
彼の呆れ顔を見ながらぽかんと口を開けて聞いていたけど…言われてみれば確かにそうだ。自分のマヌケっぷりに髪を掻きながら頭を捻った。
すると彼は僕の肩の上に手を乗せて「まぁ、僕にとっては都合が良かったですけどねぇ〜。」と言うと言葉を続けた。
「それで…アルバ君は本当に聖騎士なのかい?」
いきなり確信をつくような質問。井戸からここまでが割とほのぼのとした時間だったから、すっかり油断してしまっていて、とっさに口ごもる。
「と、とんでもない。…と言うか、そもそも俺は聖騎士そのものを知らないんですから。」
「ふ〜ん、知らないんだぁ。それは少しおかしいですねぇ…。」
「言ったでしょ?俺は本当に田舎の物売りで、人並みの知識や常識なんてないんです。」
「いやいや、おかしいのはそこじゃない。…君みたいのが大地に生まれたら、真っ先に聖騎士の連中がスカウトにくるはずなんですよぉ。」
ジャンがそう言って自分の肩を叩いた。
「スカウト?」
「ええ。彼らは青田買いの常習犯でね。国境関係なく能力のある子供を強引に掻っ攫うんですよぉ〜。ですから君のように身寄りもいなくて田舎に住んでいる少年なんて大好物っ!」
思わず身震いした。攫われるとか、拘束されるとか本当に苦手だ。
「じょ、冗談じゃないです。」
「そりゃ、誰でもそう思うだろうね。」
「あ、あの…それ以前に聖騎士って何なのですか?」
「教えて欲しい?」
「ええ。」
「どうしても?」
「はい!」
そう彼の目をまっすぐ見て答えると、ジャンは一度視線を外して水を口に含み、やがてゆっくりと話し出した。
「聖騎士…別名は教団テンプル騎士団といいます。」
「テンプル…騎士団。仰々しい名前なんですね。」
「ハハッ、本当の名前はもっと長いんですよぉ。まぁそれはさておき…彼らはそのほとんどが秘密のベールに包まれています。分かっているのは全世界に26名しかいないこと、皆が白い法衣を纏いそれぞれに番号が付いていること、そして悪魔の様に恐ろしい連中だということだけです。」
「…恐ろしいんですか?」
「ええ。彼らはとても怖いですよぉ。何しろ古より伝わる聖剣と暗剣を持ち、魔法のようなチカラまで宿しているのですから〜。」
「で、でも!聖騎士は教団を護る正義の味方だと聞いた事があるんですけど…。」
アルバはルンの修道士から聞いた話を思い出して反論した。
「なるほどぉ〜、教団を守る正義の味方ですか。ですけど、それじゃおかしくないですか?」
「えっ?何がですか?」
「ほら、先日のルンとロハンの戦争ですよ。ロハン軍は教団の修道院に戦いを仕掛けたのに、聖騎士は助けに来なかった。自分たちの女神であるサーシャ様もいたのに。」
「…確かに。」
彼の言う事はごもっともだ。当時は戦うのに必死で思いつかなかったけど、そんな凄い連中が修道院やサーシャの危機に助けに来ないのは確かにおかしい。
「まぁ、彼らにもそれ相応の事情があったのかもしれない。それに正義というのは、その人の感情、置かれた立場、守りたいものによって大きく変わりますからね。そりゃ、教団や教会や修道士さんたちにしたら聖騎士は正義の味方のように思う人が多いと思いますが、彼らに酷い目に遭わされた連中から見ればどうでしょう?」
「………。」
思わず口ごもった。彼の意見はごもっともなんだけど、それを肯定すると教団のお偉いさんであるサーシャを否定しているようで嫌だった。できればサーシャの事も話したくない。サーシャの事を言わず、教団も悪口を言わず、彼の問いに答える言葉がうまく見つからなかった。
頭が堂々巡りしてこんがらがる。
するとジャンは自分の肩を軽く叩いて、僕の心のうちを読んだかのようにとんでもない言葉を口にした。
「あっ、ごめんごめん。そういえば君は教団の女神さまを護っている騎士でしたね〜。そんな君が聖騎士を否定できる訳がないかぁ〜。」
「な、なんでその事をっ!?」
思わず彼を二度見した。
緊張が走った。ジャンには驚かされてばかりだが、今回のは格別、マジびびった。
この男はサーシャを知っている!
