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サカテの旅の目的


話は少しだけ遡る。


子供のように体が小さいのに、切れ長の目が印象的なクールなお姉さんであるサカテは、その時、ロハンという砂漠の街を訪れていた。

そう、アルバとサーシャに要らぬ気を使い、1人ワラミ村を飛び出した黒装束を纏った槍使いのサカテさんだ。

いつもなら頭巾をすっぽりと頭に被り、顔がほとんど見えない怪しい出で立ちでいる事が多い彼女も、今日はなぜだか頭巾を外していてかっこいい素顔を見せていた。

黒髪のマニッシュショートがとっても似合い異国の神秘とやらまで感じさせる彼女には、当然色々な思惑を持った視線が注がれるけれど、おいそれと近づいてくるものは少ない。

肩に掛ける使い込まれた見事な短槍と武芸者特有のオーラが身体から滲みでいるからだ。

そしてそれが示す通り、サカテはそこそこ名が通った槍使いで、世界に名を轟かす棍使いムカサ名人の一番弟子でもある。


( なんだか…いつもより街が沈んでるな。 )


彼女は行き慣れたこのロハンという街の異様な空気をすぐに察知した。

ここは砂漠と平地を半分半分活用した不思議な街で、隣町ルンの恵みを享受している為か他の砂漠街とは違い、石造りの立派な建物が多い比較的裕福な街だった。

そしてここザグレア地方随一の軍事力を保有していて、付近の小さな町や村を安全保障と引き換えに懐柔していて軍事力を主体とした支配体系を維持しているところでもある。

今は亡きセザールを筆頭に有名な将軍や策略家が多く勇猛果敢な兵団は、お隣の軍事大国フィルファでも手を焼く面倒な街として有名だった。

しかし今、その街がどんよりとしている…。

元々この街の街道には、兵士が忙しく行き来しているのが日常茶飯事だが、今日は数も少なく怪我をしている者もやけに目についた。


( まっ…どうでもいいか。 )


まさか先日お友達になったアルバとサーシャの仕業とは夢にも思わない彼女は、包帯を巻いた兵士たちから興味なさそうに視線を外すと、ご自慢の槍を肩に掛けズンズンと道のど真ん中を進む。

彼女には、お目当の店があったのだ。




「おーい、親父!!いるかーー!!」


サカテは、とあるお店の門を無断でくぐり、狭い土間と板間で作られた空間でそう叫んだ。そこは玄関のような、客控えの間のような摩訶不思議な場所なんだけど、自分はいつもここで店主を呼ぶ。

…だが、返事はない。

代わりに、鋼を鍛えるカンカンと小気味いい金槌が弾く音と鉄特有の摩れた匂いが奥から漂ってくる。


「おーーーい!!おーやージー!!」


さらに腹に力を入れ、そう大声を出した。

するとしばらく時があって、金槌の音が止まった。


「勝手に入ってこんかい!!」


とってもドスの効いた低音な声が返ってきて、再び金槌の音が鳴り出した。

サカテは小さく息を吐きながら板間の横を通り、慣れた手つきで上に挙がって開くカラクリ扉を潜ると、その先に続く暗く短い廊下を進む。

そして先ほど親父と呼んだ男が仕事中だと悟ったサカテは、彼の職場には行かず、その手前にある控えの間に静かに入った。

そこは一切の飾り気のない無骨な正方形の部屋だった。全ての面が年季の入った擦れた木板で組まれていて、4人ほどの大人が集まれば息苦しいほどの狭い空間…。

彼女はその部屋の真ん中で静かに腰を下ろすと、姿勢を正し息を整えた。やがて、ボォーボォーと炎が燃え上がる音、水が打たれ蒸気が立ち上る音が交互に耳をつく。


ここは、ザイゼンという名工が営む鍛冶屋だった。


戦争好きな領主がいるロハンには当然数多の鍛冶屋があるが、ザイゼンが鍛え上げた刀身は別格で、数々の武芸者がわざわざ遠方から高値で買い求めに来るほどの腕前だ。サカテはこの名工を師匠であるムカサに5年ほど前に紹介してもらったが、噂通り彼の腕は本物で、それからというものザイゼンの鍛えたものしか使わなくなった。

