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サーシャとサカテ 1

サカテが嬉し涙を浮かべた訳…実を言えば、その理由は一つではなかった。

だがそのほとんどは、キエイと云う少年の目の事だ。

思えば、彼女の師であるムカサから武者修行を勧められ、その目的を師に問うと「志あれば、目標はその道の途中で必ず見つかる。」と諭され、あとでのない旅に出たのが5年前。

そして旅立った同じ年に、ロハンという街でキエイに出会った。

その盲目の5歳の少年は自分と友達となった日にこう言ってきた。


「ボク…サカテを見てみたい。」と。


こうしてサカテに初めて明確な旅の目的ができた。

正直言えば、最初は軽い気持ちだった。目を治す医者など、すぐに見つかるとタカをくくっていた。だが、完全に光を失った目を治癒すると云うのは並大抵のことではなかったらしく、あっという間にサカテは袋小路に陥った。槍の頂を求め、それ以外を疎かにしてきた自分の無知を呪った。

ただ由一の救いだったのが、安請け合いできない自分の性格が幸いし、キエイには医者を探している事を告げなかった事だ。変な期待を持たせてはいけない…それをその少年の為だと思い続け、これまでずっと黙っていた。

ところがである。

10歳になったキエイは、サカテの誕生日プレゼントに素晴らしい髪飾りを贈ってくれた。目の見えないことを言い訳にせず、人に聞き、学び、創造し、黒髪で黒い服ばかりを着ているサカテに女性らしい一品をと、紅色の花を多くあしらった髪飾りを作り上げたのだ。

それを髪に飾り、鏡を見たとき、彼女は自然と涙が溢れた。

鼈甲に丁寧に彫られ描かれた見事な紅の花。

それはキエイにとって、サカテが彼にかけてきた励ましの言葉や旅の話の恩返しだったそうだが、彼女は盲目の少年が作り上げたその見事な髪飾りを見て、自分を恥じたものだ。

彼がくれた明確な旅の目的…そのことに覚悟が足りなかったと。

小さい頃より槍術を学び、強さと云う欲望に邁進していた彼女にとって、それは初めて触れた別世界の課題だったのかもしれない。

彼女は腹を括った。


「キエイ、僕は君の目を治す医者を必ず探してくる。だからもう少しだけ、待っててくれ。」


別れ際、サカテはキエイにそう言葉をかけた。


「…そんな…悪いです。サカテ姉さんは、自分の為に旅をしてください。」


キエイはそう言って首を横に振ったのだけど、表情はどこか嬉しそうだった。

サカテは彼の手を握り、「待っててくれ!」ともう一度伝えた。

今思えば、その一言は彼への言葉ではなく、寧ろ自分に向けたモノだったのかもしれない。

ただ、そう彼に言い切った時は気持ちが高ぶった。

ところがだ。

時間が経つにつれ、足が震えが止まらなくなった。

どんな強敵を前にしても、何人の猛者に囲まれようとも、”戦い”なら心が歪んだことなど一度もなかった。それなのに、キエイの目の事になると胸が締め付けられ、緊張し、心の臓が激しく胸を打ち出した。

彼の目を治せる医者など、いないのではないか…。

そんな思いが頭を過ぎるたびに、サカテはますます恐怖に陥ったのだ。

最後の望みだったサーシャからは、魔法の存在をハナから否定されている。最初は、嘘をつくな!と彼女を訝しんで見ていたし、彼女が魔法を使えることを信じて疑わなかった。ところが、キエイにそう宣言してしまった今となっては、その真実を聞くことすら恐ろしくて仕方がない。

目の前が、真っ暗になった。

そんな時に、夜のザグレア平原で偶然助けたロハンの兵士たちを通じて、サカテは、アルバとサーシャに再会した。

3日ぶり…だがその時は、気持ちがどん底に落ちていた時だった。

最初は普通に声をかけたが、段々話せなくなった。

彼らに罪はないが、変わらず呑気で鷹揚な2人見て、少々腹立たしくなったのも事実だ。

そして思った。

魔法を使えるだが使えないだがよく分からない女神と旅をするより、もう一度ちゃんと世界を巡って目の名医を探す方がいいのではないか…と。

ところがである。

アルバとサーシャは旅の約束を反故にしようとして無視を決め込んだ自分に向かって、必死に声をかけ続けてくれた。しかも聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいに、サカテを仲間として認めてくれていることを必死に伝えてくる。

この2人は、とにかく屈託がない。

物売りで人付き合いが苦手という記憶がぶっ飛んだアルバは、最初は警戒心が強いものの、数時間でそれは崩れ落ちる。恐らくこれまで友達がいなかった事も起因しているのかもしれないが、誰でもすぐに仲良くなろうとする。