一気に警戒心が沸き起こった。
何しろ話を聞くにつけ、少なくともこの男は僕とサーシャが一緒に旅をしているという客観的事実だけでなく、騎士と聖女(自分的には真似事、師匠さんに会えるまで!)っていう関係性まで知っている。その情報はルンの修道士にわざわざ話を聞いたか、自分たちの話を盗み聞きする以外に手に入れられるわけがない。つまりジャンは自分たちのことを探ったってことだ。
この男の目的はなんだろうか…って頭を捻るが、そんなもん簡単だ。
教団の女神、サーシャの事しかない。
庶民100%の自分を調べたって、無駄骨もいいとこ、彼が官兵と言い張るならはっきりいって税金の無駄遣いだ。
理由は分からないが、彼女の事を探る為に護衛である自分に近づいてきたと考えるのが自然だ。
するとジャンはサーシャの何を探りにきたのだろうか…。
様々な可能性を頭に浮かべながら、彼の目の奥にある真実を探ろうと眉間にしわを寄せながら睨んだ。
だけど彼は得意げな笑みを浮かべるだけで、全くと言っていいほど屈託がない。
自分をまっすぐに見つめ返すその瞳はそのいい加減な口調と違い、よどみがない。…2人は一切動かないで時が止まったかのように見つめ合っていたが、先に肩の力を抜いたのはアルバだった。
( この人はサーシャに危害を加えるつもりがない。 )
理由はわからない。何も確証はない。ただ、漠然とそう結論を出した。
それはただの勘、何かの匂いでもなく、その瞳の力でもなく…この時の自分は漠然と彼を信じた。
振り上げた拳を戻すように、荒げた声のトーンを下げた。
「…ジャンさんは俺たちのことを調べたんですね。」
嫌味っぽい言い方になった。
「う〜ん、本音を言えばそれほど調べてはないですよぉ。むしろこれから調べようとしてるんです。」
「だから俺に声をかけ…いや、襲ってきたんだ。」
「ハハッ、それは誤解です。僕は君に対して個人的に興味があったのでお声をかけたんですよぉ。」
「へぇ…。」
とても信じられないから呆れた声で唸ると、ちょうど目の前に料理が運ばれてきた。大きな丸いプレートにパンとサラダ、それに大きな白いソーセージが2本添えてあるシンプルなものだ。少しだけ焦げ目のついたソーセージはその見た目とともに香ばしい匂いがいかにもうまそうだった。ジャンは「おっ〜。」と感嘆の声をあげながら、肩肘をついてこちらに顔を向けた。先ほどまでと違って、その表情は実に人懐っこい。
「このソーセージの味は見事なもんですから、騙されたと思って食べてみてくださいねぇ〜。」
彼はそう笑うと、突然手を胸の前で組んで教団の祈りを始めた。アルバは思わずフォークに手を伸ばしそうになったが、そんな彼を見て慌てて彼の真似をする。曲がりなりにも自分は教団最高位司祭の護衛なのだから、教団のしきたり事に関してだけはこんな怪しげな男に遅れを取るなんて恥ずかしい限りだ。
しかも彼はちゃんと感謝の祈りを捧げていて、言葉まで覚えているようだった。
意外だった。しかもそれは普通の民が行う祈りではなく、修道士さんたちが行う本格的なものだ。
( この人は何者なんだろう…。 )
アルバは、祈りを捧げる彼を横目で見ながら、そんな事がふと気になった。如何な学がない自分でも彼がただ者でないことは分かる。自分をいきなり襲ってきたのに飯を奢ってくれたり、聖騎士について鋭いツッコミをするかと思えば美味そうにソーセージを見て少年のようにテンションを上げる。アルバからすれば謎ばかりだ。だがそんな心配をよそに、やがて祈りを終えたジャンは早速とばかりにソーセージにかぶりついた。
「うんっ!やっぱりここのソーセージは最高だ!めちゃくちゃ美味い!」
そう声をあげた彼の顔は、本当に幸せそうだった。アルバは思わずつられて笑みを漏らしたものだ。
結局アルバはソーセージをおかわりしただけでなく、食後のお茶までジャンにご馳走になり、すっかり長居してしまっていた。
