追い込まれた一人の騎士様
その部屋は、混み合うBarカウンターの横を抜けた奥にあった。
イーサンという坊主男は、急かす様にドアの前で顔を擡げてこちらに合図を送る。…よほど、その元締めという奴が怖いのだろう。僕はその男を一瞥すると、自分でも驚きだけど堂々と部屋に入っていく。少し遅れてシャーロットも僕に続いた。
「シャーロット!遅いじゃないの!」
「心配したのよ!」
「元締めを待たせるなんて、どんな神経してんだ、お前は!?」
「なんだよ、その男はよぉ!?」
部屋に入った瞬間、シャーロットの友人や彼氏たちと思われる男からの怒号とも呼べる文句が飛び交った。
これにはさしものシャーロットも顔を歪め、不安そうに僕を見ている。…気持ちは分かる。
友達はともかく、これだけガラの悪い男たちから集中砲火を浴びたら怯むのは致し方ない。
本音を言えば僕だって、ちゃんと足は震えている。
少々怖かった。けど、ここまできたら腹をくくるしかない。
( 俺は師匠。俺は師匠…。 )と何度も口遊む。
彼女は不安そうに僕を見上げたが、( 大丈夫。 )って言い聞かせると、ゆっくりと正面に目をやった。
見れば部屋はシンプルな長方形だった。中央に一本木で作られた大きな長机がでんと置かれていて、酒やつまみが整然と置かれたその机の周りに10人ほどが座っていた。女性もいる。
部屋は薄暗かったが、連中の顔はしっかり見えた。
扉が厚いのか、Barの喧騒はほとんど届かない。本当なら静かで整然とした空間の筈なのに、ガラの悪そうな男たちの叫び声が響き、挙句わんさかいるもんだから、やかましいったらありゃしなかった。
「なんとか言えよ!!シャーロット!」
「男連れとはよ、元締めをなめてんかよ!?」
部屋に蠢くならず者たちからの批判は止むことはない。またその男たちと来たら、身振り手振りがやけに派手なジェスチャーで、声もでかい。…ほんとうんざりだ。
と、僕は自然と視線を止めた。
…その騒ぎ立てる男どもの中で一人、異彩を放つ御仁がいたのだ。
それほど体は大きくないんだけど、でんと構えていて、独特の存在感があるその男は、部屋の中央に置かれた縦に長い机の一番奥、俗にいうお誕生日席に踏ん反り返っていた。
立派な口髭と丸メガネが特徴的な優男だった。ただ眼光は鋭く、顔は微笑んではいるが目は笑っていない。そして他の連中とは違い、口を開かずただ佇んでいた。
ーーー恐らくこの男が元締めなんだろう。
「シャーロット、まずは元締めに謝れよ!」
「そうよ、シャーロット!」
彼女の友達とその彼氏が、又しても次々に文句を言い始めた。まるで計算されたかの様に…シャーロットが頭を下げるのを待っているかの様に、その批判は中々止まなかった。
いちいち、謝れだぁ、許しをこえだのを繰り返す男たち。その合唱のように息が合わせ、無力な女の子を追い詰めようとしている連中を見て、なんてケツの穴の小さい男たちだと呆れたものだ。
云々、こいつらはサーシャが嫌いな連中に間違えない。
( 騎士様。この娘を助けましょう。)
サーシャのそんな声が聞こえた気がした。
…多分、空耳。
だが例え幻聴でもサーシャの声を聞けば、心が沸き立つ…こんな時でも僕の心を支配するんだから、サーシャというのは本当に困った女神だと苦笑いを浮かべた。
やがて僕はシャーロットを庇う様に彼女の前に立った。…それからは、全く怖くなかった。迷う心も、恐る魂もどこかへ消えてしまったように…。
彼女の手が僕のマントを後ろからそっと掴む。その手は微かに震えていた。
震えるシャーロットを安心させようと、僕は背筋を伸ばし悠然と辺りを似た見ながら窺った。
「まぁまぁ、お前ら。お友達をそんなに虐めるもんじゃない。」
やがて奥に居座る丸メガネの男が、ついに声をあげた。
少ししゃがれてはいるが、よく通る声だった。声色は穏やかだったが、その一言で騒いでいた若者たちが一気に静かになる。
云々、こりゃ間違いなく上の人間でこの場を支配してる輩に間違いないって思った。
