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Barでの惨劇

「このやろう!!格好つけやがって!」


「そうだ!そうだ!」


「不意打ちで勝ったからって、調子にのるんじゃねぇ!」


「シャーロットをこっちに渡せ!!」


四方八方から浴びせられる罵倒。

そして背中からは、( アルバ…怖いよ…。 )と、とても不安そうなシャーロットの声が聞こえる。

ーーー僕はとても困っていた。

シャーロットを助けるために大立ち回りをして、ここのBarの支配者”元締め”なる人物の用心棒の一人を打ち倒したまでは良かったのだが、なんとこのBarにいた全ての柄の悪い男たちが敵だったという不測の事態に陥り、右往左往の真っ最中だった。

右往曲折あって、今の僕とシャーロットは大きな長方形の机の上。同い年の彼女を守るように剣を低く構えて相手を威嚇してみたものの、全く効果なし。

逆にその机の周りを何十人もの武器を持った男たちに囲まれて動けずにいた。

というか、自分たちを取り囲む無法者が一斉に剣を突き出してきたら、僕とシャーロットの足は間違いなく串刺しだ。

彼らが刃を突き出すタイミングを見計らっていたのだけど、この男たちは騒ぐだけで中々攻撃してこない…。

一見、一息つけそうな状況だが…むしろ僕にはそれが厄介だった。

いつ、どこから攻撃を仕掛けられるかという恐怖。

そして苛めのように周りから浴びせられる罵声。

辺りに味方が一人もいないっていう状況に、物売りのモヤシのような精神はどんどん追い詰められていく…。

きっとね、師匠さんみたいな生まれながらの英雄みたいな人(予想)なら、こんな無法者の意見など一括して黙らせることができるのかもしれないが、僕みたいな何事にも自信がない凡人にはこの状況は辛すぎた。


「シャーロットに儲けさせようとしてんのに邪魔しやがって!」


「そうだ!元締めは俺たち若者の救世主なんだ!」


「お前はシャーロットを束縛したいだけのダメ彼氏だ!」


「そうだ!すっこんでろ!」


…例えガラの悪い怖いおじさんたちの意見だとしても、ここまでみんなに言われると少し不安になる。

…むしろ、悪い事をしているのは自分の方なんじゃないかっていう錯覚に陥った。こういう民衆の多数決心理みたいなものは、一人奮闘している僕の心をどんどん蝕んでいく。なんだか、冷や汗までかいてきた。

そしてどんどん大きくなる自分を罵倒する男たちの喚き声…。


( こりゃ…収拾がつかないな。 )


思わず苦笑い。

何としてもシャーロットと彼女のお友達をここから無事に連れ出さないといけないのだけど、このままの状況では不可能に思えてならない。

( どうしようかな…。 )悩む田舎者、判断しかねる物売り。


「アルバ…。」


又、背中から不安そうなシャーロットの声がした。

いつもとは違う、か弱い声だった。

そんな中、ふと手の力が抜けた。

ーーそもそも、僕は何しにここへきたんだっけ…そんな疑問が頭に浮かんだ。

そっと、後ろを振り返る。

いつものなら黄金色の髪の美しい聖女が笑みを浮かべていてくれている筈のその場所…。

だけど今いるのは、玉ねぎ頭のシャーロットだ。

彼女は目を瞑って、震えていた。

今にも涙がこぼれ落ちそうだった。

ーーその姿を見て、僕はようやく気がつく。


そうだ。僕はサーシャの心をなぞって、ここまで来たんだ…って。


最初にシャーロットに出会い、僕に声をかけてきた理由を共に聞いていれば、サーシャは必ず力を貸しましょうと言っていた筈だ。

そして道理が通らない無理難題をふっかけ、力で押さえ込もうとして来たこいつらには、「騎士様、この無法者に目にもの見せてやりましょう!」と口を尖らせていたに違いない。

