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サーシャとサカテ 3

月日が流れるのは早かった。

彼女が旅を始めてから、あれよあれよという間に4年が経った。

いよいよキエイに土下座しようか迷っている頃、ここでようやく転機が訪れた。

キエイの住む街、ロハン。その街の東地区にある行きつけのBarに立ち寄った時のことだった。

サカテはいつもの様に年季のはいった薄暗いカウンターで、口数の少ないしょぼくれたマスターを涼しい目で見ながら、バーボンを煽っていた。

6人ほどしか座れない狭い店内だが、これまでその店で他の客と会ったことなど一度もない。

若干、店の経営状態は気になるが、一人になりたいサカテにはちょうど良かった。

と…。

店の扉に吊るされた鈴が、カラランと高い音をあげた。

咄嗟に顔を向けた。他の客が来ることなど初めてだったからだ。

体が大きい男だった。30代前半くらいだろうか…。

髪は珍しい銀髪で、腰に2本の剣を帯びた剣士だった。

使い古された旅人のマント、そこから覗く薄手の鎧も年季が入っていて、この男がここまで修羅を生きてきたことを示すには十分だった。無精髭は生えていたが、精悍な男だった。…ただ、その男の右の袖は、そこに何も支えるものが内容に、静かに揺れている。

…その男は片腕だった。


「マスター、ビールをくれ!一番、安いのでいい。」


その男はそう言いながらカウンターを奥へと進み、サカテから2つ先の椅子にドカッと腰を下ろした。

思わず、その男に見入った。別に好みのタイプだった訳じゃない。キエイの時と同じで…なんとなく気になったのだ。

その男はせわしなく指を動かし貧乏ゆすりをしながら、何度もため息をついていた。何かに焦っている様な、追い込まれている様な…そんな類の様だった。

やがてその男の前に小さなグラスが置かれ、ビールが注がれる。

シュワ〜という炭酸が弾ける音を楽しむ間もなく、その男は嬉しそうにグラスに口をつけた。

ランプが放つ薄暗い橙の光を頬に浴びたその男の顔は、独特の哀愁が漂っている。

そこに、なんだが自分と同じ匂いを感じた。

と、その男がサカテの視線に気づいた。まぁ、まじまじと見てしまっていたのだから、当たり前だ。


「小さいお姉さん〜、俺になんか様かい?」


その男は背中を丸め訝しそうな目でそう話しかけてきた。


「いや。別に様なんてない。」


「ははっ〜。それにしちゃ、熱い視線を感じたがね〜。」


男は軽い声でそう話すとサカテから視線を外し、残り少なくなったビールを煽った。

その時を狙ってもう一度、彼をじっくりと見た。赤黒く焼けた顔、汚れたマント、底がすり減った靴…。


「あんたは…旅人かい?」


サカテはそう尋ねた。もしそうなら是非にも聞きたいことがあるからだ。

するとその男は、空になったビールを逆さにして最後の一滴をすすると軽い声で答える。


「みたいだね〜。」


「…そうか。」


「ハハッ〜、つってもご覧の通り、貧乏旅だがね。」


男はニカッて笑い、肩をすくめた。確かに身につけている服や武器はどれもこれも綻んでいたり傷物だったりと、すっかり年季が入ったものばかりだ。


「僕もそうだ。だが金がない旅というのは、女の方がきつい。」


サカテも彼の真似をして肩をすくめる。


「はははっ!違いない。」


パンと手を叩き、大げさに笑ったその男は、ビールをもう一杯注文するとそのままサカテの真横の席に座り直した。

体が厳つく、顔も彫りが深いのだが、近くで見るととても優しい目をしている…サカテは思わず息を吐き、表情を崩す。


「ジャックだ。」


男はそう名乗り、大きな体を丸めながら手を差し出す。サカテは反射的に彼と握手をした。


「僕はサカテ。」


そう応えると、ちょうど彼が注文したビールが運ばれてきて、2人は苦笑いを浮かべながらグラスを合わせた。

知らぬ男といつの間にやら乾杯している自分に、思わず笑みが溢れる。


「どうした?何か、おかしかったか?」


