アルバのお家とサーシャの鋭い勘
アルバの郷、ワラミ村はとても不思議な村だ。
村と名はついてはいるが、農業で生計を立てている一家は少ない。
そちらかしこに畑はあれど、そのほとんどは自給自足。つまり自分たちが食べる分しか作らないのだ。その為、この村の住民は貨幣を得るために大きく分けると2つの仕事をしている。
一つは村のすぐ側にあるイワミ山の鉱山で石や鉄鉱石を採掘する労働者、もう一つはその山で取れた鉱物を加工して商品といて販売する職人たちだ。
主に鉱山で働くのが男たち、職人は女や老人の仕事だ。つまり本当ならアルバも村の一員として鉱山で働かねばいけない年なのだが、なぜか声をかけられた事がない。
まぁ、華奢で女の子みたいな体型のアルバでは、採掘は無理だと思われているのかもしれないが、それで彼は仕方なく職人めいたことをしているのだ。
あと、この村を訪れた人が必ず口にするのは、「若者がいない。」ということ。子供はいるが、10代後半から30代までは、男も女もアルバを除いて一人もいなかった。
「土のいい香りがしますね。それに水のせせらぎも心地いいわ。」
アルバとともに村に入ったサーシャは、開口一番、入口付近に広がる畑を見てそう語った。時は、夜8時すぎ。冬の夜空はとても澄んでいて、大きな銀色の月の明かりのおかげで、辺りはほんのりと明るかった。
「サーシャさんは、土の香りが好きなんですか?」
「ええ。石よりも、どちらかというと土の方が好きです。」
「なんか都会的なイメージがあったので…意外です。」
アルバはそう肩を竦めると、「こちらです。」って言いながら、自分の家の方へと足を向ける。するとサーシャは、「はい、騎士様。」なんて可愛い声をあげてアルバの横にピタっとくっついてきた。
そんな彼女を横目で見ながら苦笑いを浮かべると、アルバは先ほどの事に思いをふけた。
村の入口付近で盗賊から逃げおせたとき、サーシャは自分に抱きつき、体を震わせて泣いていた。初めは彼女が盗賊に追われた事が怖くて、それを思い出して泣いているものだとばかり思っていたが、どうやらそれは違うようだ。
理由はよく分からないのだけど、彼女の涙の訳にはどうやら「師匠」と「騎士様」なる御仁が関係しているらしく、それは彼女の謎多き一人旅にも深く関与しているっぽい。だけれども、所詮、自分は金で雇われた道先案内人。これ以上、詮索するのもどうかと思い、それ以上は聞けないでいる。
それにサーシャも泣き止むと、すっかり機嫌を良くしてくれて、買い物をしていた時のような仲良しの2人に戻っていた。まぁ、仲良しと思っているのは、悲しいかな自分だけかもしれないが。
暗い村の中、畑の小道を抜けて小川に沿って進むと、この村唯一の長屋に前に出る。長屋は、いわゆる集合住宅というやつで、道に沿って建てられた横に長い建造物だ。そこには、いくつもの家族が連なって暮らしていて、水場やトイレも共同。
この貧しい村の中でも最下層にいるアルバの住まいは、この長屋の端も端で、馬小屋と納屋を無理やり改造した、狭い狭い一戸だった。
「ここなんだけど…。」
ようやくたどり着いた自分の家の前で、アルバは申し訳なさそうにそのボロ屋を指差した。薄い木の引き戸が家の入口で、玄関だ。表側には窓すらない。
サーシャは、「へぇ〜。」って言いながら、なぜか目を爛々とさせて眺めていたが、当のアルバは小さなため息をつきながら、さらに体を縮こませてその引き戸を開けた。
そこには、猫の額ほどの小さな土間があって、隅には小さな釜があり台所も兼ねている。その一段上が部屋なのだが、半分が小さなベッドで埋まり、半分が机と椅子…俗にいうリビングというやつだ。
恐らくサーシャのような女性が見たことも聞いたこともない、むしろ彼女が使うクローゼットよりも小さな小さな空間であろうことは、碌にものを知らないアルバでもなんとなく分かるというものだ。
「こんなとこで、ごめんね。」
アルバがバツが悪そうに頭を掻くと、彼女はゆっくり首を振って笑顔を見せた。
「何をいうのです。ちゃんと台所もありますし、立派なものです。」
「サーシャさん…本当のことを言ってもいいんですよ?」
「ふふっ、私は教団の人間です。嘘は言いませんわ。」
サーシャはそう言うと、アルバが背負っていたリュックをちょんと持ち上げて肩から下ろし、そのまま両手で抱えながらゆっくりと釜の手前に置いた。
教団…そう言われれば、彼女のローブには教団の印がある。何か色々ありすぎて忘れかけていたけれど。
そんな事を思いながら彼女に目をやると、サーシャはリュックから食材を取り出して手際よくザルやフライパンに並べていた。
「アルバくんもお腹すいたでしょう?早速、夕食を作らせていただきます。お台所を借りてもよろしいかしら?」
「も、もちろんです。」
「少し時間がかかりますから、アルバくんはお部屋でくつろいでいてくださいね。」
サーシャはそう言いながら、小さな釜と台所周辺をチェックする。とはいえ、どんなに探してもフライパン一つと鍋、そして包丁一本しかない…。