もちろんこの店の白ソーセージは絶品だったけど、長居した理由はそれだけじゃない。このジャンという男の話が面白く、ついつい引き込まれてしまったからだ。
あいかわらず彼の正体は分からないが持っている知識は大したもので、どんな質問にも簡潔に答えてくれる。記憶が飛んでいる自分にはもってこいの話し相手だ。
ジャンは見た目からおそらく自分と10くらいは離れていると思うけど、頭が柔軟で考えていることも若い。何よりモノを知らない自分を決してバカにしない。だから彼と話していると、まるで同年代の男友達ができたようで楽しかった。そう、いつの間にか彼に殺されかけた事や疑ったことなど頭から消えていた。
「へぇ…アルバくんは子供の頃の記憶がないんだぁ。」
ジャンはそのことに妙に興味を持ったみたいだった。サーシャにも話した事があるが1年ほど前から自分の記憶がないのは本当だ。
「うん。全くと言っていいほど覚えてないんだ。」
「でもさぁ、たとえ君に記憶がなくても一緒に村に住んでいる住民は覚えているんじゃないの?」
「それがさぁ…昔から村にいる村長や神父さんに聞いても、何も教えてくれないんだ。本当は両親の事とか聞きたいんだけど…。」
「なるほどねぇ〜。じゃきっと君には壮絶な過去があるのかもしれないですねぇ。」
「えっ〜。それはないでしょう。ほら、俺はどうみてもただの庶民だし…。」
「ハハッ。君が英雄だろうと物売りだろうと常識をわきまえた村長さんや神父さんがその事をひた隠しにするんだから、君に聞かせたくない話な事は間違いないと思うよぉ。」
「俺に聞かせたくない過去…か。」
そんなもの本当にあるんだろうかと首をひねった。
「まぁ、いいじゃないですか。それはおいおい自分で探求すればいい。ふとした事で記憶だって戻るかもしれないしさ。」
ジャンはそう言いながら、店主が追加で持ってきたソーセージを口に運ぶ。もう6個目…サーシャ並みの大食いだ。
「…そうだね。」
「それに今は過去のことより、現在のことの方が大切じゃない?何せアルバくんは聖騎士でもないのに、教団の女神サーシャ様を護っているんでしょ?しかも女神様は君を騎士と呼んでいるそうじゃないか。」
「う、うん。まぁ期限付きですけど。」
「期限付き?なんですかそれ?」
ジャンが眉をひそめて聞き返してくる。だけどそれを話すなら、サーシャの本当の騎士の話をしなくちゃいけない。
少し迷ったけど、これはチャンスかもしれないとも思い直した。
「あ、あの…ジャンさん。貴方は師匠さんという方を知りませんか?」
だからそう逆に質問を返した。
本当を言えばこれ以上サーシャの事を話したくなかったけど、せっかく物知りな彼と出会ったのだ。ジャンならもしかしたら師匠さんのことを知っているかもしれない…そう思った。師匠のことはサーシャは勿論、彼女の親友であるエマ、そしてサーシャの先生だったというキートンという男も知っているようだったが、詳しい事を聞こうとすると揃って口をつぐんだものだ。( この人が知っていたならきっと教えてくれるはず! )と期待した。なにせ彼はおしゃべりでノリもいい。…だけど、彼の答えは自分的には的外れだった。
「師匠?それは剣の先生とかそういう意味ですかぁ?」
「いえ、そうじゃなくて…。えっと…それはある人物のあだ名らしいんです。ならず者が何人いてもひと睨みで追い返すくらい強い人らしいから、きっと有名な剣士さんだと思っているんですけど…聞いたことないですか?」
「師匠…師匠かぁ…。」
ジャンは手に持ったコップから立ち上るお茶の湯気をぼんやりと見ながら、しばらく考えにふけった。まじまじと彼の横顔を眺めながら答えを待つ。すると彼は困ったように頬をかいて顔をこちらに向けた。
「ごめん、アルバくん。やっぱり師匠さんていう人は聞き覚えがないなぁ。」
「そう…ですか。」
「僕の剣の師匠なら知ってるけど…きっと君のいう師匠さんとは違うだろうねぇ。」
「…ですね。変なことを聞いてしまって、すいませんでした。」
「別にいいですけど…さっき君が口にした期限付きっていうのと、その師匠さんと何か関係があるのかい?」