ジャックと名乗った男は、突然笑い出した自分を見て目を丸くした。


「はははっ…失礼。Barでナンパする奴っていうのは、こうやってするんだと感心してたんだ。すごく自然だった。」


「そりゃ、お褒めの言葉をどうも。」


肩を竦め顔をしかめたジャックは、大きな体を丸めたままビールに口をつけた。


「ジャックは、世界中を巡っているのか?」


「…そうだね。ロフテン以外の国は全て回ったかな。サカテお嬢さんはどこの出身だい?」


「お嬢さんはやめてくれ。」 サカテは一度そう言って顔を顰めると、バーボンを少しだけ口にして答えた。


「僕は、サイの出身だ。」


「…ほう、サイか。あそこは自然が多く残る綺麗な国だっけな〜。少々、教団の力が強すぎるのが難点だけどねん〜。」


「ハハッ、違いない。」


思わず吹き出した。確かに自分の祖国は世界的に見ても少々、教団の信仰が厚すぎる。


「俺はレダルの出身でね。サカテちゃんは行った事があるかい〜?」


「帝都には一度、お邪魔したな。ジャックには申し訳ないが、スリが多かった。建造物はいいがね。」


「ハハッ。確かにあの国で一番多い職業といえば、ひったくりだからね〜。」


ジャックは肩をすくめて笑う。だが、レダル国に限らずこの貧しい世界ではそれは日常で現実だった。

ちょっとした自己紹介が終わると、そこからは一気に打ち解けた。

酒の力もあったが、それぞれが巡った町の風景、文化、食べ物で盛り上がる。

いくら尋ねたい事があると言っても相手は見知らぬ男。

だが最初は警戒気味だったサカテも、いつの間にやら夢中になって話していた。

彼の外見とは違う、人懐っこく、面白い話っぷりに興味が湧いたのだ。

それより何より、彼は紳士だった。

喋り方や態度は軽いのだけど、考えや言葉は理路整然としている。

おぼろげにこの男の生まれや育ちは、いいとこではないかと思ったものだ。


「ところで、サカテちゃんは何で旅してるの?…槍の武者修行かい?」


1時間ほど話をした後…彼はついにその事に触れてきた。

まぁ、いくら武人とはいえ、若い娘の一人旅など深い理由があるのではと勘ぐるのは当然だろう。


「実は人を探しているんだ。ただ、その人は本当にこの世に存在するのかしないのか…分からないんだけど。」


サカテは素直にそう洩らした。彼は驚いたように目を丸くした。

……しばし時が空いた。


「……ふうん。どんな奴なんだい?」


「実は、名前しか知らないんだ。」


「はっはー!…そりゃ難儀な旅だね〜。」


「ああ。だが、もう一つヒントがある。その人物は…魔法が使えるらしい。」


僕が意味深げにそう話すと、彼は急に貧乏ゆすりをやめた。目も点だ。

それは、呆れられたか、くだらない冗談にどう返すか迷っているか、はたまた思い当たる節があるのか…。だが当然、サカテは思い当たる節があるのではと考えた。思わず体を乗り出した。だが彼はサカテから視線を外すように、ゆっくりと天井を見上げた。


「……その魔法使いの名前はなんだい〜?」


恐る恐る尋ねてくるジャック。


「……サーシャ…と、いうらしい。」


「マジかよ…。」


彼はグラスを置いて、一本の手で器用に頭を激しく掻いた。明らかに動揺していた。

ご丁寧に頭を小刻みに振って困り顔だった。年齢の割には結構、分かりやすい御仁らしい。


「サカテちゃんはどこでその名前を聞いた?」


そう尋ねてきた彼の顔は、少々渋かった。


「……偶然だ。人の噂話からだ。」


「まいったな…。あんたが知ってるとなると、結構噂は広がっているのか…。」


「噂?おい、ジャック。それは、どういう事なんだ!?君はその人物を知っているのか?」


思わず声を荒げた。だが、彼はその問いには答えず「サカテちゃんは、なんで姫さん…いや、サーシャに会いたいんだ?」って逆に尋ねてきた。その物言いは確実に彼がサーシャを知っていることを示していた。そして名前から予想された通り、サーシャなる人物が女性だということも。

