騎士を探す4人の男女
さて、時は少々遡る。
場所は同じくダダ、”枝束亭”という宿である。
すっかり敵に囲まれて大慌てしているアルバよりも、さらに動揺している御仁がサカテの目の前にいた。
サカテは女とはいえ、伝説の槍使いムカサに心身ともに鍛えられた武人。ちょっとやそっとの事では驚かないのだけど、大きな黒剣を抱きしめながら黄金色の髪を震わせ、人目を憚ることなく泣きながらオロオロしている女神サーシャ・カスティリャの姿には、流石に面食らった。
「サカテさん…。アルバは、アルバは…どこ?」
すっかり肩を落とし涙で化粧まで落ちているサーシャは、まるで子供のように何度も尋ねてくる。
つい先ほどまではサカテが彼女の胸の中で泣いていたのに、今はすっかり立場が入れ替わってしまった。
理由は単純明快だ。アルバが忽然と姿をくらましてしまったからだ。
しかもそれは突然だった。
サカテとサーシャは、アルバを一人、食堂の席に残したまま宿のBarカウンターで話し込んでいたのだけど、話が終わって後ろを振り向いたら、そこにいるはずのアルバがいなかった。しかもサーシャが彼に託した黒の大剣を席に置き去りにして…。
トイレにでも行ったかと暫く待っていたが帰って来ず、先に部屋に戻ったのかと部屋に行けばもぬけの殻。挙句宿屋の主人が「先ほど、お1人でお出かけになられました。」と呑気に言い放ったもんだから、彼女はすっかり震え上がりヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
「アルバは男の子だ。大丈夫、すぐ帰ってくるさ。」
サカテはへたり込んだサーシャの肩に手を添えて勇気付けたが、彼女の身体は小刻みに揺れていて、ちょっとしたパニックに陥っていた。
「まさか…私との旅が嫌になって逃げたのでは…。どうしよう、どうしよう…。」
「いやいや、それはない。つーか、ありえない。」
サカテは慰めるように言ったが、サーシャは両手でその美しい顔を覆い、まるで神に跪いているような格好で泣いていた。
そんな女神を見て、サカテはいつもの疑問が頭をよぎる。
なぜ、サーシャがこれほどまでにアルバの身を案じるのか…。
なにしろサーシャは世界的権威”教団”の支配者の一人娘。言ってしまえば、世界一の権力者だ。
その世界女王みたいな御仁が、田舎の物売り少年の姿が少し見えないだけで動揺して涙を流すのだ。思えば出会った頃から、彼女のアルバに対する態度はどこか異常だった。
いつも一緒にいようとするし、アルバから聞いた話では出会ったその日にお風呂まで一緒に入ろうとしたという。
サーシャは容姿端麗なだけはなく、思慮深く、知識や見識も広い。教団の女神として慈悲深い言葉も述べるし、時に違う事は違うと言い切る勇気と自分の考えもしっかりと持ち合わせている。そして常に凛としていて、教団の支配者に相応しい気品と威光にも溢れている素晴らしい女性なのだ。
ところがだ。
そんな彼女がアルバに対してだけは、どこかおかしい。
普通に考えればサーシャがアルバに一目惚れしたと思うのが妥当だが、この女神様がそんな事態に陥る可能性はかなり低い。だいたい、彼女には彼女の本当の騎士で恋人だと思われる師匠なる人物の影がチラついている。
かと言って、こんな清廉を絵に描いたようなサーシャが二股を掛けようとしているなんてとても思えない。
( やっぱり…そうなのかな…。 )
サカテは、この2人と出会ったばかりの頃から思い浮かべていた妄想が頭を過ぎる。
だがそれを語るにはあまりにピースが少なく、確証がなかった。だからそれは彼女の心の中でモヤモヤしっぱなしだ。
いつかサーシャ自身に確認したいのだが…残念ながら今はそれどころではない。
それに彼女は、自身の理や信念を曲げてまでキエイの目を治癒してくれると約束してくれた。となれば、やることは一つだ。
「サーシャ、一緒にアルバを探しに行こう。」
サカテはいつものように端的に、そしてはっきりと言い切った。
「ねぇ、ちょっと面白いことが起こってるわよ。」
場所は変わって、ここはダダの中心街にある軍の南西司令本部だ。
そのひと際大きい偉そうな建物の最上階にあるジャンの仕事場に興奮気味で飛び込んできたのは、燃えるような赤髪を揺らすモモ・エバンスだった。彼女は世界で最初に教団の女神降臨を伝えた人物で、大国フィルファの最高諜報機関”幻影騎士団”の部隊長だ。類稀な記憶力と高い分析力、そして並々ならぬ行動力が認められ、来春には最年少の同組織司令官への昇進が決まっていた。
「君の”面白い”は大抵は厄介ごとだから、帰宅前には聞きたくないなぁ…。」
そうぼやいたのは、彼女の上官でフィルファの宮廷騎士ジャン・クロード。そしてその言葉通り、彼は鞄に荷物を詰め込んでいる最中だった。