やがてその男を守るように用心棒だと思われる屈強な男たち4人が、僕を激しく威嚇しながら前に一歩前に出て来た。全身黒づくめのサングラス野郎たちだった。
それで僕は、その丸メガネの男が元締めだと確信した。まぁ、お誕生日席に座っているしね。
( …これが本物のマフィアさんか。 )
そう苦笑いを浮かべながら、その冷静沈着な男にやったが、その男はこちらを見ようともせず、僕の後ろに半身を隠しているシャーロットを睨んでいた。
「シャーロットにとって初めての仕事だ。不安になって彼氏に相談したくなる気持ちくらいは察してやれ。…なぁ、シャーロット。そうなんだろう?」
その優しい口調が、余計に不気味だった。案の定、名指しされたシャーロットは恐ろしいのか、口を開かなかった。
だが丸メガネの男は怒るでもなく怒鳴るでもなく踏ん反り返りながらワイングラスをくるくる回すと静かに言葉を続けた。
「俺は寛大な男でな。そういう理由なら、今回の遅刻は水に流してやる。」
「………。」
「いい彼氏じゃねか。相談に乗ってくれて、こんな場所まで一緒に来てくれる。…大切にしなきゃな。」
「………。」
口を閉ざし、視線を合わせない様に俯くシャーロット。
だが、いつまでも返事を返さない彼女に、丸メガネの周りにいた厳つい用心棒たちが先に声を荒げた。
「黙ってちゃ、分からねぇだろうが!!ああっ!?シャーロット!!」
ビクッとした彼女は、恐ろしいのかますます押し黙る。まぁ、僕の心の臓も飛び上がったが、ここではその素振りも見せないで頑張った。…これ以上、彼女を不安にさせられないからだ。
だが、そのいきなり騒いだ用心棒に、丸メガネ男は「まぁ、まぁ。」と手をひらひらさせながら、手下を嗜めた。
「そんな大声を出しなさんな。彼女が怖がっているじゃないか。」
「も、申し訳ございません。」
熊の様に大きな用心棒たちが、窮屈そうに畏る。
とってもワザとらしいな〜なんて呑気に眺めていたけど、元締めさんは丸メガネに手を添えながら、ギョロリとこちらを睨んで来た。
「それに心配はいらないさ。シャーロットがわざわざ此処に来てくれたと云う事は…その彼氏共々、一緒に仕事をするという決断をした…という答えでいいだよな?シャーロット!!」
丸メガネの大きな熊の様な手が、机をバンッて叩いた。
酒の入ったグラスがガッシャンと倒れ、ナイフやスプーンが宙を舞う。
目の覚める様な大きな音に、僕は驚いて思わず体が反った。後ろにいたシャーロットは、僕のマントを引きちぎるくらいの力で握りしめた。
しばし静寂が続く。丸メガネの用心棒だと思われるガッチリ4人組を除く全員が、凍ったように恐怖で動けなかったのだ。
僕は無意識に、座っている全員の顔を見渡した。…女の子2人、ミアとリリーだけが人一倍不安そうな表情を浮かべていた。なにせ彼女たちは、シャーロットと同じ普通の商家の娘。
…その表情を見る限り、恐らくこのバイトとやらにマフィアが関わっているなんて知らなかったのだろう。
やれやれって思った。シャーロットだけなら、最悪は後ろの扉から一目散に逃げ出せばいいが、あの2人も一緒に逃げないといけないとなると、少々無理をしなくてはならなくなる。
「ねぇ、シャーロットさん。」
僕は自分の背中に隠れている彼女の名を呼んだ。
「う、うん…。」
「貴女は、ここのバイトを断りにきたんでしょ?」
「……う、うん。でも…。」
「でも?」
「ここで断ったら…どんな酷い目に合うか…。」
「じゃ、この連中とバイトします?」
「…そ、それは…できれば…。」
「でしょう?では…逃げましょうよ!」
そう尋ねると、彼女は顔を俯かせ、やがてチラッて向こうに目をやった。
…その視線の先を追えば、やはりミアとリリーの2人。…もう彼女の心の声はダダ漏れだった。
「やっぱり、お友達を助けたいんですね。」
僕は苦笑いを浮かべながら念を押すように問いかけた。
シャーロットは迷ったように顔を傾げ暫く黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「う、うん!」