僕は迷った挙句、名前を伏せてキエイの目のことを話した。

そして光を失った彼のために、彼女を求めて自分が世界を巡っていることも…。

ジャックは話が進むにつれ、ため息が大きくなった。そして困っていた。

サカテの熱心さ、その少年を思いやる気持ち、そんなものに頭を抱えているようだった。

やがて、彼は頭を机につけながら、洩らした。


「君の探し人は、今…ここ、ザグレア地方にいるはずだ。…それで勘弁してくれ」と。


その瞬間、サカテは腕のない彼の右肩を必死にゆすり、質問ぜめにした。

彼の言葉など、悪いがガン無視した。当たり前だ。

必死だった。意図せず涙が溢れ出ていた。

だが、彼は口を開かなかった。どれだけ懇願しても、喚いてもジャックは答えてくれなかった。冷静さを失ったサカテが彼の背中を叩いた時、ついに店のマスターに止められた。

ーー乱暴するなら、出てってくれ…と。

だがその時、立ち上がったのはジャックだった。


「マスター、サカテちゃんは悪くない。悪いのは俺でね〜。俺が出て行くさ。」


彼はそう言って銅貨を数枚、カウンターに置いた。…そして、自分をチラッと見ると、ゆっくりと扉へと歩く出す。

サカテは慌てて立ち上がり、ジャックの背中に向かって大声で叫んだ。


「ジャック!お願いだ!なんでもいい!知ってる事があったら、教えてくれ!後生だ!!」


彼は振り向かなかった。ただ…足を止めた。

そして顔を俯かせて、ゆっくりと話し始めた。


「姫さんは、とっても忙しんだ。彼女は今…命を賭けてあるものを探している。サカテちゃんは、その邪魔をしないと誓えるかい?」


「も、もちろんだ。なんなら、その探し物を手伝ってもいい!」


謎解きのような問いかけだったが、そう答えるしかなかった。


「俺が今から話すことも、口外しないと?」


「や、約束する!」


そう叫ぶと、ジャックは大げさに手を振り上げ、天井を見上げた。そして「姫さん…ごめんな。しょうがねぇんだ。」って独り言を呟いたあと、ゆっくりとサカテの方を振り向く。


「彼女がその坊やの目を治せるかは分からない。だが、姫さんは確かに魔法を使える。俺も旅の途中、何度かお世話になった。君が探している人物が、俺の知っている姫さんと同じだといいが。」


ジャックはそう前置きすると、そのまま話を続けた。


「彼女は、教団を統べるカスティリャ家のひとり娘さんだ。本名をサーシャ・ハトホル・カスティリャという。教団最高位司祭で枢機卿。普段は、天空の国エディアにいらっしゃるが、さっきも言った通り姫さんは今、大地に降りてきてる。命より大事なもんを探しにね〜。その事実を教団は箝口令を引いてまで守ってきたが、もはや一部では噂になりつつある。」


彼はそう言い切った。だが、サカテは頭をかかえる。これだけ旅して、挙句サーシャという名を調べても何も出てこなかったのだ。おかしいじゃないか!素直な感情が高ぶった。


「そ、そんなこと、僕は知らなし、誰からも聞いた事がない。」


「そりゃそうだ。だいたい彼女の存在すら地上の民は、数年前までは誰も知らなかったんだからさ。…知っていたのは王宮に近い者か、天空の民、そして教団関係者だけだ。」


「ジャックはなぜ知っている?君は何者だ?」


当然のようにそう叫んだ。嘘か誠か計りかねていたからだ。

だが、その問いに「俺の事は、今はどうでもいいでしょうよ〜。」と、ジャックは惚け、又してもサカテの問いには答えず、そのまま話を続けた。


「長い黄金色の髪、白ローブ、左手に黄金のブレスレット。変装してなきゃ、それらが姫さんのわかりやすい特徴だが、サーシャはこの世のものとは思えないほど美しい姿をしている。そうそう、全世界の教会にある女神像と瓜二つだ。一目見ればすぐに分かるさ。」