アルバは、そんなものだけで、本当に真っ当な料理ができるのかと戦々恐々だ。
彼女はしばらくそれらを眺めていたが、やがて急に土間に美しい顔をつけ、一段上に上がっている部屋の下を覗き込んだ。彼女のきらめく黄金色の髪まで床についている…。アルバはなんとも申し訳ない気持ちになって、気持ちがあわあわしたものだ。
「あ、あったわ!」
だが、やがてサーシャの歓喜に似た美しい声が上がる。その声とともに、彼女は床下に細く長い手を入れ込み、何かを取り出した。
床下から次々と古びたお皿や調理器具が姿を現す。…恐らく前に住んでいた民の忘れ物か何かだろう。それは家主のアルバですら知らなかった驚愕の事実だった。何しろこれを知っていたら、彼はきっと食材を買うために、とうの昔に売り払っていただろう。ある意味長いあいだ隠されていて、ラッキーだ。
サーシャは次々とそれらを取り出し土間に並べ終わると、やがて大きく頷いた。
「これで完璧ですわ。アルバくん、楽しみにしててくださいね。」
彼女は破顔しながら、アルバに向けて片手でピースサインを送った。
…もうね、その姿が可愛くて可愛くてアルバは又しても言葉を発せなかったものだ。
トントントン…。
アルバの部屋に、恐らく初めてであろう包丁の小気味いい音が響く。
サーシャは黄金色の美しい髪を後ろで縛り、食材とともに買ってきた橙のエプロン姿で楽しそうに料理を作ってくれている。アルバも、家の前にある井戸から水を運んだり、床下から出てきた皿を洗ったりして手伝ったが、あとは調理という、いよいよサーシャの独壇場となった。
白ローブを脱ぎ捨て、純白のワンピースに橙のエプロン姿になったサーシャ。
彼は台所から一段上がった部屋で、胡座をかき顔を赤くさせながら、ぼうっとそんな彼女の美しい後ろ姿を眺めていた。
もちろんローブ姿の時には見えなかった、くびれたウエストとか形のいいヒップにも目がいくが、そんなことよりも、自分の部屋に他の人がいるっていう事が嬉しかった。記憶をすっかり無くしているアルバは、ある意味、天涯孤独。
そんな自分の部屋に、優しくて温かいぬくもりを届けてくれる女性がいる…それが何より嬉しいのだ。
勿論、彼女がここまでしてくれるのは、愛情…ではなく、宿泊や道案内をかって出た自分に対するお礼だって事は分かっている。いやいや、むしろ大金をくれたサーシャに何かをしてあげないといけないのは自分の方なんだけど…ね。
( はぁ…。 )
彼は大きなため息を漏らした。
…この突然訪れた幸せも、所詮一夜の夢というやつだ。
明日、石を拾った鉱山に彼女を案内したら、自分の役目は終わる。
彼女は再び何か大切なものを探す旅に出かけるが、自分はこの村に残る。
そこで…お別れだ。
彼女が何者か定かではないが、見た目的にもこれだけの身分違いだ。恐らくもう二度と会うこともないだろう。だけど…それでいいのだろうか。自分は何も後悔もしないのだろうか。
待て待て待て!自分は、一体何を考えている?
彼女とは今日出会ったばかり…しかも、超のつく偶然だ。
石を途方もない金額で買ってくれた感謝すべきお客様…。彼女はそれ以上でも、それ以下でもない。
ただ…。
ただね…。
確かにそれでは説明がつかないこともある。
彼女に「自分の家に泊まらせてほしい」ってお願いされた時、普通なら絶対に断っていた。むしろ金持ちのお嬢が、貧乏人の自分を揶揄っているのだろうって腹が立つ場面だったりするのかもしれない。
盗賊に追い詰められた時も、サーシャをあいつらに投げつけて逃げ出せば、恐らく怪我もしないで済んだ筈だ。それは人道的にも男としても恥ずべきことなのかもしれないが、人間追い詰められれば、どこかでそんな事も頭をよぎるものだ。
だがあの時は、そんな事は微塵も思わなかった。むしろ、どうやってサーシャを助けられるか…そればかりを考えていた。だからこそ、あの時に弱い自分がどうやったら2人してこの場から逃げれるかという1点に絞り込め、迷う事もなくやり遂げられたのだ。
他の人だったらやらなかった事を、サーシャだからやり遂げられた…。
と、いうことにならないのだろうか。
だとしたら、これは一体、どういう事なんだろうか。
彼女と出会って…恐らく9時間というところか。なぜか…ずっと前から知り合いだったような気がしてならない。もう何年も一緒にいるような錯覚に陥る。
そして、なぜだろう…。
離れたくない。彼女から、決して離れたくないし、離れちゃいけないような気になってきてしまう。押し付けがましいのは重々承知しているんだけど。
「アルバくん、薪が足りそうにないの。どこかにあるかしら?」
妄想にふけっていた自分に、やがて彼女の声が届く。すぐに我に返って答える。
「は、はい!えっと、薪なら村長のところにあります!」
「申し訳ないのですけど、お願いできますか?」
「もちろんです。」
離れたくないのだけど、行ってきます! 彼は心の中でそう呟くと、飛ぶように部屋を出て行った。




