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サーシャとサカテ 2

サカテがキエイに出会ったのは5年前だった。


当時の彼女は師であるムカサに勧められ、長く暮らした道場と街を後にして、当て所のない武者修行の旅に出たばかりだった。世界中から槍使いが修行に訪れるムカサの道場にあって、師範にまで上り詰めたサカテは腕には相当の自信があったし、実際に試合でも実戦でもほとんど負けた事がなかった。

だが初めて師から離れ、目的や進む道を自分で決めなくてはならなくなった当時は、たいそう面食らったものだ。

ただ、いつまでも師の知り合いの道場めぐりをしていても仕方がない事に気がつき、だからと言ってやる事が見つからない彼女は、結局は若干都市伝説的な”天翼の槍”なんていう伝説の武器探しって事にして各地を巡る事にした。


「旧ザグレア領内のロハンという街に、ザイゼンという槍作りの名人がいる。」


そんなある日、キルドという街でそんな噂を耳にした。

幾多の戦いで使い慣れた槍の傷みもあったし、名人とまで謳われる御仁なら”天翼の槍”の事も知っているかもしれない…一石二鳥の香りがしたその噂に、サカテはまんまとのってみる事にした。

しかし、旧ザグレア領内は国が滅んだこともあり、治安がまるで悪かった。サカテの場合は、自らが武人であり、槍は達人の域までに達していたので特に問題はなかったが、道ゆく商人や訳ありの旅人をいったい何人助けたか覚えられないほどだった。ただその度に謝礼や食料を分けてもらえたので、日々の生活はとても助かったが。

そんな地味な苦労もあり、紆余曲折があってパールパーラの街を旅立ってから、彼女がロハンにたどり着いたのは半年後だった。

ロハンは砂漠の街だったが、この時勢に似合わない活気のある街だった。

特に政治や権力者に興味のないサカテは気にしなかったが、当時からロハンは物流の拠点としてそれなりに栄えていた。

サカテは道ゆく人にザイゼンの工房の場所を尋ねた。その工房はここロハンでも有名だったらしく、すぐに住所が分かり、街の門をくぐってから、数時間でその工房にたどり着いた。


「よし!」


サカテは心に気合を入れてその門をくぐったのを覚えている。

まぁ、槍作りの職人なんていうのは昔気質で気難しいなんてのは相場は決まっている。

若干、緊張した足取りで奥へと進む。

だがその気合は杞憂に終わった。頭が禿げ上がり鋭い眼光のザイゼンという老職人は、最初は自分を相手にもしていなかったが、師であるムカサの名を出すと目を合わせてくれ、同道場の師範の目録を見せると唸り、自分なりの槍のこだわりを話すと槍を見てくれ、その槍の行き届いた手入れに感心し、ようやく話を聞いてくれたものだ。

残念ながら”天翼の槍”の話は一蹴されたが、槍の手入れと新作の槍を作ってくれると約束してくれた。

その時は、名工ザイゼンに認められた事がたいそう嬉しかったが、ちょうどそのザイゼンと話し込んでいるときに、工房の隅で丸くなっている少年を見つけた。

背は高いが、ガリガリ。足を抱えながら寂しそうに一点を見つめていて、体はピクリとも動かなかった。

……なんだか、とても気になったのを覚えている。

だがその少年は、どれだけ凝視してもこちらを向かなかった。

試しに手を振ってみた。…やはり反応がない。

いつの間にか、無意識に、サカテはその男の子に近づいた。

だが…反応がない。

その様子を見ていたザイゼンが大きな声で彼女に言った。


「サカテ。その子は、目が見えないんだ。怖がりだからちょっとでも触ると叩かれるぞ。」


サカテはその忠告に、しばらく立ったまま、その子の目をじっと見ていた。

確かに彼の目は動きを見せない。やがて視点があっていない壁を見つめながら、女の子の様に長い髪をさすり出した。

その少年はサカテが目の前に立っている事を理解しているのか、緊張していた。髪をさするのは警戒の表れだった。

サカテはゆっくりと屈むと、恐る恐る少年の顔に手を伸ばした。


バシっ!


と、全てを拒絶するようにサカテは手を叩かれた。子供らしい加減のない力だった。

だが、彼女は声も出さず少年を見つめ、再び彼の顔に手を伸ばす。


バシっ!!


