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ブナの木の下で

時が無限に感じられた。

母娘が逃げ込んだ木の根の中は風が通らず、真冬の夜だというのにそれほど寒さを感じなかった。


( ママ…悪い人たちは、まだいるの? )


サシャがサラの胸の中でそう漏らすと、彼女は娘の口に優しく手を添えた。


( …分からないわ。だからもう少し我慢してね。 )


まるで綾取りのように複雑に絡み合う根っこを見上げながら、そう言って娘の頭を撫でた。

この木の根元にあった穴倉のような場所からは、外をうかがい知る事は出来ない。ここに潜ってからは敵の声も聞こえないし気配もしないから、本当なら顔を出してあたりを確認してみたいが、残念ながら彼女はそんな勇気は持ち合わせていなかった。


カサッ、カサッ、カサッ。


と、草原の背の低い乾いた草が鳴った。

サラは反射的に体を硬直させて、サシャを強く抱きとめた。そして震えながら、ゆっくりと目線を上げる。

太い根と根の間から漏れる微かな月明かりが、ゆっくりと動く影によって遮られた。…敵が近くにいる事は明白だった。


( ひっ!) 彼女は心で悲鳴をあげて、すぐに視線を下げた。心が恐怖で支配されそうになるが、自分は娘のサシャを抱いている。ふと顔を見れば、さすがのサシャも目を丸くして驚いた表情をしていた。

( ふふっ…。 )久しぶりにサシャの子供らしい表情を見て、サラは笑みを漏らした。愛おしい5歳の娘…絶対にこの子だけは守らなくてはいけない。


( 女神様…どうかサシャだけは御守り下さいませ。 )


彼女は一度そう祈ると、意を決して再び視線を上げた。

だがその祈りとは裏腹に、やがて敵の松明の炎が大樹の根元を照らし始めた。

敵がこの隠れ家のような場所を発見したのだ。

サラが息を飲みながらその明るく光る橙の炎を呆然と眺めていると、曲がりくねった太い根の間から、その松明は自分たちの空間にゆっくり入ってきて、続けざまに覗き込んだ男の顔がにゅっと現れた。

そしてゆっくりと縮こまっていた母娘に目を向けてくる。

視線が…合った。


「いたぞっ!」


敵の大声が響く。それとともに歓喜とも安堵にも聞こえる声があがる。


「ママ!逃げよう!」 と、共に娘のサシャが声をあげてサラを叩く。

そしてその5歳の女の子は驚くべき行動に出た。なんと、いつの間にやら手につかんでいた砂をその男の目に向けて投げ込んだのだ。

「グアァッ!!こ、こいつ何にやがる!!」いきなりの目潰し攻撃に、不意を突かれたその賊は目を抑えて顔を背けた。その瞬間、サラは娘を抱きかかえながら必死に立ち上がり、根元から這い出る。

周りなど確認しなかった。

太い根の隙間から飛び出すと、地面を見ながらそのまま宛てもなく走り出す。


「逃すな!!」


聞こえる低い敵の怒号と、「おっー!」というそれに応える大勢の男たちの声…。

懸命に走るが、このままでは確実に逃げられないし、サシャも助けられない…。

なにせ辺りは街道から外れた草原地帯。人なんていないし、誰かが来る気配すらない。…絶望的だ。

そう思うと自分たちを逃がそうとしてくれた旦那にも、盾となった3人の護衛にも申し訳なかった。

自然とサラの瞳に涙が溢れた。


「ママ…泣いてるの?」


と、胸に抱いたサシャの心配そうな声が聞こえた。彼女が走りながら我が子の顔を見ると、驚いたことにサシャの大きな瞳は爛々と輝いていて、しっかりと自分を見つめていた。


「サシャ…。」


「ママ、大丈夫よ。私たちは毎日、女神様にお祈りしてるんですもの。」


その娘の言葉に目を丸くした時だった。娘の顔に夢中で前を見ていなかったからだろうか…。

ドサッ…と、乾いた音がした。

それとともに、彼女たち母娘に若干の衝撃が走る…何かにぶつかり、やがて包まれるように抱き止められた。

ーー敵に捕まった!!