彼女に出会う前の自分なら、とうの昔にシャーロットを見捨てて逃げているか、行くのを止めていたかもしれない。

だが今回の事情を知ってからは、僕は逃げる気などさらさらおきなかった。

…いつの間にか、僕はサーシャの考えや行動を真似ていた、という事になるのだろうか。こんな絶体絶命に追い込まれながら、そんな事をぼんやりと考えた。

だから、こんな恐ろしげなBarに来ても剣を手に取り、シャーロットを守るために戦えたんだって…。

思わず笑みが洩れた。お人好し丸出しで、こんな事態に陥ったのに、どこか誇らしかった。…サーシャが側にいてくれる気がしたからだ。

だが、ここからどうしていいのか、正直分からない。

シャーロットを助け、彼女の友達を助け、サーシャとサカテの元へ帰る術が見当たらない。

相変わらず、何十人もの男たちの罵倒が自分に向けられている。

困った…。


「どうした!!腰抜け!!」


「ぶっ殺せ!!」


周りのお兄さんやおじさんからの言葉が、ますます辛辣になる。

言い返したいけど、上手く言葉が出てこない。

…きっと師匠さんなら、こんな連中なんぞ一喝して黙らせるのだろう。

自分の目標とした男の背中は、果てしなく遠いなって、頬を掻いた。

そしていつの間にやら胸が熱くなり、ジワって涙まで浮かんで来た。

別に悲しかった訳じゃない。…ただ、師匠さんが格好良くこの騒ぐ連中に言い返し、黙らせている姿を妄想したら、勝手に心が感動しただけだ。


「はははっ!こいつ泣いてやがる!!」


「所詮、子供だ!ガキめっ!!」


事情を知らない男たちが寄ってたかって、したり顔で、ドヤ顔で、好き放題喚いている。

気が滅入ってくる。なんか、悔しい。ただそれは、こいつらにじゃない。こんな連中に言い返せない自分、黙らせることができない自分が嫌だった。だって僕は、代理とはいえあのサーシャの騎士をやっている。こんなチンピラ集団に手間取っていたら、あの女神様を守れない気がする…。想像するに今後彼女の前に立ちふさがるのは、先だってのセザール将軍みたいな化け物のような連中ばかりな筈だ。

だが、せっかく剣の腕が上がり、いくつか実戦を経験した僕でも、このままじゃ駄目だってわかる。

サカテに剣技を習い、ジルに特殊な能力を授けられ、サーシャに勇気をもらっても、結局まだ自分一人では何にも出来ないのだ。

サカテの言葉を思い出した。

ーーー君は精神がなってない。

手には村長から授かった聖剣ガリネリウがある。

ジルのおかげで神速も宿している。

だけど…どう使っていいか分からなかった。

何が正しいか判断できなかった。…これが、きっと精神がなってないって事だろう…。

…シャーロットから悩みを打ち明けた時、宿屋に帰ればよかったと激しく後悔した。

サーシャ、サカテ…。

あの2人が側にいれば、何も怖いものなんてない。シャーロットも難なく助けられるだろう…。

完全な判断ミスだ。


( サーシャ…。俺は…どうしたらいい? )


ふと、そんな思いが頭を過ぎる。

騎士としては失格かもしれないが、知らず知らずの内に僕は彼女に救いを求めていた。

なにせ彼女は女神様だ。

くすぐったい黄金色の髪…。

いつも優しいブラウンの大きな瞳。

そして自分をいつも勇気付けてくれる彼女の微笑み…。

そんな事を頭に描きながら、彼女の名を頭の中で連呼した。

彼女がここにいたら、どんな言葉をかけてくれるだろう…。

そんな事を考えながら、ずっと、ずっと…。

僕とシャーロットを取り囲んでいるならず者たちは、ますます興奮し、今にも剣を突き出して来そうだ。

だが、どうしても3人を助け出す道筋が見えない…。


「アルバ…。」


三度、不安そうなシャーロットの声が聞こえた…そんな時だった。

と…ガシャーン!!って、いきなりガラスが激しく割れる様な大きな音がした。

急に店内がざわざわしだす。僕の周りを囲んでいたならず者たちも、一斉に扉へと視線を向けた。


「邪魔だ!どけ!」


懐かしく聞こえるハスキーな女の声。やがて、喧騒の声が起こるが、すぐに人がドカドカと床に倒れこむ音が響く。

やがて無法者たちが、悲鳴をあげながら後退を始め、まるでドミノ倒しのように部屋の男たちもその場に倒れだした。

そして、先ほどのハスキーな声とはまた違う美しい怒号が部屋に響く。


「この外道ども!!!私の騎士様に、何してくれてるのよ!!!」


思わず顔を向けた。

やがて扉の奥から姿を現した槍を振るうサカテと無法者たちに罵声を浴びせるサーシャ。

僕は思わず目を見開く。

幻かと思った。

だけど、こりゃ間違いなく本物だ。

清廉な白ローブを纏い、瞬ほどの威光を解き放つ女神サーシャ・カスティリャが、自ら鞘に収まったままの黒剣を振るい、黒装束姿の小さな槍使いのサカテを従えながら、突如姿を現したのだ。云々、こりゃ本当に神様、女神様だ。


