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サーシャの寝言

一方、1人部屋のアルバは久しぶりに心を沸き立たせながらベッドに入った。

家とは違うふかふかのベッド。思い切り手足を大の字に伸ばし、何度もその感触を楽しむ。

どこか浮かれている自分がいたが、それは仕方のないことだ。

偶然知り合ったシャーロットという同い年の女性をちゃんと助ける事が出来たし、その事でサーシャにも褒められた。臨時とはいえ自分はサーシャの騎士、彼女が助けたいと思える女性をちゃんと守れたのだから彼の心の底から喜びが溢れ、興奮するのは当然だった。ここまで師匠さんっていうサーシャの本物の騎士様と自分を比較して凹む事が多かったが、ようやくその真似事ができて嬉しかったのだ。何しろ今回の騒動はアルバ一人で挑んだ初めての戦い。結局最後はサーシャとサカテに助けられたが、自分のとった行動が間違っていなかった事に彼はたいそうご満悦だったのだ。


( これで少しは師匠さんに近づけたかな…。 )


アルバはそう思い、サーシャの笑顔を思い浮かべながら目を瞑った。

彼女からは時が来るまで師匠のことを考えるなと言われているけど、それはどだい無理な話だ。そもそも師匠の元へサーシャを届けるのが自分の役目だし。

迂闊にも一目惚れしてしまった彼女をいつか手放せなければいけない事は辛い。少し前までそれで思い悩んでいたのも事実だ。だけど、よくよく考えれば男女には必ず別れがくる。だから今は彼女と出来るだけ長くいること…それが自分のささやかな願いだ。

毎日の様に命の危険にさらされているからだろうか…いつからか1日、1日を大事に意味のある生き方をしていこうと考えるようになった。そういう意味で言えば、今日の事は自分なりにはとても意味があった。自分はサーシャが助けたいと思える女の子を守ったのだ。

ふと首を回して自分の左側に目をやる。…今日はその場所にサーシャはいない。

ベッドが広いのはいいが、なんだが物悲しかった。

寂しさは恋愛と一緒で厄介だ。いつの間にか心にじわって沁みてくる。

アルバは寂しさを紛らわすようにシーツを抱きしめた。

もしサーシャが自分の恋人だったら…きっと今でも僕たちは一緒にいてベッドで向かい合いワイワイしているんだろう…。

師匠さんなら膝枕をしてもらい、いっぱい髪を撫でられながら褒めてもらえるんだろうなって思って、ちょっぴり羨ましくなった。


( ハハッ…また師匠さんの事を考えてる。 )


そう気がつき、思わず笑みが洩れた。前は彼の事を考えるとえらい落ち込んだもんだが、今日はそうでもない。羨ましいなって思うけど、こればかりは自分でどうする事も出来ないって今なら分かる。

そう思えた事がなんだがとても不可解だったけど、毎日のように事件が起きて自分の精神も少しづつ肝が座ってきたのだと思う事にした。そしてそれは師匠さんを探している彼女の旅をより安全なものへと変える。そしていつかサーシャが「アルバと旅をしていると師匠に守られているみたいで安心するわ。」と言ってくれる日を夢見ている。まぁ…本音では自分を完全に師匠の代わりに選んでほしんだけどそれは所詮は夢物語、あろう筈もない。

彼女は自分を凄く特別扱いしてくれるけど、それはあくまで師匠さんに会えるまでの時間だけの筈だ。

だから師匠さんの真似をして彼女に「膝枕して。」ってせがんでも、断固拒否されるのだろう。聞けば膝枕は彼女と師匠さんにとって大事な思い出らしいし、それはサーシャの親友であるエマが口にしていたので間違えない。

( いつか…もう少し気持ちの整理がついたらせがんでみようかな。 )

そう思うとなんだか可笑しくなった。きっと彼女は笑顔を浮かべながら、「アルバ、ごめんね。膝枕は師匠だけのものなんです。」て言われるだろうけど、機嫌がいい日ならもしかして…なんて夢のような事を考えた。

アルバは満面の笑みを浮かべながら心を鎮め、ゆっくりと目を閉じた。

一瞬、サーシャの微笑みが頭をかすめたが音もなくそれは漆黒に包まれ、やがて無気力に消えていく…それからゆっくりと眠りに落ちた。


どのくらい時間が経っただろう。

ーーーやがて夢を見た。

自分の五体の感覚はない。ただ意識だけはあった。辺りは真っ青だ。

ぷくぷくと泡がはじける音がして、体は無気力に漂い、まるで息のできる水の中にいるようだった。

ツーンと耳に音が響く。本当に大海の中で緩やかに流されているようで、まるで無機質な物体になったみたいだ。

母胎の中とはこんな感じなんだろうか…。

やがて辺りの色がゆっくりと白く淡い色合いに変化していき、それとともにまるで春の訪れのように暖かな風を感じた。それがまた心地よくて…今度は風に乗りながら空を舞っている気分だった。

人の温もりを感じる不可思議な世界だ。

それがまるでサーシャに優しく抱きしめられている様な錯覚に陥り、アルバはいつの間にか彼女の名を呼んでいた。

( サーシャ? )