サラは一瞬そう思ったが、すぐに花のように優しい甘い香りがして、目の前が黄金色の光で溢れる。それと共にやってきたのは、白く清らかな光と温かなぬくもりだった。

驚いて、顔を上げた。サシャも自分の胸の中から顔を上げたようだった。


「め、女神様…。」


サラとサシャの母娘は仰ぎ見た相手の顔を見て、同時にそう漏らした。

そこには、まるでこの世のものとは思えないほどの美しく慈悲深い笑みを浮かべた清廉な女性が微笑みを湛えていたのだ。娘のサシャはその聖女に思わず目をとめ、固まってしまった。その美しいブラウンの瞳には、優しさ、強さ、温かさ…全てが込められているように感じられたからだ。


「怖い思いをなさいましたね。ですが、もう大丈夫です。」


その美しい神のごとき女性はそう漏らすと、震えるサラとサシャの母娘を優しく抱きしめた。


「あ、あなた様は…。」


思わずサラが震えながら声をあげた。


「ご覧の通り、神に仕えし修道士です。」


そう言った女のローブの胸部分には、確かに見慣れた女神の文様が見て取れたが、何やら生地の触り心地が違うし、色もなんだか明るく一般的な修道士がきているグレーではなく、白に見えた。


「おい!女修道士!!」


やがて、自分たちを襲ってきた賊のドスの効いた声があたりに響き渡った。その声を聞いたサラは、サシャと共にその修道士に必死にしがみついた。

本当ならこんな赤の他人を巻き込み、迷惑をかけるなど申し訳なくて仕方がないはずなのに、この美しき修道士から離れられない。その修道士から発せられる全てを受け止めてくれるような度量の大きさと、包み込んで守ってくれるような強さをを感じとったからだ。


「その母親と娘をこちらに渡せ!」


敵のリーダーと思しきグレーの頭巾を被った大男が、更に叫んだ。

焦っているような声だった。

だか、その不遜な女修道士は毅然とした態度で言い返す。


「はい?どんな理由で、この2人をあなた方のような無法者に渡さないといけないのか…ご説明いただけるかしら?」


「…命が欲しければ、その2人を渡せと言っているんだ!」


「あら?もしかして私を脅しているの?」


黄金色の髪を持つ修道士は、失笑しながら冷淡な目でその頭巾の男を見返す。

敵は、鉞と鎌を持った屈強な男たち。

普通なら縮こまるような恐ろしげな相手が目の前にいるのに、この美しき女神のような女性は長い黄金色の髪を風に靡かせながら堂々と言い放ち、微塵も恐れを感じているようには見えなかった。むしろ10人を超える賊の方が気圧されている感じだ。


「お、俺たちはサイ国で名を馳せる”朝星の風”と呼ばれる傭兵組織だ。修道士だと思って格好をつけてると痛い目を見ることになるぜ?」


やがて頭巾男が、鎌を構えながらそう凄んできた。だが修道士はまたもや失笑して言い放つ。


「う〜ん…そんなちっぽけな傭兵組織なんて聞いたこともありませんわ。あなた方こそ、私に刃を向けたらとんでもない目に合うわよ?」


「な、なんだとっ!」


「ふふっ、お試しになられますか?名も知らぬ傭兵さん?」


「…このアマが!覚悟しろ!!」


ついにその頭巾男がそう叫びながら、鎌を天高く掲げその修道士に襲いかかってきた。

サラは反射的に娘のサシャを守るように抱きしめ、体を硬直させる。


「あら…せっかく忠告してあげましたのに…。お可哀想に。」


だが自分たちを抱きとめていたその女神のごとき修道士は、小さくため息を落としてそう漏らすだけで動こうとしなかった。

( この人を巻き込んでしまった…。 )