「サーシャ!!」


僕は彼女の顔を見て声をあげた。此処に自分が居る事を伝える様に。


「アルバ!!」


咄嗟に僕に視線を向けた彼女の顔に、安堵の表情が浮かぶ。

するとどうだろう。一気に全身に血がたぎり、心はチカラを取り戻し、勝手に体が動く。


「シャーロット!いくぞ!」


僕は無意識に声をあげた。

咄嗟に足が跳躍する。

…気がつけば、僕は再び宙を舞っていた。もちろん、シャーロットの手をしっかりと掴みながら。

彼女は驚いた表情を浮かべたが、あまりに急すぎて声は出せなかったようだ。

2人は翼でもあるかのように天井ギリギリと跳んだ。

時がスローモーションのように、ゆっくりと感じられた。

悲鳴にも似た厳つい男たちの叫び声。

空を駆ける自分たちを、ただ見上げる事しかできない男たち。

だけど僕の瞳に映っているのは、黄金色の髪を持つサーシャだけだ。

そんな僕に、その美しき女神はすぐに優しい微笑みを向けてくれた。

ーーそれが何より嬉しかった。

タンッ!

やがて小気味いい音が響く。僕は一瞬で、サーシャとサカテの元へ着地した。


「サカテ、この娘を頼む!」


僕はシャーロットを小さな槍使いに託すと、そのままサーシャの周りにいたおじさんたちをなぎ倒す。

神速によって繰り出される鋭い剣さばきは、いつもの様に一瞬で6名ほどの無法者たちを床に転がした。

「ぐわっ…。」悲鳴に近いおじさん達のうめき声と、彼らの身体が床打ち付けられる激しい衝撃音があたりに響く。


「騎士様、お見事でございます。」


サーシャの心地いい言葉が耳に届くと、自然と心が落ち着いた。

僕はゆっくりと彼女の方へと振り向くと、「ごめん、サーシャ。」って言いながら無意識に頭を掻いた。それは僕なりにいろんな意味を込めた”ごめん”だった。

だけどサーシャは何事もなかったかの様に、いつもみたいに僕の左腕にそっと手を添える。


「騎士様、これはどういう事態なのですか?」


女神の落ち着いた優しい声に、僕はこれまでの出来事を話すのではなく、今の心境を素直に言葉にした。ーーサーシャなら、それだけで分かってくれるような気がしたからだ。


「よく分からないんだけど…この人たち、腹がたつんだ。」


「まぁ…。騎士様を怒らせるなんて、なんて愚かな連中なのでしょう。」


サーシャはクスって笑うと、予想通り無条件に僕の味方をしてくれた。そして「お忘れ物ですよ。」と言いながら、漆黒の剣をゆっくりと僕に差し出した。

それは、暗剣の最高峰である名刀、黒剣だ。

その大剣を彼女から丁寧に受け取ると、すぐに手に馴染む。…何か、ますます心が落ち着いた。


「君はただでさえトラブルに巻き込まれやすいんだから、無茶は慎め!」


そしてサカテの嫌味満載、棘いっぱいの声が聞こえる。

でも、その言葉も今はなんだかありがたかった。

僕はその小さな槍使いにも小さく頭を下げ、やがて振り向いた。

そこには、ドン引きしているマフィアたちが、溢れかえっていた。だが彼らとて、この街で大きな顔をしている無法者。女が2人増えただけで引き下がる訳がない。と言うか、彼らの目はむしろ沸き立ち、興味津々で一方を見つめていた。