震える声で言い切った彼女の言葉を受けて、「…やっぱりね。」と僕は面倒臭そうに囁く。少し生意気な言い方だったけど、厄介な事は間違いなから思わずそんな事を口に出してしまった。
でも、彼女の顔は何故かとてもホッとしたような表情だった。言いたい事を全部言えたからだろう。
サーシャやサカテと違い、中々はっきり言わないところは少々呆れもしたが、よくよく考えればシャーロットは普通の町娘。逆に女性という括りで、あの2人と一緒にした自分の浅はかさが可笑しくなった。
だけど友達を見捨てなかったシャーロットの心意気は大したものだと感心した。…こんな状況なら、自分だけ逃げ出そうとする方が普通だからだ。
「いつまでコソコソ話してやがるんだ?そろそろ返事を貰いたいものだな…。」
やがて丸メガネをかけた元締めが、急かすようにそう口にした。呑気な自分からすれば、そのせっかちな態度は少しイラっとする。だから僕は澄まし顔で、わざとゆっくりとその男に目を向けた。
そして思いっきり言い切った。
「すいません。シャーロットさんは、貴方が紹介した仕事をやりたくないそうです。」
「はっ!?そりゃどういう事だ!?えっー!!?シャーロット!!」
その丸メガネは、今度はグーで机を激しく叩いて彼女を威嚇した。さらには彼の周りにいた黒づくめの用心棒たちも「このガキが!!何言ってやがる!!」なんて声を張り上げたが、僕は涼しい顔で言い返す。
「ちなみに俺もそんな怪しい仕事はやりたくありません。それに…彼女のお友達も同じみたいですよ。」
そう言い放ちながら、もう一度シャーロットの友達であるミアとリリーに目をやった。2人とも、目を真っ赤にして僕を見ていたが、そこからは恐れの感情しか読み取れなかった。…まぁ、当然だろう。
やがて僕から申し訳なさそうに視線を外す、ミアとリリー。
心の奥底では逃げたいと思っていても、それを口にした後には厳しい報復が待っている。彼女たちが二の足を踏むのは必然だった。ここにサーシャがいたら彼女たちを優しく説き伏せられるだろうけど、こちとら学のない田舎者。そんな芸当は持ち合わせていない。できれば奥に座る元締めとやらに、「ああ、そうかい。うちの仕事をやりたくないなら、とっとと出て行ってくれ!」とか言って、早々に帰らして欲しかったけど、残念ながらそうは問屋がおろさなかった。
…まぁ、普通に考えれば、それは当たり前だ。
「おい、小僧。俺に向かってそこまで言ったんだ…覚悟はできてるだろうな?」
丸メガネの元締めさんが、早速ドスを効かせてゆっくりと僕に目を向けた。
「覚悟と言われても…。僕と彼女たちは、持ちかけられた仕事を断って帰るだけです。」
「そんな世迷い言が通用すると思ってるのか?俺はお前たちの為に、わざわざ金になるいい仕事を持ってきたんだ。それを反故にするってのは、どういう了見してやがんだ!…て言われても仕方ないと思うがな。」
「そんな事を僕は貴方に頼んでいません。だいたいお金になるんなら、人に頼まないで自分たちでやればいいでしょう?」
自分でも驚くほど言葉がスラスラと出てきた。きっと、サーシャの影響をもろに受けてしまっているのだろう。
だけどその言葉は、彼らの堪忍袋の尾をさっくり切ってしまったようだ。
「小僧!!元締めになんて口の聞き方しやがるんだっ!!」
辺りから一斉にそんな声が上がる。
そして丸メガネの横にいた全身黒づくめの男が、ガツンって激しい音を立てながら、大きな長机の上に土足で乗りあがった。
元締めの用心棒と思われるその乱暴者は、机の上の料理や酒を蹴飛ばしてゆっくりと剣を抜く。
やがて机の上で僕を激しく睨めつけながら教科書通りの台詞を吐いた。
「てめえは、命が入らないようだな。」
机上で顎を突き上げ、目を見開きながら、文字通り僕を見下してくれたその男は、予想どおり剣をこちらに向けた。
「いえいえ。命はいります。」
「だったら、それ相応の態度ってもんがあると思うがな。」
「僕は普通に話しているだけです。」
「…今のお前に許された”普通”は、元締めに跪いてシャーロットとともに仕事を引き受ける事だけだ。」
「いえいえ。普通なら、大事な彼女に、こんな怪しげな仕事をさせないでしょう?」