「教団の女神像に、そっくり?」


「ああ。あの像は500年前を生きた女神、ファティ大司祭という人物がモデルでね。姫さんは、そいつの正当な後継者だが…自分がその女神と比べられることにとても悩んでいた。ご丁寧に見た目までそっくりだからね〜。」


その彼の言葉に、サカテは納得した。ジャックの話は本当だと。

信じたい自分がいたのも事実だが、サーシャのささやかな悩みまで知っているとなると、彼が嘘をついているようにはとても思えなかったのだ。

やがて、サカテは涙をぬぐうと、彼に向かって大きく頭を下げた。


「ありがとう、ジャック。この恩は忘れない。」


「ああ。…あと、お願いだが、俺に会った事は姫さんに言わんでくれ。自分の事で手一杯なのに、姫さんはすぐに人を助けようとすんだ。頼むよん〜」


彼はそう言って、だらんとした右腕を掲げた。

サカテはすぐに頷いた。…彼がサーシャと行動を共にしていた時、右腕はあったのだろう。

その様子を満足げに見たジャックは、ゆっくりと店から出て行った。

恐らく彼にも深い事情や物語がある事はすぐに読み取れたが、サカテは声をかけなかった。

自分にも、進む道があり、今は他人のことを考えている余裕はない。

だが、彼には心の底から感謝した。

何しろ彼の話で、サーシャがこの世界に存在することを信じられたからだ。

それが何よりの力になったのは言うまでもない。

そして彼との出会いが、彼女に大きな運までも齎すこととなる。

それからは、時はあまりかからなかった。

次に訪れたルンという街で情報収集の為にねぐらにしていた盗賊団の元に、ついに彼女の目撃情報が舞い込んだのだ。

紆余曲折あったが、その過程でサカテはサーシャと無事に出会う事が出来た。まぁ、よく分からない少年アルバというおまけ付きだったが。

トントン拍子とはこの事だ。5年に渡る苦しい旅が嘘のように感じたものだ。

だが、それからが大変だった。

どんな手を使ってでもサーシャに取り入り、言う事を聞かせないといけない。

サーシャが脅しに屈しない人物である事はすぐに分かった。

そして見た目とは違い、相当な頑固者であることも薄々感じ取った…。

逸る気持ちを抑え、彼女の観察を続けた。

どうやってキエイのところに連れて行くか…。魔法を使わせるか…。

それに恩あるジャックとの約束も違えるわけにはいかなかった。そう、彼女の目的の邪魔をしない事だ。

だが、サーシャ自身、そして共にいたアルバという少年の話を聞いて、サカテはあることに気がついた。


そう、10年に渡る彼女の探し物の旅が、すでに終わっていることに。


それは俗にいう勘というやつだが、それならばサカテの舞台は全て整ったということになる。

そして…ついにサカテは5年ごしの願いを叶えるべく、この街のBarでサーシャと2人きりで向き合ったのだ。

すぐにでも尋ねたかった。

何せ、サーシャは自分のことを友とまで評してくれたのだ。嘘をつくとも思えないし、力を貸してくれると思った。

だが、ジャックに言われた通り、治せるものと治せないものがあるといわれればそこまでだ。

そもそも魔法の話だって本当かどうか分からない。


怖くて


怖くて


怖くて


最後の希望となった彼女に本当のことはなかなか話せなかった。


「それは無理です。」


彼女が…サーシャがそう言うのではないかと思うと恐ろしかった…。

そんな事を考えていた矢先、サーシャがキエイ貰った髪飾りを褒めてくれた。そこに運命を感じた。キエイからのプレゼント…それは、いままでのすべての苦労が報われるほど嬉しいものだったのだが、そこにまるでサーシャも賛同してくれたように思えたのだ。