いきなり確信を突かれた。
話の流れからしてそう勘ぐられるのは仕方ないけど、ジャンは見た目通りやはり頭の回転が早そうだ。
アルバは困ったように頬を掻き、大きくため息をついた。何度目から忘れたけど、もういつものように事実を話すしかない。じゃないと本当に自分が彼女の正当な騎士や聖騎士だと間違われてしまう。それは今後の事や身の安全を考えると早めに否定した方がいいって思った。
「あの…そのサーシャの正式な騎士は、さっき話した師匠さんという人なんです。なんですけどサーシャと彼は何故か離れ離れになってしまっているみたいで…俺はそれまでの繋ぎというか…彼を見つけるまでの臨時の騎士なんです。」
「…ふうん、そうなんだ。」
「だから俺は師匠さんみたいに強くないし、剣士ですらありません。」
そう答えるとジャンは肩肘をついて僕の顔を覗き込んできた。
「なるほどぉ〜。つまり君は聖騎士でもなければ、サーシャ様の騎士でもない…本当にただの物売りだと?」
「はい。それが真実なんです。」
そう答えると彼は視線を外さず、何かを探るように見つめ返してくる。
まるで心の奥をのぞかれているようで思わず後ずさった。
「その師匠さんって人とサーシャ様はなぜ離れ離れに?」
「…わからないんです。少なくとも彼女は1年もの間、師匠さんを探していると言ってました…。」
「じゃ、彼女はその師匠さんって人を探すために旅をしているんだぁ〜。」
「ちゃんと答えてくれないけど…多分そうだと思います。」
「なるほどねぇ…。」
ジャンはそう言って何度も頷いた。
「ですから俺は彼女を師匠さんに届けるための臨時の騎士なんです。」
「話はよくわかりましたぁ。…ところで君はどうやって彼女と知り合ったのぉ?」
「えっと…本当に偶然出会ったんです。」
それからアルバはこれまでの経緯を簡単に話した。
サーシャが大雨の日に自分が商いをしている屋台に突然現れ、石を高額で買ってくれたこと。そしてその石を採取した場所へ案内してくれと頼まれ、その過程で彼女がアルバのことを騎士と呼び、ずっと今まで護衛として彼女の側にいること…。ただ盗賊に襲われたことやルンの戦争のことは話さなかった。ジャンという男は、自分とサーシャの事はよく知っているようだったから止むを得ずうわべだけは話したが、敵か味方か分からない以上、聞かれたこと以外は話しちゃいけないって直感で思ったからだ
そういう意味では自分の話は歯抜けが多かったけど、彼は自分の話を聞き終えると、とても満足げに笑って手を叩いた。
「そういう事かぁ!ありがとう、アルバくん。」
その様子はまるで全ての謎が解けたっ!なんて口ぶりだった。
怪訝そうな表情を浮かべながら「…ど、どういたしまして…。」と返事を返すと、彼はニンマリとしながら顔を近づけてきた、
「ですが、僕から一つだけ忠告しますよぉ〜。…今のお話は他の人に話さない方が懸命です。」
「そ、そうなの?」
「ええ。これは君が僕に正直に話してくれた事への御礼だと思ってください。君だけでなくサーシャ様の為にも。」
「はぁ…。」
そうぼんやりした口調で答えると、彼は腕を組んでニンマリと笑みを浮かべた。
その言葉の意図は分からないけど、それが決してでまかせではなく本当の事なんだろうなって不思議と信じられた。
最初に出会った時から思っていたが、この男の笑みには他人の心を落ち着かせる魅力みたいなもんがあるのだ。
まぁ、それを差し引いてもサーシャとの事はあんまし話さない方がいいのは本当なんだろうなぁって思うけど。
そんな事を考えながら空になったカップを机の上に置くと、ジャンは急に体をこちらに向けた。
「これは興味本意で聞くんだけど…臨時だとしたらアルバくんはどうしてサーシャ様の騎士を引き受けたんだい?」
「えっ?」
「ちゃんと理由があるんでしょ?」
「…理由って言われても…。」
ちゃんとした人に言える理由なんて本当にない。