もちろん、それは純白のローブを纏ったサーシャさんをだ。

何しろ、絶世の美女が無防備にこんな場所にいるんだもの、ある意味それは仕方ない事なのかもしれない。


「おおっ!いい女じゃねか!!」


「攫っちまえ!!」


「お前はもういい!その金髪姉ちゃんを置いてどっかへ消えな!!」


予想された男たちのイラっとする声が部屋を支配する。

サーシャに向けられたその手の言葉には、呑気な自分にしては珍しく、いつも虫酸が走るほど嫌な気持ちにさせられるのだけど、今日は僕より先に彼女の怒りが爆発したようだ。


「控えよ!!外道ども!!弱き烏合の衆が、わが騎士様に楯突くなど笑止!身の程をわきまえよ!!」


サーシャの威厳ある声は、一瞬でその場を支配した。

清廉であまりに神々しい彼女の弾糾に、一斉に男たちの怒号がやんだのだ。

なんだろう、この差は…って苦笑い。

やはり、修道士1,000万の頂点に君臨するサーシャの言葉には桁違いの迫力がある様だ。

先ほどまであれほど調子に乗って自分を責めていた筈のならず者たちの目が、得も言われぬ恐怖と驚きで揺れていた。

…恐らくサーシャの威光に、こいつはなんだと面食らっているのだろう。

だけど、まぁ勇ましい御仁はどこにでもいるものだ。

そう、臆病者の自分とは違う勇気あふれる方が、ここにもいらした。


「また偉そうな姉ちゃんが来たもんだ。」


と、一人だけサーシャの威光に抗う男の声がした。

もちろんそれは、ここの元締めである丸メガネ男だ。その男は、変わらず部屋の奥のソファで踏ん反り返り、立派な口髭を不機嫌そうに整えながら鋭い眼光でサーシャを睨んでいた。

だが当然彼女は怯まない。いつもの様に涼しい顔で元締めを見返した。


「偉そうなのは、貴方の方だとお見受けしますけど?」


「…今日は礼儀しらずの坊やや姉ちゃんが多いねぇ…。しかもアンタァ、修道士じゃねぇか。だったら、礼儀は大事だと思うがね。」


サーシャが纏う白ローブを見ながら元締めは苦笑いを浮かべると、ドンッて大きな音を立てながら、机に片足をのせた。巨大組織のマフィアのボスならともかく、若者に荷物運びをさせる程度の下っ端マフィアの男が白ローブの意味を知る由もない。(たかが、修道士が正義顔してのこのこやって来やがって…。)としか思っていないのだろう。

その知識不足の元締めさんは、耳をいじりながら面倒臭そうにマフィアの常套句を語り出す。


「俺はこのダダを裏で取り仕切るヤーディ・ファミリーのもんだ。あんまし、おいたが過ぎると火傷じゃ済まなくなるぜ?」


「火傷?それはどういう事かしら?」


サーシャが眉をひそめると、丸メガネの元締めはゆっくりと手を掲げた。すると横にいた護衛と思わしき大男が慌てて葉巻を用意した。その男は、それを口に咥えると、また別の男がマッチで火をつける。

元締めは、ゆっくりその葉巻を味わうと、フワッ〜て煙を吐く。


「そりゃ、自分で体験するんだな。」


葉巻のゆらゆらした煙。その向こうから、元締めの不気味な笑みが浮かぶ。だが、その迫力満点の脅しにもサーシャは涼しい顔で言い返した。


「あら、私がそれを体験することはないと思いますよ?」


「…おい、修道士の姉ちゃん。ここには、50人の荒くれ者がいるんだ。…たった3人で何しようって言うんだ?」


「貴方こそ、私の騎士様を誰だと思っているのかしら?50人?私の騎士様と対等に戦いたかったら、桁が10個ほど足りませんことよ?」


おいおいと思ったが、彼女が僕を英雄の様に奉るのはいつもの事だ。


「笑わせるな…。テメェの騎士様とやらは、さっきこいつらに囲まれて泣いてやがったぜ?」


「あはっ、何を勘違いをなされているの?騎士様は、貴方たちがあまりに哀れで泣いてくれていたのよ。お気づきにならないなんて…ヤーディ・ファミリーとやらは能天気な組織の様ですね。」