サカテは覚悟を決めた。いつものように、簡潔に、一気に話した。


「僕の知り合いにキエイという少年がいる。10歳だ。彼は職人の孫で、爺さんの跡を継ぎたいと思っている。だが…その少年は生まれつき目が不自由でね。ただキエイは光を失っているのに、努力家で、心優しく、本当にいい子なんだ。僕は彼の目を治してあげたいって思った。彼の…爺さんの仕事を跡を継ぎたいって願いを叶えてやりたかった。傲慢で自分本位で身の程しらずだって事はわかってる。だけど僕は彼の目を治せる医者を求めて世界中を回った。必ず彼の目を治すんだって…だが、誰も相手にしてくれなかった。その時は、本当に悔しかった。苦しかった。」


「………サカテさん。」


「そんな時だ…僕は君の噂を耳にしたんだ。君は…サーシャという人物は、魔法を使い身体を癒す事が出来ると。」


「…それで貴女は、出会ったばかりの頃から、私に魔法のことばかり尋ねてきたのですね。」


サーシャは優しい笑みを湛えながら、懐かしむようにそう洩らした。

その言葉からは彼女の感情は読み取れなかったが、サカテはジョッキを机の上に置き直し、彼女の方をまっすぐに向いた。

そして、椅子から降りると、そのまま大きく頭を下げた。


「サーシャ。頼む、教えてくれ!君は、キエイに光を取り戻せる事が出来るのか?」


突然のことに、サーシャは目を丸くした。


「………サカテさん、どうしたのです?頭を上げてください。」


「その為なら、なんだってする!どんな代償だって払う!どうか、どうか…。」


サカテはそのまま床に手をついて、頭まで擦り付けていた。

だが、希望よりも不安の方が大きかった。

何故なら、旅で出会った名医の全てが同じ言葉を吐いたからだ。


「それは無理です。」と。


なんども聞いたのはその言葉だけだった。


町医者は顔を顰めて言った。「それは無理です。」と。

国王おかかえの名医には鼻で笑われた。「それは無理です。」と。

天才と言われていた若い医者は大きく手を振った。「それは無理です。」と。


それは無理です。


それは無理です。


それは無理です。


頭を床につけても、浮かんでくるのはその言葉だけだった。

5年もの間、その返事しか聞けなかったからだ。

正直…サーシャの顔を見れなかった。


それは無理です。


そう彼女の口が動くと思うと、恐ろしく恐ろしくて仕方がなかった。

ーーやがて、床に映し出されたサーシャの影が動く。

白く輝くような光が、サカテを照らす。

そして彼女の肩に、再び女神の手が添えられた。

サーシャが…口を開いた。


「その…キエイと云う少年は、何処にいるのですか?」


サカテは思わず顔を上げた。

目が涙で霞む。

辺りが白く輝いているような錯覚に襲われる。

ぼんやりとした涙の向こう側に滲む、女神の姿…。

だが、その時のサーシャの表情はちゃんと伺えた。

彼女は…変わらず微笑んでいた。

それが女神の答えだった。

サカテは、人目もはばからず大声で泣いた。床を何度も拳で叩いた。


「サカテさん。…大丈夫です。何も心配する事はありません。」


サーシャは彼女を優しく抱きとめた。

サカテは彼女の腕の中で、駄々をこねるように何度も首を揺すった。


「サーシャ、サーシャ…。サーシャ!」


「もう…なぜ、もっと早く言ってくれなかったのですか?サカテさんと私は友なのです。そうでしょう?」


その言葉に、サカテは思わずサーシャに抱きついた。

何も考えず、自然と体が動いた。まるで、それを求めるように…。

女神の豊かな胸に顔を埋めると、サーシャはサカテを優しく抱きしめ返してくれた。

白ローブと黄金色の髪が心地よかった。

温かさ、優しさ、奥深さ…全てが大きくて、まるで何かに包まれて守られているようだった。

また、勝手に涙が溢れ出した。


「私がちゃんと治します。ですから…もう泣かないでください。」


事情を知らないはずの現代の女神の声は、何故かどこまでも優しかった。



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