「あら…女神の周りをウロウロしている少年の話なのに。聞きたくないなら、しょうがないわね〜。」
彼女はくるりと体の向きを変えると、片手を振って部屋を出ようとする。だがモモが予想した通り、すぐに「ちょっと待った!」というジャンの慌てた声が聞こえた。
「な〜に?厄介事ばかり持ち込む、面倒な部下の報告を聞きたくないんでしょう?」
「まぁまぁ…。」
ジャンは先ほどの非礼を詫びるように苦笑いを浮かべながら、彼女にソファを勧めた。
モモはしたり顔でそのふかふかのソファに腰を落とすと、静かに足を組む。
上官を前にしている事を考えれば相応しくない態度だが、今は勤務時間外。モモにしてみれば腐れ縁の男友達の仕事場に面白い話を持ってきたっていう程だ。
「それで?あのアルバとかいう少年のこと…何か分かったのかい?」
ジャンは彼女の向かい側のソファに座ると、左腕にしている木製のブレスレットを丁寧にハンカチで拭きながら尋ねる。そのいつもの彼の神経質な行動に少々呆れながら、モモは前のめりになって話し始めた。
「あの坊やねぇ…南西大通りで逆ナンされて、Barにのこのこついて行ったわ。」
「はぁ?逆ナン?Bar?…アルバ君はまだ未成年だろ?」
「まぁ、そこは今回はどうでもいいでしょ?…それよりさ、そのBarっていうのが例の密輸と物資価格操作の疑いがかけられているヤーディの組織所有のBarなのよ。」
モモがそう話すと、ジャンは大きく息を吐いてソファに大きく凭れかかった。
ヤーディという組織は、ここダダの街を根城にする反社会勢力の集団で、世界に数多あるマフィアの中では中堅どこだ。
「ヤーディか…。それはまた面白そうだね。」
「でしょう?あの組織は最近、未成年の若者を集めて密輸商品の運び屋をやらせてる。理由はわからないけど、その坊やもスカウトされたんじゃないかな。ほら、彼は一見すると無知で素直そうだから。」
「ふうん…。ところで、肝心の女神さんは一緒かい?」
「いえ、女神様はお宿よ。…ただ宿屋の女将に聞いた話だと、坊やが一人で出かけた事を知った女神様は泣き崩れたそうよ。…いよいよおかしいわね…。」
モモはそう言って、肩にかかった自分の赤髪をさすった。
確かに絶大なる権力を持つ彼女が、貧相な少年一人の事で右往左往するのはあまりに不可解だ。
だがジャンは、その件に関しては調べようがないとばかりに首を横に振った。
「まぁ、アルバ君の事は一長一短にはわかりそうもないから、じっくり構えましょう。…それにしても、彼らが我らの街に来てくれた事を感謝しないとね。色々と状況が分かる。」
「そうそう!そういう事で言えば…あの2人と一緒にもう一人、面白い御仁が来てるわよ〜。」
「へぇ、誰だい?」
ジャンは興味深そうに体を前のめりにすると、腕を組んだ。
「驚かないでよ〜。あんたの永遠のライバルで、模擬戦とはいえ一騎打ちで唯一引き分けた槍の天才ムカサがいるでしょ?その一番弟子が、あの2人に同行してるのよ〜。凄くない?」
それを聞いたジャンは目を丸くして、ソファからずり落ちそうになった。
「それって背の低い…えっと…あっ!サカテちゃんか!」
「そう!フィルファ領内で目医者を不当に連れ出そうとした罪で1年前に強制送還したあのチビよ。」
モモは肩をすくめて、苦笑いを浮かべた。
その小さな槍使いであるサカテは、目医者ばかりを巡って無理難題をふっかけていたので、一時このフィルファ国から強制退去を命じたことがあった。だがその際にサカテは、拘束しようとしたフィルファの正規兵10人とエリート特殊部隊である近衛兵3人を返り討ちにして悠々と逃げ切り、捕まえる事は出来なかった。まぁ、返り討ちといっても命を取られた訳でもなく、皆が軽症ですんだことで特に大きな騒ぎにはならなかったが、直前まではジャンが率いるフィルファ最強部隊で宮廷騎士の”陽炎の騎士団”が出張る事まで検討されたくらいだ。ただその後、彼女はひっそりとこの国を後にした事が分かったのだが。
「教団の女神様と謎の二刀流の坊や、それに天才槍使いの御一行が我が領内に来てるのか…それは目的を掴んでおかないと、あとあと面倒な事になりそうだね…。」
ジャンはソファに大きく凭れかかり、額に手を添えて唸った。
「そう!しかも謎の二刀流の坊やが、マフィアの隠れ家にお邪魔してるのよ。なんかワクワクしない?」
「頭痛しかしないね…。分かった!僕が様子を見てくるよ。」
彼はそれこそ頭に手を当て、本当に辛そうな顔をした。だがその言葉を待ってましたとばかりに、モモは手を打った。
「おっ!いきなり宮廷騎士様のお出ましですか。ますます面白そうだわ。私も一緒に行っていい?」
「勝手になさい。」
ジャンは呆れ顔で立ち上がると、壁に立てかけてあった2本の湾曲した剣に手を伸ばしたのだった。