サラはその修道士の胸に抱かれながら、そう後悔したのだけど、不思議な事が起きた。

彼女がちらっと女修道士の顔を見上げた時だった。

…ひとすじの風が舞った。

その風は自分たちを通り過ぎ、一直線にその頭巾男に向かっていく。

サラは思わず、その方角に目を向けた。


「ぐわっーー!!」


響き渡ったのは敵の絶叫する叫び声…。

一瞬、何が起こったか理解できなかった。

目の前では、自分たちを襲って来た頭巾男の掲げた恐ろしげな鎌が空中で砕け散っていて、もう片方の手で持っていた鉄球をつなぐ太い鎖が引きちぎられていたのだ。やがて、その賊の隊長は武器を落とし、断末魔をあげながらそのまま手を抑え、大地に沈んでいった。


「わぉ…。」


サラの胸の中で、娘のサシャがその様子を見ながら感心したような声をあげた。

その倒れこんだ大男の前には、まるで自分たちを守るように一人の男が立ちふさがっていたからだ。

その突然現れた剣士は、紺色の短いマントをはためかせていて、大きく広げた両腕の先にはやけに長い大剣と美しく弧を描いた白く輝く剣を掲げていた。


「ここから先は…来ないでください。」


突然現れたその剣士は、その10人以上の刺客全てに視線を配りながら、そう漏らし両手の剣を握り直す。

見ればその男、身体は華奢だし、なんだか普通の少年の様なんだけど、その類稀なスピードと見事な剣さばきから察するに只者でないことだけは間違いない。

だが、その賊の皆様だって、ああそうですか!とは引き下がらない。何せ、全員が屈強な傭兵10名さまだ。対する相手は、母娘に女修道士、そしてひょろひょろな二刀流の剣士1人だもの。

いくら不意打ちで、敵のリーダーを打ち果たしたとしても、それが彼らの引く理由にならない。


「取り囲め!一斉に襲うんだ!!」


やがて残った10名ほどがその二刀流の剣士を取り囲む。

敵は制服のように揃いも揃ってグレーの頭巾を被り、見慣れぬ鎌と鉄球の武器を振り回していた。見れば、なかなかの迫力だった。


「おい、小僧!命が惜しくば邪魔をするな!俺たちはその母娘に用があるだけだ!」


賊の一人がそう凄んだのだけど、その剣士の返事はいたって呑気だった。


「えっと…おじさんたちの目的とかは知りませんが…出来れば、このまま消えて欲しいのですけど。」


「テメエは馬鹿か!?そんな事ができる訳がないだろう!!俺らも商売なんだよ!!」


「まぁ、お気持ちはわかりますけど…そこをあえてお願いしているんです。」


「ふざけんな!!金は半金もらってるんだ!はい、そうですかと引きさがれるわけがないだろう?」


なんて素直なお答え。立ちふさがる剣士の顔もあきれ気味だった。


「なるほど…それでは、貴方たちは誰かに頼まれてこんな事を?」


「そういう詮索はしない方が身のためだぜ?一応教えといてやるが、俺たちのバックには大きな組織があるんだ。」


その男が不気味な笑みを浮かべ、そう脅すように言い含めると、その剣士はちらっと後ろに目を向けた。彼の視線の先は、サラとサシャの母娘を守るように抱きとめている黄金色の髪をした美しいお姉さんだ。そして、その剣士は賊のみんながずっこけるような質問をする。


「ねぇっ!バックってなんですかー!?」


その場のみんなが唖然とした。ただ一人、その黄金色の髪を持つお姉さんを除いて。


「ふふっ。それは力の無い悪党の常套句です。要は自分たちに逆らうと、後でもっとタチの悪い大悪党が出てくるから怖いぞ!と脅しているんですよ。虎の威を借る狐というやつです。」


美しき修道士が丁寧にそう答えると、その剣士は目を丸くして焦った声をあげた。


「そ、それって…この連中と戦うと、後から仕返しされちゃうってこと!?」


「アハッ…誰が騎士様に仕返しなど出来ると思っているんですか?ご謙遜もほどほどになさってくださいね。それに私はこのお母様と可愛い娘さんをお助けしたいのです。力を貸してください、アルバ!」


その強いんだか弱いんだかよく分からない呑気でマイペースな剣士に、その修道士がそう言い放った時、一瞬、風が舞った。

自然の風とは思えない、ちょっとしたつむじ風みたいなもの。

そして…。

ギャー!!

グァッー!!

グワッ!?