先ほどより強く叩かれたが、今度はサカテは手を引かずそのまま彼の顔を触った。頬を優しく撫でるように。


バシっ!バシっ!バシっ!バシっ!


彼は嫌がるようにずっとずっとサカテの手を叩く。やがて叩かれた腕が赤くなったが、それを気にすることなく彼の顔を撫で続けた。

それでも彼は叩くのをやめなかった。駄々っ子の様に、全てを拒絶する様に、ただただ暴れていた。

それでも彼の頬から手を離さなかった。

どれだけ痛くても、腫れ上がっても。

全く抵抗をしないサカテを不思議がったのだろう…やがて、彼が手を止めた。

時が止まったかの様に静かになった。工房の鉄を打つ音もいつの間にかおさまっていた。

暫くして彼は、叩いたサカテの手を探るように何度も何度も彼女の手を摩る。

それはまるでサカテの手を癒している様でもあった。

サカテは優しく彼の手を掴み、そして自分の顔に導き、頬に押し当てた。

その少年は戸惑いながらも、サカテの顔を触った。目の位置、鼻の位置、口の位置を確認するように…彼はサカテの顔を触り続けた。

…少しくすぐったかったが、彼のやりたいようにやらせた。

彼の手が髪の毛に伸びて来た時、サカテは初めて彼に話しかけた。


「僕は、サカテ。君の名前は?」


「…キエイ…」


「キエイか。良い名だ。」


「………。」


「なぁ、キエイ。友達になろうよ。」


「…ともだちって…なに?」


「仲良しになることだ。辛いことや悲しいことは半分こ出来るし、楽しいことは2倍になるんだ。」


「…サカテ…僕のともだち?」


「そうだよ。よし、友達の証にこれをあげるよ」


サカテはそう言うと、自分の頭巾をびりびりと裂いて一枚の布を作った。

キエイはその音に驚いたそぶりを見せたが、その場を動かなかった。

「そのまま動くなよ。」

そう言いながら黒い布でキエイの目を覆い、頭に丁寧に巻きつけて縛った。

彼は巻かれた黒い布を手で何度も確認しながら尋ねてくる。


「これは…?」


「僕とお揃いの頭巾だ。友達の証だ。大事にしろよ。」


サカテはそう言うと、彼の頭をポンポンと叩く。もう彼の拒絶する手はこなかった。その代わりに、小さい腕を必死に伸ばして、彼女の髪を触ってきた。


「…サカテは髪が長い?」


「僕は、女だからだ。でも女の中では短いほうだ。」


「女?」


「そうだよ。君のお母さんと一緒だ。」


「お母さんは好きだ。でも…何処かにいっちゃった…」


キエイは寂しそうに言った。


「そうか。」


サカテはそう言うと、彼の手を掴みそのまま彼の横に座る。

キエイは嫌がらず、そっと体を寄せてきた。そして顔を掲げ、自分の名を呼んだ。


「サカテ…」


「どうした?」


「ボク…サカテを見てみたい。」


キエイはその時、初めてサカテに笑顔を見せた。目は布で覆い隠されているので見えない。だが、その口元は間違いなく笑顔を浮かべているそれだった。


「僕の顔なんか見ても、何もいいことなんてないぞ。」


サカテはそう口を尖らせたが、その時のキエイの表情と言葉で彼女の旅の目的が決まった。



その日から、サカテは国中を歩き回った。人づてに情報を集めながら、自国「サイ」の大きな街を訪れては医者を探し回った。だが、完全に光を失った目にふたたびその光を戻すことは、どこにいっても不可能だと言われた。

…国内の医者は諦めざるを得なかった。

半信半疑だったが、雪の中、山奥に住む仙人を名乗る「まじない」の老人のもとへも行った。

彼は自らが祈祷をしたお札を部屋に飾れば治ると豪語したが、大金をとられただけでキエイの目が良くなることはなかった。

サカテはついにほとんど情報のない国外へ旅立つ決意をした。

だが、どこにいっても真剣にとり合おうとする医者はいなかった。いたとしても、なぜ失明した目を治すことができないのか、小難しい話を永遠とされて病院を追い出された。

それ自体、とても腹立たしかったが壁はそれだけではなかった。

時は乱世ーー。

サカテの様に国境をまたぐ武人は、諜報活動をまず疑われた。

その為、治安のいいフィルファの様な国では、いい医者の噂を聞いても必ず官兵に邪魔され、近づくことさえ出来なかった。いい医者を他国からスカウトしにきた不届き者としてマークされてしまったのだ。