ちなみに今日は1年ほど前に頼んだ新作の棹刀を受け取りに来たのだ。


「失礼します。」


と、可愛い声とともにサカテの右手にあった引き戸が静かに開いた。

少しだけ頬を緩め、そちらに目を向けると、そこには黒い職人服を纏った長い黒髪の少年が、お茶を乗せたトレイとともに畏まっていた。


「キエイ、久しぶりだな。元気だったか?」


そう声をかけると、彼は小さく頷いてゆっくりと立ち上がった。


「サカテ姉さんも…元気そうだね。」


「ああ、まぁね。」


「良かった。中々来てくれなかったから、心配してたんだ。」


キエイはそう言うと、床をするようにこちらに進んでくる。ゆっくり、ゆっくり…。

やがて僕は床板を手で叩くと、彼はその場で立ち止まり、ゆっくりと腰を下ろしてトレイを床に置いた。


「ありがとう、キエイ。」


僕は笑顔を浮かべ、礼を言う。すると彼も頬を緩めた。だけど、キエイの表情からは全ての感情を読み取る事はできない。なぜなら彼の一対の目には…黒い布が巻かれているからだ。

…彼は4歳の時に、病で両目とも視力を失っていた。

そして名工ザイゼンの孫にあたる。


「いただくよ。」


そう言って彼が持って来たお茶に手を伸ばす。

するとキエイは座ったまま床を這い、ゆっくりと近づいて来て、僕の膝小僧に手を添えた。少しだけ擽ったいが、それは彼にとってコミュニケーションの一種。

僕は茶を一気に飲み干してトレイに戻すと、すぐに彼の小さい手に自分の手を重ねた。


「最近、調子はどうだ?」


「うん。ちょっと前からなんだけど…いい鉄と悪い鉄との違いがわかるようになったんだ。」


「すごいじゃないか。どうやるんだ?」


「一番簡単なのは…舐めることかな。」


彼はぺろっと舌を出して、自慢げに自らのそれを指差した。


「これでね、ようやくじっちゃんの役に立てる。」


「ふっ…。キエイは親父のたった1人の後継だもんな。」


「まぁね。」


キエイはそう言って胸をはる。

当然、光を失っているこのままではザイゼンの跡を継ぐのはほぼ不可能なんだけど、2人は、それがたった一つの未来であることを信じて疑わなかった。

やがてキエイは、両手を僕の顔に伸ばしてくる。

彼は色白で、ひょろひょろ。外見は女の子のようなのだけど、ザイゼンの仕事を必死に手伝っているためか、手は豆だらけでゴツゴツだ。

やがてヤスリのように僕のほっぺを摩る。だけど、彼のそれは優しく、贔屓目なしで気持ち良かった。


「姉さん…また美人になったね。」


「なんだよ、それ。」


「僕は触っただけで、形がわかるんだ。…でも、姉さんの顔、見てみたいな…。きっと今が一番綺麗だと思うんだ。」


「失礼なやつだな。見たかったら、とっとと目を治すことだ。早くしないと僕はおばあちゃんになっちゃうぞ?」


「うん、頑張るよ。将来のお嫁さんの顔だけは早く見たいからね。」


この時、僕は25歳で彼は10歳。まぁ、子供の戯言だけど、この時は何故か心が弾んだ。


「キエイは本当に生意気だ。」


そう洩らした時、彼の背中の方に大きな影が差した。

ゆっくりと顔を擡げると、いつの間にか、そこには紫の布に包まれた槍を持ったザイゼンが仏頂面で立っていた。

細身だが齢60とは思えない太い腕と迫力、頭はすっかり禿げ上がっているが眼光は鋭い。如何にも職人…そう思わせる緊張感も漂っている。


「じっちゃん。サカテ姉さんが会いに来てくれたんだ。」


その気配を察したキエイが声をあげると、ザイゼンは急に表情を崩して大きく笑った。


「カッ、カッ。さすが儂の孫じゃ。目が見えんでも女の気配には敏感じゃの。」


「僕が分かるのは、母さんとサカテ姉さんだけだよ。」


「だとしたらお前は修行が足りんな。美女の気配しか感じとれんとはな。」