なんて甲高い声と低く苦しそうな声が、次々と闇夜の草原に響き渡った。

反射的にサラとサシャが剣士に目を向ける。

すると、そこにはとんでもない光景が映し出されていた。

自分たちを命を張って守ってくれたロハンの兵士3人でも手も足も出なかった屈強な賊たち…。

そんな10人の賊がいっぺんに大地に転がされ、仲良く手足を抱きかかえながら悶絶していたのだ。

しかも敵はぐるりとその剣士を囲んでいた筈なのに、いつの間にか10人がおしくらまんじゅうをした後のように固まって地面に這いつくばっている…どうやったのか見当もつかないほどの、まさに神業だった。


( す、すご…。)


サラとサシャの母娘は驚きで目を丸くしたのだけど、当の剣士である彼は、その転がった悪党たちの側で困ったように頭を掻きながら立ちすくみ、黄金色の綺麗なお姉さんをじっと見ていた。…まるで、その女修道士さんに、”これでいいの?”と確認しているように…。その戸惑った姿は、どう贔屓目に見ても10人以上の賊を一撃で沈めた剣士にはとても見えない。どこにでもいる、人の良さそうな少年だ。

やがて黄金色の髪を持つお姉さん…サーシャは、そんな不安そうな彼に手を小さく振りながら、大きな笑みを湛えた。

騎士は聖女の進む道を阻む者を許さない…

その役目を難なくこなした自分の騎士が誇らしくて仕方がないように。


「騎士様、さすがでございます。」


やがて彼女の凜とした声が、辺りに響き渡った。











「野盗に毛が生えた程度の傭兵ごときが、我が騎士様に戦いを挑むなど笑止!早々に立ち去れ!」


教団最高位司祭のサーシャは、母娘を襲っていた賊の様な傭兵団をそう一喝した。美人の怒った顔は恐ろしいというのは定説だけど、彼女の場合はその生まれも相まってとても迫力があったようで、アルバに手足を斬られ、地面に転がされていた10数人の傭兵たちは、足を引きづりながらも逃げるように暗闇に消えていったものだ。

その様子を確認したアルバは再び火を起こしてお茶を沸かし、サーシャは何度も頭を下げてくる母親のサラを落ち着かせながら、窮地に陥ったこれまでの出来事を聞き出そうとした。

だが意外にも、この母親の口は固かった。

ロハンという砂漠の街から、お隣の大国フィルファのダダという街に人を訪ねていく途中だった…という主張を曲げなかったのだ。普通ならこんな夜更けに、非力な母娘の2人だけで旅をするというのは非常識だし、襲って来た連中だって出会い頭の盗賊とも思えなかった。

そしてこんな目にあっても尚、ダダに行くのを諦めない様子を見るにつけ、よほどの事情があるのだと予想は出来る。それなのに、その深い理由を話さないばかりか、身分まで明かそうとしなかった。


「とりあえず、私たちもダダに行く途中なのです。せめて一緒に行きましょう?」


サーシャはそう優しい言葉をかけ、この母親の苦悩を思いやることしか出来なかった。



一方のアルバは、お湯を沸かして母娘に振る舞うお茶の準備をしていた。

先ほどまでの石釜があるから、種火を起こして小さい鍋をかけるだけ。簡単だ。

パチパチと木が焼けていく心地よい音を聞きながら、ボォーって炎を見つめた。そして先ほどの出来事を頭の中でくるくるさせ、纏めてみた。一度激しい記憶喪失になっているから整理しないと忘れそうで怖いのだ。

…しかし追っ手のかかった彼女たちを見つけた時は驚いた。

ちょうど目の前でサーシャが意味不明の涙を流そうとしていた時だったから、自分的にはタイミングは良かった。何だか彼女の涙というのは、あまり見たくはない。まぁそれはさておき、逃げてくる母娘を見たとき「アルバ、ちょっと離れて様子をみましょう。」と言ったサーシャの言葉通り、休憩していたブナの木から離れ、様子を伺うことにした。