サーシャの不遜なお言葉に、元締めの表情が一変する。また、こういった連中は面子を大事にするから、組織の名前ごと馬鹿にしたサーシャに勘弁ならなかった様だ。


「おいっ!こいつらを皆殺しにしろ!…あの女だけは生きて俺の元へ連れてこい!!地獄を見せてやる!!」


当然の様に元締めさんは、咥えていた葉巻を床に投げつけ、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

これには、その丸メガネ元締めの子分たちも黙ってはいられない。暴力と分け前で成り立つ彼らの組織では、上の命令は絶対だ。その場にいた50人のならず者たちは、今一度気合を入れ直し、激しく睨みながら僕たちに敵意を向けた。

…ただ、なんていうんだろう。どこか腰が引けている。恐らく心の奥底で、サーシャが只者でないって事を本能的に感じているのだろう。そういう意味で言えば、彼らを指揮監督する元締めさんとやらは、少々鈍いのかもしれない。

そんな事を考えながら苦笑いを浮かべた僕に、もう一人の頼もしいお仲間が声をかけて来た。

小さな天才槍使いのサカテさんだ。


「アルバ、このお嬢ちゃん以外に助けたい奴はいるのか?」


シャーロットを指差し、そう尋ねてくるサカテは相変わらず無表情だったが、何やらスイッチが入った様に力が漲っている様に感じた。宿屋ではあんなに落ち込んでいたのにって思ったが、彼女が元気なのはいい事だ。