ザイゼンはそう惚けながら彼を避けるように部屋に入って来てどかっと座ると、僕の目の前に紫の布に包まれた新作の槍であろう品を丁寧に置いた。


「注文の品だ。柄は桜、棹刀だ。」


ザイゼンはそう言いながら紫の布をすっと解く。

新品の檜のように真新しい白木の柄に、垂直に伸びた銀色に輝く槍頭。

まさに名工ザイゼンにより造られし、見事な槍だった。


「手に取ってもいいか?」


僕がそう尋ねると彼は「ああ。」と言って頷き、腕を組む。

そっと手を伸ばし、その柄を掴む。木のぬくもりと重厚感が五感をついた。


「流石は親父だ。」


「少々じゃじゃ馬だが…お前さんなら使いこなせるだろうよ。」


「問題ない。」


その槍を両手で掲げながら見渡して、そう返事を返した。

手触りからもこの槍の秘めた力と自分との相性は伝わる。いい武具との出会いは、まるで男女のように瞬時にわかるものだ。…ただ、値は相当はるだろう。


「いくらだ?」


ザイゼンに目だけを向けて尋ねると、彼は腕組みをして鼻を鳴らした。


「お心で十分だ。」


「親父は聖職者か!そういう回りくどいのはやめてくれ。」


「んじゃ、体で払ってもらおうか。」


僕は顔を顰める。まぁ、この爺さんの体で払ってくれ、というのはそこらへんの男が言うのとは訳が違う。前回は、異国の山の奥にわけ入り貴重な鉱物を一週間も探させられた。


「こ、今度はなんだよ?」


「カッ、カッ、カッ。今日の夜まで孫の買い物に付き合ってやってくれ。」


「そ、そんなんでいいのかよ?」


「ああ。孫のたっての頼みなんだ。よろしく頼むぜ。」


ザイゼンはそう惚けると、低い笑い声をまた部屋に響かせたものだ。









ザイゼンの店を出た2名はそのまま大通りを北へ進み、途中仕立て屋がひしめく橋の袂を右へ曲がり、狭い路地に入った。

キエイは、サカテの手を一生懸命に握りながらスタスタと歩いていく。どうやら行きたい店は決まっているようだ。

目がみえないので、おそらく頭の中にはいっている地図を感じながら進んでいるのだろう。


( この子もちゃんと成長しているんだな。 )


僕は少しだけ頼もしくなったキエイの背中を見てそう微笑む。

やがて彼は、人通りの多い商店街にはいっていく。僕は目の見えない彼のいく先々を注意しながら、体を当てないように注意深く導いていくことにした。

僕は、この自分とほとんど身長の変わらない少年の心が好きだった。

見えないということが、どれほど大変かという事を全ては理解はできないが、想像はできる。だが、彼はそれを思い悩むこともなく、必死に真面目に生きようとしている。

今思えばこのキエイと出会って、初めて明確な旅の目的ができた。それは、旅をしていればいつか目標ができると言っていた師匠の言葉通りだ。

僕は、なんとかいい医者を見つけて彼の目を治してあげたかった。

それは当初の目的であった天翼の槍という伝説の武器を探す事よりも、大事なことだと思えたからだ。

そこからは陸続きの世界中を巡った。

だが、どの国の医者にあっても失明した目に光を戻すのは不可能との一点ばりだった。バカにするように笑う医者もいた。

もちろんキエイにはそのことを話してはいない。期待をもたせてできなかった時の落胆はすごいものだと知っているからだ。

キエイはなぜか僕にはよく懐いていて、キエイが真面に口をきくのはザイゼンとサカテだけだと聞いたこともある。

彼の目を覆う黒い布は、サカテが彼に贈ったものだった。といっても、それは僕の頭巾をそのまま破いて布状にしたものだったが。

だが彼はそれを大切にしていて、いつも身につけている。

一度、ザイゼンが新しいものを買い与えよとうとしたが彼は断固拒否したという。

( 爺と孫…揃って頑固なんだもんな。 )