「サーシャ様は教団最高位司祭で各国の王様も跪くたいそうな権力者だ。命だけでなく、いにしえの女神様のごとき美しさは様々な欲望に狙われる。そんな彼女を守るなんて、いくら臨時とはいえとんでもない重圧と責任を背負うお役目ですよぉ。」
「はぁ…。」
気の無い返事を返すと、彼はますます前のめりになってきた。
「アルバくんは本当にわかっていますかぁ?君が引き受けたタスクは命がいくつあっても足りない危険なお仕事です。なにせこれまで彼女を守ってきたのは世界最強の騎士団の聖騎士ですからねぇ。君はよくそんな役目を引き受けたもんだと感心します。」
…と言われても、なってしまったもんはしょうがない。聖騎士なんてよく知らないから実感なんてわかないし。引き受けた理由?そんなものただ彼女の側から離れたくなかっただけだ。
「えっと…そういう事を知る前に引き受けてしまったんです。」
「ハハッ、実に君らしい。でもさ、それなら逃げ出したいなんて思った事もあるんじゃないですかぁ?」
思わず口をつぐんだ。ないと言えば嘘になるけど。するとジャンはニヤリと笑みを浮かべてますます顔を近づけてくる。
「…あるんですね?」
「い、いえ…その…なんて言うか。」
「それは決して恥かしい事じゃありません。むしろ当然です。…だって君は普通の物売りなんですから。…じゃあ、僕がその重圧から君を解放してあげましょう。」
ジャンはそう言って目を爛々と輝かせながら、手をポンッて叩いた。
「はぁ…。どうやってですか?」
「今日から僕が彼女の騎士をやってあげます!」
一瞬、血の気が引いた。僕を目を見開いて慌てて口を尖らせる。
「…い、いやいや、俺の話を聞いてました?彼女には師匠さんていう…。」
「その師匠って奴は今は彼女の側にいないんでしょ?じゃ、関係ない。そいつに会う前に僕が彼女の彼氏になってあげますよぉ。」
「む、無理ですよ!サーシャは師匠さんを本当に愛しているんです。そ、それに彼女と師匠さんは聖女と騎士っていう…よくわからないけど恋人よりも愛し合う関係だし…。」
自分には珍しくムキになってその事を主張した。
理由は分かっている。自分の小ささを恥じたが、彼女だけは譲れない。師匠さん以外には…。だがジャンは引かなかった。
「いや、落ちるよ。女神や聖女といえど女だ。愛する男が長い間そばにいなければ、どこかで隙は生まれるしねぇ〜。近くにいた者勝ち、早いもの勝ちです。」
「だ、だめですっ!!」
ダンッて、木のカウンターを強く叩き、大声をあげて立ち上がった。いや、店中の注目を浴びるほどの大きな音だった。
自分でも何でこんな声が出たのか不思議なほどだ。
だけど、とにかく誰にも自分の代わりなどつとめて欲しくない。例えどれだけ命の危険にさらされようともサーシャの横に入れる特権を譲りたくなかった。
時が止まったように店主や周りの客の注目を浴びてやけに静かな状態が続いたが、やがてジャンは僕の両肩をパンっ!て叩くと、急に大声で笑いだした。
「ハハハッ、冗談ですよぉ!」
「 ……じょ、冗談?」
思考が一瞬止まった。
「ええ。誰も君の女神さんをとったりしませんよぉ。それにさすがの僕も彼女の騎士なんていう重責は担えません〜。たとえ、臨時でもごめんです。」
そう呑気に答える彼を見て、いつの間にか安堵のため息が漏らす自分がいた。
そして彼の冷静で意地悪そうな顔が目の前に浮かぶ。…どうやら担がれたようだ。悔しいが自分はこの手のカマかけには本当によく引っかかる。やがて店にいた他の客から失笑が漏れたのを聞きながら僕は照れ臭そうにゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「ジャンさんは性格悪いですね…。」
憮然とした表情で文句を言った。
「ハハハッ、それは否定しませんよぉ〜。」
「まぁ、ご馳走になっている身なんで文句は言えませんけど。」
「…そうですか。でもこのソーセージでそれだけ恩を感じてくれているなら感無量です。」