「う、うん。あっちにいる女の子2人は、その娘の友達なんだ。」


僕がミアとリリーに目を向けた。女の子はその2人しかいなかったから、サカテもすぐに分かってくれた様だった。


「じゃ、この娘とあの2人は任せろ。君は、奥で偉そうに踏ん反り返ってやがるおっさんとその取り巻きに説教してこい。そしたら、帰れる!」


「はっ?こいつら全部倒さなくていいの?」


「こんな雑魚ども、ついでに倒せばいいだろ?君はあのセザールを倒した剣豪なんだから。」


意地悪くニカって笑うサカテは、右手に握った槍でガツンっと床を突く。

そして「半分は僕が倒しておくよ。じゃっ!」と呑気に言い残しながら手を振ると、シャーロットを引き連れ何事もなかったかの様に、彼女のお友達の元へと進んで行った。


ーーーならず者がひしめくその場所に、なんの障害物もないかの様に、まっすぐと。


「チビが!調子にのるんじゃねぇっ!!」


なんて悪態をついた男どもの声が聞こえるが、すぐにそれは悲鳴に変わる。

サカテの二倍はあろうかという大男たちが、彼女が操る槍の鋭い一撃にバッタバッタと目にも留まらぬ速さで床に打ち倒されていく…。

まぁ、当たり前だ。このサカテという小さな槍使いは、世界的に有名なムカサという英雄の一番弟子。すんばらしくお強い。

あっという間に男どもを蹴散らし、シャーロットの2人のお友達の元へとたどり着いた。

そんな彼女の背中を呆気にとられながら見ていると、サーシャが僕の肩にそっと頭をつけた。


「さぁ、騎士様。私たちもこの無法者たちに、目にも見せてやりましょう!」


聖女の本当の声援が耳に届いた時、僕の体から黒い霧が漂い出したのだった。





「…なに、これ?」


扉を開けた途端、目をパチクリさせながらそう呟いたのは、モモだった。


「こりゃまた、派手にやらかしてくれた事で…。」


彼女の上司で、大国フィルファの宮廷騎士様のジャン・クロードも呆れ顔で眉を潜めた。

ここは、ヤーディというマフィアの組織所有のBarなのだけど、ここに巣食うならず者たちが全て床に転がされていたのだ。

しかもお仲間で仲良く山積みにされている…。

その光景はある意味、カオスだった。

なにせここは入口から全て見渡せる狭いBar。

橙に光るランプが悲しく照らされた床には、海岸のセイウチの群れの様に何人もの大男が折り重っていて、手や膝を抱えながらアシカの様にう〜う〜と唸っていらっしゃる。

葉巻や酒の匂いに混じって血の匂いもするが、みんな息はありそうなのがせめてもの救いだった。


「喧嘩上等の荒くれ者が50人も居たのに…。やはりあの坊やは報告通りのバケモノの様ね。」


モモは首を振りながら、呆れた様に肩を竦めた。

ジャンはその問いには答えず、目の前で剣に斬られて気を失っている大男の腹を覗き込んだ。


「しかもアルバ君は、相手が気を失う様にワザと激しく痛む場所ばかりを狙っている様だ。僕とは多少流儀が異なるが、大した腕なのは間違えない様だね…。」


「小賢しい真似するわね。いっそ、一思いに殺した方が相手は楽だろうに…。」


美しい顔で恐ろしい事を平気で言ってのけた部下にジャンは一度フッて笑みを浮かべると、ゆっくりと立ち上がった。


「だろうね。この太刀筋に本気で斬られたら…相手はそれこそ痛みを感じる前にあの世行きだ。」


「…それで、どうするの?こりゃ立派な傷害罪だけど?」


「馬鹿を言わないでください。あんな面白い連中を牢に入れてどうするのです。これは幻影騎士団の手柄にでもしたらいい。どうせ、女神様はお忍びなんだからあっちから名乗り出てくる事はないだろうし。」


「あっ、宮廷騎士が事実を隠蔽した!」


「あははっ、君までルーク陛下みたいな事を言わない!…それより、彼らには早く接触した方がいいですね。早めにお友達になった方が賢明だ。」


「今度は懐柔ですか。聖騎士と肩を並べるフィルファの宮廷騎士様の言葉とは思えませんわ。」


ワザと丁寧な言葉で揶揄うモモに、ジャンは肩を竦めながら舌を出した。


「馬鹿だね〜、モモは!僕は早くサーシャ様とお知り合いになってベッドに押し倒したいだけですよ。」


「あー、トドメは部下に向かってセクハラ発言ですか!…でも、それはいくら貴方でも無理そうよ。」


「へっ?なんで?」


ジャンが目を丸くしながら、聞き返す。…あながち、冗談でもなかったかもしれないと、モモはドン引きした。だけど、それはそれで面白いかもしれないと、ついさっき部下から手に入れた情報を口にする。


「貴方の愛しのサーシャ様はねぇ、アルバ君の事を”騎士様”と呼んでいたそうよ。」


「はぁーーー!?」


せっかくの美青年の顔が、情けなくも崩れる。と言っても、彼はもうすぐ30なのだけど。

だが、彼の反応はごもっとも。

モモは、冗談で彼のすけべ心の対象が失ったと嘲笑ったのだけど、やがてジャンは本当に焦った表情を浮かべたもんだから、今度は彼女が少々焦った。


「ちょっと、あんたにはパオラが…。」


モモは思わず禁断の名前を口にするが、ジャンはそれどこじゃないと彼女の言葉を手で遮った。


「馬鹿!こ、これはとんでもない事件だぞ!」


よほど興奮しているのか、彼の目は血走っていた。


「…どういうことよ?」


「教団の女神サーシャ枢機卿が、聖女の運命を背負って生まれたことは王族の中では有名な話だ。」


「そ、それくらい私でも知ってるわよ。」


モモは思わず口を尖らす。だがそれは当時、国の中枢にいる人間か、教団上層部しか知り得ない情報だった。


「聖女は騎士としての運命を背負った男性しか愛することはない。だからこそ彼女は、数々の見合い話を全て断ったと聞く。うちの聡明なシャウエン王子ですら、見事に振られたくらいだからね。」


「そりゃ、知ってますけど…。だけど、いくら女神様でもあんな田舎の坊やに…。冗談で言ってるんじゃないの?」


モモは冗談交じりにそう言い放つ。

恋人より熱く、夫婦より深いなんて伝えられる”騎士と聖女”の宿命を持って生まれた2人の話は、確かに昔からおとぎ話としては語られているが、世の人々は全く信じてはいなかった。モモだってその一人だ。だからサーシャなる女神が聖女として生まれたっていう話は知ってはいたが、信じてはいなかったのだ。


「馬鹿!教団は嘘が禁止だ。それに聖女が、自分の騎士以外の男に、騎士様だなんて死んでも言うものか!」


冷静なジャンが珍しく興奮していた。それだけでも珍しいのに、彼は勢いよく彼女の髪を叩く。


「ちょ、ちょっと!パワハラで訴えるわよ!」


モモはそう怒鳴ったが、ジャンは全く聞く耳持たずでいきなり両手を掲げて大きな声を張り上げた。


「モモ!時代が動くぞ!世界が変わる!僕たちは、なんてついてるんだ!!」


もうね、上司の狂った様な意味不明な叫び声に、モモはドン引きするしかなかった。



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