そんな事を思っていると、急に彼の足が止まった。僕がふと顔を擡げると、そこは男の子にはそぐわないお店…女性用の髪飾りを売っている狭い店だった。


「キエイ、店間違えてないか?ここは女用の店だぞ。」


僕が不思議そうにそうたずねると、彼はにこりと笑い「大丈夫。あってるから。」と漏らすと、店の奥に向けて大声で叫んだ。


「すいません!キエイです。注文したものできていますか?」


やがて奥から、30代くらいの落ち着いた女性が顔を出した。


「あら、キエイくん。いらっしゃい。出来てるわよ。」


恐らく女店主だと思われるその女は、キエイに近づくとにっこりと微笑み、手に持っていた一つの小さな小箱を差し出す。


「ありがとう、おばさん。」


そう言いながらキエイはその白い美しい木箱を手をゆっくりとあげながら器用に受け取ると、今度はくるりと回ってその箱を僕の方へと差し出した。


「サカテ姉さん、遅くなっちゃったけど…これ誕生日のお祝いです。いつもありがとう。」


キエイの言葉に僕は動けなかった。

いやいや、思いもよらないとはこの事だ。

嬉しいよりも何よりも驚きで体が固まってしまった。


「さぁ、サカテさん。」なかなか動けない僕にその女店主は、急かすように名を呼んで受け取るように即した。

名を呼ばれたことで、我に返って震える手でその箱を受け取る。ゆっくりと僕がその箱を開けると、そこには紅色の美しい花を幾つもあしらった髪飾りがあった。


「こ、これを僕に…?」


思わず目を丸くして彼の方へ顔を向けた。


「うん!いつもお世話になっているサカテ姉さんに!」


そう満面の笑みを浮かべるキエイ。

この少年には、この髪飾りがどんなものか見えていない筈だ。だが、彼はおそらく一生懸命この女店主に相談して選んだのだろうことは容易に想像できるというものだ。


「サカテ姉さん、つけて見せてよ。」


キエイの言葉に、ゆっくりと髪飾りを手にとり、おっかなびっくりな手つきで髪につけてみた。

やがて女店主は、鏡を持ってきてサカテに見せる。

鏡を覗き込むとサカテの短い髪にも似合い、黒い服を着ている彼女にも映える色合いだった。


「おばさん、サカテ姉さんに似合ってるかなぁ?」


「ええ。とってもお似合いよ。とっても綺麗。」


キエイの問いに女店主は笑顔で答える。

本当なら、いつものように照れ臭くて悪態をつくか、お礼を言いたいのだけど、口が開かない。

その代わりに…涙が溢れてきた。理由はわからなかった。

はなをすする音、小さな嗚咽…。

するとキエイは耳で感じたその様子に驚いて、僕の顔に向けてに手を差し伸べた。

いつもの彼の優しい触り方が、今はなんだか痛かった。


「サカテ姉さん、泣いてるの?」


キエイが心配そうに尋ねる。涙の感触が手に伝わったのだろう。


「彼女は嬉しくて泣いてるのよ。」


と、店主の優しい声が届く。

僕はいつまでも涙が止まらなかった。きっとザイゼンの仕事を一生懸命手伝って稼いだ大切なお金を使ってくれたのだろう。

目の見えない彼がそれをする大変さを自分はよく知っている。だが、彼は必死に頑張りきちんと自分で稼いだお金で、サカテ宛てのプレゼントを買ってくれた。

その心が何よりも嬉しかったのかもしれない。

きっとサーシャなら、女の子らしくこの喜びを爆発させて跳ねるように大喜びすることだろう。だが、自分にはとても無理だった。

ただ、泣きながら彼を抱きしめた。


「本当にお前は生意気だ。」


それが僕の精一杯の感謝の言葉だった。



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