あの時は事情が分からなかったから一旦そうしたのだけど、予想通り強者が弱者を力で押さえ込む展開となったので、いつも通り彼女のいうことを素直に聞いて2人を助けた。

ルンでの戦争の時は、もういろんな事が折り重なって無我夢中で剣をふるっていたからあれだったのだけど、今回の戦いで自分自身に宿る力をちゃんと認識することができた。摩訶不思議な世界で出会ったジル先生との一年に及ぶ鍛錬のお陰で、どうやら僕は、人の何倍…いやいや数百倍動けるらしいかとに気がつく。それはそれでとても助かってるんだけど、あまりに速く動けるので自分の剣技の実力は分からない。いくら湖をかち割るジル先生に1年教わったとはいえ、何十年もやっている戦士に勝てるとは思えないし…。できれば、師匠さんとやらに会う時には同等くらいには強くなっていたいって思いがあるから、これからも剣を学ばないといけない。なにせ師匠さんは、野盗ごときはひと睨みで追い返しちゃうって御仁だ。


( せめて強さだけは、サーシャが俺か師匠か迷うくらいにしないと…。 )


って、邪な考えが浮かんだ。

まぁ別に強くなったからって、彼女の気持ちまで迷うとは思えないけど…。

そんなつまらないことを考えている時だった。

ふと気がつくと、自分のすぐ横に先ほど助けた小さい女の子がちょこんと座っていた。

おや、いつの間に…って少し驚いて、女の子の顔を覗き込む。

5歳くらいだろうと思われる赤い髪と大きな目をしたお人形のようなその娘は、あんな恐ろしい目にあったというのにやけに落ち着いていて、クリクリの目でじーって僕の顔を覗き込むように見つめて来た。こちらが気後れするくらいのガン見だ。


「ど、どうしたの?」


そう尋ねると、その女の子はようやく表情を崩した。


「お兄ちゃん、さっきはありがとう。とても強いのね。私、サシャといいます。」


「サシャちゃんか…。どういたしまして。俺はアルバといいます。」


そう返事をすると彼女は、「よろしくね!」って小さい手を差し出して来た。

僕は慌ててその可愛い手を掴んで握手をする。とても柔らかくプニプニで…少しでも力を入れたら壊れてしまそうな小さい小さい手だった。

するとそのサシャと名乗った女の子は、大げさに手を振って嬉しそうに笑った。その大きな溢れるような笑顔は、自分の聖女であるサーシャにそっくり…。

名前だって似ているしね!なんて思いながら、彼女の屈託無い大きな笑顔を見ていたら、思わずサーシャの子供時代を想像してしまった。…あの絶世の美女サーシャさんも、こんな可愛い時期があったと思うとちょっと面白い…。

だけど、こういう利発そうな女の子というのは年上である僕がびっくりする様な質問を突然披露したりする。


「お兄ちゃんは、あの綺麗な修道士さんの彼氏さんなんでしょう?みんなに羨ましがられそうね。」


予想通りのませた質問に、煎れていたお茶を思わずこぼしそうになった。顔を思いっきり近づけて、すぐに全力で否定する。


「ち、違うよ!」


「へ?そうなの?でもあのお姉さん、お兄ちゃんのことを自分の騎士様だって言っていたよ。」


「あっ…。」


って言葉に詰まる。……それはサーシャに誓ったがゆえ、否定はできない。

と、サシャはニッと笑って僕の右腕をつついてきた。


「ほら、やっぱりそうじゃない。さてはお兄ちゃんは新人の騎士様かなんかで、彼女とは付き合いたてみたいなもの?」


「…う、うん。まぁ…。」


質問ぜめに合い、思わず声が上ずった。


「ふふっ、やっぱりね。でもそんなに心配しなくてもきっと大丈夫よ。だって騎士と聖女は、普通の恋人より仲がいいんでしょ?パパがそう言っていたわ。」


「ハハッ…。」


とりあえず力なく笑って誤魔化す。本当は違うんだけど…と言いたかったが、この幼子に、師匠とサーシャの話をしても詮無いことだ。なにせ自分でもあの2人の関係がよく分からないんだから。