かといって治安が悪い発展途上の国に赴けば、騙されて金をとられることなど度々あった。

そして運よく本物の名医に出会えても、答えは一緒だった、


「それは、無理です。」


サカテは、それでも諦めず探し回った。医者ばかりでない。まじない、薬草、手術道具の店までありとあらゆる可能性を探り、世界を巡った。だが、芳しい結果はやって来なかった。

当て所のない旅は難航を極め、彼女の強い精神力をも削られていく…。

心が折れそうになると、サカテはザイゼンの店に立ち寄ってはキエイと話したり遊んだした。


やがてキエイは、サカテが来るのを待ちわびるようになった。


彼が嫌なことがあったり、気落ちしたりするとサカテはずっと彼のそばにいてあげた。サーシャのように優しく言葉をかけたり慰めることはできなかったが、不思議とキエイは彼女がそばにいると心が落ち着く様だった。

その度に決意を新たにした。

付近の国々の大きな街は探し尽くしていた。ジャングルに分け入り密林の中に生息するという薬草も取りに行った。大海の果てにある孤島に出向き、有名な祈祷師ともあった。

だが、どれだけ世界を巡っても、彼女を満足させる答えはなかった。

サカテは近隣諸国のあらゆる場所を廻りつくし、いよいよ途方にくれた。


そんな時だった。一つの噂話を耳にした。


それは、本当に偶然だった。

たまたま田舎町で立ち寄った茶屋で、後ろの席に座った女が妙な話をしていたのだ。


「私もサーシャ様が、修道士の怪我を治したと聞いた事がある。…しかも魔法でだ。」と。


魔法?

その言葉にサカテは顔を顰めた。それは500年前に滅んだ古の神の力だったからだ。そして初めて聞く名前、サーシャ…。

普通なら笑って受け流す話でも、当時の自分はそれを聞き流すことなど出来なかった。

咄嗟に振り向いてその女に目を向けた。

女は自分と同年代だったが、三つ編みをして服もパッとしない地味な女だった。

ただ…得体の知れぬ何かが、彼女を覆っているように感じられる…。

だがキエイの事で頭がいっぱいだったサカテは、”嘘だったら承知しねぇぞ”…そう思って彼女の後ろ姿を睨んだ瞬間だった。

なんとサカテの首元に、いつの間にか漆黒の剣が添えられていたのだ。しかもその細長い黒い剣は、その地味女の肩口から伸びていた。それは速さで負けたことのない彼女にとって、信じられない出来事だった。


「私に敵意を向ける貴女は…どちら様?」


その言葉とともに、信じられない様なプレッシャーがサカテを襲った。それは彼女の師であるムカサに匹敵するほど大きな力だった。


「ご、誤解だ。僕はただ、その…サーシャという人の話を聞きたかっただけだ。」


サカテがそう弁明すると、その地味女はゆっくりとこちらに顔を向けた。目の部分に藍色のマスクをしている不気味な女だった。


「サーシャ様を呼び捨てにする貴殿になんぞに、話すことなどございません。」


その女はそう言って、仲間とともに席を立った。そしてその帰り際、その地味女の仲間たちはサカテを哀れむ様に見下ろして、「ユラ様に喧嘩を売るなど、なんて愚かな。命があっただけでも幸せと思え!」なんて捨て台詞まで吐かれた。

( ユラ? )聞いたこともないその名前にサカテは訝しんだが、実を言えばそのユラという名前は偽名で、彼女が世界に名を轟かすとんでもない化け物だと気がつくのは数年後のこと。


だが、そう遠くない未来に再び出会う、そのお友達が残した言葉で、サカテはサーシャという名前を追うことになった。


微かな光が差したことで、彼女は再び世界を巡った。

今度こそ、という思いもあった。

ところがである。

世界各地の街で聞き回り、様々な本を読み、古文書まで開き「サーシャ」を調べたが、その名前の情報は皆無だった。

今度こそという思いがあったからこそ、やりきれなくて、悔しくて…辛さは倍増した。

やがて、サカテはヤケになって酒を飲み始めるようになった。

来る日も来る日も浴びるように飲んだ。決意堅く探しながらも、心のどこかで諦め掛けていた。



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