だからサカテは彼が人付き合いが苦手というのは信じていない。ただ、これまで本当に同年代の友がいなくて、友達ができなかっただけだって推測してる。

そして世界を総ていると言っても過言ではない教団の支配者の一人娘サーシャ。雲の上の存在で、各国の王ですらおいそれと会う事が叶わないこの御仁もやはり素直でまっすぐ。まぁ、こっちは当たり前だ。彼女の父親以外、誰も彼女の言葉には抗えないのだから。だけど、不思議なことにサーシャは、権力者のそれにあるような威圧的なところがまるでない。

旅をしている理由、平民であるアルバをまるで恋人のように大事にする訳、大地に降りてきた真実、その全てが謎に包まれているけど、なぜかサカテは彼女を信じるに値する人物であると思ってしまう。それが彼女の血筋ゆえか、その鷹揚な性格だからなのかは分からないが。

そんな2人を見て、サカテはいい意味で困惑した。

これまでキエイの事を一人で背負い、結局は孤独だった自分の旅。

例えサーシャが魔法を使えなくても、この2人なら一緒に探してくれそうな気がした。しかも同じ思いで、本気で、必死に。

普通の知り合いなら、結局は他人事で途中でほっぽり出されてしまう事も、この2人は違うって思えてならない。


( …そうか。 )


ふと納得する自分がいた。うまく言えないけど…これも師であるムカサが教えたかった旅の大事な目的だったのかもしれない。いろんな思いが頭を交差した。だが、今、自分がなすべきことをするのが何よりも大事だと思えた。そしてそれは2人を信じるなら可能だ。

そう考えが纏まったからだろうか。


「……話があるんだ。」


サカテは、いつの間にか女神に顔を向けて、そう口にしていた。







サカテとサーシャは、暖炉の横にあったBarカウンターへとそのまま移動した。

最初に食堂に入ってきた時に、Barに座っていた一人客は部屋に戻ったらしく、古い一本木で作られたカウンターには誰もいなかった。

サカテは当然のようにアルバも誘ったのだけど、彼は何かを感じ取ったのか、珍しく遠慮した。サーシャと片時も離れることを嫌がる彼としてはそれはとても珍しい事だった。恐らくサカテがサーシャの方を向いて「……話があるんだ。」と言ったからだろう。彼はボッーとしているようで空気を読むのがとてもうまい。いつも周りの人間にこっそり気を使っている。

自分としてはアルバがいても良かったのだが、確かにサーシャと2人きりの方が話しやすい。

彼の心遣いに感謝した。


「………。」


サカテが無言のまま、先に背の高いBarの丸椅子に腰掛けた。

サーシャはといえば、腰掛ける前に自分の背中を優しくさすってくれた。その手はとても温かく、そして心地よかった。

顔を向ければ、いつもの女神の微笑みを湛えていて、そのブラウンの瞳はまっすぐ自分を見ている。女神に初めてまじまじと見据えられたサカテは、しばらく声が出なかった。ワラミ村にいた時はあれほど同じ時間を過ごしていたのに、自分が女神に救いを求める立場となってこう改めて仰ぎ見ると、これまで感じたことのない高揚感を感じたものだ。

サーシャは自分より5つも年下なのだが、彼女にはその年齢を超越した何かがあって、気を抜けば思わず頭を下げてしまいそうになる。それは普通の修道士さんとは違い、とても尊いものだと感じられ、彼女の表情は慈愛に満ち溢れていて思わず吸い込まれそうになってしまう。サカテは自我を保つので精一杯だった。小さい頃から槍術で鍛え上げた精神力がなければ、自分はサーシャに抱きつき、泣き叫んでしまっているだろうとも思ったものだ。

そして、それと同時に彼女の持つ偉大な力を感じ取る。

それはただ単に力が強いとか弱いとか、そういう次元の代物ではなかった。

どんな英雄も豪傑も化け物も悪しき心も、彼女の前では全てひれ伏す神々しいまでの威光…そういう類の強さだとサカテは感じた。


「サカテさんにまた会えて嬉しいわ。もう、私とアルバを置いて一人で何処かへ行かないでくださいね。」


サーシャはそう言って微笑んだ。

再会して数時間が経っているのだからその言葉は今に相応しくはないが、彼女の言いたい事は分かる。サーシャは、落ち込んで口をきかない自分との時間が苦しかったのだろう。

やがて彼女はローブの裾に手を添えながら、ふわりと椅子に腰を落とした。

思わず唾を飲み込んだ。

いろんな意味で眩しすぎるサーシャとカウンターと横並びに座るのは、サカテでも緊張した。

自分は相変わらずビールだったが、教団はお酒が禁止だからとサーシャはお代わりしたシナモンティのグラスをコースターの上に置いていた。

思いつめたサカテの表情に異変を感じたからだろうか。もともと片隅にいたバーテンが更に奥へと引っ込む。

テーブルに置かれた仄かな橙の光を放つ蝋燭を挟んで、サカテはついにサーシャと二人きりになった。


「サーシャ様…お話があります。」


迷った挙句、そう切り出した。いつもお姫様と半分茶化して呼んでいたが、流石に今日はそれは口にできない。そもそも彼女は世界的権威”教団”の最高位司祭。名もなき武道家風情がおいそれと話しかけれる御仁ではない。