だがこの話を続けていると、嘘が苦手な僕ではボロが出る。そう思って褒め殺し作戦に変えた。


「でもサシャちゃんは、しっかりしてるね。歳は、いくつなの?」


「5歳よ。」


子供の頃の記憶がない僕としては、それが凄いことがどうなのか分からなかったけど、とりあえず「偉いね!」って褒めておくことにした。まぁワラミ村の同年代の子供たちよりは数倍しっかりとはしている。

だが褒めてもこのサシャは調子にのることもなく、小さく首を横に振った。


「別に私は偉くないの。あ、でもパパはとっても偉いのよ。お城に勤めてるの。」


「おお…お城つとめか。サシャちゃんのパパは偉い人なんだね。」


「そうよ、私のパパは、”しっせい”なんだから。みんなが幸せに暮らせるように頑張っているのよ。」


「へぇ…。」


その”しっせい”という言葉が分からなかったから、空返事で返す。本当はそれが何か知りたかったけど流石に、5歳の子供に根掘り葉掘り聞くのは気が引ける。あとでサーシャに聞けばいいや…なんて思った。彼女はとっても物知りで親切だから、なんでも優しく教えてくれる。

と、その女の子は急に立ち上がって遠くの闇の先をじっと見つめた。

突拍子も無い行動は、ちょっとサーシャに似ているけど、小さな手を額に掲げ、目を凝らしているその姿は、とても可愛らしかった。


「サシャちゃん、どうしたの?」


そう問いかけると、彼女は遠くを見たまま小さい声で呟いた。


「お友達を探してるの。」


「友達?」


「うん。フリオおじさんたちよ。ママと私の護衛をしてくれていたのよ。」


その言葉に僕は思わず目を丸くした。


「護衛?ママと君の他に誰かいたの?」


「うん。ママと私をさっきの連中から逃すために時間を稼いでくれていたの。…3人とも、そろそろ来ると思うんだけどなぁ…。」


彼女の言葉を聞いて思わず立ち上がった。そして急いでサーシャに目を向ける。

この女の子の話を信じるなら、護衛の3人は囮になった様だ。3人は当然ダメージは受けているだろうけど、先ほど襲ってきた傭兵たちがこの母娘の確保を優先していたのは間違いない。なにせ襲ってきたときに、絶世の美女サーシャさんにも全く興味を示さなかったんだから…。

だとしたら、その護衛たちは動けなくされただけで、まだ息があるかもしれない…。


「サーシャ!このお母さんと娘さんには護衛の兵がいたそうだ。」


そう大きな声をあげると、サーシャは黄金色の髪を揺らしながら慌ててとこちらに顔を向けた。

ついでに母親も…。母親の方は目を丸くして、震えている様にすら見えた。


「まぁ、そうなのですか!?」


「この2人を助けるために、さっきの連中と戦ったみたいなんだ。…まだ、近くにいるかもしれない!」


「それは大変だわ。」


サーシャは驚き、母親のサラに目を向けた。

だが、一度サラは目を丸くしたものの、すぐに顔を背けてしまった。…よほど旅の理由を知られたくないのだろう。


「お母様。事情はもうお聞きしないので、とりあえず護衛の方々を探しに行きませんか?」


サーシャの言葉にサラは視線は合わせなかったが、しばらくして小さく頷く。

するとサーシャがゆっくりとこちらに目をやった。

…まぁね、お節介の神様みたいな人がすることなど手に取るように分かる。

僕は彼女の目を見ながら頷き、ゆっくりと立ち上がろうとした時だった。


「あっ!みんな来たわ!」


突然、サシャの元気な声が草原に響き渡った。

「フリオおじさ〜ん!こっち、こっち!!」って、言葉も続く。

3人が彼女の視線の先を見ると、足を引きづりながらもこちらにゆっくりと向かって来る数人の人影が見て取れた。

僕も目を凝らして見る。

銀色の月に照らされ、一歩一歩やってきたのは4人だった。


「あれ?一人増えてる…。」


可愛いサシャの声がした。

だが僕にはその理由がすぐに分かった。

立派な槍を杖代わりに、自分の倍ほどもある大きな男を背負う小さな女が見えたからだ。


「あれ…サカテさん?」


サーシャが驚いてそう洩らしたのは、彼女と怪我をした護衛の兵たちが近くに来てからであった。




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