…返事はない。ただ、彼女がそばにいる確信めいたものはあった。実際の彼女は隣の部屋にはいると思うけど、なぜかもっと側…そう、言うなればすぐ隣にいる気がした。

( まるでサーシャに包まれているみたいだ…。 )

その感覚が懐かしくって意識ある夢の中で顔は自然とほころぶ。彼女はその清廉なお姿とは対照的になんだかんだと理由をつけては自分の隣で寝たがる。もちろん彼女とは何も起こらないのだけど、「騎士さまと手を繋がないと寝れない。」なんて可愛い事を言うのでアルバの心拍数はその度に上がりっぱなしだ。本当は彼女が忍び込んでくるのは安眠妨害も甚だしいけど、来てくれるとやっぱ嬉しいだよなって矛盾したこと考えた。


( 騎士様…。 )


幻聴みたいに届くサーシャの優しい声。もちろん彼女の姿は見えないのだけど、思わず手を伸ばした。

光に溶け込む自分の手…。

するとすぐに手は温もりに包まれて、それがなんだかすごくホッとした。


( サーシャ…。 )


( はい、サーシャはここにおりますよ。 )


云々、夢の中でも彼女の声はやっぱり優しい…。いつもなら恥ずかしいから目を離し俯くんだけど、今は夢の中だ。


( サーシャにお願いがあるんだけど…いいですか? )


( なんですか? )


( えっと…。 )


( …? )


( う〜んと…。 )


( ? )


( い、いつか…膝枕をしてほしいなって…。 )


そう口にした時、自分の目の前が急に白い光に眩いほど溢れ出した。なんだろう…と目を凝らしたのだけど、何も見えなかった。

ただ…彼女の溢す微かな声が漏れた。ただそれは…涙を含んだ声に聞こえた。


そんな不思議な夢を見たアルバの目覚めはサカテと同じ日の入りだった。

どうやら物売りの時の生活サイクルが抜けてないようだ。

昔から寝起きはいい。何か特別な事がない限りスッと目が覚めて、すぐに全身に血が巡り、勝手に体が起き上がる。

だけど、この時は起き上がれなかった。

右手に感じる柔らかで温かい感触、花の蜜のような優しく甘い香り、そして目に飛び込んでくる黄金色の髪。

すぐに理解した。なんだ…サーシャは今日もちゃんと自分のところへ来てくれたんだと。

そう、いつの間にか彼女は隣の部屋から自分の部屋に忍び込み、いつものように2人の手は繋がれていた。

もう驚かなくなった。むしろじっくりとその可愛らしい寝顔を見る余裕すらある。

彼女は僕を起こさないように気を使ってくれたんだろう。目の前に横たわる彼女の身体には、この寒い時期なのにシーツがかかっていなかった。

皆が彼女を神様と呼ぶから、もしかしたら病気になんてならないかもしれないけど、微かに震えているように見えた彼女の体は少し丸まっていた。


「もう…風邪ひいちゃうよ。」


アルバが心配そうにそっとシーツをかけると、サーシャは目をこすりながら「んん…。」と声を洩らす。

起こしてしまったかと申し訳ない気分になったが、でもやっぱり彼女と話したくてかまわず声をかけた。


「サーシャ、起こしちゃった?」


「…うん。んん…。」


寝ぼけているようだった。そんな可愛らしいサーシャを見て、僕はやっぱり彼女が神様には到底見えないって思った。みんなは彼女を崇め奉るけど、僕から言わせればこんな人間っぽい人もいないって思う。喜怒哀楽は激しいし、わがままだっていっぱい口にする。そんな自分だけが知っている彼女の素顔を知っている事が最近は嬉しい。

僕はそんな事を考えながらそっと彼女の顔を覗き込む。今日も彼女は美しく、表情はどこか安らかだった。そしてその寝顔の可愛さったら何度見ても見飽きない。僕はそっと手を伸ばして彼女の絹のように心地いい髪を撫でた。それは自分に唯一許された彼女へのスキンシップで、境界線だと思っている。彼女は僕に髪を触られて嫌がったことが一度もない。


「サーシャ…いつか俺にも膝枕してね。特別枠で。」


虫の鳴くようなささやかな声でお願いしてみた。まぁ、それは夢の続きみたいなもので、それは僕にとっては軽い冗談。本当に聞かれたら大変だ。それに断られるのもなんか癪だし、それは本当に出来心だったのだが、彼女は目を瞑りながらボソッと返事を返して来た。


「…うん。おいで、師匠…。」


その瞬間、心にサァーッて風が吹いた。

…一瞬で時が止まり、背筋が凍る。ああ、こういうの知ってる。愛する恋人の寝言で自分の名前じゃない殿方が登場したあれ、そう!言うなればカップルあるあるだ。まぁ彼女は自分の恋人ではないし、むしろ師匠さんが恋人だからこの場合、何にもおかしくはないのだけど…。

ただ、覚悟はしていたが実際に目の前で言われるとあまりのショックで頭が真っ白になった。

その衝撃たるや上手く説明できないが、五臓六腑がひしゃげて吐きそうになるし、頭痛だってする。

激しいめまいが遅い、天井を見上げれば寝室の空気が重く感じられて、このままでは部屋ごと沈んでいきそうな錯覚に襲われた。


…気がつけばアルバはその部屋から逃げるように飛び出していた。



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