だが彼女はその言葉を聞いて一度目を丸くすると、やがて机の上に置かれたサカテの小さい掌に自分の手を優しく添えた。


「もしサカテさんが私を修道士の一人として敬っていただけているなら、一つお願いがございます。二度と私に”様”をつけて呼ばないでください。お姫様も禁止です。普通に、サーシャと呼んでください。大体、貴女は私よりもお姉さんなんですよ?」


「い、いや…でも…。」


「貴女と私は、これからアルバと3人で旅をするお仲間です。共に苦楽を乗り越え、世界中を旅するのです。背中を預け信頼する仲間に”様”は変です。そうでしょう?」


「き、君は僕を仲間だと思ってくれているのか?」


「当たり前です。貴女は私の騎士様の武芸の師で、命の恩人なのですから。大変失礼かもしれませんが、私は貴女のことを友だと思っていますよ。」


今度はサカテが目を丸くする番だった。教団最高位司祭に友と呼ばれるのは、例え社交辞令だとしてもあまりに大袈裟だ。


「出会ってまだ1週間も経ってないんだけど…。」


「その僅かな時間で、サカテさんは私とアルバにどれほどの事をしてくれたのだと思っているのです?それに、アルバは貴女をとても信頼し、頼りにしております。彼の聖女である私が、貴女を大切に思うのは当然の事です。」


本来なら今の女神の言葉をすぐにでもアルバに聞かせてやりたいと思うのだけど、今はそれどこではなかった。この女神と称される御仁が自分の事をそこまで考えてくれているとは思わなかったからだ。

自分の掌の上に添えられた女神の美しい手…。

そこから感じる温もりと優しさ。

怪しさ満点の自分を、友とまで呼んでくれた彼女の寛大さ。

彼女は、自分の話を真面目に聞いてくれる…そう信じられる。

そっと目を閉じた。

武芸者の瞑想…それは心を落ちつかせ、自分がなすべきを考える為だ。

その暗闇に、盲目の少年の笑顔が浮かんだ。

自分の黒頭巾の切れ端を目に巻いたキエイの大きな笑みだ。

( キエイ、この女神様にお前のこと…聞いてもいいか? )

そう問うた。

それは彼女にとって、とても勇気がいる事だったからだ。

5年もの長きに渡り世界中を巡り、目の名医をしらみつぶしにあたり、失望を繰り返した苦しみが頭をめぐる。


「それは無理です。」


何度、その言葉を聞いたことか。

それと同じ言葉をサーシャから言われたら、もうあてなどない。全てが終わってしまう。

勿論、彼女もアルバも、相談すれば共に懸命に探してくれるだろう。だが、キエイの事を考えれば、少しでも早い方がいいに決まっている。そう、サーシャが魔法を操れる方がいい…。

迷っていた。悩んでいた。話すべきか、時をかけ様子を見るか…

キエイの笑顔…

張り裂けるような心の臓の鼓動…

…その時だった。


「サカテさん、その髪飾りとても素敵ですね。誰から贈られたものなのですか?」


サーシャのその言葉に、「あっ…。」って言葉が漏れて、再び目が潤んだ。

それは勿論、盲目のキエイからプレゼントされたものだ。サーシャはその髪飾りにそっと指を添えた。


「実は最初から気付いていたんですけど…アルバの前では話しづらいと思って黙ってたんです。」


「な、なんで…。」


「ふふっ…だってその髪飾りには、強さの中にも、凛とした女性の美しさも見て取れます。まさにこの髪飾りは貴女そのもの。これほどまでにサカテさんを表現した逸品を贈れるのは…貴女のことを心底大事にしていて、常日頃から貴女を想っている殿方ではないか…そう思ったものですから。」


サーシャはそう言って、恥ずかしそうに微笑んだ。

サカテは必死に涙をこらえ、顔を俯かせ、鼻を啜った。

すると自分の掌に添えられた女神の手に力が入る。

彼女は、やがてサカテの耳元で囁いた。


「友というのは、苦しみや悲しみを半分にする事ができる…中々良いものですよ?」


背中を押してくれた様なその優しい言葉に、サカテは抗う術を持たなかった。




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