「ええ、ソーセージは本当に美味しいです。ジャンさんはとても喰えないお方の様ですけど。」
「ハハッ、きつい事言いますねぇ。…ではでは〜、このソーセージのお味に免じてもう少し恩返ししてもらおうかな〜。」
「そんな事言っても、俺は何も持っていないですよ。」
僕がそう肩をすくめると、ジャンは不満そうに唸った。
「う〜ん、その意見には賛成できないけどぉ…そうだっ!恩返しにはサーシャ様と僕のデートをお膳立てしてもらえませんか?」
「はい?」
突然のとんでもないお願いに頭が追いつかなかった。
「ほらさぁ、何しろ彼女は絶世の美女だというじゃないですかぁ。一目だけでも見て見たいんだよねぇ〜。」
「えっ?…い、いや、僕にはとてもそんなこと…。」
「ね?お願いっ!チューもしないし、指一本触れないからさぁ。」
「はぁ…。でも彼女が承知してくれるか分からないですし…。」
なにせ自分にはサーシャの事に対してなんの権利も権限もない。当たり前だが彼女は自分のものでも何でもない。言うなれば師匠さんのもんだ。それは今朝、偶然にも彼女の寝言を聞いてはっきりした。
だけど彼の見解は少々違うようだ。
「いえいえ。彼女は君の言う事ならなんでも聞きますよ。君なら簡単に手だって繋げるし、きっと頼めば膝枕だってしてくれます。違いますか?」
「そ、そんな事、頼める訳ないでしょ?彼女は師匠さんのもんなんですから。」
今朝のことを棚に上げてそう口を尖らせた。するとジャンは一度だけ肩をすくめると、呆れたような表情を浮かべながらゆっくりと立ち上がった。そして今までに軽い会話が嘘のように、胸に手を添えて畏る。まるで臣下が王と対面したかのように。この人もサーシャと同じで本当に突拍子も無い御仁の様だ。
「アルバくん。名残惜しいが、どうやら時間のようです。」
「はい?」
「今度は伝説の黒剣を手にした二刀流の君と真剣勝負をしたいものです。」
やはりこの男は自分のことを詳しく調べたようだ。すかさず惚ける。
「…言ったでしょ。俺はただの物売りなんです。勝負したって何の得もありませんよ。」
「はははっ〜、君は本当に面白い人だねぇ。…まぁいいや、君とは長い付き合いになりそうだ。これから楽しみですね〜。」
ジャンのその意味ありげな言葉に、思わず首を傾げた。素直に意味不明だ。
それを見た彼は再びニンマリと笑うと、急に手を差し出してきた。つられるようにアルバも手を差し出すと、ジャンはその手の中にキラキラに輝くコインを2枚落とした。突然のことに驚いてそれを見れば銀貨。アルバにしてみればとんでもない大金だ。
「こ、これは?」
手が震えた。
「これは今日の君への報酬です。まぁ、お礼みたいなもんです。」
「へっ?お、お礼?俺は何もしてないですけど…。」
と言うか、ご馳走してもらったのだからむしろこっちがお礼をしなくちゃいけない立場だ。だがジャンは小さく首を振った。
「いえいえ、君は僕にどえらい情報をくれました。それにそのお金は今日、絶対に必要になりますから。使う場所を間違えないでくださいよぉ。」
「はぁ…。」
意味がわからず、首を傾げながら相槌をうつ。
「それに君は僕と剣を合わせてくれました。その事には本当に感謝しています。」
「えっと…そんなんでお金がもらえるのですか?」
ますます怪訝そうに眉間にしわを寄せながら尋ねた。何しろ自分はこのジャンに一方的に負けて逃げただけだ。そんなもんで金がもらえるなんてあまりに滑稽だ。つーか、あんなんで銀貨2枚ももらえるなら毎日やってもいい。
するとジャンは、急にハッハッハッーと大笑いを始めた。何がそんなにおかしいのか不思議になるくらい腹を抑えて痙攣するくらい笑っている。
「ちょ、ちょっと、ジャンさん…。」
「ハハハッ、ご、ごめんなさい〜。ちょっと僕的にツボに入ってしまったぁ。アハハッー!!」
「はぁ…。」
あまりに愉快そうに笑うもんだから最初はあっけにとられていたけど、やがてこっちまで引き込まれる。
彼はそういうお得な人種のようだ。