「いちいち生意気な小僧だな。…まぁ、痛い目を見れば、その口も静かになるだろうよ。」
威嚇するように机上で剣を振り回すその男は、おでこを綺麗に出したオールバックで、鼻には牛のように黄金の丸ピアスをしている如何にもそちらの業界にいそうな大男だった。
黒ずくめの長いマントを羽織り、これまた黒いダボダボのズボンを履いたその男の迫力は中々のもの。
つい先日までなら震え上がって土下座しちゃいそうな状況だけど、今の僕の心は師匠さんだ。
するとだ。
( お前らチンピラごときが、わが騎士様の前に立ちはだかるなど笑止! )なんて、サーシャの力強い幻聴まで聞こえる。
サカテの寸前で躱す間合いの取り方、ジルから授けられた神速、そしてサーシャを守りながら戦う事で勝手に身についた護衛の体の使い方…まるでその全てが血液のように身体中を巡る。…僕は咄嗟に叫んだ。
「シャーロット、飛ぶぞ!」
「へっ?」
僕はシャーロットの返事を聞かないまま彼女の腕を掴むと、そのままオールバックのピアス野郎の元へと飛び込んだ。その身体の軽さと動きはまさに神速。
シャーロットの手を掴みながら天井ギリギリを舞い、オールバックのピアス野郎のいる机の上に降り立った瞬間、僕は腰に帯びていた聖剣ガリネリウを片手で抜いた。
その予想外の速さに、慌てたピアス野郎は僕を叩き切ろうと、剣を持つ腕を掲げる。
…その僅かな数秒の間に、僕は事の全てを済ませた。
シュッ!と、聖剣が空気を切り裂く音が部屋に響くーーその音とともに刃先がその男が剣を握る腕の付け根を切り裂いたのだ。
「ぐぁっ!!」
ひょろひょろ少年が放った意外な一撃に、オールバックのピアス野郎は叫びながらゆっくりと後ろに大きくよろめいた。
腕を振り上げたまま目が見開き、苦渋の表情を浮かべ、腕から血潮を飛び散らせながら…。
僕は間髪入れずにバランスを崩した相手の溝うちに回し蹴りを打ち込む。
ドスッ!という鈍い音とともにその男の大きな体は宙を舞った。
「ぐふぅ!!」
苦しそうな声を漏らし吹き飛ばされた男は、元締めの頭を掠め、やがてドシンって向かいの壁に打ち付けられた。
そして…そのまま壁を滑るように落ちていき、ドサッと床に沈む。
サーシャが側にいないから不安だったけど、ジルとの1年に及ぶ修行は伊達ではなかったようだ。
僕はやれやれと、大きく息を吐いた。とにかくホッとした。
すぐに「ア、アルバ…?」背後のシャーロットから驚きの声が上がる。予想外に敵を軽々と吹っ飛ばした事に驚きを隠せない様だった。
僕は一度苦笑いを浮かべると、状況を確認しようと辺りに目を配る。
他の3人の用心棒たちは自分の動きが全く見えなかったようで、こちらを激しく睨んではいたが襲ってくるそぶりは見えなかった。僕はその用心棒を一瞥すると、一瞬、肩の力を抜いた。
そして机の上からマフィアだと思われる元締めの顔に剣を向けた。
「帰らせてもらいます。」
思い切りドスを効かせてみた。
ピアス野郎を撃退した後だったから自分では結構迫力があるかと思ったのだけど、所詮童顔な物売りの凄みなど通じないのか、その丸メガネの元締めさんは眉ひとつ動かさなかった。
…睨んだだけで敵を撃退する師匠さんへの道は遠そうだ。
「ほぉ…。坊主、やるじゃねえか。」
元締めは感心したように唸った。
「…怖いので、一刻も早く帰りたいだけです。」
「なるほどねぇ〜。だけど、それはできぬ相談だな。おいっ!!!」
その声とともに奥の扉が開く。
すると先ほど倒したオールバックピアス野郎のコピーみたいな黒ずくめの男たちが、わんさか部屋に入ってきた。
(あれま…。)
僕はもう目が点だ。この机の上でシャーロットの腕を掴みながら格好つけていた自分の周りは、あっという間に敵だらけになり、逃げ道さえも塞がれた。しかもその連中全てが、剣やらナイフやら刃物をお持ちでいらっしゃる。
「これでおしまいだな。坊主。」
そして丸メガネの元締めはそう言い放ち、机の上で立ちすくむ僕たちを見上げながらなんとも不気味な笑みを浮かべたのだった。