それにその笑い方がなんだか懐かしく感じた。
咄嗟にあの男の顔が頭に浮かんだ。
そう、僕は彼を見てジル先生を思い出してしまったのだ。そういえばあの人もいつもこうやって笑っていたなぁって…。
懐かしかった。ジル先生は自分に初めて剣を学ばせてくれ、生きる術を教えてくれたまさに先生。言葉はあれだけど師匠だ。
そして僕にとって初めての男同士の話ができる…ある意味友達だった。
…今になって思えば、このジャンという男の太刀筋はどこかしらジル先生に似ている。先ほど襲われた時の剣さばき、ツキの角度…。
思わず彼を二度見した。
見た目の声も喋り方も全然違う。全然違うのだけど…だけど彼のいろんなとこがどうにもジル先生を思い出させるのだ。
「ジャンさん。あの、また…俺と会ってくれますか!?」
気がつけばそんな事を叫んでいた。
サーシャの時とは違うけれど、この男とはもっと話したいって思ったのかもしれない。
するとジャンは笑うのやめて、ゆっくりとこちらに目を向けた。笑いすぎて目に涙を溜めていたけど…実にすっきりした笑顔に見えたものだ。
「そりゃ、いいですとも。ですけど条件が2つあります。」
「…何ですか?」
「一つは僕の事をジャンと呼ぶ事。君に”さん”をつけられるほど偉くないんでね。」
「はぁ…。」
この人もサーシャみたいな事を言うんだなって思った。だけど自分はただの物売りなのにって首を傾げるしかない。
「もう一つは…帰ったら、サーシャ様に膝枕をお願いしてみてください。そうして次会う時に、その時の彼女がどういう態度をとったか教えてください。それだけで結構です。」
「はぁ…。」
「いいですかぁ?必ずせがむんですよぉ〜。」
「…きっと断られておしまいだと思いますよ。」
そう言ったのだけど、ジャンはニンマリと笑いながら手を振って「じゃ、またっ!」と店をゆっくりと出て行った。
なんだかそんな去り際までスマートで、それがまた本当にジル先生みたいで、もしかして先生の生まれ変わりなんだろうかって、つまらない事を考えたものだ。
アルバは店の壁の隙間から彼がみえなくなるまでずっと彼の背中を見ていた。そもそも彼が何しに自分に会いに来たのかいまいち分からなかったけど、楽しい時間だったことは間違いない。
いい人…だったのかなぁ?って考えを巡らせるが、当然答えなんてわかるはずもない。
何せ彼は最初、自分を襲ってきたのだ。
…と、ここでとんでもない事に気付いた。
そういえば…彼がここの食事代金を払ってないことに気づく。奢ってくれると言ったのに…。
( や、やばい!お金! )と思ったが、そういえば先ほど彼に貰った銀貨があることを思い出した。これはそういうお金か…と安堵のため息をついて、店主の方へ顔を向けるとそのおっちゃんはいつの間にか目の前に立っていた。不敵な笑みを浮かべたおいちゃんは中々の迫力だ。恐る恐る銀貨を差し出したが、店主は首を横に振った。
「お代はいらねぇよ。国から貰うんでね。」
「へっ?」
それはどういう事かと目を丸くすると、店主は呆れたように首を傾げた。
「なんダァ、兄ちゃんはあの男の友達じゃないのか?」
「…今日、出会ったばかりです。」
そう漏らすと、店主は大きなため息をついて頭を掻いた。
「出会ったその日に飯を奢って貰うなんて…あんたぁ、あのボンボンによほど気に入られたみたいだな。」
「ボンボン…?」
そう尋ねると彼はニヤリと笑う。
「…あいつはここ大国フィルファの上級貴族で名をジャン・クロード卿というんだ。宮廷騎士団”陽炎の騎士団”の一人でもある。ああ見えて勇者や剣豪がひしめくフィルファでも最強の剣士でな。聖騎士とも互角に渡り合えるんじゃないかってんで世界中にその名は轟いてんだ。」
その言葉にアルバは絶句してフリーズした。
うんうん、そりゃこの国の英雄さんって事だね。サーシャに続いてまたもや大物とお知り合いになってしまった。
もうね…アルバは一人でに足がガクガク震えて、手にした銀貨を落としそうになったものだ。




